現代政局内面観   『中央公論』一九二二年六月


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 或る老政治家から、政友会の―否故原敬氏の隠れたる大効績なるものを説き聞かされた。要点を略記すれば斯うである。
 政界の枢機を握つて天下に経綸を行はんとせば、どの道尠からぬ金が要る。而して最近数年前までは、要り用な金の大部分は実に軍閥の供給に仰いだ。茲に軍閥跋扈の禍根が潜むのだが、この弊根を絶たんとしたのが原敬氏だ。尤も彼は他の方面に之に代るべき金を作らんとて幾多の過誤を重ねたが、併し軍閥を幾分抑へたと云ふ効績をおもへば、そは亦大に恕すべき点もある。
 政局の疏通と金との関係を少しく遡つて歴史的に考へて観る。憲法創設の当初、政府側は民選代議士の無責任な反対に依て大に政務の進行の妨げらるべきを憂へた。議会を開いて見ると、果して反政府熱が恐しく高い。如何にしてこの困難を切り抜けんかに頭を悩ました結果、最初に取つた方策は腕力を以てする干渉であつた。明治二十五年の騒動が即ち其の一例である。併し之は見事な失敗に了つた。腕力干渉の到底成功す可からざる事を十二分に見せつけられた。然らば之に代るに何の方策に出づべきやに思ひなやんだが、図らずもその際そは買収策に限ると献策したのは故陸奥宗光伯であつたと記憶する。之よりいよ/\政界の腐敗が始るのであるが、民主政治には多数が最後の力だと云ふ信念の下に目的の達成の為には手段を択ばなかつた一代の怪傑星亨氏が、偶々民間に在つて政府のこの誘に甘んじて応じたが為に、金と政治とは瞬く間に予期以上に深甚の関係を結ぶことになつたのである。
 斯くして政治には莫大な金が要ることになつてしまつた。買収策を採る前でも、例へば夫の選挙干渉の跡始末の如き、財政的の大穴が明いて金の必要が新に痛感さるゝことになつては居た。此の必要を如何にして充さうか。差し詰め何百万といふ大穴をどうして塞がうか。先輩政治家が戦つて之をもてあぐんだ時に、兎も角も之を弥縫しおふせたものは故伊藤公であつた。明治天皇の御信任の格別に厚かつた故公には、其間に思ひ切つた策を講ずることが出来て兎に角這般の難関を切り抜け得たのであつた。
 伊藤公の時代はやがて去る。公に代つて出て来た人々には、残念なことには故公のやうな芸当は出来ぬ。山県公にした所が同じ事だ。桂公が伊藤公と似た様な事をやらうとして渡辺千秋男と危くボロを出し掛けたことも、一部の人には公知の事実である。斯くて結局外の何処かに財源を見出さなければならぬこととなる。而してこの要求に応じて新に現れたのは軍閥の宝庫である。
 軍閥が金を出したからとて、之を官金を不当に使つたものと速断してはいけない。道徳上から云へば立派な不正支出になると信ずるが、法律上では少しも私曲がない様になつて居るさうである。例へば支那に武器を売る。官が直接売つてもいゝのだけれども、一旦之れを泰平組合に払ひ下げる。安い値段であることは勿論である。之を高い値段で支那に売る。政府が其の間色々便宜を謀るは言ふまでもない。斯くて泰平組合は大に儲ける。而して其の利益の若干は政府の或種の運動費に寄附さるゝといふのである。尤も斯うした特別の財源は、軍閥以外でも最近大に作られたさうだ。塩。砂糖。米。数へ立てれば際限もないと玄人筋は云ふ。併し矢張り何と云つても一番大きいのは軍閥方面にある。だから、日露戦争後十数年の日本の政界は、軍閥の御蔭で運用がついて来たと謂はるゝのも無理はない。
 世人はよく軍閥の外交干渉を難ずる。之も否認はしない。併し軍閥の圧迫の感ぜらるゝのは啻に外交ばかりではないのだ。外交はまた特殊の理由に依て軍閥の圧迫を蒙つては居るが、外交以外の一般内政も亦実に軍閥に頭が上らないのである。何となれば軍閥は実に今日の日本といふ政治会社の謂はゞ大株主だからである。重役の代ることに依て多少営業方針の変る事はあつても、軍国主義を基調とする根本方針に異変ある能はざりしは畢克之が為ではないか。
 原敬氏は実にこの状勢に革命的動揺を与へんとしたのである。一つには彼の努力の下に築き上げた政党の実力に自信の出来た為でもあらう。其の実力も実は議院操縦の為に提供された軍閥の財源に依つて養はれたものかも知れぬが、兎に角実力は出来た。他人の御陰で大きくなつた子供でも、何処となく其の養ひ人に遠慮しつゝ、而かも何時までも盲従しては居りたくないと云ふ様な気になる。況んや其養ひ人がまた可なり無遠慮に横暴なるに於てをや。この機運に乗じた原氏は、また実にこの方面に於て異常卓抜の手腕家であつた。彼が無用の波瀾を軍閥との間に起すまいと用心しつゝ着々として其の圧迫を押し退けた手際は実に鮮なるものだ。但し其の為には今まで軍閥から得た丈のものを別の源から作らなければならぬ。彼の辣手を以てして猶ほ無い袖は振れぬから。是れ彼が満鉄なり、阿片なり、瓦斯なり、砂利なり、手当り次第に手をつけた所以である。彼の部下が十分彼の慎重に倣(なら)ふこと能はずしてボロを出したのは、自業自得の沙汰ではあるが、とにかく彼が之に依て軍閥発展の勢を大に制したことだけは認めてやらねばなるまい。
 彼の軍閥抑制の手際は中々巧妙なものであつた。彼は自ら決して矢面に立たない。彼の内閣で公然軍閥に楯ついたものは高橋蔵相と内田外相とである。此の二人の功労には大に認むべきものがあるのだが、案外世間からは評判がわるい。軍閥に取つて一番厄介なだけ其の方面からの無能の宣伝に累されても居るが、又政府としては、露骨に軍閥を抑へてゐるなどと弁解し得ぬ事情もあつたのだ。孰れにしても、原内閣になつてから軍閥の専恣は大に抑制されたのは明白の事実である。公然と言はなかつたとて之を無視してはならぬ。若し軍閥の跋扈が日本政界の一大弊根であると云ふなら、原内閣が之を抑へるの端を開いた事は、何と云つてもその一大効績と云はねばならぬ。
 毒を制するに毒を以てせるの議は免れないが、事実は事実として有りの儘に承認せねばなるまい。


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 以上の話はどれ丈け真相に触れて居るものか僕には分らない。仮りに本当の話だとしても、軍閥抑制と云ふ事だけを離して考へていゝものなら、成程見事な効績だと云ひ得べけんも併し之が為に他に著しく国民の良心を傷けたといふ事実を思ひ合はす時、僕達は果して之に感謝していゝものかどうか分らなくなる。昔の物語本などに、年頃になつた大家の独り息子の憂鬱性を癒さんとて、出入りの者が遊女買の手引をして両親を安心させたといふ噺(はなし)があるが、原氏の効績なるものは、果して老政客の説くが如きものとせば、夫の出入りの者の浅墓な差出口程度のものに過ぎないのではあるまいか。
 併しそんな事は別個の詮索に任かすとして、右の話でも明白なるが如く、今日我国の政界に金の毒が驚くべき程広く且深く浸み込んで居ることは争ひ難い。姑(しばら)く上下両院を例に取つて見る。多年金がこの両院を毒した結果、議員が如何に自由の判断に迷つて居るかは読者の既に明白に知る所であらう。議員の多くはある特定の問題に対しては常に必ず或る特定の態度を執るべく余儀なくされて居る。そは斯くすることが実に彼等の私的生活と密着に関係して居るからである。もつと露骨に云へば、彼等の或る特定の態度を政府が金で買つて呉れるといふ所に、彼等は生存の道を見出して居るのである故に、若し政界に少しでもの動揺を見るの恐れあらん乎、こは彼等に取つて生存上の一大脅威である。表てにはどんなに侃々諤々の論陣を張つても、結局に於て彼等の多数は、現状の紛更を好まない。我が国の政界は実に斯んな所に覚束ない一時の安定を得て居るのである。
 僕の知人に貴族院議員某といふがある。歳費だけでは喰つて行けぬ程の贅沢な生活をしてゐる。他の財源を何処に得て居るかと云ふに、一つは其々調査委員とやらの嘱托手当である。も一つは某大官の口添にて某大会社の顧問となつて巨額の報酬を得て居るのである。仕事は勿論何もあるのではない。政府が変れば之がどうなるか分らない。現状の紛更を恐るゝ所以である。
 相識のも一人の議員は、もと清廉の人であつたが、娘の嫁入りの時金策に窮した余り同僚の好意を求めたのが縁となり、其後年の暮などに一二度また融通を与へられた。金持でもないのに何処から持つて来たらうと或る時尋ねて見て、始めて其の金が某大官から出た事を知つたといふ。流石に某大官は金のことをおくびにも出さないが、夫れ以来彼は議院で猛烈に反対し得なくなつたと自ら述懐して居つた。
 下院に籍を置く知人某の話に、或る代議士金に窮し、是亦某大官の紹介によりさる銀行より手形の割引に依つて若干の融通を得た。書き換を重ねて其儘借りて居るが、政府でも変ると屹度払込を強要さるゝに違ひないとて、政変説の起る度毎にビク/\してゐるとの事であつた。
 斯んな話を数へ立てれば際限はない。上下両院を通じ、議員の大半はこの種の腰弱の連中だといふのは酷評であらうが、何れにしても、議論では強いことを云つても一種言ふ可らざる感情として政府の者に頭が上らず、且つ現状の動揺紛更に極度の危惧を抱く者の多いことは、見逃す可らざる事実であらう。
 アゝ現状の固執! 日本の政界の大なる弊害の源は一つはこゝにある。萎靡停頓頽廃を極むる一つの原因は慥(たしか)にこゝに在ると思ふ。


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 政府よりする買収の手は、自ら政党に供するに多数を結束するの便宜を以てするの結果となつた。斯くして結束した政党の力は案外に強いものだといふに気づいて、遂には政府を逆に引き廻さうといふことになる。否、今日では自ら進んで政府の実権を握ることにさへなつた。之といふも詰りは多数のカである。而して其の多数は要するに金で出来たものだから、更に盛に金を使つて、多数をかため、又之を拡張せんと図る。政府に立てば金を作るに便宜だといふ事も、此の勢を大に助けたことは言ふまでもない。夫からいろ/\の政治的悪悪は生れる。
 善良なる国民は、併し乍ら、此の状態を何時までも黙州過する筈はない。今日偶々政権の衝に当つて居る政友会が、殊に世上の悪評を蒙つてゐるのも畢竟之が為である。かくて世人は挙つて彼等の悪辣を憎む。が只何と謂つても彼等が権力を握つて居るので如何ともし難い。丁度昔の暴虐な大名の様なもので、憎い/\と思ひ乍ら、長いものには巻かれろと諦めて居るのが今日の状態である。而して其の根本はといへば、彼等が多数の力を極度に大事がる所から来るのである。
 云ふまでもなく現在彼等に与へられてゐる地位は、彼等の内面的な道義的な努力でかち得たのではない。金で拵へた多数の御蔭に過ぎぬ。内在の力で得たものは、一時之を喪つても、また之を恢復するの希望があるから、左まで悔いないが、外面的の力で獲たものは、一度失ふと容易に二度と得られないと云ふので、無理にも之に取り縋らうとする。是れ彼等が政権の維持に手段を択ばざる所以である。尤も彼等の間にも、一つには世間の不評を苦慮し、又一つには多少良心に疚しい所もあると見へ、進んで積弊を一新せんなどゝ心掛くるものはある。政府の改造だの、綱領の立て直しだの、将たまた幹部組織の改革だのと騒ぎ廻るのも、つまりは此の為めだが、併し結局に於て、現状の打破を恐れて居つては、何の改革もいゝ加減のところで止つて仕舞ふに極つて居る。腐敗の基は外部の力や金に恃む所に在る。之に頼らないといふことになれば、現状は一時飛んでもないものと変つて仕舞ふかも知れぬ。政友会が一転して二三十名の小党派になつても構はないといふ位まで腹をきめてかゝらねば、徹底的の改革は出来るものではない。今の政治家に果して之れがやれるだらうか。之をやるに躊躇するものは、独り政友会ばかりではない、殊に貴族院辺には沢山あるといふのだから話が六つかしい。


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 憲政会の様な少数党が、先度の議会に見るが如き反対の為の反対に浮身をやつすのも、我々にはよく理解が出来る。内面の力に関係なく勝敗の数がきまり、而かも一旦勝者の地位を占めた者は其の地位を利用して益々強くなるばかりだとなれば、反対党としては勝ち誇れる者を覆すに陰険な極端手段を用ふるに至るのも無理はない。昔なら暗殺とか襲撃とかをやるところだが―支那の政界に見る様な―二十世紀の今日とて夫れもならぬ。やがて自暴になつて徒らに妨碍をこれ事とするに至るは是亦毫も怪むに足らぬのである。
 かうした政情の下から、一体国利民福の増進といふことが望まれるものだらうか。道義的生命の伸長と云ふ様な事は期し得らるゝものだらうか。退いて、議員の一人/\に就て之を詰(なじ)ると、彼等は異口同音に答へていふ。誠に困つたことだ、何とかせねばならぬと。冷静に復(かへ)れば彼等も斯くある可らざることを万々承知なのだが、さて一旦議場の人となり、政界擾乱の渦中に投ずると、困つた/\と慨歎した其人が実に困つた事を自ら敢てするのだから困る。併し政界の斯くの如くなれる所以を退いて静に考ふると、我々は更に一歩を進めて、もつと根本な所に革新の斧鉞を振ふの必要を認むるものである。


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 枝葉の改革は駄目だ。一番根本な一番有力な手段に手を染めるに限る。然らばそは何かといふに政党の地盤を覆すことだと思ふ。政党の地盤政策の弊害については、色々の機会に於て屡々述べたから茲に再び贅(ぜい)せぬが、兎に角各政党殊に政府党が、各種の利権を餌として地方民を釣り、以て鞏固なる地盤を諸方面に作つて居るのが百弊の基だ。利権を以て地方民を釣り、百姓町人を駆りて政党に入らしめ、依つて以て鞏固なる地盤を作り、而して其の選出する代議士をば宛かも奴隷の如く意のまゝに、頤使せんとする。之が為には金が欲しい。金を作る為には味方が要る。味方が出来ればまた金も出来る。斯う云ふ政情の下に於ては、多数則ち罪悪の淵叢たるは当然だ。故に曰ふ。地盤を覆すのは何よりの急務だと。
 百姓町人は元来政党などに籍を置くべきものではない。政党は政治家の仕事だ。百姓町人は政争に超然として公平なる審判者を以て任じなければならぬのだ。何れの党派でも構はぬ、良い方に投票するといふので、政党の争に道徳的意義が出て来る。理が非でも自分も党員だから味方に投票するときまつて居つては、其処に何等の道徳的批判も加らない。公平の地位にあるべき百姓町人が我から政党員たることを誇るのは片腹痛き次第であるが、併し斯かる形勢を作つた党界策士の瞞着手段は甚だ憎むべきものである。故に所謂地盤政策は、理に於て排すべきものであると共に、実際弊害を流すこと頗る大なるものとして又大に之を斥けなければならぬものである。
 地盤政策を破る最良の手段は、現に入党して居る百姓町人にすゝめて速に脱党せしむることである。併し之は一時に出来ることではない。不徹底ではあるが、実際的方策としては、普選の実行などが捷径(しょうけい)だと思ふ。十人の基礎の上に地盤を作つてゐたのが、選挙民を増して三十人四十人とすれば、従来の地盤は全く用を為さぬに至るからである。普選は之を主張するに他にも幾多の根拠があるのだが、実際問題としては、我国などでは、此見地からも大に之を主張するの必要があると思ふ。政党者流が内心私に之を喜ばざるは、亦恐らく専ら這の理由からだらう。
 併し普選になつたからとて、すぐに政界の積弊が消えるものと思ふなら、そは余りに早計である。普選の実行は地盤政策を著しく困難にする。或は一旦之に依りて従来の地盤が崩れるかも知れぬが、其上に果して麗しい美果を新に結ぶに至るやは、更に其後の別な努力に待たなければならない。


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 斯う考へて来ると、日本の政界は、普選の実施を見るまでは到底碌な進歩を見まいと云ふことになる。普選になつたとて良くなるとは限らないが、良くしやうとの我々のあらゆる努力も、普選にならぬ以上は、殆んど何等の効を奏しないと云ふことだけは確実だ。夫れ迄は手を拱いて傍観するより外に道はないのである。差当りの問題としては、高橋内閣をこの儘継続せしむべきか、又は改造を迫るべきか、人心に離れた現内閣を去らしめて中間内閣を作らしむべきか、又は憲政会内閣の出現を迎ふべきか等が論議の題目となつて居る様だが、夫がどつちになつたつて国利民福に大した変りはない。権兵衛の代りに田五作を出すことに識者の興味の乗らないのは固より怪むに足らないのである。


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 夫れでも茲に一つ、斯んな風にでもなつたならと思ふことがある。そは今の内閣をやめて憲政会をして代り立たしむることである。但し之には条件がある。曰く直に議会に解散を命ずることである。曰く次の総選挙には政府進んで不当無用の金を使はず、且つ相手方の金銭的運動を最も厳重に取締ることである(憲政会なら之れが出来さうだ。ナゼならば金がないといふから)。曰く其為には成敗を全然眼中に置かぬことである。
 そこまで思ひ切つてやれまいとは思ふけれども、若しやつたとすれば、茲に始めて金なしの本当の力競べが出来、議員が真に国民的基礎の上に立つ端緒が開ける。仮令反対党の政友会の方で依然金を使ひ為めに競争で敗かされたとしても、一度でも金を使はなかつたといふ経験が非常な教育的効果を来すべきは疑を容れない。而して一度かく国民を訓練することが、やがて政弊革新の必要にどれ丈け彼を覚醒することになるか分らない。斯う云ふ条件を飽くまで厳守するといふなら、憲政会にやらすのも一策だと思ふ。否な政界革新の清涼剤として可なり大きな意味のあるものだと思ふ。一時敗れることありとも、斯の如きことこそ真に政党の永遠に活きる途だといふべけれ。今の憲政会に果して斯の決心ありや否やは遺憾ながら多少の疑なきを得ない。


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 仮りに我国の政界が僕の希望して居る通りに発展するものとする。そして既に普選の実施をも見たとする。金の毒は全然政界から跡を絶つたとする。そうすると日本の政界はどうなるだらう。金で繋がつてゐる現在の多数の崩れるのは言ふまでもない。然らば新なる政党の分野が多数の結束に依て従来の様な形に出来るかと云ふに、僕の考では寧ろ却て小党の分立を見るに至るではあるまいかと思ふ。政界の分野は、抽象的の議論としては、二大政党の対立となるが自然だが、実際上劃然二派に分るゝ為には、人格的信認と云ふ高級なる情操の流るゝものがなければならぬ。政見は時によりて変り得る。変らざるは人格だ。此の不変の人格に相互信頼して疑はざるの訓練を積んだものでなければ、恒久の鞏固なる結束は出来難い。不幸にして我国の政界はまだこの程度に達して居ないから、私共は独仏の様に小党分立の勢に甘んずるの外はないと考へて居る。之れが又我国に相応な分際だかも知れない。強て大政党を作らうとすれば、今日の政友会の様に、外部的な力で人為的に結ばねば出来ぬのだから、却て小党分立の儘に放任する方が政界の健全を保つ所以であらう。
 我国の様な処で小党分立で居る事の一つの利益は、その大小に拘らず、凡ての党派が議会に相当の勢力を張るを得ることである。そこで大政党に頼らざるも政界に驥足を伸ばし得る途は開けるから自然人材の政界に輩出するを促すに至るだらうと思ふ。蓋し独仏の形勢と合せ見ば思ひ半ばに過ぐるものがあらう。小党分立は、官僚軍閥の跋扈する処では動もすれば之に乗ぜらるゝの危険なきに非るも、今日は―少くとも今後は、之等のものとて左まで恐るべき程の事もなからう。又かうした形勢を馴致する事に依て、官僚の徒をしてまた公然政党的行動を執らしめ得る様にもならう。かくすれば却つて政界革正の実を挙げることが容易になつて来るかとも思はれる。
 斯んな事を念頭におきつゝ政界昨今の動揺を見て居ると、興味中々尽きざるものがある。説いて尽さゞるものがあるが、又他日を期して再論することにしやう。