武器問題に依て憲起せちれたる我が東亜対策の疑問
     ― 敢て軍閥の人々に問ふ ― 

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 所謂武器問題はどうにかかうにか鳧が付いたやうだ。併し形の上で始末のついたのは、要するに表面を糊塗したに過ぎぬので、軍閥の陰謀又は放恣に関する多数国民の疑惑に至ては、決して実質的に氷解したのではない。
 武器問題の新聞に現れた時、僕は二十年来軍閥の東亜に於ける各種陰密の活動と照し合して、直に「又か」と合点したのであつた。換言すれば之亦軍閥多年の目論見の一つの試みとして誠に有りさうなこと、思つたのであつた。前科何犯の泥棒が深夜人の家に入り込まんとした時、之を正式裁判に窃盗罪として訴へやうといふには成る程明白な証拠も要らうが、僕達が彼を泥棒だとひそかに認定して互に警戒する分には証拠も何も要つた話でない。泥棒だと思はれたくないなら、向ふから今度だけは潔白だといふ明証を挙げ来るべきだ。今度の問題に就ても、多数の国民が直に軍閥の禍心を疑つたのは当然の話で、証拠の有無を待て始めて論ぜらるべき問題ではないのである。
 然らば軍閥は過去に於てどんな事をやつて居るといふのか。僕の寡聞を以てして尚幾多の事例を挙ぐることが出来るが、煩しければ今は説かぬ。茲に僕が主として読者と共に考へて見たいと思ふのは、之等の事実を綜合して軍閥は一体東亜の天地に昨今何を目論見て居るかの根本問題である。此点をよく念頭に入れて置くと、軍閥暗中の活動に関する各般報道の意味も分るし、又其が国家に及す功過の判断も明白につくと思ふのである。そこで先づ此の軍閥の目論見なるものゝ輪廓を露骨に描いて見る。そは大凡そ次の様なものであらうと思ふのである。
 (一) 張作霖を極力援助し、啻に彼を満蒙の主人公たらしむのみならず、遠く北京一帯にまで其勢力を張らしむる事(出来得べくんば支那全部又は少くとも揚子江以北に彼の号令を行れしめんと冀ふことは勿論である)。
 (二) 西伯利に在ては所謂自派と称する保守的反動的勢力を十分に援助し、其の反対に所謂赤派は徹頭徹尾之を  抑ふる事。
 (三) 日本に対する双方のこの関係を利用して満洲と西伯利とを連結せしめ、斯くて東亜の天地に日本と特殊な 関係に立ち又従つて特に日本に好意を有する勢力の樹立を図る事。
 (四) 斯くすることを日本帝国の一大利益なりと為し、従つて此目的を達する為には有らゆる手段を取て悔ひざ る事(国際信義や世界の道義的批判の如きは所謂国家の利益の前には顧慮するに足らぬとすること勿論である)。

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 若し国際上の問題が技師が機械を運転する様に此方の思ふ通りに動くものとするなら、かの軍閥の筋書の如き、固より我が帝国の一大利益たること一点の疑がない。張作霖が日本の力をかりて優勢になり、之が同じく日本の援助の下に優勢となつた西伯利白軍と結んで、先に東亜の天地に有力な一個不抜の勢力が樹立せられ、而して之が一から十まで日本軍閥の制令を奉じ唯々諾々維(こ)れ命違はざらんと力むるものとせば、我が日本に取つて之れ程幸なことはない。満洲や西伯利がさう旨く筋書通り運ぶものなら、序に欧露も、否、全世界をも、日本軍閥の薬籠中のものにして貰ひたいものだ。少くとも朝鮮などは一日も早く温柔猫の如くならしめて欲しいものだ。が、併し事実は中々さううまく行かぬではないか。何故思ふ通りに行かぬかと云ふに、そは相手は活きた人間だからである。由来軍閥者流の計画には、機械と人間との見定めの付いて居ないと云ふ弊害がありはしないか。折角の人間の魂を無理に殺して詰らぬ機械のやうに之を酷使するのは、一歩軍隊の営門を出ては通用しないのだ。況んや外国の民衆と接触するに於てをやだ。
 故に吾々は、単純に日本の立場のみから観て誠に結構の様に見ゆる前記の計画の如きも、之をいよ/\実地に行ふ段になると如何云ふ結果を相手方に生ずるものか、之を極めて細心の注意を以て観察するの必要があると思ふのである。而して此見地からして我々は敢て断言する、わが軍閥の計画の如きは実に荒唐無稽無益有害の甚しきものであると。

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 聞くが儘を書く。張作霖と日本軍閥との腐れ縁は一朝一夕の事ではない。その日本が附いて居て而かも此の春の戦争に奉天軍の一敗地に塗れたのは、張彼自身の不名誉といはんよりは実に日本の名折れだと、軍閥の人々は考へて居るさうだ。支那に於ける日本の威信の恢復の為にも、是非もう一度戦争をして勝つて見せねば相済まぬと信じ切つて居るといふことである。之がまた張作霖自身の燃ゆるが如き復讐心と相結んで、満洲の野にはこの半年来極めて陰鬱なる空気が漂うて居たのである。張作霖は実に斯くして西伯利方面から盛に武器を輸入して居る。西伯利の武器が無数に奉天に向つて流れて居るの事実丈けは、天下公知のこと、して最早何人も疑ふことは出来ない。
 之に対して満洲の土民は如何考へて居るか。その初め絶対に戦争を再びせぬといふ張作霖の確約の下に就任したと云ふ省長王永江が先き頃錦州に引退した事件の裡にも明白に現れて居る通り、一般の土民は勝負の如何に拘らず此上兵を動かし此上課税を徴せらるゝに堪へ難しと怨じて居る。況んや不評判なる挙兵の結果如何なる意外の出来事に依て張の没落を見ぬと限らぬに於てをや。若し斯んなことにでもなると、頭首を喪へる満洲の天地は少くとも一時どんなに紛乱を極めるか分らない。
 張の再戦準備に汲々たるを観て如何に満洲の商民が心中の不平を燃やして居るかは、一度満洲に足を入れた者の如何にしても見逃し能はざる所である。而して彼等土民は、張をして再戦の決心を固めしめたもの、少くとも張をして再戦に決意せしめたものは、日本の助力だと信じて居る。日本の軍閥には勿論相応に弁明の途は立て居るであらうが、土民の方では張の準備が整うと正比例してまた陰に排日の感情を高めつゝある。知らず、我々は之れ程の犠牲を払つてまで張作霖の我儘を助けるの必要があるのだらうか。又知らず、我々国民は排日感情の昂騰に因る各種の損害を忍んでまで軍閥の陰謀を黙視せねばならぬものだらうか。こゝに我々は第一に大なる疑問を繋(か)くるものである。

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 また聞くが儘を書く。此春日本軍撤退の閣議の決定が彼地に伝るや、西伯利の赤派は時到れりと為してソロ/\動き出して来た。伝統的に赤派を嫌忌する我が軍憲は、スワコソ一大事と自派を武装して之に対応せしめんとした。之には武器が要る。併し公然武器を供給することは長春会議の手前出来ぬ。何とか目に着かぬ様自派武装の目的を達する方法はないかとて思ひつかれたのが、チェックより保管を頼まれてゐる武器を貨車ぐるみ輸送することであつた。軍閥昨今の宣伝に依れば、メルクーロフの一派が盗んだともいへば原少佐が独断で授命したともいふ。同一官憲より発する説明の彼此異る所に、滑稽なるゴマカシの暴露あるかにも感ぜらるゝが、何れにもせよ斯んな問題の起るのは、畢竟わが軍閥が極めて浅薄な見識に基いて赤白の区別をつけ、そして盲動的に赤を抑へて白を押し立てるに熱中し来れるが為ではあるまいか。殊に外務当局が政府の決議に基き或る条件の下に赤派と交渉協議を重ねつゝある真最中、無遠慮に自派を助け、国家的信義を傷けて屁とも思はぬなどは、傍若無人を通り越して、正に狂人の沙汰としか思はれない。二重外交の弊の叫ばるゝも尤もの次第だと思ふ。

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 満蒙を支那本部より、又東部西伯利を欧露乃至チタ方面より、強て分離せしめて先に独立の政権を樹立することの当否如何、殊には這の計画に人為的援助を与ふることを敢て我が帝国対策の大綱とすることの得失如何は、極めて慎重に考慮すべき問題だと思ふ。之を大きな問題だといふ所以は、啻に之が為に費す所の人的並に財的犠牲の巨大なるが為のみではない。仮令之が帝国の将来の為にいゝ事だとしても、公然と質せば知らざる真似して国民の耳目を全然掩塞し、二三軍閥の策士が暗々の裡に之れ程の大事を専断擅行するのは、其自身甚だ恐るべきことではないか。
 更にもつと恐るべきは、其の目的を達する為に採る所の手段である。否、目的を達する為には手段を択ばざらんとするの態度である。今は昔、同じく軍閥の策士は、腹心の者を使簇して在外同胞の住家に放火せしめ、甚しきは土匪と通じて掠奪をすら敢てせしめ、之を口実として支那の領内に兵隊を送らんと企てたこともあるとか。いろ/\の形で言論の自由が拘束されて居るから、内地の同胞は案外平気で知らずに居るも、支那に於ては無論のこと、遠い外国に於ても之等の点が公知の事実として幾ら日本国民の信用を傷けて居るか分らない。今度だつて之に類した事全くなしと考へられぬとて、内外の物議は可なり高い様である。斯んな浅墓な、すぐ尻の割れる様な馬鹿を尽してまで、盲滅法に侵略的突進をやられては、我々多数国民の有難迷惑は誠に此上もないのである。
 我等は数歩を譲りて軍閥の人々の誠意を諒としやう。彼等といヘども日本の為めよかれと謀るのであらうから。併し其考は実は根本的に間違つて居るのみならず、其の手段に至ては乱暴とも何とも云ひ様がないのだ。火事があつては大変だらうからとて、飛んでもない時ドン/\水をぶつかけられては堪つたものではない。軍閥の人々にして真に国家の為に図らうとなら、モ少し謙遜に他方面の言説にも耳を傾けて貰ひたいと思ふ。帷幄上奏の牙城に立て籠り、天下の群言を蹂躙しつゝ独自の妄見を振り廻す一方では、誠意があればある丈益々国民の迷惑はひどいのである。


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 僕は軍閥の人々の策謀を浅墓だと云つた。色々の意味で其の浅慮を嘆ずるものであるが、中にも援助の目的物を思ふ儘に操縦し得る底の木偶漢中に索むるが如きは、其の最も浅薄拙劣なるものであると思ふ。木偶の坊を権力者に守り立て、之を傀儡として蔭から我々の経綸を行ふといへば、誠に旨い話の様だけれども、此種の輩は結局本当の勢力にはなり得ない。幾ら援けたつて援け甲斐がないのである。現に軍閥の連中は、セミョーノフに於て、ホルワットに於て、又コルチャックに於て、既に屡醜き失敗を繰り返して居るではないか。若し又偶々当の相手が本当の傑物であつたとしたら、困る間だけ猫を被つて我々にすがり、適当の潮時を見計つて我に寝返りを打つにきまつて居る。レーニンが独逸皇帝を利用した様に、又清朝時代に日本に頼み切つた支那青年の革命党が今や必しも日本の傀儡でない様に、少しく気骨のある程の者は何時までも他人の制令に聴くものではない。助け甲斐のある奴は必しも日本の思ふ通りにならず、操縦の完全に利く類の者はどうせ早晩滅亡するに極つて居るとせば、軍閥の人々の目論見は、畢竟砂上に楼閣を築くやうなものではあるまいか。
 狡猾なる御用商人が動もすると官界の俗吏と結托して楽に不正の利を貪らんとするが如く、正々堂々の戦陣を張る丈けの勇気と才能とを欠く候補者が、賄賂に依て不義の勝利に急ぐが如く、真実の力を以て自由競争に勝つの自信と奮発心と無き者は、ともすると醜汚な手段に由て傀儡を作りたがる。斯くして世を毒するは勿論、併せてまた自己の真実の発達を傷くること夥しい。この睹易き過誤を繰り返して悛むる所を知らざる、軍閥の為に僕は甚だ之を惜むものである。
 軍閥の人々が是れまで白羽の矢を立てた連中の如何なる種類の者かは、余りに気の毒だから此上詮索はしまい。只茲には之等の連中は日本軍閥の到れり尽せる援助あるにも拘らず、尽く敗亡して ― 而して我々から観れば之は当然の成行なのであるが ― 跡方もなくなつたことを一言するに止める。斯くてもなほ軍閥の人々は従来の謬見から自らを救はうとしないのであらうか。(九月十二日)

                           〔『中央公論』一九二二年一一月〕