デモクラシーと基督教

攣憎′盛れ彗絹題瀾
 デモクラシーと云ふ文字は此頃種々の方面に用ひられる。此言葉の本来の用ひ方は政治の方面に限られて居た
                  さかのば     せんさく      /
ことは云ふまでもない。遠くギリシャの昔に潮りて其語源を穿整するまでもなく、十九世紀の百年間の歴史に現
                                                      もつと
はれた処だけを見ても、デモクラシーと云へば、先づ人必ず之れを政治的意義に解して居たのである。尤も之れ
が政治上に用ひられる場合に於ても、其意味する処は必ずしも一様ではなかつた。或は人民主権の意味に用ひら
れたこともある、或は人民政治の意味に用ひられた事もある。何れにしても政略の野外に出るものではなかつた
             にわ
が、最近に至り此言葉は遽かに其使用せらるる範囲を拡張して、或は倫理の方面に、或は教育の方面に、或は文
芸の方面にデモクラシーと云ひ又デモクラチックと云ふ様な文字が盛に用ひられる。甚しきは吾人日常の家庭生
活にも此語は用ひられて亭主が余り我俵を振舞ひ、妻君や女中を困らす様な事があると、デモクラチックでない
と云ふ。言葉の乱用と云へば乱用と云へぬこともないが、然し又かく云ひ表はして吾々は等しく或二疋の意味を
      しかのみなら“丁
完全に諒得し、加之かくの如き云ひ表はし方を吾々自ら甚便利とするが故に、今更乱用と云ふて之れを退ける
訳にはゆかぬ。かくして吾々は今日漠然デモクラシIと云ふ時は単純に之れを政治上の意味にのみ限る事は出来
ぬ様になつた。
 政治上の意味に之れを限ると、実は此言葉は専ら内政上の問題に関する一の主義であつた。然るに最近では国
際民主々義などと云つて、外交上の主義にまでも其範囲を拡ろげて居るから云はば其政治の方面からばかり見て
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も、今日のデモクラシーは以前よりは余程其範囲を拡ろめた者と云はねばならぬ。而て今日では政治以外の殆ん
どあらゆる方面に於て此言葉の盛に使用されて居ることは前にも述べた通りであるP
 私は往々世間からデモクラシーの首唱者なるかの如く誤解されて居る。少くとも此文字を訳して民本主義と云
                                かつ
ひ出したのが私であるかの如く見て居る人が世間には多い。然し嘗て上杉博士は民本主義なる訳字の最初の使用
者は自分だと云つて居られるし、又茅原華山君が此文字の作り主は黒岩涙香氏で、盛に之れを世間に拡ろめたの
が自分だと云つて居られる。何れが先かは私の深く間ふを要せざる処であるけれども、只、私が大正二年夏外国
の留学から帰つた時に、民本主義なる文字が、ちよい〈新開、雑誌等に散見するのを見て、兼ね兼ねデモクラ
シーなる文字を日本語に訳す場合には西洋にて見る此文字に附せられて居る、二つの異つた意味を明にする為め
に、二棟の訳字があつて欲しいと云ふ考に、丁度合致する様に考へたので、深く考ふる処もなく「民本主義」と
云ふ文字を使つたまでのことである。デモクラシーは従来或は「平民主義」或は「衆民主義」或は「民政主義」
等と訳されて居たが、其中最も普通なるは「民主主義」である。而して人民主権の意味として「民主主義」 の訳
字を適当とすれぼ、デモクラシーの他の意味、即ち、人民政治の意味を「民本主義」と云ふ文字で表はすのが適
当かと考へたのであつた。兎に角、夫れ以来「民本主義」と云ふ文字が非常に流行する様になり、社会の各方面
に於て「民本的」と云ふ言葉の流行を見るに至つたのである。
 それでも私はデモクラシー、或は民本主義の本来の意味は政治上のことであるから、之れは断じて、政治上の
仁政なる意味と解すべきであると主張して来た。時には民本主義は専ら内政上の主義で、国際民主主義と云ふの
は言葉の乱用に週ないと頑張つて来たこともある。それにも係らず、或はデモクラチックと云ひ、或は民本的と
                                         と−ヘノと−∧ノ
云ふ▲言葉は遠慮会釈なく社会の各方面に使はれて其勢は清々として止まる処を知らぬ。元より之等の便ひ方は政
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デモクラシーと基督教
治上の主義としてのデモクラシーの意味を、機械的に拡充したものに週ぎないのではあつたが、然し漸次昨今の
形勢を見ると余りに広く流行するので、今日では、かく広く使はるるデモクラシーの意味を、政治的民本主義の
意味から類推すると云ふことは、不適当ではあるまいかと云ふ程になつた。であるから世間ではデモクラシーを
                                             むし
只政治上に於ける或種の要求と見るのは誤りである、少くとも狭いデモクラシーは、寧ろ之れを一の精神的能伽度
と見るべきであると云ふ様な説も起つてくる。同じく、民本主義の研究者として知られて居る室伏高信君の如き
は、嘗てデモクラシーを一のスピリットであると云はれたと記憶する。スピリットと云ふ名が正しいか否かは
しばら
暫く別間遺として、政治現象や倫理現象やを超越した、もつと深い奥の処にデモクラシーの本質的意味を認め様
としたのは正に最近の風潮をよペ見た考と云はねばならない。′、
                                                     いわゆる
 そうして見れば今日ではデモクラシーの本質を他の奥深い処に求め、之れが掛治に現はれては世の所謂政治的
民本主義となり、倫理に現はれてはこう、教育に現はれてはこう、と見る事が必要であると思ふ。
 然らば何が此意味に於けるデモクラシーの本質であるか。之れを定むるに一番確実な研究の方法は、政治上で
                                       あまね
デモクラシーと云ふ場合、倫理や教育でデモクラシーと云ふ場合、之等を沿く集め、整密に比較対照し、其聞か
                                    また
ら共通の要素を摘出すると云ふことである。かくして本質が定まれば復、本質を標準として政治なり、倫理なり、
教育なりに於て称へらるる各デモクラシーの純、不純を明らかにする事も出来る。但し、之れには其本質を見誤
                          も
らなかつた場合を仮定して云ふので、若し其本質の鑑識が誤れば個々の場合の純、不純の判断を誤り、思はざる
結果に陥る事は云ふまでもない。各場合に於けるデモクラシーの意味を明にし、且つ之れを向上発展せしむるた
めには、如何しても之を共本質から見ると云ふ事を怠つてはならぬ。それだけ本質の研究は必要欠ぐべからざる
ものであるが、又之れを見誤ると恐るべき結果を生ずると云ふことも忘れてはならぬ。学者の最も深重なる考察
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を要する処である。
 右述ぶる様な広い範囲に使はる、デモクラシーなるものの根底に横はる本質的要素は何であるか0之れに就い
ては最近哲学者、教育学者、倫理学者等より提供せられたる答案にして私の目に触れたものに三つある0
 第一は階級的反抗と見る説である。即ち政治に於ては下層階級が特殊階級に対する抗争、経済界に於ては労働
者階級が資本家階級に対する抗争、又家庭生活に於ては妻をして夫の権威に反抗せしむるの主義、之れがデモク
                                  しい
ラシーの本旨だと云ふのである。此説明の余りにデモクラシーを譲る者なるは云ふまでもない0又か、る故意に
デモクラシIを傷くる様な馬鹿々々しい説明を与へた人の姓名も暫く秘して置かう0
                                     なかば
第二に私の日に触れたのは京都文科大学の藤井健治郎博士の説明である〇二月半の大阪毎日新開に載つて居た
が、、之れに依れば博士はデモクラシーの本質を自由平等の観念であると説いて居られる0私は博士の論文を全部
通読するの機会を得なかつたけれども、多分誤解はせない積りで居る0他日完全に通読して誤あらば訂正する積
りではあるが
兎に角博士は自由と平等とがデモクラシーの本質であると説いて居られる0自由即ち専制の排
斥である。平等は取りも直さず特権の排斥である。人為的の障壁を設けて、甲の階級に特別の権利を認め乙の階
級をして之れが専制に服従せしむるは、只、政治上ばかりではなく各方面に於ける所謂デモクラシーの共通の要
素に相違ない。此意味に於て藤井博士の説明はほゞ其当を得て居ると思ふ0只、私の之に附け加へて考へねばな
らぬことは、自由を称へて専制に反抗し、平等を提げて特権に反抗するのは、必ずしも絶対の自由、絶対の平等
                                      ゆえん
を求むるが為めではない。専制には反対するけれども、吾々は又自ら制する所以を知らなければならぬ0人為的
                                                   いと
の特権制度には反対するけれども吾々は其人の品格に備はる精神的権威には敢て服従するを厭はざるものである0
デモクラシーと基督教
               たと−え
故に自由平等の要求は例ば階級門地の如き人為的設備が、ものを云ふことに反対するのではあるけれども、頼神
的品格にものを云はしむる事には何等反対するものではない。換言すれば、人為的権威を退けて精神的権威を社
会秩序の新根底たらしめんとするものである。此意味に於てデモクラシーは自由平等を杯へるけれども放慢と悪
                                        わそれ
平等とには絶対に反対する。故に若し単に自由平等と云つて多少誤解を招くの催ありとすれば、或は「人格主
義」と云ふ言葉を用ふるが適当ではあるまいか。と云ふて私は敢へて藤井博士の説明に違議を挟むものではない。
 第三に私の目に触れたのは教育学者として知られたる高島平三郎氏の説である。氏は二月号婦人公論に於てデ
モクラシーの本質を「公正」 の観念なりとして、之れを訳するに「公正主義」 の文字を以てした。公正主義の要
求が政治に現はるれば民本主義となる。家庭生活に於けるデモクラシーの要求も亦夫婦間に公正主義の行はれん
                                       なが
ことを欲するに外ならぬ。此説明も亦大体に於て其当を得て居ると思ふ。然し乍ら何が公正であるか、又夫が妻
を左右するは何故に不公正なるか、人民が参政権を要求するは何故に公正であるかを反問してくると、やはりも
う一つ先さの根底は人格主義と云ふことに決するのではあるまいか。
 かくして私一個としては、デモクラシーの本贋は人格主義であると云ひたい。人格主義の何たるかはカントの
                   ま                   ち しつ
云つた様うな意味に解すべきは云ふを侯たない。之等の点は多くの読者の既に知悪せられる処なりと信ずるが故
に詳しくは述べない。
                                     キ‖ノスト
 デモクラシーの本質が人格主義であると云へば、吾々は直にデモクラシーと基督教の密接なる関係を連想せざ
るを得ない。デモクラシーの依つて立つ処の理論的根拠は何かと云へば人格主義である。従てデモクラシーを徹
底的に実現せしめんが為には、人格主義の理論に密接なる根底を置かなければならぬ。然し乍ら理論の徹底は直
16う

に実現の活動カとはならぬ。デモクラシーが徹底的に社会の各方面に実現するが為めには、人格主義が人類の間
に生きた信念として働て居ることを必要とする。理論は之よりか、る信念の活動カを助けるには相違ない。然し
活動カの本源は何処までも之を宗教的信仰に求めねばならない。而して人格主義が其信仰の内容として一層著し
く活躍して居るものは吾が基督教ではないか。吾々は総ての人類を神の子として総ての人類に一個の神聖を認め、
固く基督に結んで居る。之れ程確実な人格主義の信念がまたと世にあらうか。故に基督教の信仰は夫れ自身、社
会の各方面に現はれて直にデモクラシーとならざるを得ない訳である。
 はたせるかな、デモクラシーは基督教国に起つた。皆基督教に促されて起つた。否々基督教と共に昔からあつ
たと云つてもよく、今日に於てもデモクラシーの比較的最もよく行はれて居るのは基督教の信仰の最も強き国に
於てである。而して基督教的信仰が夫れ自身デモクラチック・スピリットとして、社会各方面のデモクラシIの
徹底的実現を助長促進しっ、あることは疑を入れない。
 尤もデモクラシーが基督教団に於て一番よく行はれると云ふ意味は、必ずしも基督教国に非ればデモクラシー
は実現し得ないと云ふのではない。基督教国に非るも四海同胞、相愛の義は人類の普遍的情緒の糸でなくてはな
らな・いから、何処の人類にも、其間に程度の差こそあれ、デモクラシーの行はれ得べき根底は備つて居る0之れ
           なお
基督教以外に於ても、尚デモクラシーに根底する各種の制度が行はれ、又益々流行しっつある所以である0けれ
ども之等の国に於ては全然、相愛、相敬の念が基督教国ほど深くない。従つて人格主義に根底するデモクラシー
の実行には多少の精神的努力がいる。而して基督教的人格主義の信念が強ければ強い程此努力の必要は減ずる0
若し分り易く之れを云ふならば、多くの国に於てデモクラシーの実現は多少の精神的努力を要し、基督数回に於
てはデモクラシーの実現は寧ろ自然であると云つてよい。
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デモクラシーと基督教
16う
                                       かん‥か
 かくして吾々はデモクラシーと基督教との密接なる実質的関係に鑑み、益々デモクラチックならんとするの現
時代に於て、益々基督教的精神の拡張に努力せねばならない。デモクラシーの発達は、又、元より基督教の発達
を促すものであるには相違ないが。基督教的精神の発達と伴はざるデモクラシーの進歩は云はゞ砂上に楼閣を画
くものに外ならぬ。今我国民が世界の大勢に促され大にデモクラシーを高調するの時に当り、吾々は秘かに退い
て、努力奮進の責、一層の重きを加へたるを感ぜねばならない。
                                           〔『新人』一九一九年三月〕