米国大統領及び英国首相の宣言を読む
  米国大統領及び英国首相の宣言を読む

      (一)
 英国首相ロイド・ヂヲヂの一月六日労働組合大会に於て為せる宣言は、我国に於て九日の新開に、又之と相
前後して米国大統領ウイルソンの議会に送れる教書の大綱は、十言の新開に発表された0共に戦争の目的並び
に連合国側の講和条件を明示したもので、政治1極めて重要なる意義を有するものである0而して是等の宣言の
                                               ま
発表が露・独単独和議交渉に促されたものなることは固より言ふを侯たない0布号時論欄にも述べたる如く〔「露
独単独講和始末及び其批判」『中央公論』二月号〕、露西亜は去年の暮独・嗅側に対し、和議交渉の原案として、一般
平和の条件たるべき基礎的原則を公表した0独・嗅側も之に対する答弁の形に於て其の講和条件の大略を示した0
ここにあい一て
於是英・米側も亦同じく共の講和条件を天下に公示して、間接に露・独の挑みに応ずるの必要を認めたのであ
らう。兎に角之等の事実に由つて、我々は今や、独・嗅側と連合国側との講和条件の如何なるものなりや、又両
者の中間に立つて鋭意一般平和の恢復に焦慮しっ、ある露国の講和条件は、瀞二者のそれと比して如何なる差異
ぁりやを知るの機会を得た。一部の軽薄なる論者の中には、口でこそ大言壮語すれ、いざと云へば如何様にも主
張が変るなどゝいふて、是等責任ある当局者の宣言に大なる重味を置かざらんとする者もあるが、我々は英・米
乃至独逸はもとより、今日紛乱を極めつJある露西亜と錐も、共に皆極めて真面目なる動機に動いて居るものと
認むるが故に、彼等の宣明に依つて明かになつた思想を比較研究することは、やがて戦争並びに講和の問題を判
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断するに、有力なる材料たるべきことを信じて疑はない0連合国側に在つて宣言を公表したものは、英・米両国
のみである0仏蘭西は特別の発表をして居ないけれども、一月十一日同国下院に於て、外相ピションは露京に於
                            いさぎよし
ける主権簑奪者を通じて講和の交渉を開くは仏国政府の層とせざる所、独・襖側が直接吾人に講和の提議を為
すまでは、何等回答を与ふるの必要を認めないとて、英・米と同一の行動に出でざるを弁護して後、「仏南西は
講和条件に関して完全に英・米両国とその見る所を同うす」と述べて居るから、詰り英・米の宣言は仏蘭西の意
見をも代表するものと観てよい0伊太利其他に於ても、夫れぐ政府当局者は、英・米両国の宣言に裏書する旨
                                              たと え
を述べて居る0故に、英・米の宣言は皐克連合国全体の意見と観て差支ないと思ふ。又仮令反対の考の者があつ
ても、英・米・仏が己に一致した以上之を如何ともすることは出来まい。
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     (二)
英・米両国の宣言は、もと露・独単独和議の開始に促されたものであるだけ、自ら之に対する両国の能産の宣
明を以て初められて居る0而して両者共に和議交渉の舞台に於ける独・嗅側の能産を非難して居ることは同一で
                          ひと
あるが、露西亜の能違については、ウイルソンは惟り大に之を賞揚して居るに拘はらず、ロイド・ヂヨーヂは余
り好感を有つて居ないやうである0ウイルソンは日く「露西亜代表者は、その採つて以て一般講和締結の基礎た
らしめんと欲する諸原則をば完全適確に提示せるのみならず、以上諸原則の具体的適用の案件をも、亦斉しく明
確に列挙したり0之れに反して、中央諸国代表者の提示せる解決案は頗る明確を欠き、彼等が更に特定の実際的
案件を示すに非ざる以上、如何様にも解釈せられ得べき曖昧なるものなり===彼等の提議の真意を三コロにして尽
さん乎、彼等は畢克其軍隊を以て占領せる土地をば、その如何なる部分をも、永久に自国領土の一部として保有
米国大統領及び英国首相の宣言を読む
せんと欲するものに外ならず」と述べて居る。独・襖側が少数の軍国主義者、帝国主義者に左右され、多数国民
の輿論が殆んど顧旬られざる以上は、斯くなるも亦己むを得まいと云つて、民本主義の為めに大に気焔を吐いて
居る。然るにロイド・ヂヨーヂの方は、露西亜の提案せる原則そのものには余り深く触れずして、唯其のこ、に
到れるまでの能産を責めて居る。その言ふ所の大要を摘まめば次の如くである0日く露西亜の将来がどう治まる
かは、今日の所分らない。然し差当り独逸の毒手の深く喰ひ込んで居ることだけは、疑が無い0而して独逸が露
国に対して侵略的野望を包蔵して居ることは、今や言…の疑がない○露国の軍隊は全く戦闘カを欠くが為め、独
逸の威嚇に抗することを得ず、ために露国は将に独逸の奴隷とならんとしつ、ある○我々は固よ乃他の国々と同
じく露西亜の新民本主義と提携するを喜ぶものであるけれども、現在の為政者が単独行動に出で、自ら国を誤ま
るの措置を採るのは、我々に於て如何とも致し方が無い0彼は、彼自身の人民によつての外、今や全く救はるゝ
の道が無いと。斯くて彼は暗に露国の内政に干渉するの意思は無いけれども、反動革命が起つてもつと穏健な且
                                                                                                                                       ヽ  ヽ  ヽ



                  しよき
っ確実な政府の現出せんことを庶幾して居るやうな口吻を洩して居る0昨今英国が今の過激派政府を承認せんと
                                            ちよつと
しっゝありとの風説が伝はつて居るが、ロイド・ヂヨーヂの此宣言と右の風説とは鳥渡両立し難く見える0併し
乍ら転じてウイルソンの立場を採れば、過激派政府の承認位は何の訳も無い0何となれば彼は単独不講和条約に
背いたといふ方面から露西亜を責むることはせず、専ら彼等の発案せる平和凛件の頗る公明正大なるの点よりし
                                  \
て、頻りに賞讃の声を放つて居るからである。ウイルソン日く「露西亜は今や独逸の暴力の前に絶望的窮地に陥
り、其力全く潰減に帰せるものゝ如くに見ゆるも、而かも彼等の精神に至つては竜も之に屈するものに非ず0彼
等は今後に於ても主義並びに実行の両面に於て恐らく断じて譲歩する所なからん0彼等が正義の何たるか仁慈名
                                       いやしく
誉の何たるかにつきて、卒直に簡明に且つ誠実に声明せるの一事に至つては、苛も人道の友を以て任ずる者の等
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しく嘆賞して措かざる所ならん==:露国現在の諸領袖が如何に之を迎ふるに論なく、露国民の窮極願望たる自由
と秩序ある平和との獲得の為め彼等を常助し得るの何等かの道の吾人の前に開かれんことは、実に吾人衷心の願
なり」と。
 以上英国と米国との露西亜に対する能心度の相違が我々に取つて鳥渡面白い。たゞ併し乍ら、英国は露国の行動
の形式を法理的に責め、道徳的に警戒するものであり、米国は露国民の主義精神の実質を裏書し且つ後援するも
のと観れば、両国の対露国態度は、必ずしも根本的に異なるものと断言することも出来ない。
 両国当局者の宣言は遂に進んで戦争目的の声明に移つて居る。何の為めに戦争するかを明かにして講和条件叙
列の前提として居るのである。此点に関してウイルソンは日く「吾人参戦の目的は、屡々繰返へされたる正義の
揉踊を礼し、此種の犯行を再びせしめざるやう、確実なる保障を世界に与へんとするにあり。:…・従つて此戦争
によつて吾人の要求する所のものは、何等吾人に特別なる種類のものに非ず、唯此世界をして安全にして居心地
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好き生活の場所たらしむるにあるのみ。殊に吾人の如き、苛も平和を愛好する人民
平穏に自由に生活し、且
つ暴力と利己的侵略とによりて焼はさるこしと無く、他国民より正義公平を以て遇せらるゝを欲する人民− の
為めペ世界を安全ならしめんとするにあるのみ。此点について世界の人民は凡て共同の利害を感ずるや言を侯た
ず。故に世界の平和の為めの条件は即ち吾人の要求する条件たらずんばあらず」と。ロイド・ヂヨーヂの方は戦
争の目的を唯簡単に「正当にして継続する平和の為め」といふ一句に約言するに止めて居る。尤も他の場所に於
て「吾々は独逸国民を敵として戦ふのが本意では無い。一つには自衛の為め、又一つには公法と国際的正義との
擁護の為めに、己むを得ずして戦ふものである。此の目的さへ達すれば何時でも戦争は止める」といふやうなこ
とを述べて居るから、畢克は米国と同じやうなことを云つて居るのである。
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 然し是等の宣明は余りに抽象的にして、ウイルソンが独逸の態度を批評したると同じく、所謂「特定の実際的
案件を示すに非ざる以上、如何様にも解釈せられ得べき」程甚だ空漠たるものである0あれ位のことは実は独・
襖側でも云ひ得るし又現に云つても居る。もう少し具体的の細目に入らねば、彼等の戦争によつて達せんと欲す
る現実の目的は明かにならない。辛にして両国の当局者は、細目の講和条件を列挙するに先立つて、先づ根本条
件なるもの数条を掲げて居る。之れは恰度昨年の暮露西亜が単独講和会議に於て独逸に提示せる六箇条の根本原
則と相対照するものにして、此と彼とを比較研究すれば略ぼ是等諸国の所謂戦争目的なるものは相当に明白にな
ると思ふのである。
 先づウイルソンの提案から述べる。彼の根本要件とするものは四箇条ある0第l、講和談判は絶対に公開せら
るべく、且つ何等個別的秘密協定の存在を許さゞる事。第二、平時戦時を間はず」蘭海以外の海洋に於ては、絶
対に航行の自由を認むる事(但し国際協約の実行の為め、国際間の行為により、一部若くは全部を閉鎖せるもの
は此限りにあらず)。第三、締約国間には出来るだけ経済的障壁を撤廃して平等なる通商関係を確立する事0第
四、国内安寧の維持に支障無き点まで軍備の縮少を図る事0次ぎにロイド・ヂヨーヂは「平和の来るに先立ち次
の三要件を充さゞるべからず」として、第一、条約を神聖犯すべからざるものとするの原則を確立する事、第二、
領土問題は住民自決主義と被治者同意主義とに基いて解決する事、第三、特別なる国際組織の創走により軍備の
負担を減じ、戦争の機会を少からしむる事、を掲げて居るが、其外別の個処に「不法行為並びに国際法の侵害に
ょって加へられたる損害の賠償」といふ一項もある。此損害の賠償といふ事については、ウイルソンの方は全然
言及して居ない。従つて彼が果して露西亜の提案の如く絶対的無賠償主義を取るものなりや否やは明かでない0
兎に角此言…についてだけは英・米当局者の意見は全然合致するものではないと見なければならぬ0他の点につ
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いては言ひ方が違つても大体に於て同様であらう。ウイルソンの第一条件はロイド・ヂヨーヂのには之れ無く、
ロイド・ヂヨーヂの第一条件はまたウイルソンのに之れ無しと錐も、此点は両者に於て何等の異議あるべくも思
はれない。ロイド・ヂヨーヂの第二条件は、ウイルソンは植民地問題の解決について他の所に之を認めて居る。
軍備縮少の事も大体両方同意であるから、若し双方の間に多少意思の合致せざる点ありとすれば、そは英が米の
挙げたる第二・第三の原則によつて、従来占め得たる海上優越権並びに経済的優越地位に、何等拘束を受くるを
欲せざらんとする所にあらう。然し是等の点については、従来英国は幾分我俵であつたと認められて居るから、
恐らく米国の公明正大なる提説に対しては、深く異議を唱ふることも出来まい。
 以上を以て英・米両国の一般平和恢復の基礎的条件の何たるかは明かであらう。而して之を同じ閏遺に閑しブ
レストリトヴスクの会議に於て言明せられたる露・独両国の見解と比較するは、頗る興味ある研究である。此会
議に於ける最初の発案者は露西亜であるが、彼は第一に現占領地の返還及び即時撤兵を要求した。此点は明白に
は云つて居ないけれども、英・米側の固より異議なき所であらう。而して独逸側は、一方に於ては強請併合の意
思無きことを言明して居れど、撤兵の時期は講和条約に於て定むるを原則とし、講和条約に先立つて撤兵を必要
とするものは特別の協定に由るべき旨をi張して、手強く露の主張を斥けて居る。第二に露西亜は、戦争に由つ
て独立を失つた国の完全なる恢復を要求して居る。此点について英・米両国は、抽象的原則の形に於ては述べて
   ベ ルギー
ないが、自耳義、セルビア、モンテネグロの独立快復といふ個々別々の項目として、同じことを主張して居る。
而して独・襖側も此の点に於ては全然無条件に賛成の意を示して居るから、独・嗅は最早自耳義は勿論、セルビ
ア、モンテネグロの併合をも断念したものと云はなければならない。第三に露西亜は、従来他国の支配の下に屈
服して居つた民族に、一般投票によつて其政治上の運命を自ら決するの権利を与ふべき事を主張した。此宣言と
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共に蕗西亜は自ら自国内のフィンランド民族やウクライナ民族に此の自決権を与へたのであるが、此点に一閃する
英・米並びに独逸の態度は全然露西亜と同一なるを得ない。英・米側は主として敵国の領内に於ける民族につい
ては此原則を適用せんことを主張して居る。彼等は露西亜の提案の如く、之を一般原則の形に於いて表はさず、
アルサス・ローレンをどうするとか、ポーランドをどうするとかいふ個々別々の問題として掲げて居る。従つて
自国内の異民族はどう処分するの考なりやは明でない。只植民地の処分に関しては一般的原則の形に於て同じ主
張をなして居るけれども、然し講和問題に上るべき植民地と云へば独逸の植民地だけである。故に或意味から云
へば、此点についての英・米側の主張は偏頗であり汝猫であると観られ得る。されば現に露西亜は去年十二月の
                                                                 エジ」ノト
末つ方英・仏側に向つて講和会議参加を迫るの撤文に於て、彼等が印度や境及や又は印度支那等を如何に処分す
        な‥し                                   ひと
る積りなるかを詰つて居る。英・仏側が此点に関して露西亜の要求に従はざる以上、惟り独逸をして之を承認せ
しむるには、もつと打撃を与へて、彼を全然戦敗者の地位に堕した後でなければならない。而して独嗅側自身は
此点については、之れもと国家内部の問題にして、国際協約を以て強請せらるべき事柄に非ずと為して断然反対
の態度を取つて居る。故に此点については英・仏側と独逸との間に尚ほ大なる距離がある。近き将来に於て露西
亜は果して両者を譲歩せしむるに成功するや否や。第四に露は多数民族併住の地方に於ては各民族に自治権を与
ふべしといふ主張を為して居る。此原則の適用を受くるものは、実際上嗅洪国のみであるが、英・米両国は、其
形を異にしては居れ、全然その観る所を露西亜と同じうして居る。惟り独・襖は之れ亦国内法上の間違であつて、
事実上は成るたけ自治を許すべきも、之を他から強要せらるこ」とを欲しないといふ態度を執つて居る。故に此
点についても親方の主張相反するを見るb然し之れは独・襖側に於て承認したからと云つて、遣り方によつては、
格別実質上の損害を来さずして解決が附くから、前の第三の問題ほど困難なものではない。尤も遣り方次第では、
27う

                                    わそれ
二三民族の独立となり、事実上嗅洪国の領域縮少を見るに至るべき事の惧あることは勿論である。第五に露西亜
は、何れの交戦国も賠償を支払はざること、既に支払ひたる賠償は之を返還すべさことを掲げて居る。此点につ
いてウイルソンは何等特別の言明を為して居ないが、多分露西亜と同意見なのであらう。然し無警告潜航艇襲撃
によつて米国人の生命財産に加へられたる不法の損害(此不法を礼すといふのが米国参戦の目的である)に対し、
彼は果して何等の賠償をも要求せないのであらうか。ロイド・ヂヨーヂは現に不法行為並びに国際法の侵害によ
り加へられたる損害の賠償を一般的に要求して居るのみならず、白耳義やセルビヤ、モンテネグロに関する個々
の場合についても一々賠償の要求を掲げて居る。而して彼は是等の賠償は所謂不法に加へられたる損害の賠償で
みつて、普通懲罰の意味を含む所野戦時賠償の意味ではない0従つて是等賠償の要求は露西亜の所謂無賠償主義
                                                         カ
に必ずしも抵触するものではないと云つて居る。然し露西亜の提案は、僅かる意味の賠償をも一切皆否認せんと
するものである。併し露は戦争によつて蒙れる個人の損害を一切放任して顧みざらんとするものではない。是等
の為めには交戦各国をして二疋の比例に基く出資に依りて、特別の基金を設定せしめ、之れから各々賠償を得し
めやうと主張してゐる。賠償ではない、各国が銘々進んで金を出し合ふといふのである。併し之も所謂「一定の
比例」の定め方如何によつては、その特に重き比例を課せられたるものに取つては、事実賠償の賦課と同一の結
果に怒らぬとも限らないから、独逸は此点を顧慮したものと見へ、他の交戦各国が皆遠からず講和談判に参加し
た上にあらざれば之れを議し難しと逃げて居る。又一般無賠償主義の提案に対する独逸の能心度を観るに、元来無
賠償主義によつて最も利するものは独・襖側なるが故に、彼等は無論無条件に露西亜の提案に同意して居る。然
るに彼等は更に慾張つて、停虜費用及び一国領域内に於て敵国の平和人民に加へたる不法損害の賠償だけは払ふ
ことにしようといふて居る。停虜として外国に囚へられたものゝ数は、独・嗅側よりも連合国側に多い。又敵国
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米国大統領及び英国首相の宣言を読む
内に於いて損害を受けて居る平和人民といへば、之れも独・襖人の方が多い。敵国に在つて独逸人の蒙つて居る
損害の賠償を云々⊥て(尤も協商国側の人民にして独逸に在つて損害を蒙つたものも、同様に賠償を受け得るが、
併し此方は遥かに人数が少い)、独逸が敵国の占領地に於て敵国の平和人民に加へたる損害に言及しないのは、
余りに虫の好い言ひ分と云はなければならない。第六に露西亜は植民地問題並びに弱国保護の問題を掲げて居る。
植民地については第一項乃至第四項の条件によつて之を解決せよとあるから、先づ即時撤兵して之を原所有者に
還すのが第一の手続きであつて、然る上に各民族に其政治的所属を自ら決定するの権利を与へょといふのである。
此点に関して英・米の能伽度は、大体に於て露西亜と同様である。但、撤兵の時期については或は露西亜の要求す
るが如く即時たることを直に承認しないかも知れない。併し之は独逸が其占領地より即時撤兵することと交換条
件として成立せしめ得ないこともなからう。然るに独逸は現に植民地にして講和会議の問題として上るものは、
専ら自国の植民地のみなるの事実に鑑み、撤兵並びに還附には全然賛同して居るけれども、植民地住民の自決権
行使については全然反対して居る。尤も独逸は所謂民族自決主義を主義として排斥するの形は採らない。独逸は、
                          つ
其植民地住民が今度の戦争に於て本国独逸の為めに渇くした忠実の事実は、彼等が如何なる場合に於ても独逸の
所領たることを希望するの最も有力なる証左として、彼等の如何なる意思表示にも優さるものであるといふ理窟
から、更めて自決権を行使せしむるの必要が無いと主張して居る。然し事実は必ずしも独逸の云ふが如くではな
いから、独逸が植民地を失はざらんとする限り、極力凡ゆる口実を以て英・米の要求に反抗すべきや疑ない。露
西亜は、独逸が如何なる苦痛を嘗めやうが、又英・仏が如何なる影響を受けやうが、そんなことには更に頓着な
く、唯植民地の運命は住民の意思に依つて定まるといふ主義が確立しさへすればよい。なほ此民族自決主義は、
植民地の場合のみに限らず、凡ての場合に適用せらるべき原則として討論せらるべき問題であるから、両交戦国
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                                    おそれ
二三民族の独立となり、事実上嗅洪国の領域縮少を見るに至るべき事の惧あることは勿論である。第五に露西亜
は、何れの交戦国も賠償を支払はざること、既に支払ひたる賠償は之を返還すべきことを掲げて居る。此点につ
いてウイルソンは何等特別の言明を為して居ないが、多分露西亜と同意見なのであらう。然し無警告潜航艇襲撃
によつて米国人の生命財産に加へられたる不法の損害(此不法を礼すといふのが米国参戦の目的である)に対し、
彼は果して何等の賠償をも要求せないのであらうか。ロイド・ヂヨーヂは現に不法行為並びに国際法の侵害によ
り加へられたる損害の賠償を一般的に要求して居るのみならず、自耳義やセルビヤ、モンテネグロに関する個々
の場合についても一々賠償の要求を掲げて居る。而して彼は是等の賠償は所謂不法に加へられたる損害の賠償で
 し
あつて、普通懲罰の意味を含む所静戦時賠償の意味ではない。従つて是等賠償の要求は露西亜の所謂無賠償主義
                                    か
に必ずしも抵触するものではないと云つて居る。然し露西亜の提案は、悠かる意味の賠償をも一切普否認せんと
するものである。併し露は戦争によつて蒙れる個人の損害を一切放任して顧みざらんとするものではない。是等
の為めには交戦各国をして一定の比例に基く出資に依りて、特別の基金を設定せしめ、之れから各々賠償を得し
めやうと主張してゐる。賠償ではない、各国が銘々進んで金を出し合ふといふのである。併し之も所謂「一定の
比例」 の定め方如何によつては、その特に重き比例を課せられたるものに取つては、事実賠償の賦課と同一の結
果にならぬとも限らないから、独逸は此点を顧慮したものと見へ、他の交戦各国が皆遠からず講和談判に参加し
た上にあらざれば之れを議し難しと逃げて居る。又一般無賠償主義の提案に対する独逸の態度を観るに、元来無
賠償主義によつて最も利するものは独・襖側なるが故に、彼等は無論無条件に露西亜の提案に同意して居る。然
るに彼等は更に慾張つて、停虜費用及び一国領域内に於て敵国の平和人民に加へたる不法損害の賠償だけは払ふ
ことにしようといふて居る。倖虜として外国に囚へられたものゝ数は、独・嗅側よりも連合国側に多い。又敵国
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米国大統領及び英国首相の富言音読む
内に於いて損害を受けて居る平和人民といへば、之れも独・襖人の方が多い。敵国に在つて独逸人の豪つて居る
損害の賠償を云々して公几も協商国例の人民にして独逸に在つて損害を蒙つたものも、同様に賠償を受け得るが、
併し此方は遥かに人数が少い)、独逸が敵国の占領地に於て敵国の平和人民に加へたる損害に言及しないのは、
余りに虫の好い言ひ分と云はなければならない。第六に露西亜は植民地問題並びに弱国保護の間遭を掲げて居る。
植民地については第一項乃至第四項の条件によつて之を解決せよとあるから、先づ即時撤兵して之を原所有者に
還すのが第一の手続きであつて、然る上に各民族に其政治的所属を自ら決定するの権利を与へよといふのである。
此点に関して英・米の態度は、大体に於て露西亜と同様である。但、撤兵の時期については或は露西亜の要求す
るが如く即時たることを直に承認しないかも知れない。併し之は独逸が其占領地より即時撤兵すケ」とと交換条
件として成立せしめ得ないこともなからう。然るに独逸は現に植民地にして講和金読の問題として上るものは、
専ら自国の植民地のみなるの事実に鑑み、撤兵並びに還附には全然賛同して居るけれども、植民地住民の自決権
行使については全然反対して居る。尤も独逸は所謂民族自決主義を主義として排斥するの形は採らない。独逸は、
                                                ハノ
其植民地住民が▲今度の戦争に於て本国独逸の為めに渇くした忠実の事実は、彼肱守がふ州何なる場合に仏八ても独逸の
所領たることを希望するの最も有力なる証左として、彼等の如何なる意思表示にも優さるものであるといふ理窟
から、更めて自決権を行使せしむるの必要が無いと主張して居る。然し事実は必ずしも独逸の云ふが如くではな
いから、独逸が植民地を失はざらんとする限り、極力凡ゆる口実を以て英・米の要求に反抗すべきや疑ない。露
西亜は、独逸が如何なる苦痛を嘗めやうが、又英・仏が如何なる影響を受けやうが、そんなことには更に頓着な
く、唯植民地の運命は住民の意思に依つて定まるといふ主義が確立しさへすればよい。なほ此民族自決主義は、
植民地の場合のみに限らず、凡ての場合に適用せらるべき原則として討論せらるべき問題であるから、両交戦国
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                                    おそれ
二三民族の独立となり、事実上嗅洪国の領域縮少を見るに至るべき事の惧あることは勿論である。第五に露西亜
は、何れの交戦国も賠償を支払はざること、既に支払ひたる賠償は之を返還すべきことを掲げて居る。此点につ
いてウイルソンは何等特別の言明を為して居ないが、多分露西亜と同意見なのであらう。然し無警告潜航艇襲撃
によつて米国人の生命財産に加へられたる不法の損害(此不法を礼すといふのが米国参戦の目的である)に対し、
彼は果して何等の賠償をも要求せないのであらうか。ロイド・ヂヨーヂは現に不法行為並びに国際法の侵害によ
り加へられたる損害の賠償を一般的に要求して居るのみならず、自耳義やセルビヤ、モンテネグロに関する個々
の場合についても一々賠償の要求を掲げて居る。而して彼は是等の賠償は所謂不法に加へられたる損害の賠償で
みつて、普通懲罰の意味を含む所野戦時賠償の意味ではない0従つて是等賠償の要求は露西亜の所謂無賠償主義
                                                         カ
に必ずしも抵触するものではないと云つて居る。然し露西亜の提案は、悠かる意味の賠償をも一切骨否認せんと
するものである。併し露は戦争によつて蒙れる個人の損害を一切放任して顧みざらんとするものではない。是等
の為めには交戦各国をしてこ疋の比例に基く出資に依りて、特別の基金を設定せしめ、之れから各々賠償を得し
めやうと主張してゐる。賠償ではない、各国が銘々進んで金を出し合ふといふのである。併し之も所謂「一定の
比例」の定め方如何によつては、その特に重き比例を課せられたるものに取つては、事実賠償の賦課と同一の結
果にならぬとも限らないから、独逸は此点を顧慮したものと見へ、他の交戦各国が皆遠からず講和談判に参加し
た上にあらざれば之れを議し難しと逃げて居る。又一般無賠償主義の提案に対する独逸の能小度を観るに、元来無
賠償主義によつて最も利するものは独・襖側なるが故に、彼等は無論無条件に露西亜の提案に同意して居る。然
るに彼等は更に慾張つて、停虜費用及び一国領域内に於て敵国の平和人民に加へたる不法損害の賠償だけは払ふ
ことにしようといふて居る。倖虜として外国に囚へられたもの、数は、独・嗅側よりも連合国側に多い。又敵国
274
米国大統領及び英国首相の宣言を読む
内に於いて損害を受けて居る平和人民といへば、之れも独・襖人の方が多い。敵国に在つて狭逸人の蒙つて居る
損害の賠償を云々して(尤も協商国側の人民にして独逸に在つて損害を蒙つたものも、同様に賠償を受け得るが、
併し此方は遥かに人数が少い)、独逸が敵国の占領地に於て敵国の平和人民に加へたる損害に言及しないのは、
余りに虫の好い言ひ分と云はなければならない。第六に露西亜は植民地問題並びに弱国保護の問題を掲げて居る。
植民地については第一項乃至第四項の条件によつて之を解決せよとあるから、先づ即時撤兵して之を原所有者に
還すのが第一の手続きであつて、然る上に各民族に其政治的所属を自ら決定するの権利を与へよといふのである。
此点に関して英・米の態度は、大体に於て露西亜と同様である。但、撤兵の時期については或は露西亜の要求す
るが如く即時たることを直に承認しないかも知れない。併し之は独逸が其占領地より即時撤兵す&ことと交換条
件として成立せしめ得ないこともなからう。然るに独逸は現に植民地にして講和漁法の問題として上るものは、
専ら自国の植民地のみなるの事実に鑑み、撤兵並びに還附には全然賛同して居るけれども、植民地住民の自決確
行使については全然反対して居る。尤も独逸は所謂民族自決主義を主義として排斥するの形は採らない。独逸は、
                          つ
其植民地住民が今度の戦争に於て本国独逸の為めに渇くした忠実の事実は、彼等が如何なる場合に於ても独逸の
所領たることを希望するの最も有力なる証左として、彼等の如何なる意思表示にも優さるものであるといふ理窟
から、更めて自決権を行使せしむるの必要が無いと主張して居る。然し事実は必ずしも独逸の云ふが如くではな
いから、独逸が植民地を失はざらんとする限り、極力凡ゆる口実を以て英・米の要求に反抗すべきや疑ない。露
西亜は、独逸が如何なる苦痛を嘗めやうが、又英・仏が如何なる影響を受けやうが、そんなことには更に頓着な
く、唯植民地の運命は住民の意思に依つて定まるといふ主義が確立しさへすればよい。なほ此民族自決主義は、
植民地の場合のみに限らず、凡ての場合に適用せらるべき原則として討論せらるべき問題であるから、両交戦国
27う

\ノ′
間に意見の一致を見るはなか〈困難であらう。来るべき講和会議に於ても、最も激しく争はるゝ問題の一は、
恐らく此点であらうと思ふ。次ぜに弱国の保護に関する問題としては露国委員は、強国が将来経済上より弱国を
             い け な
苦しむる方法を取つては不可いといふやうなことを述べて居る。此点についてはウイルソンも「経済的障壁を撤
廃して平等なる通商関係を確立」すべしと云ふて居るから、先づ露西亜と全然同意見と見てよい。ロイド・ヂヨ
ーヂは此点については何等明白なる宣言はして居ない。之れ恐らくは主義としては必ずしも反対ではないが、か
の所謂連合国経済会議の決議と関聯して、戦後場合によつては、今日の敵国を経済的に引続き苦しむるの必要あ
                                         ことさ
るべきを想うて、他日自縄自縛の窮境に陥らざらんが為めに、故らに言明を避けたのではあるまいか。独逸は現
に此圧迫を今より非常に恐れて居るから、最も熱心なる言葉を以て露西亜の提案に賛成して居る。故に此点に於
ては大体露西亜の提案が結局多数の賛同する所となるだらう。
 以上述ぶる所によつて英・米の要件と独逸の要件との間に、今日尚ほ大なる溝渠あることを知ることが出来る。
露西亜と英・米との間には、主義に於て大体一致するも、尚ほ細目の点について多少の疎隔あるを免かれない0
而して此両者の差は取りも直さず露国の冥想的空想と、英・米の実際的見地との相違である。此相違は今日の露
国と英・米との凡てに亘る相違にして、惟り講和条件に限つたことではない。而して今後の講和条件の変遷を覧
るには、先づ第一に英・米と露国とが今後事局の実際的推移に連れてどれだけ接近するかを着眼せねばならぬ0
之に次ぎて又英・米の近き将来に於ける努力奮励が、どれだけ其意思を独・嗅に強行し得るに至るやをも細心の
注意を以て観察せねばならぬ。
一−276
(三)
米国大統領及び英国首相の宣言を読む
 予は更に進んで英・米両国当局者の宣言に表はれたる細目の講和条件について観察を下さう。
先づ第一に苧東南国は仏蘭西伊太利及び尉鮮鮎の占領地より独埋草の直ちに撤兵すべきことを要求して居る0
其内英は損害の賠償をも主張して居るが、米が此点に言及して居ないことは前にも述べた通りである。占領地即
時撤兵の問題について、特に一つ注意すべきは露西亜の問題である。米国は露西亜についても固より撤兵を要求
して居る。のみならず更に「露国に関する一切の問題は、蕗国が自己の政治的方針を独立決定するの自由なる機
会を得んとするに際し、他国民の最良にして自由なる協力を容易ならしむるやう、斯くして彼等が自由国民の団
体中に真撃に歓迎せられ、且つ其希望し必要とする凡ゆる援助が自在に与へらる、やうに解決せヰる」るを要す
ると云ひ、暗に撤兵ばかりではない、独逸の勢力をして独り露国内部に横行せしめざらんとするの意図をも洩し
て居る。然るに英国は、前にも述べた如く、露西亜の現状を悲観し、現政府の態度を悦ばず、露国人民自ら起つ
て自ら救ふの途を講ぜざる以上は我々に於て何等手を下すべき途が無いといふに止めて、撤兵のことには一言も
触れて居ない。撤兵の必要を観ないといふ訳でもあるまいから、今の政府の下に於ては撤兵を説いても駄目だと
見たのか、或は露国民の反省を促す為めに特に撤兵を問題としなかつたのか、何れ特別の理由があることであら
う。根本の考に於て決して米と異るものではあるまい。
 第二に自耳義及びセルビア、モンテネグロの独立恢復についても双方の要求は全く一致して居る。英は更に之
に損害の賠償を附け加へて居ることは言ふを倹たない。而して米は特にセルビアには「自由安全なる港口を得し
むること」と「自耳義の独立恢復を図るは、以て世界各国民に国際法規に対する各自信頼の念を恢復せしむる所
                                ス イ ス
以」なること等を附言して居る。セルビアは欧羅巴に於て、瑞西を外にしては、港口を有せざる唯一の独立国で
ある。海と接触を保たんことは彼の多年の希望にして、之れが襖洪国との衝突の原因であり、又延いて今度の戦
277


争の遠因でもあつた。独・嗅側に在つても、苛も同国の快復を認むる以上は、之れに港口を与ふるは亦避け難い
ことであらう。
 第三に独立を有せざる民族に自決権を与ふること、並びに諸民族雑居の土地に於て自治主義を認むることにつ
いても、大体両者の意見が合致して居る。多数民族雑居の場所と云へば専ら嗅洪国が問題になるのであるが、米
は「嗅洪国諸民族には何よりも先きに自治的発展の機会を与ふべし」と云ひ、英は「真の民主的自治を許すこ
と」は絶対の急要なりと云つて居る。従来嗅洪国の国勢の振はざる一つの主因は、多数民族の乗離反目であつた0
敵に各民族に自治を与ふるは、一面に於て内紛を除去することになる○けれども又他の一面に於ては、ボヘミア
ゃ南スラヴの中央と相離るゝによつて国力の削減を来すことも認めなければならない。蓋し所謂自治を許すとい
ふことは、処に依つては単純な自治に了らざるものあるべきを覚悟せねばならぬからである。去ればロイド・ヂ
ョーヂは特に「吾人は嗅洪国の潰裂を巽ふものにあらざれども、之れ亦欧洲平和の必須条件として巳むを得ず」
と附言して居る。次に所謂「独立を有せざる民族」については、英・米両国は、主義として其民族の本来の希望
を無視するものではない、従つて所謂民族自決主義に依る解決方法を採用して居る。斯くて此原則の適用として
明白一点の疑を容れない処置であるといふ訳でHアルサス・ローレンは当然仏国に割かるべきこと(但し此点は
         プロシア                                                 ボユフンド
千八百七十一年普魯西より仏蘭西に加へられたる不法行為の原状恢復といふ文字で表はされて居る)、口波蘭土
民族はその住居する凡ての地域を包括して独立の一国を建設すべきこと(米は特に之に安全自由なる港口を附与
し、其独立と領土とは国際条約を以て保障するといふことを附言して居る)、臼心中かの支配の下にある諸民族
                                             ア ラ ビ ア
の独立を承認すること(米は何の民族といふ個別的列挙の方法に出でないけれども、英は特に亜刺比亜、アルメ
ニア、メソポタミヤの三つを挙げて居る。而して英は別個の国民としての地位を承認することと云つて居るに村
278
米国大統領及び英国首相の宣言を読む
し、米は生命の安全と自治的発展の機会を与へて絶対に之を犯さざること二五つて居る。何れにしろ独立の承認
に外ならない)、噛k洪国に対する伊太利民族地方は、当然伊太利に合併せらるべきことを掲げて居る。此外米
国は何等言及して居ないけれども、英国は、嗅洪国内の伊民族を伊太利に合併すると同一の原則をトランシルヴ
アニアに適用して羅馬尼の膨脹を図ること、並びに欧洲以外に於ても一般に此原則の適用せらるべきことを掲げ
て居る。之れ皆悠かる場合に於て、併合せらるべき民族は皆進んで併合を希望して居るものといふ前提に基くも
のたるは論を侯たない。従て言及は欠いて居つても、米国も亦必ずしも此等の要求に反対なのではなからう。
       バ ル カ ン
 第四に巴爾幹半島の問題が来る。半島は由来欧洲紛乱の源である。欧洲の平和を永久に維持せんが為めには、
土耳古を適当に処分しなければならない。此点についても英・米両国の考は、土耳古民族が其住域の全体を包括
し、コンスタンチノプールを首府として、其帝国的主権を維持することを認む」る・に一致して居る。又之れに閑聯
してダーダネル海峡の問題については、国際的管理の下に永久中立の自由航路とするといふことに一致して居る。
元来戦争の初め英・仏諸国は、密約を以てコンスタンチノプール及びダーダネルの露国領有を認めたのであつた
が、露西亜自身が今日既に併合を否認し、且つ又連合諸国が民族的権利自由を尊重するの主義を主張するに至れ
る以上、デーダネルの自由航通を条件として土耳古の半島の一角に於ける存続を許すのは当然の順序であらう。
 第五に独逸植民地の処分に関する問題であるが、之れについて米国は「関係政府の主張と同等の程度に、在住
民族の希望をも尊重する」 の原則によつて自由公明に且つ絶対に淡泊なる精神を以て其主権問題を解決すべしと
いふて居る。英は現に其占領せる独逸の植民地を其俵領有して仕舞はうとはしない、が、又直に之を独逸に還附
もしない。最後の処分は講和会議の協定に一任しやう、但此場合に於ては、第一に土着人民の希望と利益とを尊
重すべく、而して民族自決主義の原則が採用せられなければならないと主張して居る。
279
////////′





    ノノ
 以上を以て英・米両国の細目の条件は渇きた。が、最後にもう一つ、講和条件と観るよりも寧ろ講和会議に於
て討議せられ而して結局其成立を見んことを欲する希望条件とも云ふべきものがある。そは戦後に於ける国際間
 の特別組織の創設である。ウイルソンは日ふ、「国の大小如何に拘はらず、其独立と領土とを相互的に保障する
 の目的を以て、特別の条約により、各国民の一般的聯合を形成すること」と。ロイド・ヂヨーヂは日ふ、「今次
             のこ
戦争の解決は将来に禍根を飴さざる底のものならざるべからず。併し如何に巧妙に国境其他の問題を処理しても、
国際紛争の種子を絶滅するは事実不可能なり===故に吾人は国際争議解決の根本の手段として、「戦争」に代は
るべき何等かの国際聯合組織を設定するの大企図なかるべからずと信ずる。畢克戦争は野蛮の遺物なり。国際紛
レ争の解決に於ても、個人間の場合と同じく、法と正義とをして暴力に代らしむることは絶対的に必要なり」と。
     とも
之れ皆倶に戦後に於ける国際聯合組織の計画を暗示するものにして、講和会議が直ちに此種の希望に何等具体的
 の成型を与ふるや否やを知らずと錐も、法と正義とを基礎とし、各国聯合のカによつて、永久に平和を保障せん
とするの思想が、少くとも講和会議に於ける指導的精神の一たるべきは、今より之を銘記するを要する。
280
     (四)

 最後に英・米両国の当局者が、戦争及び講和に関する彼等の最後の決心を表明せる大文章も亦吾人の特別なる
注目に催する。英国は簡単に、「吾々は以上の条件を達する為めには、従来よりも一層大なる犠牲を払ふを辞せ
ず」と云つて居る。言簡なれども言外に現はるゝ決意は頗る堅い。且つ彼が演説の冒頭に於て、「過去数日間予
は各方面の代表者の意見を求むるに骨折つた。その結果戦争の目的と平和条件とについては国民的一致あること
を発見した。故に吾輩の云ふ所は膏に政府の意見にあらず、実に国民全体の意見である」と云ふを観ても、英L国
米国大統領及び英国首相の宣言を読む
の決心の程は覗はれる。若し夫れウイルソンに至つては、詳細に其決心を語り、烈しく独逸を責めて、その戦争
に関する決心の牢として抜くべからざるものあるを示して居る。彼日く、「僅かる条件の獲得の為めには吾人は
敢て戦闘を辞せず。之れ唯吾人は正義の行はれ、前記諸条件の遵奉に依つてのみ保障せられ得る正当確実なる平
和の実現せんことを翼ふの意に出づるものにして、敢て独逸の強大を嫉視するが故にあらず=…・若し独逸にして
正義と法と公正との約束に於て、吾人並びに他の凡ての平和を好愛する国民と提携するを厭はざらん乎、吾人は
    かんか     まみ
何を以て千曳の間に彼と見ゆるを敢てせんや==・・予の提案せる諸条件を通じて流るゝ明白なる一原則は、畢克凡
ての国民と民族とに正義を保障することに在り。換言すれば、その強弱如何に拘はらず、凡ての民族に自由並び
に安全の対等条件の下に生存するの権利を承認するに外ならず=…・此原則の為めには、吾人は生命と名誉と其他
一切の所有を捧ぐるを辞するものにあらず」と。以て彼等が、以上述ぶる所の諸条件を最小限度の要求として、
最後まで其獲得の為めに奮闘せんとするの大決心を知る事が出来る。
 予は終りに英・米両国当局者の宣言を読んで得たる三つの要点を掲げて、此小論文を結ばうと思ふ。
 第一は、英・米両国の各種の主張の根砥となつて居る原則は、畢尭もつと明白に露国が主張して居る所のもの
と本体を一にして居ることである。従つて戦争の目的並びに講和条件に関する思想としては、露西亜の思想が最
も卓越して居ると謂はねばならぬ。といふたからとて必ずしも此種の思想の僅凝地が露西亜であるといふのでは
            こ                               けつえん
ない。唯最も醇正なる形に於て這の思想を卒直に声明したのが露西亜である。それだけ又露国の思想は独り掲焉
として他国を支配せんとする概を示して居る。英・仏側も固より戦争の初め以来同じやうな原則を抽象的に主張
                                                      かたち
しないではなかつた。けれども彼等は時として独逸に対する自家の利害問題を、利害を離れた抽象的原則の貌の
下に主張するの嫌ひ無きを得なかつた。例へば民族自決主義といふ原則の下にアルサス・ローレンを仏蘭西に奪
281

                         アイルランド
はんとしながら、同じ原則を愛蘭や挨及にも適用すべきや否やは、故らに言明を避けて居つた。従つて彼等の
   いささ
主張は聯か醇正を欠く所がある。それだけ露西亜の公正なる且つ卒直なる主張の前には聯かたじろがざるを得な
い気味がある。之れ露西亜の思想の何と云つても今日最も優勢を示して居る所以である。尤も露西亜の主張の重
                                                はなは
きを為すのは、露西亜の主張の実際的適用が、大体に於て独逸に不利なるも、英・米・仏に取つては太だ有利な
る所あるの事情にも幾分依る所はあらう。
 第二に、露西亜の主張するが如き原則は、英・米の之を賛するによつて、今日殆んど多数国家共同の要求とな
つて居ることである。只此原則の適用は殆んど悪く独・嗅側の不利とする所であるから、事実上完全なる承認を
彼等より得ることは頗る困難である。元来独逸は今度の戦争に於て正義公平の立場から云へば受け身の地位に在
るのだから、戦に勝つても多少の譲歩は到底免かれない。が、何処まで譲歩さした所が、今日彼等の私かに胸中
に蔵する所の講和条件は、固より英・仏の主張とは余程距離の遠いものたるに相違ない。従つて今日は言ふまで
も無く、近き将来に於ても、英・米側と独逸側との講和条件は容易に一致を見るものでない。而して正義を後援
        しよ・つり
として最後の捷利を確信して疑はざる英・米の決心前記の如く牢として抜くべからずとせば、講和機運の熟成を
見るまでには、今後更に永い時日を待たなければなるまい。如何に勇猛でも、独逸が更に大に奮進して其意思を
敵国に強請するといふが如きは、今日の所もはや其見込は無い。然らば平和の到来は之を独逸側の事実上の屈服
の時に侯たなければならないが、斯くの如き屈服は果して何れの日に来るであらうか。米国は密かに独逸民衆の
起つて政府の軍国主義を粉砕せんことを予期して居るやうに見える。露西亜は現に進んで無線電信或は撒文の撒
布によつて頻りに独逸民衆の平和思想を煽動することに骨折つて居る。英・米両国の当局者が更に戦備を修めて、
殊逸に事実上の打撃を与ふる前に、思想上独逸が国内平和主義者の圧服する所となるを期し得るだらうか。独逸
282
米国大統領及び英国首相の宣言を読む
が昨今故らに蕗西亜との単独講和の顛末を国民に正しく報道せざるの事実に観るに、独逸内部民心の動揺は単沸
講和開始以来とんと其勢力を増して居るとも想はれる0要するに双方の講和条件の間には、未だ大なる距離があ
る。従つて近く平和の克復すべき見込みは無い。けれども亦いつ何時平和の気運を急激に持ち運んで来るか分ら
ないといふのが今日の実況であらうと思ふ。
 第三に、平和の克復が何時如何なる時期に到来するにしろ、講和会議に於いて所謂「万国聯合組織」は確に一
個の重要なる間道となるに相違ないことである。斯くの如き思想は古来蜃々閑人の空論に上つた0而かも現実の
国際関係は古往今来常に陰雲の見舞ふ所となつて居る。従つて過去の歴史に囚へらるる者は、三自の下に斯の如
き思想を痴人の甘夢と罵倒し去る。無論国民と国家との関係が従来の如く単純なる信義と公正とを以て支配し得
ざりし時代に在つては、一挙に安全確実なる世界的聯合の成立を見るは不可能である0併し之が出来ぬ間は世界
                                                     と一て
の平和の永久に保たれないのも亦、過去の歴史の教ふる所である0そこで従来の経験に失望して連も駄目だと諦
めるものもあるが、併し又一方には苦い失敗を重ねた度毎にこれだから国際聯合が益々必要だと考へるものもあ
                                              かんかん
る。現に今日世界の有力なる政治家が真面目に此問題を攻究して居るといふ事実は、之を軽々に看遺してはいけ
ない。表面はどんな公明正大なことを云つても、腹では何を考へて居るか分らないなどといふのは、余りに公人
の心事を疑ふものである。口先で何を云はうが実力の前には何になると云ふのは、余りに思想のカを無視するの
議論である。真面目なる人の真面目なる思想は、或る場合に於ては武力よりも強い0吾人は戦後直ちに国際聯合
組織の創設あるべしとは軽信しない。又創設されても固より初めから完全なものとも思はない0併し乍ら戦後に
於ては、国際協同のカによつて法と正義七を擁護し、又此協同のカを以て武力を悼む或る一国の抜屁を抑へよう
とするの主義、従つて又凡ての善さ事に於て世界の凡ての国が誠意を以つて協力するといふ主義が、国際間の通
28う

義となり、又各国銘々の根本方針となるだらう、此の為めに或る種の国際組織が実現するだらうとは、予輩の深
く信じて疑はざる所である。
                                         〔『中央公論』一九一人年二月〕
284
増彗川場ノ接 いすバ `ぜい人叫、
Z澗−