重ねてヤツプ島問題に就いて
ヤツプ島問題の事はこれまで度々論じた。事柄も今は大体解決が着いたと云つて好い。重ねて之れを論ずる
うるさ
のは余り煩いやうだけれども、之れに絡む二三の問題の未だ明白に知られざる点あり、のみならず之れに依つ
て外交上の時事問題に対する国民の見解を正すの便もあると思ふから、かた′ぐ−更に貴重なる紙面を割く事にし
た。
」書んてん
米国の所謂「均需要求」 の根拠如何。
米国は海電陸揚、電信局及び無線電信局設置並びに之れに要する土地所有及び収用等、ヤツプ島に於ける陸上
の諸権に関し、日本と同等の権利に均霧せん事を要求したのだが、共要求の根拠如何に就いて我国では十分明白
は い
に了解して居ないのではないかと疑はる右節がある。先頃某大新開は其社説に於て、国際聯盟に這入りもせで、
権利のみを要求するとは不都合だと論じて、丁度米国の態度を会費を払はないで御馳走ばかり食ひたがる者かの
やうに見て居つたが、之は飛んでもない見当違ひであらう。向ふの言ひ分はそれを正しいと許すべきや否やは別
ドイツ
問題として、斯う云ふ所に根拠を置く。日く、此度の戦争では皆の協力で独逸に勝つた、従つて独逸は其海外属
領諸島を「主たる同盟及び聯合国」の為めに放棄した。故に米国は有力な仲間の一人として之れ等の諸島の上に
だ
ノ部の権利を有する。そして夫れは日本などの有する権利と多少の差あるべき筈はない。日本の持つ丈けの物は
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自分も当然持ち得る筈だと。見るべし、国際聯盟に加入すると否とは竜末も米国の権利に関係がない。米国の立
場よりすれば被れの権利は国際聯盟に加入する事に依つて初めて発生したものではないのである。
米国の要求に対する日本の当初の抗弁は如何。
ヤツプ島は他の属領諸島と共に其初め皆の物であつた事は疑ひない。然るに米国も参加せる最高会議に於て、
ヤツプ島等は日本の委任統治区域に割当てられた。最高会議は所謂「主たる同盟及び聯合国」を代表するもので
ある。而してヤツプ島は所謂C式委任統治区域に属するが、之れは自国領土同様に統治し得ると定まれば、ヤツ…
ようかい
プ島は即ち日本の専属的統治区域にして、他国は最早サ之れに容唆する事が出来ない○米国の要求は此点に於て
成り立ち得ないと云はねばならぬ。如何なる権利を如何なる国に認むるか認めざかかは日本の自由であつて、他
国の指図を受くべき問題ではないのである。
斯くの如く日本側の主張する通り最高会議の決議を有効とすれば、米国の言ひ分は其俵通り得ない。米国は初
め最高会議の決議を承認し、只海底電線に就いては他日の協議に留保したと主張したのであつたが、日本が厳格
に之れを拒んだ事は先きにも述べた通りである。そこで米国は論法を一変し、全部否認の能伽度に出で、ヤツプ島
の処分は何等の協約もなかつた昔の白紙に還つて出直さうと云ひ出した。でっすると即ち前段に述べたやうな所
謂均霧の要求が一つの理窟になるのである。
そこで此問題の解決は米国の言ひ分を通すか、日本の言ひ分を通すか、二者英一を選ばねばならぬ事になつた。
細目の点に就いては双方の便宜の為め妥協譲歩の余地はあるが、此根本問題は主義の相違であるから断じて妥協
ほば
は出来ない。ヤツプ島問題は略解決したと政府では声明して居るが、予輩の先に間はんと欲する点は、此主義の
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2
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争点はどう決つたかと云ふ事である。
仮りに米国が日本の立場を承認したと想像して見やう。
米国は今年春頃の交渉に於て日本の立場は認めても好いから、海電問題に就いては自発的に開放するの措置に
出でないかと申し出た事がある。して見れば米国では海電問題に関する要求さへ通れば日本の立場を強ひて争は
ない考へらしい。当時日本政府は之れをすらも厳しく拒んだので問題は紛糾するに室つたのだが、もと〈米国
の考へは右述ぶる通りであるから、話を又元に戻し得ないとも限らない。そこで此度の解決に於て米国の要求す
〔が〕
る諸権利を仮りに認めたのは、一旦日本に帰属した権利を改めて米国に承認したものと見れば、根本問題に就い
ては米が我れの立場を承認したものであつて、此問題は日米両国限りで解決し終つたものと見なければならない。
多くの新開は斯くの如く解釈して居るやうであり、時々政府当局が発表する所に依つて見ても同様の見解を有し
て居るやうだが、併し此点は米国も果して同じ考へであるかどうか疑はしい。重大な外交問題として我々は明白
な答弁を責任ある当局者から開きたいものだと考へて居る。
日本が米国の主張に譲つたのではあるまいか。
前後の事情、彼我当局の発表する所などに依つて推定して見ると、どうも日本が米の立場を認めたものではな
ま
いかと思はれる。少くとも米国自身に自家本来の立場を少しも柾げたと云ふ考へのない事は疑ひない。米国は斯
す
う云ふ積りで居る事を日本側で相当に理解して居るかどうか。之れを理解しないと向ふの為す事為る事が分らな
いた▲す たくまし
くなつて、徒らに無用の猫疑を遣うする事になる。
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予輩の見る所では米国は第一通信事業に関する権利均藩の要求を貫徹し、此本来の目的を達した以上は、委任
統治割当てに就い・ての抗議を強ひて固執するに及ばずとして、ヤツプ島等を日本に与ふの最高会議の決議の趣意
を承認した。そこで初めて最高会議の決議は総ての関係国の承認の下に完全に成立し、日本とヤツプ島との関係
も確定したのであるが、併し間温はこれで全部終了したとは云へない。米国は抗議を撤回したとは云へ、兎に角
一旦「主たる同盟及び聯合国」の一員たる自分の承認なしに独逸諸島の処分を勝手に決めるのが不都合だと云つ
て、米国の承認なしには何事も終局的に確定しないと云ふ原則の承認を求めた。之れは独りヤツプ島のみに関す
る問題でないのみならず、又日本のみに対する交渉でもない。して見れば日本と関係する範囲に於て総て円満に
解決したとは云へ、最後に残る主義の問題は改めて列国の協議に附する必要があるのである。列国の問題に持ち
出したからとて別に変つた解決を求むるのではない。君達の云ふ通りにして好い}只一応は自分にも断はつてく
れろと云ふ丈の問題である。形式一遍の手続きに止まる。併し之れを踏まなければ完全に話が着いたとは云へな
かか ワシントン
い。故にヤツプ島問題が日米両国の懸案として解決を見たるに拘はらず、猶ほ米国が之れを華府会議の議題に
ゆえん
上提せんとするの怪しむべからざる所以である。
最近米国は議題私案中に委任統治に関する一項を追加したと云ふ報道がある。それに対して、我国では米国の
意を知るに苦しむと云ひ、又は一切の解決が華府会議以前に解決せられない所から之れを問題とするのだらうな
どと云ふ説があるが、夫れは皆誤りだ。上提するのが当然で、日米の懸案が会議以前に一切の解決を見ると否と
に拘はらない。又之れが華府会議に上捉されたからと云つて日本の不利益でもなければ不面目でもない。
帝国政府は何故にヤツプ島問蓮の解決を急ぎしや。
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つつノ
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現に政府の発表する所に就き精細に之れを研究するに、ヤツプ島間逼の解決は完全に米国の当初主張せられた
通りになつて居る。新開では米国が前に提出したる委任統治権に対する抗議を固執せざる了解と交換的に、陸上
ことこと いささ
諸権利に対する米政府の均需要求を悪く容諾したと発表せしめて居るが、之れは些か羊頭を掲げて狗肉を売るの
嫌ひなきを得ない。米国は取らうとする丈けのものを完全に取つた。之れに対して日本は失はんとしたものを恢
復したと云ふのではない。米国は委任統治権に対する抗議は申し出でたが、之れは日本にやらないと云ふのでは
なく、日本にやると云ふ事は自分の不承認のために終局的に決つたのではないと云ふまでの事である。其裏面に
は改めて自分の承認を得んとならば、1陸上諸権利に対する自分の言ひ分を容れろと云ふのである。夫れを厭やだ
と云つて問題を此処まで引つ張つて来たのだから、今更先方の云ふ通りに致しましたと云ふのでは一寸面目は立
たないのかも知れない。けれども事実は完全に先方の要求を容れたに過ぎない事は明白疑ひを容れない。予輩は
之れを以て日本の不利益だとも、又譲るべからざるものを譲つたとも思はない。只どうせ譲るものなら何故に早
く譲らなかつたかを責むる者である。同じく金を出すのでも早く出すのと、愚図々々云つて余儀なく出すのとは
大変な相違だ。此意味に於てヤツプ島間違の交渉は日本の道徳的声望を大に損じたと云ふ点に於て外務当局の失
態を断定して好いと思ふ。
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又も一つ文句を云つて見ようなら、どうせ悠んな解決をするなら寧ろ華府会議の問題とした方が有利ではなか
つたか。政府は恐らく華府会議の問題となるのが揖だと見て、少くとも米国と直接に交渉する事が幾分有利の解
決を見ると期待して解決を急いだものだらう。けれども結果は少しも芳しくないではないか。丁度三越の番頭に
知つて居る者があ計とて、こつそり行つて買物の談判をしたが結局正札通りに物を買つて来たと云ふ形である。
正札で買ふ程なら何故堂々と表門から這入らないか。格別の利益もないのに内密で物事をさばかうとする丈け、
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人の侮蔑を招くばかりだ。此点に於ても我々は外務当局の為す所を是認する事が出来ない。
〔『中央公論』一九二一年一一月〕