三大党首の会同協定


     (一)

 原、加藤、犬養の三氏が、前後三回(五月二十四日、五月卅日、六月六日)三浦子爵邸に会合し、協議の結果、
政治上重要なる申合せを協定したといふ報道は、著しく世間の耳目を聳動した。
 原、犬養の二氏は兎に角、此両氏と加藤氏とは単に政敵であるといふ関係の外、感情上に於ても頗る疎隔して
居つたやうに伝へられて居たのに、今度遽(にわ)かに従来の態度を一変して、膝を交へて親しく懇談するに至つたとい
ふ其動機は果して如何。これに関する一通りの事情は、八日午後三浦子爵が自ら都下の新聞記者を自邸に集めて
なしたる談話、及び十日午後三党首領が各々其党員を集めて発表せる演説によつて明かとなつた。今此等両様の
談論によつて見るに、今度の会同の趣旨は、外交及び国防に関する問題を党争の目的物とするのは時節柄国家の
不利とするところなるが故に、今後は挙国一致的態度を以て努めて共同一致することにしやうといふにあるやう
だ。果して然らば、一方に欧洲の戦乱を控へ他方に支那の動乱を控へて居る今日、此会同の趣意は時節柄極めて
適切なるものといふべきである。
 外交及び国防の問題の漫りに党争の具に供すべからざるは、謂ふを俟たない。而して従来此等の問題が党争の
具に供せられたことは、実際絶無ではなかつた。如何なる問題についても意見の相違は元と/\免れない。正々
堂々と政論を闘はすことは立憲国通有の現象である。けれども争の為めの争の目的物として政治問題を軽卒に取
扱ふことは、如何なる問題についても結構なことではない。而して之より来る所の弊害は、殊に国防及び外交の
問題について最も甚だしきを見る。具体的の例証を示さずとも、之が為めに近年我国が如何に苦がい経験を嘗め
たかは、世人の既に熟知するところであらう。而して今日の時局は、当に我々に向つて斯の従来の不祥なる経験
を再びすべからざることを警告するものではないか。かういふ考は恐らく心ある人の最近期せずして抱いて居る
ところであらう。而して三浦子爵は此等の点を最も痛切に感じた一人で、所謂蹇々の微衷已む能はずして遂に此
三党首会同の肝煎をしたものと見える。子爵の言ふところによれば、子は此目的を以て先きに元老総出を画した
とのことである。然しながら元老に自から出馬するの勇気がなかつた為めか、或は元老の総出にまつて挙国一致
の実を挙げ得るといふ時代が已に遠の昔に過ぎ去つた為めにや、兎に角此策は不成功に終つた。苟も政界に確実
なる波動を起さんとせば、之を各政党の首領に諮るの外はないといふ事を発見しで、子爵は転じて此等三氏に手
を伸ばした。三氏亦子の発意に賛同し、其仲介の労を多とし又之を好機として、茲に会同協議を見るに至つたも
のであらう。

     (二)

 以上の趣意であれば、此会同は兎に角至極結構な企と言はなければならない。然るに世間のことは何事につい
ても兎角賛否両様の批評を免れぬものと見え、此事についても亦世上にいろ/\難癖をつくる者が少くない。第
一には各党派を連ねて外交及び国防の問題について一致協同するといふ事其事が可(い)けないといふ批難がある。外
交及び国防の問題は、政治問題の大部分を占めて居るものである。之について協同一致するといふことであれば、
其以外に於て政党が各々其意見を闘はすといふ余地は殆んど無くなる。即ち政党の対立といふことは無意義にな
るといふのである。此批難の取るに足らざるは固より論ずるまでもない。外交国防の問題が政務の大部分を占む
るといふ議論の、必ずしも正当にあらざるはいふまでもなく、又努めて一致協同するといふことは、全然議論を
闘はさないといふ意味でもない。意見の相違は何処までも之を主張することを妨げない。只十分意見を闘はした
上で、十分研究を尽した上で、和衷協同の精神を以て或一致点を見出し、其上で協同之が遂行の途を講ずるとい
ふことは、寧ろ政党政治の妙諦である。第二に今度の会同は、挙国一致の趣意を貫く上から見て多少手続を誤つ
たといふ批難がある。今度の会同が政党をして国家の重大問題に無用の争をなさしめまいといふ趣意に出づるな
ら、之に列席する党首は十分に各自の政党を代表するものでなければならぬ。然るに三党首は何れも何等党員に
諮るところなくして此会同に出席した。之が即ち手続に於て欠くるところなりといふ所以である。同志会では加
藤氏に向つて、「個人の資格を以て出席したのか党首として出席したのか」と質問を発した者があつた。之など
も此第二の批難を頭の中に置いて居る質問であらう。加藤氏は個人の資格で出席したと答へたが、然し個人の資
格で極めたことだからとて、同志会としては此協定に全然無関係であるといふのでは、此会合は全然無意義に終
る。予輩は此会合を斯くの如きものと見たくない。尤も党首といふ資格で此会合に連り而して何等かの協定をし
たとなれば、予め諮ることなくして作り上げた協定を事後に於て党員に強ゆることゝなるから、所謂幹部専制の
批難を以て党員の文句をいふのも一応の理由はあると思ふが、然し此種の事柄は、もと予め一般党員に諮ること
によつてなし得べきものでもないから、個人の資格で出席したとか、党首の資格で出席したとかいふ野暮な質問
は、起すべきでなし又起るべきものでもないと思ふ。第三に会同列席の顔触れについて批難がある。此会同には
衆議院に於て一方の勢力を代表する中正会、公友倶楽部及び無所属を度外視して居る。更に政界に於て他の一方
の勢力たる貴族院等をも無視してゐる。独り同志会、政友会、国民党の三団体の代表者のみが集つて天下の事を
我物視するのは、僭越の沙汰であるといふのである。斯くして中正会なぞは相当に此会同に漫罵を加へて居る。
官僚系の一派も亦或は公器を私するものなりとして之を難じ、或はどうせ確な結果を生じまいと冷評して居る者
もある。此批難には一応の理由はあると思ふけれども、然しながら貴族院の一部若くば官僚系の如く、主義とし
て初めより政党を敵視し所謂党人と事を共にするを頭から欲せざる連中を除外したのは、已むを得ないと思ふ。
衆議院に於ける他派の代表者を無視したといふ批難は、之を弁解するの十分なる理由はないやうであるが、然し
適当なる代表者を見出し得なかつた、又は少くとも代表者として参会を乞ふべき適当の人物が他の党派にはなか
つたと言はるれば、之れ亦致し方があるまい。之を無視して可なりといふのではないけれども、原、加藤、犬養
と任すべき人格の他派に見出し難きの事実は、何人も之を承認せざるを得まい。
 斯く各種の批難を吟味して見れば、其何れにも深い且つ正当の根拠がないやうである。さすれば三氏会同して
国事を協議したといふことは兎も角も今日の我国に在て結構な事であつたと言はざるを得ない。只残るところの
問題は、協定事項の内容如何といふこと丈けである。

    (三)

 協定の結果は次の甲乙両種の覚書として発表された。
  (甲号) 外交及国防の方針は勉めて一定し、之が遂行の途に当りては各自党派の消長に関せず誓て一致協同
 するは勿論にして、外界一切の容喙を許さゞる事、
 (乙号) 対支方針は東亜永遠親好の巨的を以て相互利益の増進を図る事、国防費は相当の限度を定め其範囲
  に於て塩梅処理せしむる事、
帆留

                    こ だ
文字極めて漠然、事柄も甚だ抽象的で、之れ丈けでは今後の政界に如何なる実際の影響を来たすのやら解らない。
                                       み
然し三大政治家が三度も会合して、わざ〈此覚書を発表した以上は、何等かの実を将来に結ぶものであること
は疑はあるまい0然らば如何なる実を将来に結ぶか0其事は此覚書の外に、会合の当時如何なる意見が銘々の間
                               つまげらか
に交換されたか、此等の点を明かにせねば解らぬ0然し此事は今日詳に発表されては居ない。覚書を外にして
我々のよるべき材料は、前記の八日及び十日関係当事者の世間に発表した談話である。之も各人多少其言ふとこ
ろに異同はあるが、此等を綜合して見れば大体次のやうな事になる。
 第二に〕乙号覚書については、村支外交の方針並びに国防費について、極めて大ザツパな当り障りのないとこ
ろを掲げて居る0之では如何なる人も異存を挟むことを得ない。極めて大体の主義を言ひ表はしたに止り、何等
新らしい事項を含んで居ない0将来に於て執るべき細目の点は、其うち各党より各二名の委員を出して協定せし
むるといふ内相談もあつたといふことであるから、具体的の方針は総て此委員会の協定に委し、三党首の会同に
於ては、何等委しい話合はなかつたか、又は少くとも意見の一致を求め得なかつたのであらう。故に乙号の点に
ついては、将来如何なる事実上の結果を生むかは、専ら今後作らるべき委員会の行動によつて判断するの外はな
 ヽ一〇
 しY
 第二に甲号覚書については、乙号に反し此方は可なり大なる意義を有するものである。此中に含まれで思息内
容は少くとも二つある〇一つには外交及び国防の方針は勉めて之を一定するといふことである_成るべく一致協
同するといふのであ魂各政党が其野にある場合は勿論、其中の何れか晶に立つた場合でも、努めて意思の疎
                                                 あ
通を計り、出来る丈け打明けて一致協同するといふのである。次には一旦決定した申合せは厭くまで之を遂行す
る方針を執り、之が為めには内竺切の故障を排除するといふのである。此点を加藤男は其党員に対する報告演
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寸箋瀾柑「礪瀾り付箋器J讃市カリ,く〜、、
三大党首の会同協定
説の中に、「出来る丈け意思の疎通を計つて、出来る丈け一致を計り、其一致の出来た事柄については、之を遂
行するに当つて、内外何人の故障があるに拘らず勇往邁進する。他の故障反対によつて挫折することはせない」
と断言して居る。覚書の中にも「各自党派の消長に関せず」とあるから、党内に多少の不平があつても押へつけ
て行かうといふのであらう。又「外界一切の容啄を許さゞる事」とあるのは、世間の言ふが如く、元老軍閥等の
外部の干渉を排斥するといふ意味であらう。三者の結束がどれ丈け堅いかは今俄かに断定し得ざるも、若し此覚
書丈けでも忠実に守るといふ事であれば、今後必ずや政界に一新生面を開かずしては止むまい。


      (四)

 甲号覚書が、右の如く重大なる意義を有する丈け、それ丈け之については厳いa批難の声も聞える。
 第一の批難は元老軍閥の排斥に向つて加へらる`尤も此点に対する各種の批難は、必ずしも総て同一の立場
に立て居るのではないやうだ。或は自己の利害より打算する批難もある。即ち政党者流が今度の申合せを喜ぶと
同じ意味に於て、所謂官僚の人々などは之に対して甚だしき反感を抱くが如き之である。次に又過去の事蹟によ
って可否の論を立つるものもある。例へば従来の政争に於ける各政党の不始末を数へ、軽躁なる民間政治家の盲
動に対して、元老軍閥の牽制的勢力の存在が必要であると言ふが如き、又は元老軍閥の過去の功労を挙げて其存
在の理由を高調するが如き之れである。更に純粋なる法理論より、政党が公器を私して排他的能伽度に出づるの不
当を論ずる考もあるやうである。併し軍閥元老の排斥といふことは、軍閥元老の意見の排斥といふことではない0
彼等が其地位を利用して政権に干与する.の態度を害ありといふのである。社会に於ける優良なる意見其者は、政
党者流の喜んで採用し聴従する所であり、又あらねばならぬ。
搬屠

以上の枝葉の論を外にして、我邦憲政の発達といふ大局から観るならば、予は軍閥元老の容啄の排除とい〔ふ〕
ことは、不幸にして之を是認せざるを得ざる理由があると思ふ。何となれば、よかれあしかれ政党の存在が今日
最早や己むを得ざるものとすれば、之が発達を阻害するは即ち政治を腐敗せしめ従つて国民を堕落せしむる所以
であるからである0元老軍閥が多年政党を敵視し、其発達を妨げ来つたことは今更ら之を言ふを必要としない。
然しながら彼等の努力は、憲政草創の当時政党の勢力尚微弱なりし時代に於てすら、共目的を達し得なかつた。
                 〔勢〕
如何に元老軍閥の抜屁を公許しても、到底政党の盛カを消滅し得ず又其発達を阻止し得ざることは、今日までの
歴史が之を明白に証明して居る○斯く政党の存在はよかれあしかれ之を否認するを得ずとすれば、我々は之に対
して如何なる能差をとるべきか0然るに一旦之が撲滅を企てゝ其不可能なるを見た元老軍閥は、転じて出来る丈
け其内部の撹乱によつて其勢力を衰へしむる方針をとつた。政党今日の腐敗堕落の原因の大半は、元老軍閥の操
縦撹乱の責に帰する0凡そ抑ふべからざるものを抑へんとするの無効有害なるは、例へば頑迷なる父兄が其子弟
の青春の自由を抑へんとして抑へ得ず、強いて之を抑へて却つて子弟を堕落せしむるが如きものである。自然の
勢は之れを助長すべく阻むべからず○政党の存在が国家の為めに益ありや否やの開聞題を論ずるの時期は已に過
ぎ去つた○今日は之を出来る丈け保護し出来る丈け助長し、二日も早く有力なるものに発達せしむることが必要
である○然らざれば国家の政治は到底健全なる進歩を遂ぐることは出来ない。今度の欧洲戦争は、将来政党政治
を著しく衰へしむる結果を生ずるであらうなど、いふ議論は、全然とるに足らぬ。斯く観れば元老軍閥の排斥は、
少くとも我国に於て、政党発達の前途を平坦にするといふ意味に於て、喜ぶべき理由があると思ふ。只彼等政党
者は果してよく元老軍閥の惰性的勢力を排除し得る程に、十分に結束を堅うするに成功するや否や。
 第二の批難は、協同一致の実果して如何ほど挙がるかといふ点に向つて加へらる、。或人は言ふ。折角のお祭
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Z畑周瀾頂耶H絹…1
三大党首の会同協定
り騒ぎも礁な結果は生じまい。従来あんなに反日した連中が一致するなぞといふことは出来ることではない。現
に加藤は協同一致といふことも絶対的の意味ではないなどゝ逃げて、「仮りに此中の一人が当局者になると仮定
して論ずる時は、予め事柄を話して意背を聴くといふ猶予もないこともあり、事柄については出来ないこともあ
るから、何でも彼でも相談せねばならぬといふことは到底行はれない。故に私はなるべく相談の出来る限り相談
     ヽ ヽ ヽ          ヽ ヽ ヽ ヽ
する。努めてといふことはなるべくといふこと、同じ事と私は解釈して居る」と言つて居る。是れ彼に誠意なき
の証拠ではないかと。之は一応尤もの批難であるが、然し元老軍閥といふ恐るべき協同の敵の存在を深く自覚し
て居る筈の彼等としては、折角の約束を反古にして再び官僚と結托し、仲間に裏切るといふこと絹なるまい。従
来一二の政党が那もすれば官僚と結托し来つたのは、詰り各政党の非政党主義者に対する勢揃が十分に出来て居
なかつた結果である。予は三大政党首領の政治的自覚に敬意を表して今度の協考の∧決して無意義に終るものでな
かるべきことを信じたい。只親の心子知らずで、深慮なき党員の軽卒なる言動の結果として、一致協同の実を阻
擬するやうな心配は全くないとも言へない様な気がする。そこで又或人は、党員全体が感情的に反目して居つて
  たと え
は、仮令一時外交国防の問題で一致しても、外の問題では依然として無用の争を継続するだらうから、其結果結
局全体に於て一致協同の実は挙らなくなるだらうといふ。国防外交の問題で一致しても内政の諸問題で感情的反
 はしい‡‡
目を窓にすれば、つまりは全部駄目になるといふ批難は一応尤もであるが、然し他の一面に於て又、外交国防
の問題丈けで先づ一致協同の実が挙れば、自然他の内政上の問題でも無用の感情的の争は止めるやうになるまい
かとも考へらるる。畢克今度の協定の結果無用の党争を止めるやうになるか否かは、主として政治道徳の問題で
あらう。故に一方から見れば、今度の協定は正に現代党員の政治道徳の試金石であると言つてもよい。政治道徳
の程度が今日の如く低級なものでは、此協定の前途も無論大いに心配にならぬではないが、然し之が動機となつ
州屠

て将来政治道徳の進歩を促がす新機運を作ることにならぬとも限らない0少くとも此の意味に警今度の事は歓
迎すべき理由がある。
此協定の果して世人の期待して居るが如き結果を生ずるや否やは、第一着に之を現内閣の外交方針殊に共対支
方針に苧る彼等の態度によつて吋ぼ之を明にすることが出来やうかと思ふ0当初此会合は、現内閣の外交方針
                          エ▲
に三人共反対であるといふ意味に於て企てられたといふ風説もあつたが、そは必ずしもさうではない。現内閣の
既定の方針を論議の問題とすることは、少くとも加藤男の立場として之を快しとしないといふ点からして、犬養
氏が明白に言つた通り、相談の目的は未来に限り、既往については一切是非を論じないといふことになつた。加
藤男も亦「今日の内閣が、外国に対して、殊に支那に対して種々な事をして居ると仮定して、其事について可否
の論を戦はすといふことならば、それは私の地位は外二君の地位と違ふから出来ない0其事は論議しないといふ
ことを条件にすると言明しました0それは加藤の地位としては尤もだといふので、会合の趣旨から言つても之を
諒とした次第で、話は将来について申合せをすること、した」と言つて居る0従つて表面上彼等は現内閣の方針
には賛否共に其態度を定めないことにしたのであるが、然し現内閣と加藤男との関係を諒とするといふ以上は、
現内閣に対する態度につき特別の協定はしなかつたとしても、現内閣の既定の方針には全然干渉しないのみなら
ず、現内閣既定の方針は之を妨げないといふ道徳1の義務があると言つてよい○仮りに現内閣は支那に村巷今
日種々のことをして居ると仮定して、三党首は果して之を黙認するや否や0此事は何れ早晩何かの機会に於て、
事実となつてあらはれざるを得ない場合が来るに違ひない○其の時に彼等は果して如何なる態度をとるであらう
か0而して我等は之によつて始めて今度の協定が果して何処峯具面目に受取るべさものかといふことを事実によ
 つて判断することが出来るのである。
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 之を要するに、今度の協定の政治上の効果を完全に収むると▲否とは、主としては政治的自覚の深浅、政治道徳
                             いささ
の高低如何に係る。従つて其事自身を直に謳歌するのは聯か早計に失するの嫌ないでもないが、只少くとも、滋
に政治的自覚と政治道徳との進歩発達の前途に横つて居つた一大障擬を除き我国の憲政をして正しき方向に向は
しむる衝動を与ふるといふ丈けの効能は確に之を認めてやらねばなるまいと思ふ。予輩は政党首領並びに党員の
今後の誠意ある努力を期待しっ、、一般国民に向つては此等の努力に対して同情と奨励とを寄せられんことを希
望するものである。(六月十五日)

                                         〔『中央公論』一九一六年七月〕
三大党首の会同協定
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