起り得る四五の問題についての私見
       「共産党検挙と労農党解散」事件


 四月十日の東京諸新聞の夕刊は、久しく報道を禁ぜられて居た三月十五日の日本共産党検挙事件と此日の閣議
                                               しようど・つ
できまつた労働農民党外二団体の解散命令とに関する記事を満載して、世人の耳目を聾勤した。之はいろJllの
意味に於て我々の今後の政治思想の展開と大衆運動との上に甚大の影響あるは論を待たない。締切間際で緩つく
       いと一∫
り詳論するの達がないから、滋には簡単に之に関して起り得る四五の問題につき私の見解を述べて置く。
一、労働農民党(同時に解散を命ぜられた他の二団体のことは暫く措く)の解散を以て、政府が来るべき特別議
             たく
会をうまく切抜ける為に企らんだ窮策に過ぎずと観るの説がある。或はさうかも知れぬ。併し政府がさうした意
図でやつたとしても、事実之れが竜も政府の議会切抜策に資する所なかるべきは余りにも明白である。或は日ふ、
この解散命令に依て無産諸党の足並は乱れるだらうと。之は飛んでもない錯覚だ。之に依て他の無産党が竜未の
痛痺を感ぜざるべきことは後にも述ぶる通りである。又日ふ、この騒ぎの為に無産党一般に対する民間の信望は
く‥じ
挫け、由て以て之と連結することに汲々たる民政党を威嚇することが出来ると。成る程無産党といへばピンから
キリまで過激兇暴なものと思ひ込んで居る頑固連中の頭にはさうも映ずるだらうが、野党の方から云へば、▲無産
党にしても民政党にしても、最左翼無産党の一時表面から引つ込むことに依り、寧ろ却て政府不信任の旗職を}
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層鮮明にし得るの利益があるとも云へるのではあるまいか。
                              いすこ
 要するに之は議会切抜策としては何にもならぬ。政府の意図の何処に在るかは今更詮策するの必要もあるまい。
只我々としては今次の出来事を単純にさうした軽い意味のものと観てはいけない。




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 二、解散命令は種々に臆測さるる所謂裏面の魂胆と離してそれ自体を文字通りに受け取ても相当の理由はある
と思ふ。この事は猶ほ後に説くとして、更に斯う云ふ観測をする人もある。政府は之を手始めにして今後所謂過
激思想の防庄に邁進するだらうと。即ち之は今度の事件を以て一層広汎にして深刻なる思想取締のほんの手始め
                                 はまれ         こ
の一表現に過ぎずと観る説である。いろいろの意味に於て反動内閣の称高き現政府に断じて這の懸念なしとは何
人も言ひ得ぬ所ではあらうが、たゞ斯うした先き走つた観測に基いて「だから今度の弾圧にも反対せねばなら
ぬ」と性急に力み返へるのは軽卒であらう。政府が之を跡つ掛けに、或は一般無産階級の各種の運動に新なる拘
束を設け或は青年学生等の思想的活動に不当の弾圧を加ふるが如きことあらば、之れ正しく我々の黙過し得ざる
所だが、今度の事件を単に一つの孤立した事件として取扱ふ以上、之を一般思想取締の問是と関連して論ずるの
       みだ
は正当でない。漫りに思想を取締る可からずと云ふ原則を以てしては、今次の事件の不合理性を確定し得ぬので
ある。斯う云へばとて、私は解散命令を失当でないと軽々論断するものではない。この命令の当否は思想取締の
原則以外の他の観点から別に論ぜらるべきものだと云ふまでである。
 三、然らば解散命令それ自身に与へらるべき評価は如何。労働農民党の人達は→概に之を不当の弾圧と叫んで
居る。斯く叫ぶ心情には私も多大の同情を寄せぬではないが、公平なる局外の識者を納得せしむるには、只不当
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                                    むか
を呼号するだけでは不十分だ。この点に関して私共は、原告たる政府に村つても又被苫たる労働農民党に村つて
も、一様に先づ次の諸点に付ての詳細なる説明を開きたいと思ふ。
 川労働農民党と日本共産党との関係  共産党貞にして兼ねて労農党員たる者の数如何。其中の幾名が労農
                        かかわ
 党の幹部の地位を占むるか。以上の数字に拘らず労農党が共産党に指導せられし事実の有無(政府に向ては
  その肯定の立証を要求し、労農党にはその反対の挙証を要求する)如何。
 鞄本共産党の正体に関する見解  之に付ての政府側の見解は己に司法省から発表された。この発表の通
                         み な
  りだとすれば、日本共産党が国法と相触るると見傲さるるは致方がない。労農党の諸君は果して吾人とこの
                                                ていしよく かど d
 見を同うせらるるや否や。若し臭れ右の見解を吾人と同うして而も猶ほ日本共産党の行動に国法抵触の廉な
  しと云はば、そは一転して事実の問題にある。
 日本共産党なるものが一体何を目的とし又今日まで何をやつたかは、結局裁判の確定を待たねば分らない。裁
判確定を待つまでもなく彼の行動に不都合はないと責任を以て云ひ切るのなら、労働農民党が無条件に解散命令
を失当とするのは理の当然である。但ださうすると彼は自ら自家の立場の日本共産党と殆んど異る所なきを自認
した事になる。之に反して労農党と共産党とは別物だと云ふ二三幹部の声言を信ずべきものとすれば、労農党は
解散命令の失当を論ずる為に、先づ自党と共産党との内面的無交渉を明証せねばならぬ。同じ様な事は政府にも
云へるのだが、要するに問題が斯んな風に与へられた以上、我々国民としては、兎にも角にも前述の諸点を明白
にして貰つた上でないと、海とも山とも判定が出来ない。当事者が昂奮の余り這般の必要に思ひ及ばぬは諒とす
るが、之等の説明の与へられぬ為に局外の我々の去就に迷つて居ることも少しは察して貰ひたい。
 ついでを以て三一口労農党の諸君にお願する。既成政党では所属党員に悪い事をした者があると、頻りに種々の

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2




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連動をしては之を曲庇するに狂奔する。之に由て党人は「我党には一人も悪人は居ない」と国民に信ぜしめ得る
ものと考へて居満ちtい。斯んなさもしい見え透いた能産はせめて無産党だけには取つて貰ひたくないものだ。
いわ
況んや今度の事件の如きは、少くとも諸君の立場からすれば、市井日常の背徳行為と全然その選を異にするに於
                                               エノ や む や
てをや。仮りに労農党の陣営内に産て巧に共産党の仕事をして居つた者があつたとする。労農党は有耶無耶に之
を庇護するの能心度に出でず、之に対する自家独自の評価を明白にすべきである。但しさうした事実の有無に就て
根本の疑あらば、裁判廷に於て之を堂々と政府に争ふがい、。
 四、日本共産党と労働農民党との関係の釈明に関する後者の特殊なる責任と云ふことにつき三呂したい。私は
さきに両者の関係に付ては政府と労農党との双方に対つて明確なる釈明を開きた.いと云つた。形式上原告たる政
府に先づ之を質すは当然だが、実質的には寧ろ労農党の方に之を明白にする多分の責任があると考へる。何とな
れば労農党が最近所謂極左共産主義派の動かす所となつて居るは公知の事実とせられて居つたからである。社会
民衆党は申すまでもなく、自ら左翼を以て居る日本労農党ですら、単に右の点を理由として労農党と氷炭相容れ
ざる仲となつて居るのではないか。否、労農党自らが最近の幹部会に於てこの事を暴露しても居るではないか。
それだけに今度の事件に際しても、世間の評判から云ふと、気の毒だが労農党の方が至つて分がわるい。従つて
政府の方から云へば、丁度いい機会を捉へたと云ふことにもなるわけである卜
 私共の観る所では、労農党が依然としてあ、した態度を続ける以上今日の厄運に遭遇するは免れ得なかつたと
思ふ。私一己の見解として労農党を解散するがいゝと云ふのではない。寧ろ私は根本的に治安維持法の必要をす
                                               しばしば
ら疑ふものである。尤も私はいろ〈の意味に於て例の共産主義的改革意見には同じ得ない。現に今日まで蜃々
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之と戦ても来た。従てその排斥すべき部分に対しては今日なほ其絶滅を喜ぶの情をいだくも、国権を以て之を抑
          い ぜん
庄すると云ふことには佃然として反対である。この私の立場は、今度の解散命令に対しても私の理論的良心を唆
                                 げん
つて断じて之を承認せざらしめて居る。只善かれ悪かれ治安維持法の備に存する以上、敢て之を顧慮せざるの不
謹慎がやがて自ら厄運の襲来を紹ぐべきは致方がない。況んや現政府は之等の点に関しては格別反動的なるに於
てをや。故に単純なる事実の観測として労農党の今日あるは決して怪むに足らぬのである。
 故に労農党が一無産党として永くその存在を持続せんとせば早く已に分解作用を起すべきであつた。労農党員
                                         まか    しばら
は皆が曹まで所謂共産主義者でもなからう。にも拘らず党を挙げて共産主義派の跳梁に委したのは(姑く政府の
声明を是認するとして)彼等の怠慢である。若し夫れ別に分解作用を起すの要なく又さうした事情にあつたので
もないと云ふのなら、今日の政府の下に在て解散の厳A叩に接するは初めより其の覚悟する所でなくてはならぬ筈

だ。
 但し日本共産党と労働農民党との対立が実質に於て労農党自身の内部に於ける最近の二派対立と全然同一のも
のなりや否やは、自ら別問題だとも見られ得る。此点に関し労農党自身には固より相当の弁解はあらう。只世間
一般は、最近諸般の事実に依て、労農党と共産派との関係につき先入の見を抱かせられてしまつた。是れ私が特
                   ゆえん
に釈ユ明の一層強き責任を労農党に帰した所以である。
2
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 五、今日の事態は最早労働農民党と日本共産党との無関係を無条件には許さぬが、さりとて前者に属する者が
      かいらい
すべて後者の偲備であるとは云へない。故に取締上労農党の存在を絶つのは己むを得ないとしても、該党所属貝
個々の活動を併せて拘束すべきだとする理由は毛頭ない。当該個人が別にまた共産党貞として刑律に触るるのな

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ら格別、単に労農党員たるの故を以て之に特殊の待遇を与ふるは正当でない。この見解は労農党代議士水谷山本
両君の処分に関する一二の疑問に対し自ら明了なる答弁を与ふることにならう。詳しく云へば
 川 山本水谷両代議士を議院自ら除名すべき理由は竜末もない。念の為め両氏に釈明を求むるのはいゝ。その
 釈明に基いて除名の問題が或は別に起るかも分らない。労農党の解散が直に且つ当然に両氏の除名問題を引
  き起すべき筋合は断じてない。
 梶@仮りに両氏が共産党に関係があつたとする。それでも直ぐ除名の理由とはならない。さうした処置を取る
 のはすべて裁判確定の後でなくてはならぬ。但し議院自ら両氏に釈明を求め、その釈明の内層に基いて除名
  問題の起り得べき余地は勿論ある。
 梶@無産党代議士の聯合に於ても、両氏に完全に無産党代議士としての待遇の.与ぺらるべきこと、是亦論はな
  い。
 六、労農党に対する解散命令は如何なる精神的影響を他の無産党(又は各種の無産団体)に与ふるだらうか。一
部の人は、政府の断乎たる処置に怖れて他の無産党も暫くは鳴りを鏡めるだらうと観て居るさうだ。無産階級の
運動内部に理論の差に基く分解作用の未だ行はれなかつた昔なら、甲に加ヘ七弾圧は其優直に乙を威嚇するの効
 も
を有ち得たに相違ない。併し今日の無産階級の諸運動はまるで面目を一新した。善かれ悪かれ理論の異同に由る
離合集散は頻繁に繰り返され而も村立者間の争闘は昨今尖鋭を極めて居る。この事実を正当に認識せずしては今
日無産階級諸団体の動きを洞察することは出来ない。多くの場合に於て今日の彼等は最早、甲に加へられたる弾
圧を其偉我身に引さ当てて無用の畏怖におのゝく様なことはしない。
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2

 社会民衆党も日本労農党も、今度の解散命令に対しては一様に猛烈なる反対の声を揚げて居る。友党の災厄を
弔するの言葉としてはさう無くてはなるまい。併し乍ら彼等は他の一面に於て斯くなることの已むべからざる所
                                                     はら
以を言外に漏らして居るではないか。多少這般の内情を開きかぢつて居る私共には、ソレ見た事かと云ふ址の裏
がアリJトと見える様な気もする。実は政府が解散命令に依て労農党に迫つた戦ひは、社会民衆党と日労党とは
                                                くるし
前々から闘つて居つたものなのである。但だ彼等は対手方が今度の様な方法で碧めらるることには無論極度の不
満を感じて居るに相違ない。現に彼等は口を揃へて烈しく政府の権力濫用を答めて居る。併し之が丁度従来彼等
                           い つ
も亦戦つて来た点に向けられたので、這の権力濫用が何時かはまた自分達に向けられるなどとは毛頭考へてない。
故に言葉を極端にして云へば、今度の事件につき、他の無産党は殆んど痛葎を感ぜぬと謂てもよからうと思ふ。
 但し政府が抑圧の手を更に不当に伸ばして他種の無産運動を拘束し又は思想言論集会の自由を一層制限するが
如きことあらば、議論は自ら別になる。
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 七、労農党の解散を機として学校取締上に重大な権力的活躍を見るべしとの説がある。労農党解散の原因とな
つた日本共産党の検挙に依つて、多数の青年学生が之に関係して居ることが分つた。依て或は教授の誰れ彼れに
退職を迫るとか又は学生の集会等に一層立ち入つた拘束が加へらるるに至るだらうと云ふのである。私の聞知す
る限りに於て、直轄学校以下に於て従来之等の取締は既に可なりに厳重であり、官立大学に在ても今度の事件と
関係なく種々の事情に促されてモ少し積極的の態度に出づべきの必要が感ぜられ既に諸般の準備が進められつゝ
あつたと云ふ。その結果として新しい取締の現はれるのは己むを得ぬとして、今度の事件を機とし政府が高圧的
                         たと え
に種々の処分を諸学校に命ずるが如きあらば、仮令その処置が当を得て居るものにしても、形に於て既に一種不




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当の抑圧たるを免れない。特に学校に警戒を訓令するはいゝ。如何なる処置を教師学生の間に布くかは全然学校
当局に一任すべき.である。況んや大学等に於ては既に自発的に種々の攻究を重ねて居ると云ふに於てをや。
                                                やぶさ
 最後に私は繰り返して云ふ、政府が今度の事件を単にそれ丈の事件として取扱ふ限り国民は之を諒とするに客
かでない、けれども之を切ツ掛けに更に一歩を進むるが如きことあらば折角の骨折りも終に忌むべき「不当不
法」 の汚名を冠〔せ〕られるの恐れがあると。

                                          〔『中央公論』一九二八年五月〕