愛蘭問題

 アイルランド       イギリス
愛蘭の自治法案は、五月廿五日英書利の衆議院に於て、第三読会を通過致しました。総て法案は、議会、
二読会、三読会と三度吟味を致しますので、第二読会を通過すれば、滋に共法案は可決確定致したのであります。
今此法案は貴族院の方に廻つて討議中でありますが、然し貴族院を通過すると否とに拘らず、此法案は早晩国王
の裁可を経て法律となるのであると思ひます。
此法は今より数年前、英書利で俗に云ふ貴族院の権限制限法と云ふものが出来まして、衆議院で同じ法案を三
度通過する時は、仮令貴族院で反対しても、国王の裁可を経て法律とする事が出来ると云ふ事になりました。あ
          たと え
たりまへなら、貴族院と衆議院と両方で通過しなければ、法律とする事は出来ないのであるけれども、特に同じ
法律が三度続いて衆議院に可決せられたなら、仮令従来貴族院で反対しても、貴族院の意志を顧る必要はないと、
                 〔法〕
云ふ事になつたのであります0そこで此愛蘭自治口実は、去年より今年にかけて三度議会に提出されました。第
                               ▲よた
一回に於て下院は通過し、上院で否決され、第二回に於て復下院を通過し、上院で否決され、本年も三度目に下
院が通過したのであるから、今上院で討議されて居る結果は、如何であらうとも、既に此問題は決定したと見て
宜しい0先に埠て三十年来英国政界の妄懸案であつた此問題は、とう〈決着を告げたのであります。
 愛蘭間琴と云ふは諒非常に古い間造で、愛蘭の人民は大多数天主教徒で共結果英国々教とは仰が悪く英国の
国教が久しい間天主教を圧迫しましたから、そこで愛蘭に於ては所謂愛蘭人種は所謂英国人種に対して決して良
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愛南開題
い感情を持つて居なかつた。其上之れも圧迫の結果でありませうが、昔天主教徒に土地所有権を許さなかつたか
らして、愛蘭の地面は少数の英書利貴族の手に帰し、貴族は英本国に居りますから小作人との間に親みの情合ひ
                                           しばしば
がない、仲に立つ者が本国の貴族を笠に着て小作人を圧迫しましたから、感情は益々悪くなり蜃々愛蘭に騒動が
起り、そんな事からして一人〇〇年に愛蘭を英書利本国に併合する事になりました0其の前は愛顧は大竺の独
立国で、特別の議会に特別の政府があつたのであります。然るに一八〇〇年以来、愛蘭の議会は無くなり、其代
              ロンドン
り愛蘭から百余名の代議士を倫敦の議会に送ると云ふ事になつた0それから愛蘭の独立政府も止めになつて、英
書利の方から知事をやつて治めると云ふ事になりました。そして行政の官吏は大抵国教徒でありますから、愛蘭
の人民とは折合が悪かつた。尤も此頃は天主教徒は官吏公吏となる事が許されて居なかつたが、後にグラツドス
トーンの尽力で、所謂天主教徒開放法と云ふもので、天主教徒も国教徒も政治上嶽掛上同等の取扱を受くると云
ふ事になつたけれども、実際は国教徒が要路を占めて居て天主教徒は先づ日陰者であつたのであります0それで
ぁるから天主教は非常に不平であるのみならず、一方に於ては産業は益々衰へる0従つて亜米利加に移住する者
が年々多く、其為めに愛蘭の人口は他の国は一般に増加して居るに拘らず著しく減少して居ります0そこで段々
に愛蘭自治独立と云ふ事を考へる者が出て来ましたが、此考は亜米利加に行つた愛蘭人が次第に成功して、金を
集めて運動の資金にすると云ふ事になつてから、愛蘭自治運動と云ふものが益々盛になつて来ました0此間に色
々騒動などがありますが、自治の要求と云ふ事が政治上に於て立派な組織的の運動となつたのは、有名なバーネ
ルと云ふ政治家の御蔭であります。此人のお蔭で愛蘭国民党と云ふ党派が、英青利の議会の中に一の勢力となる
に至りました。英書利では古来自由党と保守党とが所謂二大党対立で争つて居たのでありますが、バーネルの時
から第三党と云ふものが生じました。尤も今日では一九〇六年に出身ました第四番日の労働党と云ふものがあつ
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て四党対立となりましたけれども、主なるものは矢張り自由党と保守党であります0さて此愛南国民の要求は、
如何に其声が高くとも自由党か若くは保守党かの採用する処とならざれば、実際間警なる事は出来ない。何と
                                       ついで
なれば、愛蘭国民党丈では議会の過半数を制する事は出来ないからであります0序に申ますが英音利の下院は、
全体六至十人の中で愛蘭国民党は、昔から今日に至るまで、先づ八十人程度そこ〈のものであります。然る
に此愛蘭自治の要求は、グラツドストーンの考によつて、他の詞を以て申せばグラツドストーンとバーネルとの
考が合致した為めに自由党の採用する処となり、つまり自由党と愛蘭国民党とが、此問題の為に結託すると云ふ
事になりましたから、そこで初めて政界の実際開港となりました○それで所謂愛蘭自治法案即ち、有名なホー
ム・ルール・ビルとして、議会に初めて提出されたのは六人六年、此時にはグラツドストーンは自由党の総理
として愛蘭の自治を主張しましたけれども、同じ党内の妄の旗頭である彼の有名な老チエンバレンは、帝国的
統妄破る怪しからん案として堅く反対を致し、其結果彼は三十名の仲間を率ゐて自由党を脱会し、別に自由統
壷と云ふものを組織して保守党と提携して、グラツドストーンの政策を破りました。共結果第高の愛蘭自治
運動は、失敗致しました0自由党内閣も亦倒れました○是れも序に申ますが、チエンバレンの自由統一党は其後
長く保守党と提携致しました0人は之れを統高盟と称し、又世間では統壷などゝも云つて居りました。或は
其中の重なるものは、保守党であるからして、唯漠然と保守党と云ふ事もあります0然しながら実際は、二党派
が聯合の形となつて居たのであります0尤も蒜年に至つて此二党派は、全然合併して統壷と称する事になり
ました0チエンバレンは此数年来、中風で悩むで居りましたが、本年の一月死ました。今英書利の政界で時々問
題となるチエンバレンは、此人の息子であります。
 さて其後、≡八九三年に、四度目にグラツドストーンが内閣を組織しました時も、矢張り此愛蘭問題を提出
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愛南開罵
しました。此時には衆議院は通過しましたが、貴族院で否決しました。一体英吉利の衆議院は選挙の結果、保守
党が多数となつたり、自由党が多数となつたり時々変るのであるけれども、貴族院の方は大多数は世襲の貴族で
あるから、全体の五分の四以上は初めから保守党である故に、自由党と保守党と意見を異にする場合に於ては、
                                                ま一よ
貴族院は常に保守党の味方で、自由党の敵となる故に、貴族院を今の優にして居ては、到底愛蘭自治問題の解決
する時はない。而も之れが自由党の生命とする処の大問題であるから、貴族院を改造しなければ此問題の通過を
はかる事は駄目であると、自由党の人々の頭に上らざるを得なかつたのであります。兎に角グラツドストーンが
此問題で失敗し共れ以来長く保守党の天下になりましたが、一九〇六年に多年失意の地位にあつた自由党が再び
政府に立つ事になりました。
 自由党政府の第一の間遁は、ロイド∴ンヨージの財政改革であつて、次は愛蘭卦嶽問題であります0此二問題
は共に貴族院の反対を受ける事が明瞭でありましたから、それで政府は其の手始めに貴族院征伐にか、つた結果
は、前に申した貴族院権限制限法となつたのであります。斯くグラツドストーンも為し得なかつた、上院改革と
云ふものを断行して置て、それから財政改革も、愛蘭問蔑も、無理押しに押して、自由党は其年来の目的を達し
たのであります。
 愛蘭問題は自由党にとつても統一党にとつても、其死活の分るゝ大問題であるからして、両方共非常に争ひま
した。統一党は此問題の解決を困難ならしむる為、あらゆる手段を取つたのであるが、其中に一番大なるはアル
スター事件と云ふのであります。アルスターと云ふのは愛蘭の東北部の一州であつて、滋は愛蘭の他の部分とは
                 〔国〕
全然面目を異にする処であります。此地は昔から正教徒の入つた処で、天主教とは最も仰の悪い新教徒が多い0
他の部分は全然農業地であるのに、此部分は商工業地で、経済上の利害関係が全然異つて居る。政党別から云ふ
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も大部分皆保守党であります故に、此地方の人は愛蘭自治独立をしない、いつ迄も本国と合併して居る事を、利
益とするのであります0万壷蘭が独立をすれば、自分は愛蘭多数派たる天主教徒の支配を受けねばならぬから、
自治独立は愛蘭民族大多数の希望ではあるけれども、之れに対してア〜スターの少数の人民は、極力反対をして
居たのであります0保守党は此形勢を利用しア〜スターの新教徒を煽動して極力自治実に反対せしめ、いよ〈
此問題決着が最後に近づくと云ふ今年の春以来は、統一党の妄の旗頭でもと印度総督をして居たカルゾン脚は、
態々アルスターに行き其人民を煽動し武装して、政府の自治案の実行に、反対する事を努めて居ります。即ち内
わざわざ
乱を以て自由党を脅したのでありますが、かうなつては大変、国家の為でないと云ふので、其間に色々調停する
ものがあつて、種々なる説が行はれたのでありますが、今日未だ充分の決定は見ない。唯政府は愛蘭国民多数の
希望を容れて自治案を通過せしめたけれども、妄に於てアルスター人民の希望も掛酌して何か他の法律を提出
すると云ふ事丈は、明になつて居ります0今日此問題の形勢は、先づ次の三点に約言する事が出来ます。
一自由党政府は、兎に角多年の主張たる自治案を言州の修正をも加へず、其俵下院を通過した其結果、愛
  蘭は近々自治独立すると云ふは、最早既定の事実となつた。
 二然し政府は内乱の恐をさける為に幾分アルスター人民の意見を容れんとして、自治法の施行と共に又別
                                    ほのめ
  種の法律を作つて、アルスター人を満足せしめんとする意ある事を諷示かして居る。此意味の法案は未だ
  提出はされないけれども、兎に角それを予期してアルスター人は折角武装したに拘らず、今鳴を鎮めて居
  る〇一体アルスター人は、自治案が通過するやうな事があれば直ぐに乱を起すと宣言して居たにも拘らず、
  今日猶未だ内乱の報に接しないのは、専ら政府の別法案提出を予期して居るからである。然し此別法案の
  内容如何に依つては、アルスター人は必ずしも獣tては居ないでせう。
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払懲
愛蘭問選
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三 愛顧国民党は、愛蘭に於ける少数派が愛蘭大多数の人民の要求する自治案の施行に対して文句を云ひ、
其文句に政府は動かさるゝと云ふ事に付て、非常に不平であります。彼等は政府に向つて、余りにアルス
ター人の要求に、耳を傾けざらん事を追つて居ります。かくて彼等はアルスター人が政府の処置に不満で
兵を挙げるか、又は政府が余りにアルスター人に譲歩しすぎて自分等の面目を潰すやうな事のある場合に
は、自分の方で今度は乱を起すと云ふ意気込で、盛に武器を輸入して義勇軍を募つて居ります。其主動者
は愛蘭国民党の総理たるレドモンドと云ふ人であります。そこで今日はレドモンドの率ゐる愛蘭義勇軍と、
カルゾンの指揮するアルスタI義勇軍と、両々対立して居る有様であります。実際的なる葉書利国民は、
           うま
此難局を何とか甘く切り脱けるだらうとは思ふけれども、一方を立てれば他の一方が立たず、現在の英国
政府の最も苦心する所であります。然し私は現在の英国政府には、実に千古に傑出する大人物が揃て居り
ますから、此難局を美事に切り脱けると云ふ事を信じますけれども、然し世上の事は予想通りには行きま
せんからして、其結局の成行は、今後の報道を得て、他日再び之れを御紹介する事に致しませう。
                                      〔『新女界』一九一四年七月〕

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