戦後欧洲に於ける社会的新形勢
戦後に於ける欧洲の新形勢は前号に於て其一般を説いたのであるが〔本巻所収前掲論文〕、之は主として欧洲交戦
諸国の国際関係の将来に対する余の想像である。本号には其の補遺として社会的方面から是等諸国の将来を考へ
て見やうと思ふ。戦後に於ける欧洲社会の有様を想像して先づ著しく余の念頭に浮ぶ事柄は、戦後に於ては労働
者と婦人とが従来に比して著しく其社会的地位を高むるであらうと云ふことである。滋に労働者と云ふのは、文
字通の意味で労働をするものと云ふ意味でなく、一般下層階級と云ふ意味に解して貰ひたい。此一般下層階級の
人々と婦人とが将来の社会に於て偉大なる発言権を有する様になると、余は信ずるのである。此事は我国の人々
には或は一寸了解し難いかもしれぬ。我国は明治以来既に数度の外戦の経験を経てをる。而して戦争の度毎に其
社会的地位を高め、同時に社会の各方面に戦争の結果として抜属し初めたものは軍人と金持である。日活戦争以
前は軍人も金持も皆所謂政治家によつて其の権利を伸長せんと事を謀つてをつた。軍人でも金持でも当時の藩閥
政治家には頭が上らなかつたのである。日活戦争後に至つて初めて軍人の践底を見、遂には伊藤公の如き元老政
もた
治家すら軍人側の要求を無視しては到底政界に其志を伸ばすことが出来なくなつた。当時金権もソロ〈頭を撞
げたが、併し金権の著しく抜思するに至りしは寧ろ日露戦争後である。日露戦争の際に政府の最も欠乏を感じた
あ ゆ
ものは金であつた。桂公などは絶えず資本家を集め、之れに阿訣して、軍資金の調達をした。されば戦後に於て
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は金持の勢力が俄然として張り、彼等の要求を無視しては到底政界に雄飛することが出来ない有様になつた。今
日金持の為めに、国家全体の利害から見て如何はしく思はるゝ幾多の法律が存在するのは骨其結果と云つてよか
らうと思ふ。斯くの如く我が国では戦争が起れば起る度毎に、金持と軍人とが其の社会的勢力を増進すると云ふ
ことになつてをる。軍人と金持とが勢力を増進することになれば、婦人や労働者などは却つて物陰の方に押し寵
めらる、訳になる。されば欧洲今次の戦争の後で婦人と労働者が其の勢力を増進すと云はゞ、読者或は不思議に
思はるゝだらうと信ずる。
しかしながら
乍併欧洲の戦争は日本の戦争と全然其趣きを異にしてをる。日本の戦争は軍人と金持とに頭を下げて之れを
するが、今度の欧洲戦争は労働者と婦人に頭を下げてなす処の戦争である。金持イ全く頭を下げないかと云へば
必らずしもさうでない。又軍人に頭を下げないかと云へば必ずしもさうでないい然し彼等の戦争は本当の意味の
命懸けの戦争である。戦争は何れも命懸けには相違ないが、然し一生懸命となつてをる程度、死物狂ひとなつて
をる程度が日本などと、彼等とは違ふ。日露戦争でも日清戦争でむ、日本国民から見れば之れは比較的呑気な戦
争で、戦争の運命に就て本当に心配してをつたものは政府当局者位のものである。而して国民は概して呑気に構
へてをつたから、一番心配してをる政府が軍人や金持に頭を下げて戦費を調達したのである。然るに欧洲今次の
戦争では其死物狂ひになる程度が激しい。戦争は目前で行はれてをる。軍人も金持も呑気に構へて居る訳には行
いやしく
かぬ。苛も兵役の義務ある者は予備だらうが、後備だらうが皆出払つてしまつた。夫れでも足りないので苛も武
器を取るに堪へるものは、否でも応でも出て貰はねばならぬと云ふことになつた。そこで政府は労働者に頭を下
げて一人でも多く出征して貰ひ、又婦人に頭を下げて壮丁の出払つた後の仕事を婦人で以て補つて貰ふと云ふ事
になつた。即ち彼等は労働者と婦人に頭を下げるのでなければ到底戦争が出来ないと云ふ境遇に居るのである。
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イギリ ス
平時に於ても欧洲の各国では軍事上の点に就ては随分労働者に頭を下げて居る。英書利などでは徴兵制度が施
ロンドン
いてないから、所要の兵員を募集するために種々待遇をよくして頻りに壮丁を誘ふてをる。私は倫敦滞在中、郵
便局や停車場などで、兵隊募集の引札がぶら下つて居るのを見た事がある。其中には兵隊になれば一週何程の給
料を呉れるとか、衣服はどう云ふ羅紗で作つて立派であるとか、一年何日の休暇を与ふるとか、クリスマスには
上等の服装で帰省を許すとか、我等日本人の目から見れば寧ろ滑稽に類する程少年の虚栄心を挑発する様な文字
おわ
が書いてあつた0大陸の方面ではそれ程でないが、夫れでも兵役を了つたものでなければ郵便、鉄道の吏員には
なれないとか、又は一定の兵役義務年限を終つて、更に一定の年限を務めた者は必ず郵便鉄道等の判任官に採用
するとか(以上独逸の例)、又兵役義務を終つた者でなければ議員になれないとか(以1仏国の例)、随分一般に免
役義務を尽した者を好遇してをる0之は欧洲では四隣境を接してをるがため、夫れ丈け多くの兵員を要して、従
つて一人でも多く喜んで兵役に服せんことを必要としてをるからである。之れが今回の様な戦争になると国を挙
げて戦場に壮丁を送るのだから、政府が如何に彼等の意を迎ふるに苦心して居るかと云ふことは想像に余りある。
且つ各国政府が今度の様な場合に最も恐れて居る事は国内に非戦論の起ることである。独逸でも仏蘭西でも、国
民の間に愛国心が盛に勃興してをると云ふことであるが、併し之れも程度があつて、戦争が永く続き段々と国民
かね いわ
が疲れて来ると云ふと、予て実際生活に執着する処の欧洲人は遂に転じて非戦論者となると云ふ恐れがある。況
んや彼等の間には平時社会主義的思想が随分深く沌み込んで居るから、戦争が長引けば永引く程非戦的示威運動
の危険が大きくなるのである0政府は此の危険の予防の為めにも少からず苦心してをるだらうと思ふ。斯く考へ
て見ると云ふと、今日欧洲の労働者は戦争のために非常に大切なものとして、好遇されてをるであらうと思はれ
る。
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戦後欧洲に於ける社会的新形勢
元来h労働者は目前直撮には」国家の凰ハ敗とl深い利害の関係を持つてゐない。戦争の勝敗により最も大なる利害関
係の動揺を受けるものは上流社会である。労働者と錐も利害関係は相当にあるけれども、然も夫れは直接でない。
之れ社会主義者などが労働階級の利害は国家と関係なしとか、労働者には祖国なしなどと云ふ所以である。従つ
て労働者は一時は敵憬心に駆られて戦争に従事しても、ひよつとすると我は本来何の為めに戦つてをるかと疑ひ
出す恐れがある。特に況んや戦争のために直接生命を賭して居るものは労働者丈けである。さうすると主として
上流社会の利益のために戦ふ戦争に、命までも投げ出して係はつて居るのは労働者だと云ふ風に考へないでもな
い。最も伝ふる所によれば欧洲では貴族でも富豪でも、労働者の出征した後に残つて種々の公共事業に従事して、
本当の意味の挙国一致の実を挙て居るさうである。例へば英書利などでは貴族の子弟だらうが金持の子弟だらう
が、労働者と一所に戦場に出で、又老齢出征にたへぬものは巡査や鉄道の切符切叶のやうな職業を志願して出て
居るのであつて、日本などで見るやうに貴族や金持の子弟が直接戦場に身を曝すことを避けたり、下層の者が戦
場に苦んで居るのに、上流階級が本国にあつて贅沢な生活をしたりする様な事はない。されば割合に下層階級の
上流に対する不平は少からうと思ふけれども、然し社会主義などの議論が之れまで随分と妬み込んでをる点より
見れば、労働階級一般の思想をして政府の考へと歩調を保たしむるためには、政府に於て余程労働者に対する処
置を慎まねばならぬことになる。而して今日政府が労働者に頭を下げると云ふことは、戦後労働者の社会に於け
る地位が従来に比して大に張ると云ふ事を意味する。果して然りとせば此の事は将来の欧洲社会に如何なる結果
もた
を蘭らすであらうか。
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耶
今度の戦争の結果として婦人の職業の範囲が著しく広まり、婦人の待遇が著しくよくなつた。所謂婦人問題の
一方面は之れが為めに白から解決せられた観がある。婦人問題と云ふ中には婦人参政権の問題もある。婦人参政
権間遺では直ちに英書利のパンカースト夫人を長とする団体を聯想するが、此団体の運動は今度の戦争で一先づ
中止すると云ふ事になつた0彼等は戦乱の勃発以来、出征者の遺族及び酢l熟避難民の救護にカを注ぎ従来の参
かえ
政権獲得運動は之を中止した。彼等は平和克復の暁には直に従来の運動に復るであらうと思ふ。参政権運動は暫
く別として婦人問題としては従来婦人の職業の範囲を広めてくれよ、婦人の待遇を好くしてくれよと云ふ問題が
/
あつた。西洋では日本よりも婦人の職業の範囲が広い。独逸に於て見るも大商店の売子は皆婦人である。仏蘭西
には婦人の弁護士も少からずある。けれども或職業に依つては法律上、又は実際上婦人に許さないものがある。
実際上婦人に出来ない仕事なら仕方がないが、事実婦人に出来る仕事なら、其門戸を婦人にも開いてくれよと云
ふのが彼等の要求の一である。
更に進んで門戸を開放せられたる職業の範囲に於ても、同じ仕事を同じ様にしながら婦人の給料は概して男よ
りも低額である。例令ば独逸で小学校教師の最初の給料は男は五十円であるが女は四十円である。然も小学教師
かくのことき
となる準備的教育の年限は双方同一である。如斯は不都合である、何故男女の給金を同一にせぬのかと云ふのが
彼等の要求の一である。然るに是等の問題は全部ではないが、此度の戦争に於て端なくも其一部分は解決せられ
やむせえで
た。何となれば従来は男でなければ出来なかつた仕事を此の戦争で不已得婦人に頼んだからである。例へば電車
の車掌、鉄道郵便等の吏員、会社銀行の社員、役所の小便、夫れ等の中には無論従来少数の婦人もあつたが、大
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部分は男子の仕事であつた。然るに是等のものが皆召集せられて戦場に往つたので、其後任は否でも応でも婦人
に頼まねばならぬ。滋に於て婦人の職業は白から非常な膨脹を見た0且つ又此際無理に婦人を頼んで給料を減ら
すと云ふ訳には行かぬ。少くとも男と同じ給料は払つたらうと思ふ○場合によつては人を得るの困難なる為め、
ょり高い給金を払つた処があるかも知れぬ。斯くて婦人は期せずして男子と同額の給料を得る事になつたのであ
る。勿論之れは戦争によつて起つた臨時特別の出来事であると云へばさうも云へる0戦争が済んで男がどん〈
帰つて来たら、婦人は今日の状態を何時までも続ける訳には行くまい0乍併戦争が済んだからとて婦人が一旦占
めた地位を全然奪ひ取つて、元の様な状能だ引戻す事が出来るかどうか之れは大なる疑問である〇一殊に職業範囲
の拡張と待遇の同等とを多年要求し来つた欧洲の婦人は、男子が戦場から帰つて来たからとておめ〈と引き下
がるであらうか。勿論夫が出征した為めに臨時其代理として務めておつた婦人の姐aは、夫が帰つて来た為めに
再び家庭の人となるであらう。けれども中には夫が戦死して食ふ事に困るから、其佳其職業に従事したいと望む
ちよスノど
ものもあらう。又初めから職業を探して居つたが、恰度其仕事を見付けたと云ふもあらう。斯う云ふ者からは容
易に其職業を奪ふ訳には行かぬ。
斯く考へると云ふと戦後に於て独立の生活を営む婦人の数が非常に多くなると共に、婦人は従来よりも一層切
実に社会公共の事業に興味を有すると云ふ事になる。勿論従来と錐も婦人は社会公共の事に全く興味を有せぬと
云ふのではない。乍併多くは間接で、即ち夫を通して社会公共の事に交渉があるのである0されば従来の婦人は
物価の高低などと云ふ事、従てせい′ぐ関税の問題位には興味を持つことはあるにしても、家屋税がどうだとか、
所得税がどうだとか云ふことは余り興味はない。然るに独立の生活を営む婦人が殖えると所得税、家屋税の問題
も婦人の直接の問題となる。のみならず学校を建てる病院を設ける、夫れがために市で金が入ると云ふ様な事も
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婦人が直接に利害を感ずる問題となる。斯くして大体に於て公共の問題に興味を有する婦人の数が殖える、其結
果婦人は公共の問題を決する一の新なる勢力となる。夫れを大きく考へると云ふと祉会的、国家的大開是の決定
にも婦人が一の勢力として参加することになる。少くとも斯の如き傾向になつて来るのである。従来婦人は政治
などの事には興味がないと云ふ事になつてをつた。之れは彼等が直接に政治問題に触れないからである。従来の
婦人の生活は男子に従属してをつた。従つて政治は男子に任せて置けばよかつた。今後はさうは行かぬ。政治も
亦婦人が興味を感ぜずしては居られない問題になると云ふ趨勢になつて来る。斯く婦人が社会公共の開遺を決定
する一の有力なる分子となつて著しく其他位を高むると云ふ事は、将来の社会に如何なる結果を蛮らすであらう
か。
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三
労働者と婦人とが著しく其社会的地位を高むると云ふことは、将来の社会に著しく平和的思想の江添すると云
ど ど
ふことを意味する。労働者と婦人とが共に世界平和の友であると云ふ事は今更吸々を要しない。斯くして余は戦
後に於ける欧洲の社会的趨勢を目して平和的進歩の躍進にありと断ずる。此断定に対して人或は成程労働者と婦
人とが勢力を占むるために平和的思想の進歩を見ると云ふ方面もあるが、他の一面には平和的趨勢を妨ぐる原因
もあらう。彼此差引して考ふれば余りに平和的趨勢を楽観的に見る訳には行かぬと考ふる人もある。此種の論者
は戦争の結果各国民の間に敵慢心と云ふものが起つて来る。此敵憬心は甲の国民と乙の国民とを反目せしめ、少
くとも当分の間は欧洲の天地に平和の春風の吹き渡ることを妨ぐるであらうと思ふのである。之れも一面の道理
はあるが、然し之れは日本の様な国柄に於ては最もの考へであるけれども、欧洲の様な所では余り適用は出来な
戦後欧洲に於ける社会的新形勢
い。なぜなれば欧洲大陸は諸の回が其中に村立して居るけれども、而して其間に仰のよいものもあれば悪いもの
もあるけれども、然し大体に於て大陸は互に密接の利害関係を以て相聯結せられたる処の云はば鼻二の社会であ
る。独逸が右社会的単位であり、仏南西や英国が又各独立の社会的単位であると云ふのではない0彼等の或る
めと
者は一部分に於て親族関係がある。独逸人が仏蘭西人を要り英国人が噺郎和人と結婚して居ると云ふ例は決して
▲よ
竿れでない。現に皇室の例に見るも独、嗅、英、露、普密接なる親類ではないか0就中英独露の如きは最も親密
な従兄弟である。夫れで是等の間に戦争をすると云ふ事によつて精神的苦痛を受くるものは非常に多い0若し夫
れ経済的の関係を見ると、彼此非常に密接な関係を有してをる○今日我々は仮りに日米開戦を予想し、其結果太
平洋岸幾万の同胞が皆引上げて来て彼地に於ける経済的根拠を失ふ事を想像せば、之れと直接の利害関係を有す
る者は如何に苦痛を感ずるであらうか。英仏独露の間には夫れ以1の密接なる経済肘関係がある0是等諸国の経
済的関係の密接なるは、恐らく北海道と九州との経済的関係よりも深いものがあると思ふ0戦争になつたから仕
方がないとは云ふもの\之が為に非常な打撃を受けてをる者は各国とも非常に多い○故に欧洲今次の戦争は政
治的に見ると云ふと外戦であるが、社会的に見れば一種の内乱と云つてもよい0
斯く見来れば欧洲諸国が戦乱に対する考へは我々日本人とは全然違ふ○我々は支那と戦ひ露西亜と戦つて何も
精神的苦痛はない。而して経済上に於ても前述べた様な苦痛と云ふものは非常に少い0云はゞ日本は日本丈けで
独立したる純粋の社会的単位であつて、日本と云ふ社会は先づ大体に於て露西亜や支那と切り離しても独立し得
る社会である。そこで日本が露西亜や支那と戦ふと云ふのは甲なる家族が赤の他人の乙と云ふ家族と喧嘩をする
様なもので、喧嘩した後で互に睨み合て永く敵憬心を抱き、機会があつたら又喧嘩をしやうと云ふ様なものであ
る。欧洲今回の戦争は一家内の感情の衝突の様なもので云はゞ夫婦喧嘩か親子喧嘩の様なものである○喧嘩する
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時は激しく掴み合ても後で何時までも敵憬心を持つ事は出来ない。必ず後悔と反省とを伴ふ。要するに欧洲には
国際主義とか同胞主義とか云ふものが現実に国民を圧迫してをる。故に我々が家庭の円満を希ふと同様な感情で、
国際的生活の安全なる発達を希ふ。否斯く願はざるを得ざる境遇にある。我々日本人でも国際生活の安全を願は
ないではない。されど我々が斯く願ふのは日本を中心としての国際生活、日本の安全と云ふ事を主たる目的とす
る国際生活の安全を願ふのであつて、日本の利益日本の幸福と云ふ事の外には所謂国際生活の安全と云ふことは、
シ ャ ム
殆んど我々の切迫した問題とはなつてゐない。東洋丈けを狭く限つても支那や蓮羅などと此の平和的な交際をす
る〔と〕云ふ事は、我々にとつて切実な問題となつて居ない。此点は欧洲と我国とは余程違ふ。仏蘭西人、英国人
でも自国の安全な発達は勿論考へる。併し欧洲全体が一の社会だから、自国のみの利益のために欧洲全体の利益
を利用することは許さない所である。之れを利用せんとして失敗したのは独逸である。斯くの如く欧洲全体の平
和安全と云ふ事が、彼等にとつて切実緊急の問題なるが故に、戦後に於ては必ず悔恨と反省の声が高くなるであ
らう0勿論戦後の余勢として多少の敵憬心はある。又在来の歴史的反感は例へば独逸人と仏蘭西人との間などに
は残滝であらう0けれども之れにも増して欧洲全体の国際的平和は如何にすれば安全に之を保持することが出来
るかと云ふ事は最も痛切に考へらるゝであらうと思ふ。而して此の様な考へは一部の識者の間には既に今日戦時
中ぼつ〈説かれ初めたことは、余が最近英、仏、独の新開雑誌に於て看取しっゝある所である。未だ解決の答
案はない0唯漠然世界同胞の大義を猶ほ一層現実に感得せしむる事が戦後に於て最も肝要であると云ふ様な議論
が識者の間に唱へられつ、ある様である。
斯く考へ来ると云ふと戦後に於ては平和思想四海同胞の思想が勃然として起ると云ふことを疑はない。最も平
和思想が盛になつたからと云つて、軍備の問題が全く等閑に附せらる、とは思はない。此点に関して将来各国は
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如何なる態度を取るであらうかといふ事は戦後に於ける独逸の能小度如何に由て定まる事は前号に於で説いた処で
ぁる。何れにしても各国互に軍備を整へると云ふ事は戦後に於ても変ることはあるまい0且つ此点に就て懲の考
ふる処は平和問題に就ては強大囲も今後は真面目に耳を傾くるであらうと云ふことである0従来平和間選は大国
の圧迫を豪つた処の小国が主として唱へると云ふ傾向きがあつた。所謂平和会議は元露国の主唱に係り強大国の
委員が中心となつて居るけれども、此会議では枝葉の点に走つて純粋な平和思想の進歩には余り貢献してゐない0
他の諸の万国的諸平和協会は今日多くの小弱国が強大国の横暴を訴ふるの機関となつてをる様な傾向があつて強
大国は余り熱心になつて居ない。故に此種の会合には小弱国からは第一流の人物が来るけれども強大国からは三
流若くは四流の人物が出席する。従て牛耳を取るものは小弱国の代表者である0其議事の常に大国の現実の利害
と相背く事あるは怪しむに足らぬ。然るに戦後に於ては従来平和会議に比較的に冷淡であつた強国が段々手を伸
ばして来るであらうと思ふ。其の結果は平和問題と云ふものが著しき進歩を見るであらう○小弱国の手に取扱は
そしれ・ γ
れてをる間は平和問題は真に空論の讃を免れない。所謂乞食の慈善論たるの観を免れない0大国が自ら進んで平
あずか スイス
和会議の協議に与るの必要は、余が曾て瑞西に於て開かれたる万国平和会議に出席した時につら〈感じた所で
あつた。此の機運は戦後に於て必ず起つて来るであらうと想像するのである。(四月廿日記)
〔『新人』一九一五年五月〕