独逸の将来と講和の前途



ドイツ
独逸に関して昨今我々の間に問題となつて居るのは、
(一)中心勢力が何処に安定するか、(二)講和条約の調印
を承諾するか、の二点である。此二つの問題が互に関聯して居ることは云ふまでもない。


              いわゆる
 独逸の政界の現在の中心は所謂エーベルト、シャイデマン一派の手にあるのであるが、併しなか′\難境に立
つて居ることは日々の新開電報によつても明かである。六月十二日を以て召集された国民議会に於ける形勢が此
           だ
一派の政治的基礎をどれ丈け固めるかも今の所容易に分らない。革命の後はどの政府もいろ〈の難関に遭遇す
                                                                    まと
ることは、独り独逸のみに限つた現象ではない。昔ならば此等の紛糾は一旦強力なる武断主義者によつて纏まり
                                          ナポレオン
を付けられたのであり、従つて又古い歴史の教訓に執著するものは、今尚革命後に於る那翁の輩出を必要と説
                               さすが
くのであるが、併し斯の如きは今日の時勢の許す所ではない。流石の哀世凱も此時勢の変に盲目であつたが為め
                                    おもむ きようこ
に失敗した。今日では面倒ではあらうが、何処までも国民の信任の上に徐ろ舵輩固な基礎を築き上げなければな
らない。それ丈け独逸は当分なか〈容易に安定を得ないであらう。又さう云ふのが当然でもある。只併しなが
 一b
ら若し今のエーベルト、シャイデマン政府にして首尾よく講和問題に成功するなら、之によつて大いに共基礎を
囲うすスてしとが出来るだらうと思ふけれども、条件が又あ、した深刻を極めて居るのだから容易に調印を承諾す
る訳にも行くまいし、調印をすれば講和問題を首尾よく解決したと国民に誇る訳にも行くまい。従つて講和問題
1
7

、当】▼
も一寸片が附かず、為めに政府の腰も概らないと云ふので千ベルト、シャイデマンの地位は一層不安定を極め
て居る。
                                                 ぱつこ
エーベルト、シャイデマン一派の勢力がぐらついて居ると云ふ事は、他の一面から云へば反対派が相当に按思
して居ると云ふ事を意味する0反対派と云へばプロリタリアートを根拠とする過激派か又は地主貴族を中堅とす
る保守的反動派かである○穏和社会主義を標棟する現政府が倒れたとして、右の両派の何れか起つて紛糾した時
局を収拾するの能力を有するか。
           よ
 伝ふるところに拠れば過激派もなか〈勢力があるやうだ。併しながら独逸の過激派はどんなに盛んになつた
 ロ シ ア              ゃゃ
所で露西亜の如くなるを得ざるは疑ひを容れない0人動もすれば独逸も露西亜のやうになるとか、又独逸と露西
亜と結託して過激思想は非常に大きな怖るべき勢力となるだらうなど、説くものがあるけれども、之は全く妄想
に過ぎない0過激思想に対しては農民の大部分と教会の反対あることを忘れてはならない。戦前に然りしが如く
戦後に於て亦此点に大いなる変り無きことは、去年の暮以来独襖を縦横に駆け廻つて居る例のメーソン君の通信
にも出て居る0本年二月の総選挙の結果が独立社会党、多数社会党の双方を合はして尚半数に達しなかつた事実
            ちようらく
を見ても、保守派の凋落が思つた程の凋落でなく、自由派の進展が又思つた程の進展でなかつたことに驚かされ
る0戦前に於ても社会党の巣窟は主として大都会であつた。都会は一時的運動の策源地としては適当である。け
れども、それが永久に国家を動かす為めには田舎の隅々まで行き渡らなければならない。此点は独逸の露西亜と
其国情を異にする点である0故に時勢当面の産物として過激派はもう少し位勢力を増すではあらうが、独逸の天
下が確実に彼等の掛利に帰するの日は遂心果して来るであらうか。仮りに一時彼等が天下を取つても結局彼等が
其態度を穏和にして、其絶対的の非妥協的態度を捨つるにあらざれば其天下掌撞を継続することは出来ない。
2
7




壬「







      たとい                              かか
 そこで問題は仮令一時でも過激派が大いに勢力を振ふ事があるかと云ふに、それは主として繋つて講和条件の
                                           もた
程度如何にある。前号に於て我々の指摘した如く、余りに酷に失すれば過激派が頭を撞ぐると云ふ事にならぬと
も限らない。
 保守派の凋落が思つた程の凋落でないと云ふ事は反動的勢力の今尚多少の地歩を占めて居る事を語るものであ
る。ヒンデンブルグの勢力の今日尚著しきものあるはメーソン君も説いて居る。同じく革命が起り、同じく王政
                               あやま
が顛覆したからと云つて独逸を露西亜と同一に見るのは大いなる謬りだ。且つ又スパルタカス団の乱暴が反動的
勢力の勃興を助けて居るの事実を見逃すことは出来ない。何故なれば過激派の勢力が極度に発展するにあらざる
限り其勃興は又同時に正反対の勢力勃興をも促すものであるからである。併しながら此派が再び独逸政界の主人
公となることは出来ないだらう。総選挙の結果に顕はれた所を観ても、彼等の勢力はやつと全体の四分の一弱に
                   も が                                               しの
過ぎない。殊にどんなに藻掻いても再戦の絶対に不可能なる以上、彼等が社会党の勢力を凌ぐことは断じて想像
の外にある。
 結局はエーベルト、シャイデマンの一派が − 此両名が表面に立つと否とは別問題として − 独逸を支配すべ
きは疑ないと思ふけれども、差当りどう変るか、又安定を見るまで政界にどん々波瀾が起るかは講和条約の模様
如何が大いに関係する。
                                   ■王
 対独講和条約はどうなるか。聯盟側が極力主張を柾げざれば固より調印の外はなからう。どうしても譲歩しな
ければエーベルト、シャイデマン政府は聯盟国の手に独逸国其物を投げ出すといふ説もあるが、之とて只エーベ
2ノ
7

\′
                                              おわ
ルト、シャイデマンが屈辱的条約締結の責任を避けんとするまでの事で、独逸の屈服に畢るものたるは同じ事で
ある。此結果がボルシエヴイズムの一時的流行を来たし、聯合囲も亦為めに之に煩累さるゝは前にも述べた通り
である。
 幸か不幸か、聯合国側に熱心なる条件線和の運動が昨今起つて居る。之がどれ丈け実際上の効果を奏するやは
                                                 すで
今の所分らないけれども、全然無効に終らざるべき事も亦明かである。予輩の観る所によれば此運動は己に三つ
の方面から起つて居ることを認めなければならない。
 第一は責任ある政治家の側からである。米国が初めからあんな過酷な条件を持ち出す積りでなかつた事は己に
人の知る所、英は昨今に至り大いに寛大論に傾いたと伝へられて居る。ウイルソンの十四ケ条の宣明を柾げてあ
んな過酷な条件を立つるやうにしたのはクレマンソーであると云はれて居る丈け、仏が主として緩和説に反対し
て居るやうだけれども、英米二国が段々反対の方向を執らんとしつ、ある事は我々の見逃し弼はざる点である0
 第二は直接政治に責任無き各国の識者階級運動の火の手が起らんとしつゝある。六月十三日『東京日々新開』
の報ずる所に拠れば、英国に於ける政界並びに教界の知名の元老連署してウイルソン並びにロイド・ジヨーヂに
書を膚せ、独逸の抗議に対し公平にして同情ある考慮を払ひ、譲歩すべきは進んで譲歩し、彼をして脅迫によら
ず喜んで調印せしむるやうにしたいと献策したといふ。此外英国では自由党の多数は無論の事、統一党内にも講
        すこぶ
和条約反対論者が頗る多いといふことである。
                                              すくな   もつと
 同じやうな事は他の国にもある。我日本でも識者階級の間には随分之と同じ傾向を明示せるもの砂くない。尤
も中には只何と云ふ訳無しに仲間の者に沢山の分前をやりたくないと云ふ妙な考から出たものも無いとは云はれ
ないやうだ。何となれば彼等は日本の立場を主張する時は可なり猛烈な利己心を暴露して居つたから.である。
′4
7



nH

盛町






 ▲第三に最も著しいのは各国の労働階級から起る所の運動である。六月十一日の新山岡にあらはれた電報に拠れば、
英仏伊三国の社会党首領はミラノに会合して、現在の対敵条約に反抗するの目的を以て全世界の社会主義者を糾
合すべきの決議をなし、其方法としては多分二十四時間の総同盟罷業をやるだらうと云ふのである。其結果にや、
                      ア メ リ カ        パ リ
各国の労働界は昨今著しく不安に襲はれて居る。亜米利加の労働不安、仏京巴里に於ける四十万人の同盟罷業な
                                      イギリス
どは他にも原因はあるだらうけれども、労働階級が帝国主義に対する挑戦たるは明白である。英書利の労働党の
如きは現に聯合国にして独逸に対し少しでも強制がましき態度に出づる〔に〕於ては直ちに総同盟罷業をするぞと
脅かして居る。我輩は前号に於て講和条件の過酷なるを指摘し〔「対独講和条件の過酷」『中央公論』六月号〕、聯合図
自ら適当な点まで之を低めない以上は、自分自身の労働者の聞から緩和運動が起るだらうと観察したが、此予見
が段々事実となつて現はれんとしつゝある。
 此等の点を考慮に入れつ、講和条約の将来を思ふ時、其最後の決定を見るまでにはまだ〈いろ〈の波瀾が
有るや、ワに思はるる。けれども当局の使臣は此方さへ譲歩せねば結局独逸は調印するものと極めて前途を楽観し
て居るもの、やうに見ゆる。日本の使臣も八月九月までには帰朝するぞと、どん〈電報を寄こして居るが、ま
さか結末を見ずして帰るのでもあるまいから、之で万事結了と楽観して居るのであらう。
                                        \ 〔『中央公論』一九一九年七月〕
くノ
7

6
7