欺き易き社会
人は感情に制せられ易きだけそれだけ欺かれ易きなり。奸佞便巧の輩にとりては、日本の社会ほど欺き易き社会はあらざるべし。
同じ事を異なる語にて言ひ表はせば、彼等は全く異なれる二種の事なりと思惟する也。もし其言を壮にし、其語を激にすれば、彼等は以て讒謗罵詈となし、もし其言を婉にし、其語を微にすれば、彼等は以て穏健妥貼なりとなす。而かも其実彼等が讒謗罵詈とする所のものよりも、数層激烈なる断案を包含せる事を覚らざるなり。
所詮彼等は目前の感激に制せられて事物の真相に想ひ到らず、見る所のものは文字なり、聞く所のものは言語なり、解する所のものは是の如き文字、是の如き言語によりて表示せらるる直接の意義なり。是れより来るべき当然の断案の如何なるものなるかに就いては、殆ど問ふ所あらず。是の如くして欺かれざらむとするも豈得べけむや。是に於てか直情径行にして婉言微辞を知らざるものは乱暴として詆られ、便巧柔佞にして曲事舞弁に長ずるもの、温和として尚ばる。世事殆ど児戯に類す。
(三十一年五月)