戦後の婦人問題

 人々今回の欧洲戦争の期間を評して、或は半年と云ひ、或は一年と云ひ、或は三年と云ふけれども、とても一年や二年で終る様には考へられない。其よりも長びく様に思ふ。其理由の一つは、是迄の戦争と、其趣を全く異にして居る。即ち(一)飛行機が始めて軍用にされた事、(二)軍略、弾薬の進歩発達の結果は所謂在来の戦争と其趣が異つたのである。故に敵を攻略するも機械的の作用は全く駄目で、兵糧攻めにするより外に仕方がなくなつて来た。扨て飛行機の作用に二つある。(一)敵勢破壊(二)敵情偵察であるが(一)は余りの効力はない。即ち飛行機上より弾を投下して敵勢を破壊する事で、既に青島に於ても実験された事であるけれども、僅に十人乃至十数人の人を傷害するのみで大した攻撃も出来ない。とても堅固な要塞の破壊などは思も及ばぬ事である。故に一説として、飛行船或は飛行機上に一パイの爆弾を積載してそれを要塞の上にそれぐち落下する事だけれども、それは日本人ならば出来ない事はないが、欧洲の人道問題上それは許されぬのでそれもする事が出来ない。ベルダン或はメツツの如き堅牢な要塞は之程の方法によらなければ、とても破壊する事は出来ないのである。故に近頃案出された方法は無線電信で飛行機を操縦する事で、これは既に戦争前かち考へられておつた事である。然し未だ十二分の結果は得られない。
 飛行機の使用並に軍略の進歩の結果此度の戦争に於ては、日露戦争に於て行はれた様な決戦は出来ない。所詮三日間と続く様な大決戦は起る様には思へない。故に個々の場合を除き白兵戦のやうなものは出来ないのである。これは一つに飛行機偵察強行と二に軍器弾薬の豊富でないと云ふ事から起るものだ。現に各国軍器弾薬に大に欠乏を告げ、現に露西亜の如き、米国よりそれらを購入しつゝあるのである。今日の所、一日の戦争に用ゆる小銃弾は実に六ケ月の作製時日を要すると云ふ事である。独逸の如き工業の盛な国でも尚然りである。斯くの如くであるから、小銃大砲其他火薬の供給は至つて不充分なのである。故に休んでは戦争をし、戦争をしては休むのが現在の状態である。この兵器弾薬の供給が全く不充分であるが故に、自然と戦争が長びくのである。故に戦後戦争が如何なる問題に影響するかゞ却々(なかなか)興味ある問題であるが、殊に婦人問題に又は平和問題に関する所の問題が多いだらうと思ふ。
 所謂婦人問題なるものは戦争以前より論ぜられたものであつて、殊に経済学者の中に於て大に論じられたものである。即ち経済上男女とも同等の資力を投入しても尚男は女の得る所より多くを得るといふ事が既に問題となつてあつて、例へば男女均しく師範学校を卒業して小学校教師を勤めるにしても男は百マルクを受くるに反し女は八十マルクしか受けないと云ふ。独逸に於ては此種の問題より婦人問題が起つて来るのであるが、英国に於ては政治上婦人参政権問題が起つてゐる。現内閣の首相アスキス氏はそれに反対であるが、蔵相ロイド・ジヨルジ又外相サー・エドワード・グレー両氏は婦人参政権に賛成である様である。独逸英国の婦人問題は上述の如くであるが、もし日本に於ても、婦人問題があるならば、其は矢島楫子女史の毎年帝国議会に建議さるゝ、刑法上男女を同権にする事である。今日でも社会の習慣上女は男の云ふ通りにすべきものだとなつてゐるし、且つ左様にやつてゐる。昔は婦人は高等の教育を受けなかつた故、其でよかつたけれども、今日の所婦人が男子の様に高等の教育を受けて来る様になつたから、夫唱婦随と云ふ事は出来ない。利巧なものが唱へて利巧でないものが之に従ふと云ふのが今日の有様となつて来た。
 文明が進むに従つて今後幾多の社会問題が起るであらうが、皆が皆まで男子丈で解るもの耳(のみ)でない、大に女の力を藉なくてはならない物があるであらう。現に英吉利に於る Poor Law の如き其一つであつて、所謂社会問題として救貧組合の如き、婦人の入会者に依て大に解決された所があつたと云ふ事である。即ち先代の俳優アービング夫人なども此救貧組合員の一人であつて大に力を振つたものである。米国に於ては左程珍らしくもないが英国に於ては模範村の三つの中の一つは婦人村長の管理してゐる村だと云ふ事である。
 之を見る時将来婦人の勢力を男にかさなくては十二分に社会問題は解決することが出来ないと思ふ。パンカースト夫人の例の参政権の運動も戦争の為に一時中止されてゐる。全然中止された訳ではないが、世界文明と英国の安危の為めに一時中止の姿である。パンカースト夫人一派の如きは随分猛烈な運動を起しも屡獄に投ぜられた様な事がある。或は大臣の官邸を襲ふたり或は午後の四時頃と云ふに至つて人通りの繁しい英蘭銀行の前に爆弾を重り下て置いたり、随分危険千万な事をしてゐる。彼等此種の運動に従事してゐる婦人が入獄させられても食事をしない所謂 "Hunger Strike" をやるものだから三ケ月の刑期も漸く十日位で釈放となる。然るに彼等は夫を良い事にして、又もや乱暴を働く。婦人の餓死を忍びずして釈放したが出獄後大に飽食して健康態に復し、又運動を怠らないから一昨年法律を改正して入獄後いくら、パンカースト等が絶食をやつても強制的に食事を進める即ち "Forceful feeding" をやつて彼等を許さなくするに至つた。戦争の為に参政権運動を中止した彼等は、或はベルギー避難民に職業を与へたり、或は出征者の家族を慰問したりして大なる働きをなしつゝあるのである。即ち此度の戦争で婦人の力を藉る事は頗る多大なものである。我等日本人には戦争の惨害なるものが解されてゐない。今迄の戦争でも内地でせられたのでない故、目前に其惨害を蒙つてゐないが、今日の欧洲では何れも目前に夫を見て心から痛ましく思つてゐるのであつて、日本とは大分様子が違ふ。それ故に戦後一層烈しき平和運動の起ることは明かである。独逸に於ては四五百万人の軍人が戦場に出てゐると云ふ、そして其後方勤務をする者も亦四五百万人を要すると云ふことである。然るに独逸今日の現状では五十才以下で戦場に出られ得る人間は全人口の五六千万の中其四分の一として千五百万人位だと見ねばならぬ。そして今日では男と云ふ男は悉く戦場に出なければならなく成たのである。故に乗合馬車の御者共は皆女がしてゐると云ふが、然もこれも社会問題として、許すことの出来ないものであると言つて喧しく論議せられてゐる。然し社会の交際の生活に婦人が大に必要となつて来たことは確かな事実であつて、今やそれを空論として取扱ふ事が出来なくなつて来た。そして之は婦人の権利に関する問題のみでなく、婦人の勢力が大に増大する事を証拠立る者である。米国に於ては婦人に参政権を許してゐる州もある。又濠洲に於ても聯邦政治及各州の政治及ニュージーランドの政治には現に参政を許してゐる。又露領フィンランドの如きは既に婦人の議員があり、又ノールウエーの如きも今日は辞職してゐてゐないけれども十年前までは婦人の議員が有た位である。而も男子議員は彼等婦人議員の加入を大に歓迎したと伝えられてゐる事実がある。而して英国に於ては既に其機運が熟して来たのである。政治経済上の問題として物価騰貴の問題の如き大に家事内政の事と重要な関係がある。英国に於て物価問題に関する政治演説の聴衆の半分は婦人である事は珍しくない事実である。即ち政治問題を自分の問題として論る様に至つたのである。
 今日の状態では日本の男子と雖も尚欧米のそれに及ばぬ事遠いから、況んや婦人に於ては、推して知るべしである。然し日本婦人は将来発展の為に益々勉強しなければならないのである。西洋の婦人は上に上に頭をあげて勉強して行と共に日々の仕事を決して愚にはしてゐない。私がウインナに居る時、下宿の女中は勉強の時を得て毎夜二時間宛、天文学や解剖学を研究して居た。而て智識を練磨するのである。日本の婦人も益々智識を磨いて高尚なる問題に頭を使はねばならないが、それと共に地味な日常の仕事にも勉強せねばならない。将来婦人の先覚者が出来なければ日本の文明は発達しない。地味な堅実な腰を落ちつけた状態にあつて益々頭を練り智識を磨かねばならない。戦争後に於る婦人問題は先づこれより始まるであらう。

 
(三月二十九日神戸女学院卒業式に於ける演説梗概文責在記者)

                            〔『基督教世界』一九一五年四月〕