人道の為め乎


 世に伝ふ、北米合州国は人道の為に玖馬の独立を認め、人道の為に西班牙と開戦せりと。其の名の何ぞ一に堂々たる。
 然れども玖馬、眞韮に於ける叛民は、決して人道の為に其の武器を執りたるものに非ざる也。腐敗せる西班牙官吏と、不逞なる蛮民との衝突に過ぎざるのみ。見よ、比律賓の叛将アギナルドは、先に西班牙官吏より重賂を受けて其の部下に背きしにあらずや。是の黄金の力によりて叛民漸く其の干戈を斂(をさ)むるや、恰も米西戦争起りて、アドミラル・デュヰーは其の太平洋艦隊を以て眞韮に現はれぬ。而してアギナルドは忽ち其の叛逆を再びせり。畢竟、彼は叛逆を商売する一個の投機商のみ。
 玖馬の叛将等も亦是の如きのみ。彼等は最近二年の間、其の本国に対して其の野蛮的反抗を
けたり。然れども彼等にして若し西班牙と其地を換へたらむには、必ず西班牙に対して、彼等が受けたる待遇を反復するならむとは、何人も預期する所にあらずや。
 斯かる叛民の独立の為に企てられたる戦争は、果して人道の為になさわたりと云ふを得る乎。果然、今や米西戦争終りを告げて、覆面将に転落せむとす。所謂る人道なるもの、若し霊あらば必ずや泣哭せむ。
                (三十一年九月)