欧洲戦局の予想

 

 欧洲戦争の終局を予想するは少し早や過ぎるけれども、今日云ひ得る事は戦争は案外長引くと云ふことである。
大局に於ては聯合軍の方が有利なれど、現在の処では実際の戦争は独逸が勝つてをる形になつてをる。しかし聯
合軍の方が負けると云ふ風には考へられないから、結局独逸は敗者の地位に立つと思ふけれども、急にさう云ふ
状態にはなりさうでないから、戦争が終局を見るに至るまでには余程時期があると思はれる。そこで若しも私の
予想の如く、容易に戦争の結末がつかぬ事になれば、伊太利が動くことになるかも知れない。さうしてバルカン
も亦紛乱の状態に陥るかもしれない。つまり両軍互角の勢であつて、対戦持久して居れば双方とも困難が増す訳
であるから、早く戦争の結末をつけるために、自分の方に同情あるものを引張り込むことになるであらう。既に
独逸は南アフリカに於てボア人を煽動して英国に反抗せしめてをる。最も南アフリカに於ては此両三年来、現在
の政府のポーター内閣に対して、ヘルツオーグ及び今度の謀叛軍の首領なるマリツフアーが反感を有しをつた事
実があるから、此地に動乱の起るのは必ずしも意外のことではない。之を独逸の煽動に依りて起つたものと見る
べきや否やは疑はしいが、然し仮りに独逸が煽動して事を起したとすれば、これに対抗するために英仏側は今満
を持して放たざる伊太利、ルーマニアを煽動して、南と東から墺太利に衝き当り兵力を割かしむる手段に出づる
かも知れない。是等の二国は形勢を観望して居ると云ふが、夫れは勝つ方に付くためでなく、聯合軍が勝つなら
ば起たなくともよい、彼等が危いならば出やうと思つて観望してをるのである。伊太利は三国同盟の一であるけ
れど近年之れは名ばかりで、実際上は英仏に親しみ特に墺太利とは仲が悪い。故に一旦葛藤が起れば独逸、墺太
利を助ける位地にたゝぬのは初めから明かなる所であつた。さればこそ戦争が初まつてから今日まで、国民の間
には開戦熱が盛んであつて、政府は之を抑ゆるに困難を感じて居る位である。ルーマニアは一八七八年の露土戦
争以来露西亜に対して反感を抱いてをる。当時ルーマニアは其東のベツサラビアを得るの希望を以て露西亜を助
けたが、其結果は何物も与へられなかつた、そこで彼等は露西亜に対するために墺太利と結び、最近まで墺太利
とルーマニアとは同盟の様な関係であつた。されば現に墺太利政府の機関新聞たるノイヱー・フライヱ・プレツ
セーの如きは、又同時にルーマニア政府の機関紙をも務めしは公認の事実であつた。然るに近年に至つて段々に
墺太利との交誼が冷却して来た。之れには種々の理由がある。最近のことでは去年の夏、バルカンの二度日の戦
争の時、墺太利はブルガリアを助けてルーマニアを抑へた事がある。夫れでルーマニアは墺太利に反感を抱いて、
此頃は却つて西隣のハンガリーのトランシルバニアに目をつけ初めた。此処は大部分ルーマニア人の居る処で、
約三百万人位である。夫れで今日の処ではルーマニアはトランシルバニアを目がけて事を起すであらうとは、蓋
し考へ得べき事である。最も人に依つてはルーマニアが事を挙げると必ずブルガリアが起つて背後を突くであら
う、何となれば去年の八月の条約でブルガリアはルーマニアから土地を取られた遺恨があるからであると云ふ。
余の考へは此点は何とか話はつくと思ふ。ルーマニアがブルガリアから土地を取つたのは、バルカン戦争で他の
国が皆土耳古の領土を分割して段々大きくなつたのに、自分丈以前の儘でをつてはバルカンの均勢がとれぬと云
ふので、ブルガリアから土地を要求したのであつて夫れ以上にブルガリアを虐じめる意志はない。第一バルカン
戦争の当時、ルーマニアはブルガリアと対戦しながら、ブルガリアが希臘、セルビアに虐じめられて難境にたつ

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た時、却つて之れに同情して非常なる窮境に陥らんとする処から救ひ出した形跡がある。且つ又ルーマニアは西
                                    さき
の方に領土を拡げる事が出来れば、ブルガリアに嚢に取つた土地を返すことは左程苦しい事ではない。故にブル
                     たと え
ガリアとルーマニアは妥協の道はある。仮令ブルガリアがルーマニアの背後を衝くとしても、さうすれば勢ひ希
                            みだり
脱がブルガリアの背後を衝くことになるから、ブルガリアは妄にルーマニアと事を挙げぬと思ふ。
 斯く考へて見ると、ルーマニアが起つ事は決して不可能の事ではない。何れにしても伊太利とルーマニアが起
っ事になれば、東欧の方面に一の紛乱を若き起すであらうが、夫れは常に独逸側の不利益となる。さう云ふ次第
で段々に独逸方が困難を感ずるに至るであらう。勿論之れと同時に戦争が長引けば、聯合軍の方にも困難を増し
て来るのであつて、双方で種々の困難が増して行く程度の割合が、戦争がどれ丈け続くかを決定するの原因とな
るのである。そこで戦争の結末は何れに落付くか予言することは出来ぬが、仮けに独逸が負けるとすると云ふと、
其負けるに至る順路は、或は伊太利やルーマニアの起つた為めに嗅太利が瓦解し始める事から来るか、或は対戦
持久上、永く兵力の補充が困難になつて来た事から来るか、然らざればそこに至らぬ先きに経済上の破滅から来
ると思ふ。独逸は海外貿易が全然杜絶されてをるからして、経済界が打撃を受けて居ることは云ふ迄もない。目
下政府では不換紙幣を濫発して一時の間に合せてをるさうだが、斯る変則なやり方は永く続く者ではない。又戦
                                 さす
争によつて衣食に困難する下流の人民が多くなつたさうだが、通がは独逸で、之れに対する救済の途はよく行き
届いて居るやうである。さうすると此方面からは不平が起らぬ様なれど、戦争が長引けば段々に困難を感ずるか
らして、下流社会の不平と云ふ事から破綻の端が表はれんとも限らぬ。
7う

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      二
億て独逸が負けたとして、其結果はどうなるだろうかと云ふと、之れは講和の際に於ける聯合軍倒の力の程度
 さ
で定まる。独逸が負けるまでには聯合軍側も非常にカを失ふから、若しも其際に聯合軍側に場合によつてはもつ
と戦争を続けてもよいと云ふだけの気力がなければ、講和の条件は割合に穏かですむであらう。若しさうでない
とすれば、独逸側は多額の償金を課せられ、海軍を全滅せられた1で、土地の割譲を要求せられるであらう。先
づ独逸にあつては南方のアルサス・ローレンは無論失はれる。其外土地を割かれるのはプロシア即ち東プロシア
と西プロシア及びポーゼンの辺は多分露西亜から要求されるであらう。襖太利は北部にてガリシアを露西亜に割
くことは免れない。東の方は仮りにルーマニアが参加したとして、而して共参加が聯合軍の為めに非常に効労が
あつたとして、襖太利のプコヴイナ並に蹴新のトランシルバニア方面に於て兎も角多少の土地を得る事になる
かもしれない○南方はチロール並にトリヱスト方面に於て伊太利が多少の土地を得るであらう。之れは伊太利が
戦争に参加すると、せざるとを問はず、疑ふべからざる事である。唯だセルビアがボスニアを得るや否やは問題
である。セルビアはボスニアを要求するに違いないけれども、ボスニアに居るセルビア人は悪く皆セルビアに併
合を希望して居るのではない。且つ又セルビアはボスニアを得ても海岸に出る事は出来ない。何となればボスニ
アは海に近く、ダルマナアに囲まれてをるからである。欧洲諸国はセ〜ビアが西方に発展することを余り好まな
いから、場合によればセルビアは今のア〜バニアをなきものにして、其方面に発展を許されるかもしれない。
 要するに独逸敗戦の結果は、独逸帝国の中に於てプロシアの勢力の衰へる事は確かで、嗅太利洪牙利に於ては
従来其の中堅となつてをつた独逸民族の威力が衰へるのも確かである。従来之等の二国は妄はプロシアが中堅
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欧洲戦局の予想
              ゼ ル マ ン
となり、他の、方は嗅太利の日耳鼻民族が中堅となつて、双方に貴族政治を行つたのである。今や中堅的勢力の
威力が衰へて、アリストクラシーが破らる、は疑ひない。但し独逸帝国其ものが瓦解し或は又襖太利洪牙利が分
             やや
裂するかは疑問である。人稀もすれば敗戦後の独逸帝国の分裂瓦解を説く○成程南独逸がプロシヤと反撥して居
るのは疑ひない事実で、曾てはパパリアがプロシア襖太利に対抗して、昔の独逸帝国を三分し、所謂天下を三分
して、其の一に覇を称せんとした事はあるけれども、今日では他の独逸聯邦の国々と共に、独逸国民と云ふ意識
が余程強くなつて来てをる。彼等はプロイセンツームには反対だけれども、独逸ツームには反対でない。故に独
逸帝国の組織を改造してプロシアの専横を打破する事が出来れば、彼等は無論独逸帝国の一部分として甘んずる
      いわ
であらう。況んや分立して一本立ちになれば到底欧羅巴で一等国民として立つ事は出来ないから、南方独逸とて
も、自から求めて斯の如き地位に立つことは敢てしないであらう。此点は洪牙利どでも同様である。洪牙利は年
来嗅太利の下風に立つ事を潔としない。中には全然独立を希望するものあり、現に独立党と云ふ政党もある位で
ぁる。中にも俗に四十八年党と称するものの如きは一八四八年当時の状態に洪牙利の地位を改めんと希望して居
るものである。斯る有様であるからして国民の多数は最近に於て内政上に於ては出来得る丈け嗅太利と対抗して
独立の地歩を占めんとして居るけれど、外に対しては嗅太利洪牙利王国と云ふ大国の名義の下に一等国の取扱ひ
を受たいと云ふ希望がある。さうして襖太利から全く独立しては欧洲諸国は到底自分等に一等国の待遇を与へな
いと云ふ事を承知して居るから、全然分立すると云ふことは彼等の希望する所でない○現に洪牙利の総理大臣チ
ッサーは此考へに基いて同国の最大政党たる労働党を組織し、而して此精神は益々国民の間に根拠をしめてをる。
故に洪牙利が分離すると云ふことは先づなからうと考へるのが穏当な説であると思ふ。そこで独逸でも、襖太利
洪牙利王国でも、多分瓦解分離はしないとして、唯其中心的勢力たるものが、専横を振ふことが出来なくなる。
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さう云ふ事になるから将来に於ては、もつとリベラルな政治が行はれる事になるであらうと思ふ。
 今一つはプロシアと襖太利とが滋に大打撃を受けた結果として、其関係が今日よりも尚一層接近することも想
像され得る。其結果は多年旧来の関係を保つて独逸帝国の外に立つてをつた襖太利の皇室が、何等かの形に於て
                                                ゆだ
独逸皇室と結ぶと云ふ事になるかもしれない。既に目下戦争中襖太利の軍隊が其指揮権を独逸に任ねたと云ふ噂
があるが、之れは独嗅提携の一端であると思はれる。嗅太利はプロシアの国王が当然に独逸皇帝になると云ふ独
逸帝国の憲法を改めるなら、何等かの形に於て独逸帝国の中に入るに、たいした差支はないと云ふ事になるかも
しれぬ。
                                                         もたら
 最後に今一つ考ふべき点は、独逸が全く敗北するとなれば、其殖民地を失ふと云ふ事も、重大なる結果を斎す
のである。特に東欧方面に勢力を失ふことは独逸の尤も苦痛とする処で、独逸皇帝が多年計画せるバグダツト鉄
道の如きも、恐らくは英国の領有に帰し、日耳鼻民族は全く東方に伸びるの進路を絶たる、に至るであらう。我
東洋の方面から独逸が全然駆逐さるゝは論を待たない。
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      三
 然らば聯合軍側が負けるならばどうなるであらうか。併しこの疑問は聯合軍が全然負けるに就ては仏国と露国
                                             ベ ルギ1
との陸軍の全滅を想像しなければならぬ。所で仏国と露西亜の軍隊が全滅することは容易に考へられぬ。自耳義
の様な小国ならば、之を全滅の境遇に陥れることは困難でないが、仏蘭西、露西亜の如き大国では到底之れを悪
く打ち平げて、全く抵抗の力なきに至らしむることは出来ない。特に今回の戦争では、初めて飛行機が利用され
て、敵味方共に御互の様子が余りに明白に分つて居るからして、決戦と云ふ事は原則として行はれない。形勢が
欧洲戦局の予想
不利なりと見れば退却する。勿論多少敵情が分らねば戦争はしないけれども、しかし大体は敵情を想像して両方
                    つく
で御互に勝つと思ふてやるから死力を濁して決戦するのである。然るに絶えず飛行機で敵情を視て居るから少し
戦局がすゝみ形勢が悪ければ全滅に至らずして退却するのである。故に独逸が如何に優勢でも、敵の主力に大打
撃を与ふる事は出来ないから、唯だ無暗に戦線を拡げるのみである。而して独逸にはもう兵力は限りがある。之
に反して仏国、露西亜は非常に豊富である。夫れで独逸は際限なく手を拡げられぬから、勝てば勝つだけ攻撃力
                                         しかしながら
が弱くなつて来るのであつて、聯合軍を全滅することは到底不可能のことゝ思ふ。乍併此点が不可能でも独逸
が英国の海軍を全滅し得たならば、初めて終局の勝利をしめるかもしれぬ。此点は必ずしも不可能ではないが、
しかし当然の打算としては甚だ困難である。英国は陸軍は弱いが、海軍はなか〈整つてをる。且つ数に於ても
常に独逸の十に対し、十六と云ふ割合を保つ事を怠らぬ。仏国の艦隊は一昨年の協約で、全部地中海に廻し、大
西洋及び北海の方面は英国が一手に引受けて居るけれども、仮りに伊太利が戦争に参加する事ありとすれ掛、仏
国は地中海艦隊の全部をあげて之れを大西洋に向はしむるであらうと思ふ。斯く考へ来れば独逸は英国の海軍に
打撃を与へ勝を制することも困難である。然らば経済上に於ては如何。之れは英、仏、露が困る先きに、独逸が
困るから、其方面からは聯合軍が独逸に屈する事は当然有り得ない。
 之を要するに独逸は大体に於て守るには強いけれども攻むるに強い国とは云へない。夫れで聯合軍が全然負け
る事は考へられぬが、仮りに一歩を譲つて独逸が勝つたとすればどうなるか。之れによつて大打撃を受くるもの
は何と云つても英国である。英国は当然海軍を失ふことになる。夫れから独逸が東欧羅巴から小亜細亜に勢力を
                      オランダ
撞つた結果、印度が危くなる。夫れから独逸は勿論和蘭、自耳義を併合して、露西亜からは旧ポーランド領を取
り戻し、北の方ではバルチック海沿岸の三州、即ち独逸人の多数居る処の地方を取るに違ひない。嗅太利も亦北
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の方と東南の方に伸びるであらう。セルビア、モンテネグロ、アルバニアは無論併合するであらう。而して独逸
と嗅太利とは何等かの形で提携して行くであらう。果して然らば敗戦後の英国の殖民地の運命は如何。之れは極
                       カ ナ ダ
く小さい処は独逸に取られる事もあらうけれども、加奈陀の如き、南アフリカ聯邦の如き、濠洲の如き、印度の
如きは純然たる一国の如きもので、独逸が何と云つても之れには手の付け様がない。唯だ先に考ふべさことは之
                                                一そもそ
等の殖民地が英国から離れて、全然独立する事になるかもしれないと云ふことである。抑も之等の国は英本国の
勢力の下に於て、初めて安全なるを得て居るので、若し英本国の武力が衰へることになれば、国防の事は独力で
せねばならぬ。然るに国防を独力でやる位ならば、経済の利害関係が密接でない今日、何も英国の配下に立つて
をる必要はない。そこで彼等は独立を宣言し、各々独立して軍備の整頓をなすに至るであらう。因に濠洲の軍備
                                                      こ・つしゆ・つ
の整頓は、直ちに其影響は日本に及ぶことを覚悟せねばならぬ。最後に独逸の勝利の予想の下に、膠州湾はどう
なるかと云ふ問題である。膠州湾は元より遠からず日本の占領に帰する。独逸が如何に欧洲の戦争に打勝つても、
東洋で日本に対抗することは出来ぬ。日本は聯合して事を共にした英、仏、露が負けたからと云つて、膠州湾を
無条件で独逸に返すことは出来ぬ。独逸は戦勝者の権利を以て、膠州湾の回附を要求するか、或は占領の事実を
認めて、一先づ日本の要求を容れ、然る後支那政府に村し、大手腕を揮つて之を動かし、支那政府を通して日本
に当つて来るか、何れにしても膠州湾に於ける日本の地位は重大なものとなる。又之れに関聯する支那と日本と
の関係も決して円滑には行ぬと思ふ。
8。
以上独逸が負けた場合と、聯合軍が負けた場合とを想像して見たが、更に双方がとり疲れて、い、加減に米国
欧洲戦局の予想
の仲裁で引分けられる場合をも考へて見る必要がある。最も英国では最後まで戟つて独逸を虐じめなければ戟争
はやめぬと云ひ、又三国が堅い条約を結んで、単独に和を講じない事を約束して居るから、い、加減に戦争を中
止する事はなからうと思ふけれども、仮りに仏国が独逸の侵入のために非常に困難な地位に陥つたり、露西亜の
中で(之れもなからうと思ふけれど)日露戦役の当時に於ける如き革命運動でも起つたとすれば、英国が一人で威
                             ちよ・つど
張つてをつても、戦争を続ける訳には行かなくなる。恰度日露戦役の際に、日本も露西亜も、奉天の北で相対時
し、両方ともに此上、手が出せぬ様な境遇にあつたが、之れと同じ有様になつたとして、而してそこに米国が伸
                                                                      ヽ ヽ
裁に入つたとして、双方が和を講ずる事もあり得ない事ではない。斯う云ふ場合にも、互角の分けではあるが、
日露戦争の時、日本が勝つた方の側にあつたと同じく、聯合軍が有利なる地位に立つたとすると、独逸は困難を
感じてをる度合が激しいから、独逸が多少の損害を蒙るのみで、大変動なくしでは済むと思ふ。此場合考ふべき
ことは先づバルカンは現状維持であらう。而して独、嗅、露の国境方面では多分現状維持であると思ふけれども、
殊によれば三国の緩衝地として、ポーランドの再興を見るかもしれない。南方のアルサス・ローレーンは、仏に
返す事はなからうけれども、独逸帝国の附属国と云ふ地位を脱して、他の聯邦と同様な→国を組織する独立の分
子になるかもしれない。又自耳義は独逸から多額の賠償金を得る事も想像される。然し之等の事は双方のかけ引、
      一そんそせつしよう
即ち外交上の椿狙折衛で定まる事であるから、軽々に予言することは出来ないが、全体に大した変動のない事は
云ひ得る。唯だ此の場合我々にとり重大関係を有する事は膠州湾問題である。聯合軍が全然負けたと云ふのでな
いから、膠州湾の占領に対して、独逸は之れを争ふの余地はない。然し又他の一方に於て独逸が全然負けたので
もないからして、結局独逸は膠州湾の占蘭を無条件で承認する敗者の義務に服する必要もない。しかし日本は固
より膠州湾を独逸に返す訳はないから、そこで独逸は占領と云ふ既定の事実を承認して膠州湾の回附は之を争は
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ないが、之に対し欧洲方面に於て膠州湾の損失に値する賠償を要求するであらうと思ふ。
 之れと同じ問題は聯合軍が負けた場合にも起り得る。聯合軍の方が負くれば膠州湾の占領に対する賠償を独逸
から求められても、聯合軍側は之に反対するのカはない。独逸は戦勝者として右の如き賠償金を得るに甘んじて、
おめ〈と膠州湾を日本に与ふるや否やは問題なれども、然し若し斯う云ふ手段に出づれば英、仏、露は賠償の
要求に応ずるであらう。けれども聯合軍が負けたのでなく米国の仲裁にて、中途で和を講じたとあれば、賠償の
要求に応ずるや否や。又之れに応ずるとしても、独逸の要求丈けの者を其俵提供するや否やは大に問題とすべき
処である。最も英仏側が賠償の要求に応ぜず、従て談判破裂して再び戦争があつても構はぬとの意気込さへあれ
ば、夫れで独逸を屈服することが出来るが、仮りに聯合軍に夫丈けの意気込がないとすると、日本の膠州湾占領
と云ふ問題は講和会議の席上に於て最も火花を散して争はれる大問題になると思ふ。而して之れを日本のために
有利に解決せしめんとするには、どうしても日本を代表して講和会議に臨む人の手腕と信望とに侯たねばならぬ
と思ふ。即ち一方には独逸の代表者を威圧して共賠償の要求を最少限度に止めしめ、他の一方には英、仏、露の
代表者をして日本のために賠償を提供するに同意せしむるために大に其手腕と徳望とを利用する必要があると思
ふ。若し日本を代表する全権委員にして、各国政治家の粋を集めたる此世界的会議の席上に於て、竜も重きをな
さぬ様な人物であるならば日本は折角大兵を動かして戦争に参加しても、之れによりて得る処のものは、極めて
些々たるものである事に終るであらうと思はれるのである。(十月十五日)

                                           〔『新人』一九一四年一一月〕
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国際競争場裡に於ける最後の勝利