平和の機運を促進しつゝある三大原則

 去年の暮から露西亜と独襖側との間に単独和議の交渉が始つた事、続いて本年の一月初旬英国の首相ロイド・
ジヨーヂ及び米国大統領ウイルソンが戦争の目的並に嬢和条件に関する宣言書を発表して以来、平和回復の風潮
は大に動いて来たやうに見えたのであるが、併し之れを以て近き将来に於て完全なる平和の克復を見るを得べし
とするの早計なるは論を待たない。率直に云へば今の所戦争の終結に就ては殆んど何等の見当も着け得ないので
                              しんちよく
ある。けれども吾々は過去二年間に於て平和の機運が著しく進捗した事を尉野がしてはならぬ0戦争の終局の時
期に就てこそ軽々なる断定は困難であれ、今や欧洲の戦局は戦場に於ける駈引をはなれて嬢和準備の外交期に入
ったと見てよいのは確かである。無論戦場に於ける勝敗の数が全然無関係であるとは云はない。両交戦国側の
嬢和条件の間に今日猶存する多大の懸隔は今後二三回実戦の経過を経て、何れにか接近せらるゝ望みはある0
しかしながら
乍併疑ひのない点は今次の戦争は武力の競争を此上飽まで継続する事によりて達せられ得るとする考への謬妄
                      しゆえい
なる事である。之れ予が今や戦局は戦場の輪巌より一転して外交期に入れりと断定せる所以にして、而して此新
時機に於ける勝敗の数は、何人が最もよく平和の回復の基礎的条件を最も適切に最も明白に、又最も公正に立て
得るかによつて定まるや云ふを待たない。併して斯の如き新形勢を此の一年間に作り出した原因は何れにありや
と云ふに、そは云ふまでもなく露西亜の革命と米国の参戦とである。
28う

      二

 露西亜の革命と米国の参戦とは従来屡々世上の問題に上つたのである。所謂嬢和条件を一の主義原則の形によ
つて主張せらるゝと云ふ風潮を促した。従来構和条件と云へば独襖側が提出する場合でも、又英仏が之れを提出
する場合でも、すべて皆両交戦国側の争点となつてをる個々の利害問題の整理解決と云ふ形に於て示されてあつ
た。元々戦争は究極に於て利害の衛突から起る。其利害の衝突を整理する事が戦争の終局の目的である。最も独
逸は独逸文化の防衛拡張のために起つたと云ひ、又英仏は国際的正義の維持擁護のために起つたと云ひ、所謂戦
争の目的を抽象的主義原則の中に見出さないではない。乍併之れ多くの場合に於て半ば表面の体裁を飾る口実に
過ぎずして、彼等の戦争によりて達せんとする目的が専ら当面の利害問題なりしは一点の疑ひを容れない。而し
て利害相反するものが、共解決を武力に求めて一方が一方を圧倒して、其意志を他に強制せりと云ふことであれ
ば、其解決は終局的のものでない事は之れ亦云ふまでもない。要するに利害の調節が嬢和条件の本質である間は、
終局の平和は到底来らない。さし当りの平和でも、一方が全然他を圧倒して仕舞はなければ実現し来らない。而
して双方対時の今日の形勢では此意味の平和の容易に来らざるは素より明白である。従つて平和の機運も容易に
熟せなかつたのである。然るに去年の三月露西亜に革命が起つて社会主義者が天下の政柄を握る事となつた。而
…b………派弼粥………………g派………………f…‥…gg……糾…
を見た。然るに米国は元来英仏と同様の利害関係を独嗅側に対して持てゐない。米国の参戦せる唯一の理由は独
透が血戦争の必要と云ふ利己的理由を以て国際間の正義を揉踊したと云ふ抽象的の思想から来てをる。現実の利害
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平和の機運を促進しつゝある三大原則
                                                               ころノし
問題をはなれて抽象的原則の擁護のために千曳を取つたものは恐らく米国今次の参戦を以て囁矢とするものであ
らう。斯くして今日の交戦国中少くとも露西亜と米国とは表面は勿論内実に於ても国家的民族的利害の問題を以
て戦争の目的としてゐない。従つて彼等には改めて調節整理せらるべき何等の利害問題もない。然らば彼等は平
和克復の際には果して何物を求むるであらうか0夫れは云ふまでもなく抽象的主義原則の確立である0漸く露西
亜と米国が歴史上に新例を開いて抽象的主義原則を以て構和条件とする事となると、其公明なる態度の前には面
をそむける何等の理由もないので、内心はいやでも表向き之れに従はざるを得ない。斯くして英国も仏囲も果て
は敵の独埋までが自然とつりこまれて抽象的主義原則の形に於て嬢和条件を論ずると云ふ風にな勺つゝある。か
ぅなれば個々の利害問題や、複雑なる沿革や関係を持つて居る個々の問題の議論とは違ふから、話の纏りは非常
                      とみ
に早くつくのである。斯くして平和の風潮は頓に盛になる事になつたのである。l、
 最も抽象的一般原則を確定して之れを実際に適用すると、敵国側が損をする事もあれば、又著しく自国が損を
する事もある。そこで其の主義原則の公明正大なる事は全然認めてをつても、実際政治家の常として斯る原則の
具体的適用には著しく自分の損失になる事はなからうかと躊躇し反省せざるを得ない。斯くて表向きは主義原則
には服従するの形を装ひながら裏面に於て其原則の適用より来る自国の不利益なる境遇を救はんがためいろ〈
小策を弄するものがある。従つて嬢和条件を抽象的一般原則の形に於て説くと云ふ風潮は今日猶ほ未だ十分に徹
底してゐない。此点に就て最も徹底したる態度を示せるものは云ふまでもなく露西亜である。彼は所謂国家の利
益よりも主義原則をより多く適用するが故に、其適用の結果如何なる苦痛を嘗めねばならぬかは素より始めから
間ふ処ではない。此点に於て今日露西亜の態度は最も純正である。初めより比較的利害問題に淡泊な地位にあつ
た米国すらも今日に於ては露西亜程純正ではない。大統領ウイルソンが米国民を代表して発表せる宣言の中には、
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多くの主義原則を掲げて居るけれども、猶ある原則の適用は個々別々に之れを独喚に示し、英仏例の岡原別の適
用を受くべき結果に就ては全妖州沈黙して居る。若し夫れ独襖側の宣明に至つては此点が更に甚しい棟である。故
に今日の所是等の所謂梼和条件は未だ全然抽象的形式を取つて居るとは云へぬ。けれども之れを露西亜の革命以
前、米国の参戦以前の場合に比較するに、抽象的形式を取る部分の著しく増加して来た事を見遁してはならぬ。
之れによつて見れば構和条件を抽象的主義原則の形にて表はさんとするの考へが、昨今着々勝利を待つ、あるは
之れを疑ふことが出来ない。そうして前にも述べたるが如く、抽象的原則の形にて嬢和条件を定むる事になると
                       はかど
問題が甚だ簡単明瞭となり、問題の開発は著しく捗る事となるのである。
                                                                     も1、、


      三
 然らば今日一般構和の条件として如何なる主義が説かれて居るかと云ふに其尤も適当な代表者は去年十二月二
十二日露独単独嬢和の席上に於ける露西亜側の提案である。此の露西亜の提案は全部で六個条あるが、其六個条
中に含まるゝ抽象的原則を概括すれば次の三点に帰する。第一非併合主義、第二無賠償主義、第三民族自決主義、
即ち之れである。共外にも細かいものがあるが先づ大体右の三原別が露西亜の提出にか、る平和克復の基礎的条
件であると見てよい。第一の非併合主義は武力を以て外国の領土を占領する事を許さず、現に占領せるものは速
かに撤兵して之れを現状に回復すべしと云ふのである。従来戦争は其最初の動機が如何に神聖なるものであつた
              あい一て
にせょ、之れに勝綻ば必げ射霞の額土を取ることが出来ると云ふ希望があつたからこそ戦争がたえない。勝つ
ても尺寸の土地が取れぬならば何を苦しんで戦を継続する者があらう。之れ非併合主義を以て世界平和の最も根
本的なる基礎的原則とする所以である。次に第二の交戦国間には絶対に賠償金の授受をなすべからずと云ふ事も
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平和の機運を促進しつ、ある三大原則
亦前項と同丁王旨に基くものである。若し夫れ第三の民族自決主義に至つては独立を有せざる民族が他の優勢な
る民族の圧迫に苦しんでをつた事が従来紛乱の種となつてをるから、今後は一般投票の方法により民族夫れ自身
の希望に従ひ、独立を欲するものには独立せしめ、其国籍を変更したいものには変更を許すことにするならば、
従来の如き紛乱の種は著しく減ずると云ふのである。以上三つの主義を六個条に分けて主張したのが即ち露西亜
側の原案である。斯う云ふ明白率直なる形に於て出て来られては、其余りに公明正大なるがために、他国は之れ
に歯向ふの手段もなく、何やかや云ふ間に自然之れに引入れられねばならぬのが今日の状況である。
 但し此三大原則を最も率直に最も純正に、全然夫れより生ずる実際の結果如何を問はずして主張して居るのは
露西亜のみである。大統領ウイルソンの宣言は非併合無賠償の原則を認めてをるけれども、第三に就ては、此原
則の適用を受くべき敵国側の個々の問題を列挙するに止めて、与国側に存する闘魂に就ては三日も云つてない。
                                          エジ」ノト
例へば独逸のアルサス・ローレーンは無論仏蘭西に行くべきであると暗に云ふて居るけれども、挨及に独立を与
ふるとか、印度に独立を与ふるとか云ふ事は全然黙殺してをる。英国に至つては非併合主義民族自決主義に就て
は略ぼ米国と同様であるが、唯無賠償主義に就ては多少の留保をなして居るやうである。何となれば米国は露西
亜と共に賠償の授受を絶対に否認して居るのに反し、英国は又熱心に所謂不当に加へられたる損害に対する賠償
は刑罰的意義を有する戦時賠償とは其意義を異にするから、之を授受するも無賠償の原則には抵触しないと云つ
て露西亜の主張するが如き絶対無賠償主義には反対してをる。若し夫れ独逸側に至つては非併合主義の原則を承
認するの口実の下に殆んど之れを無効ならしむるが如き重大なる例外を主張し、又無賠償主義を自国の利益のた
めに賛成して居りながら、之れにも多少の例外を認めて僅かばかりの自国の利益に執着して居る。第三の民族自
決主義に至つては独逸は正面から之れに反対することを得ずして、少くとも自国の権力の下にある異民族に就て
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は一般投票の方法を実行することを極力拒んで居る。其云ひ分は是等異民族の今日までの意志表示は、彼等が昔
のま、独逸についてゐたいと云ふ意志が極めて明白であるから、何も投票などする必要はないと云ふのである。
斯くして独逸は専ら自国の利害を眼中において、嬢和条件に対する態度が正に露西亜に相反してをるが、併し英
                                                                                                              「
米の方は既に多少不十分な所ありとは云へ、露西亜の提案と相去ること遠からず、仏蘭西伊太利も亦皆英米と同
意見なることを公表して居るから、今や以上の三大主義は大体に於て来るべき平和克復の根本原則として殆んど
世界一般の承認する所なりと云つてよい。アルサス・ローレーンをどうするの、コンスタンチノープルをどうす
るの、或は膠州湾や南洋諸島をどうするのと云ふ各国特種の利害問題の細目の研究を後にして、先づ抽象的の原
則を定め、此原則の適用の結果多少の損失を蒙つても忍ばなければならないとするやうになつたのは、之れ実に
平和促進の上に非常の進歩であると云はなければならぬ。
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 終りに今一つ最近著しくなつた現象は、平和問題の基礎的条件にして、且つ将来世界平和の永久の骨子たるべ
き是等の原則を確立擁護する方法の研究である。是等の原則を立てゝ折角平和の克復を見ても将来又独逸のやう
           たの
な国が起つて、武力を悼んで之れを揉爛せられては何にもならない。如何なる原則を以て世界平和を確保するこ
とが出来るかの研究と共に、如何にして是等の原則が武力を悼むものゝ揉踊より免るるやうにする事が出来るか
の研究は又同じ墟医肝要膏此点に於て社会主義かぶれの露西亜は極めて楽天的の態度を取つて居る。
何となれば彼等はかう云ふやうな結構な原則は、世界の人々はすべて皆之れに従ふもの、従つて協同の利害を有
する世界中の下層階級は皆此の原則を遵奉するものと定めてをる。露西亜の革命政府が非餅合、無賠償の旗職を
平和の機運を促進しつ、ある三大原則
かざして平和回復の誠意を示しさへすれば、独逸などでも必ず賛同して来るに違ひないと云つて、英仏に追つた
のも此のためである。折角裁から結構な原則を定めても、誰か之れを破るものあるべしとて警戒する事が既に平
和を破るのであると云ふのが露西亜側の云ひ分である。故に彼等は将来主義原則を確保するための研究は初めか
ら問題としてゐない。之れに反して英米は過去の成績に鑑み、又実際の苦き経験に照らして折角定めた原則を確
立擁護して再び之れを武力の揉踊に委しないやうに、滋に一の新工夫を必要とするの考へに一致した。斯かる主
義の下に唱へられたのが世界各国の間に、或輩固なる国際組織を作るべしと云ふ説である。此事は現に最近ロイ
ド・ジヨーヂもウイルソンも明白に之れを宣言して居る。言簡にして素より其内容の一端にも触れてゐないけれ
ども、然も責任ある政治家の口より此種の宣言を開くことは、我々の決して軽々に看過してならない所である。
世界各国の国際的組織と云ふが如きは従来閑人の空想と認められて居つた0けれがが過去数十年の昔き経験と、
今度の戦争によりて与へられたる絶大なる刺戟とは必ずや此空想をして現実ならしむるに至るの日あるであらう。
況んや既に英米にては此種の国際的平和同盟の組織に関する研究は昨今大に強盛を極めてをるに於てをや。
 繰り返して云ふ、戦争の終局と見るべき時期、平和の回復せらるべき時機は今日の所見当はつかぬ。けれども
平和の機運が去年以来盛に動いて居る事は、以上述ぶる所の昨今の新現象に於て極めて明白に表はれてをる。平
和の時機猶ほ定め難しと錐も我々は今や平和に対する準備を怠つてはならない。殊に平和の風潮が凡ての利己的
        もた
利害問題に頭を撞げしめず、極めて公明なる正義の光に照されつ、表はれ来るの事実は、我々の歓喜満悦を以て
特に注目を要する点である。

                                          〔『新人』一九一八年二月〕
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