四国協商の成立
まみ
日英米仏の四国協商は西電の頻々として報ずるが如く、其成立に於いて殆ど疑を容れない。本誌の読者に見ゆ
る頃までには多分完成を告げて居るだらうと思はるゝが、之を書いて居る今日でも、こは只時の問題に過ぎない
と云つて叶い。何れにしても予輩は本協約の成立を心から祝する者である。
此協商の如何なる箇条から成つて居るかは今の所未だ精密には分らない。分つたとしても一々之に細目の説明
を附するが如きは他に自ら其人があらう。今暫く新開の伝ふる所に拠つて之を概観するに、要するに太平洋並に
ひら
極東に於ける国際的交渉問題は今後互に胸襟を被いて相談し合ふ、単独の行動には出でまいと云ふ事を約束した
のである。此処に予輩は非常に重大な意味を認むるのである。
従来でも太平洋及極東の問題に関しては、所謂国際的協約と云ふやうなものは沢山あつて、表面の目的は各自
の権利を防憩し、東洋の平和を確保すると云ふては居るが、其所謂平和とは、謂はゞ自国の利益の侵されざる事、
更に進んでは自国の勢力発展の他より那げざらん事を意味するに外ならず、其自国の利益なり又発展なりが、大
局の平和の上に如何なる関係があるかは、表向きは何と云つても事実に於て殆ど顧みられなかつたのである。例
へば日英同盟にしろ或は日露協商、日仏協商乃至日英共同宣言にしろ、大局の平和と云ふやうな事は殆ど附けた
りで、主たる目的は互に承認せらるべき各自自由行動の範囲を定めたものと云つて可い。各自の縄張りを定める
かろう
と云ふ事は、其等の人々の間に辛じて一時的の平和は保ち得るかも知れないが、それ丈けでは到底大局の安定は
′1d‥′・・1箋〆慧柑郁頂椰榔刹那耶りミ献郡れ副卦副馴、パ副馴約に於ても即断〓〔変いkからである。而し
て戦争以前のやうな武装的対立の世界に在つては、到底之れ以上の協約の実現を見る事は出来なかつたのである。
と
強い者も弱い者も一様に共堵に安んじ得べき大局の平和を確立するが為めには、根本の気持から変らなければな
らない。而⊥て予輩の数次説けるか如く、今や世界の人々の是等の問題に対する気持は根本的に変つた。彼等は
〔張〕
今尚ほどうすれば自分の利益を支障なく伸□し得るかを考へないではない。けれども又同時にどうすれば大局の
安定は得らるゝかをも痛切に考へて居る。而して此の第二の目的の為めには、第一の点に多少の犠牲をも忍ぶ事
しばしば
を辞せないと云ふ能違に出て居る。どうして斯う云ふ変化が来たかについては、屡々述べたから此処には繰返さ
ない。兎に角斯う云ふ風に気分が変つたとすれば、其開から一つの新しい協約が出て来ると云ふのは当然であら
ワシントン
う。四国協商の成立は斯くして華府会議の当初から既に予期せられた産物だと」牢つて可い。
四国協商は世界人心一変の結果として生れたものである。而して世界の平和的進歩の上から見て、此気分の一
変が肝要な出来事で、協商其物に重きを置くべきものではない。但気分の一変と云ふやうな事は謂はゞ五日々の感
得で、眼や耳で之を指示する事の出来ないものであるから、一つの歴史上の出来事としては、四国協商の成立並
に其運用と云ふやうな事実に之を徴するの外はない。此意味に於て今度の協商は斯う云ふ新しい時代の特徴を語
立
成
の
商
協
一凶
一四
る一の明白な標識として重大な意味があると云ふのである。
もつと
尤も四国協商の条文其物が完全な理想的要求に合するや否やは今明白でない。書いた文字はどう表はれやうが、
斯う云ふものを出来しめた根本の気分、即ち銘々独特の希望要求を抑へても、東洋の問題を隔意なき協商を遂げ
て処断しようと云ふ気分の、今日を端緒として将来に発展する事の上に重要な意義を認めなければならない。胸
襟を被いて相談すると云ふ事は、取りも直さず自分の都合ばかりを主張しないと云ふ事を意味する。自分の都合
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す
ばかりを主張しないと云ふ事は、今後起るいろ/\の問題は凡べて道理に基づいて整へで行かうと云ふ事を意味
するに外ならぬ。道理に基いて凡ての問題を整ふと云ふ事になれば、小弱国の要求も亦漸を以つて強大国の観る
所とならう。道理の前には強弱大小を区別しないからである。
次ぎに四国協商の成立の我国の思想界に及ぼす影響を考へると、又一層大きな意味がある事を思ふ。従来我国
の識者階級には、東洋問題の解決に他国と共同するを厭ふと云ふやうな風があつた。例へば支那の問題について
いくばく
之を観ても、特殊地位の承認を迫るに急にして列国共同の活動を避けた例は幾何もある。相手方の誠意を十分に
信用する事の出来なかつた時代には之も致方は無いが、其外東洋の事は俺が先達だと云たやうな自負心、東洋に
ぴゆうそう
外国の手の伸びるのは、即ち我国に対する脅威だとか云ふやうな謬想も手伝つたのであらう。支那の財政打共同
管理とか、東洋鉄道の国際管理とか、皆んなで一緒にやらうと云ふ問題になると、何時でも頭を背向けるのであ
つた。何でも自分一人でやらねば承知が出来ないと云ふ風であつた。それを今度の協約で一転して共同的態度に
けだ
出でたのだから、此処に大いなる気分の変動を認めない訳には行かない。蓋し我国が此協約の仲間に入つたのは、
や
暫く一歩を譲り、周囲の形勢に迫られ已むを得ずやつたものとしても、之を機として国民の国際的精神を大いに
よろこ
振ひ起す事を縛るに於ておや。予輩は四国協商の成立の報を聴いて東洋の平和の為めに欣び、更にもつと強い程
度に於て、日本自身の為めに欣ぶ者である。
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附 記
は ば
本稿を草し経りて後、四国協約成立の西電に接した。其条文の内容略々従来伝へられたものに異らない。
之等の点に就ては追てまた論究するの機会もあらうが、法に三日読者と共に考へたいことがある。二)成立
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に至るまでの内情を兎や角悪意を以て解釈せざること、(二)今後批准に至るまでの経緯にも神経を悩さぬこ
と、是である。今日の文明人は、事を決するまでは十分腹蔵なく異見を戦はし、云ふべきことも言はずに遠
たんかい せいげつ
慮するといふことはないが、其代り一旦事が定つたら、坦懐之を遵奉して光風零月の如き態度を常とする。
ゃ かま こ
口矢釜しく議論をしたから後で事がきまつた時気まづいだらうの、又這んな風に腹を見らるゝが嫌だから言
ひたいことも言はずに置くといふ様なことはない。我々も亦こんな女性的態度をすてゝ男性的に堂々と出た
いものだ。兎角我国には国際間題になると女性的態度に出づるものが多く、既に四国協約成立に関する政治
ついで
家の漫評の中にも、こんなのが見へたから序に滋に三日して置くのである。
〔『中央公論』一九二二年一月〕