一 税制改革の目標
税制整理は過去に於ても屡々論議せられ之が実行を見た。然し整理の目標とする所は其の時々に於て必ずしも同一ではなかつた。大正九年及大正十五年に於て断行された税制整理は最近に於ける大改革と称せられたのであるが、未だ根本的の改革といふ程のものでなかつた。
勿論税制に関する整理改革の目標は租税政策の観点からばかりでなく、産業政策、金融政策等あらゆる角度から充分に考察して定めらるべきである。換言すれば産業、資源、貿易、国防等国政全般に亙る視野から充分な検討を経て確立さるべきである。
今回の税制改革は之を抽象的に云ふならば現内閣の庶政一新の実現に外ならず、又之を具体的に云ふならば馬場蔵相が、就任直後に発表された「国防の充実、農産漁村経済の更生、其の他国力の伸張、国本の培養上幾多重要なる国策の実現を期する為め、中央地方を通じて租税制度の根本的改革を行ひ、負担の均衡と租税収入の増加を図る」との声明の具体化に外ならぬ。斯くて改革案は「中央地方を通じ国民租税負担の均衡」「租税収入の増加に依る財政基礎の確立」「弾力性ある税制の樹立」の三大綱目を目標とした。以下順次これについて説明を加へやう。
一 中央地方を通ずる税制の根本的改革を行ひ国民租税負担の均衡を図ること。
(一) 地方的負担の不均衡を是正すること
(二) 動産と不動産との間に於ける負担の不均衡を是正すること。
(三) 法人と個人との間に於ける負担の不均衡を是正すること。
最近国民経済の発展は所謂富の都市集中の傾向を著しくした。これが為税源は漸次都市に集中し地方農産漁村に涸渇するに至つた。地方財政は収支の均衡を得難く住民に対し負担を加重するの已むなき現状である。
今、昭和十年度直接国税負担状況に依つて各地方の負担力を見やう。
昭和十年度直接国税負担状況調 (一人当)
全国平均 6.170 単位円
東京府 22.552 大阪府 16.160
鹿児島県 1.774 青森県 1.524
仮りに前表に依つて一人当の平均負担力を推定すると全国平均を一〇〇とすれば東京府三六六、大阪府二六二に対し、鹿児島県二八、青森県二五を示すと云ふ状態である。この数字から見ても地方に於ては負担力が如何に少ないか、財源の枯渇が如何に甚だしきか、驚くべきものがあらう。其の結果として地方税負担には著しき不均衡を来してゐる。今直接国税百円地方負担額を標示すれば左の通りである。
昭和十年度直接国税百圓当地方税負担額調
全国平均 152.07 単位円
東京府 55.36 大阪府 78.91
鹿児島県 424.02 青森県 466.14
仮りに全国平均を一〇〇とすれば、東京府三六に対し青森県三〇七となつてゐる。
これが是正の為には根本的な税制改革を行ふを最も適当なる方策とする。従来試みられた税制整理は常に国税の整理が主であつて、地方税との関係は閑却され勝であつた。然るに国税と云ひ、地方税と云ひ、其の税種は異つてゐるが之を負担する個人は同一人である。国税に於て軽減さるるも、地方税に於て重課さるるならば真に其の個人の負担力に応じた税制といふ事が出来ない。改革案が中央地方を通じ、一貫せる整理改革の目標を以て地方税制に思ひ切つた斧鉞を入れたことは将に劃期的な意義を持つてゐると云ふべきである。
従来租税制度に於てばかりでなく、法律、経済生活に於ても不動産を重視する傾向にあつたのであるが、更に租税制度に於ては動産は課税上その補足困難である関係から、捕捉に容易な不動産殊に土地所有者は重課されてゐた。而してこの傾向は財源の尠い地方に於て殊に著しかつた。然し近年の経済界の発展は最早不動産重視の思想を離れ、動産殊に有価証券中心時代を現出した。改革案が動産と不動産との間に於ける負担不均衡の是正を目標としたのはその反映である。
次に近時国民経済の発展は大企業による経営を発達せしめた。殊に株式会社制度の発達は資本の吸収を容易にし、法人形態に依る企業を著しく発展せしめた。法人企業の未だ発達せざる時代に於てはこれを保護する必要があつた。従つて租税制度に於ても法人に対する課税は比較的寛であつた。大正九年に於ける税制整理に於ては法人の課税に一歩を進めたのであつたが、今日より之を見れば未だ個人の負担に比較し充分ではなかつた。法人企業が其の資本の強大、生産費の低下等に依り収益率の増大を来し個人企業に比し優位を占めつつあることは最近殊に権著の事実である。これを最近に於ける法人所得の趨勢について観るに仮りに昭和六年に於ける法人所得を一〇〇とすれば昭和十年に於ては一躍一九六となり個人所得の増加割合が僅かに一二二なるに較べ思ひ半に過ぐるものがあらう。即ち現下の経済情勢に適応する税制改革を行はんとすればこの法人企業の躍進的発展に伴ふ担税力に著眼し法人に対する加重を企図すべきが当然である。
二 租税収入の増加を図り以て財政の基礎を確立すると共に現代の国費を漫然後代国民の負担に遺すが如きことなからしむること。
現下我国の財政は歳入の欠陥を所謂赤字公債を以て補填してゐる。然し我国内外の情勢は、国運の進展を期する上に於ても、国民生活の安定を図る上に於ても、将来の歳出を減少せしむることは恐らく不可能である。否更に新なる国費の増加をさへ覚悟せざるべからざる実情にある。然しこの増加する経費の所要乃至将来の財政計画に対し何等の見透しを付けず漫然赤字公債に依つて賄つて行くことは国民生活の安定に、財界の安定に果たして適当な方策として是認さるべきであらうか。速に財政計画を樹立し普通歳入の増加を図り而してこれを国民に明示し、国民の批判に訴へ、国民の協力を求め所謂官民一途「財政の基礎を確立」することこそ喫緊のことであると云ふべきであらう。
三 中央地方を通じ弾力性ある税制を樹立すること。
最近に於ける国際情勢の動向は広義国防の充実其の他幾多国策の遂行を焦眉の急としてゐる。これ等の経費を支弁する方法としては普通に公債政策、租税政策の二方策が考へられるが財政の信用を保持し、国民経済の発達を阻害せずしてこの目的を達する為には租税政策に重点をおくことが必要である。
二 整理改革の方針
税制改革の目標は前述した。改革案がこの目標を租税体系の上に如何に具現したか。
一 国税
(一) 直接税の体系は所得税を中枢とし収益税及財産税を以て補完すること。
所得税を「直接税体系の中枢」とすることは租税体系論から見て最も進歩した租税体系を採用せるものである。所得税を補完すべき原稿収益税制度は地租、営業収益税及資本利子税と地方税たる家屋税を以て組成せられてゐる。然し家屋税を地方税として存置することは現行家屋税が地方によつて負担に著しき相違あることと国税収益税との間に重複課税に陥りつつある等の事由から見て公正を期することが出来ない。つまり収益税は凡て国税であるに拘らず地租と伺じく不動産収益税である家屋税を地方に残しておくことは体系上から適当でないばかりでなく、実際上も税率竝に課税標準の決定は府県によつてまちまちであつて負担の権衡を得る所以でない。改革案が多年の懸案であつた家屋税を国に移し以て負担の公正を期すると共に収益税制度を整備したことは実に重大な意義を持つてゐるといふべきであらう。
地租、営業収益税、資本利子税及家屋税の課税に依つて資産重課の目的は達せられるのであるが、現行の収益税は其の課税標準、課税技術等所得税と同じくする点に於て負担の公平を得ざる憾がある。故に改革案は財産税を新設し、収益財産たると無収益財産たるとを問はず財産の所有に著眼して凡ての財売に潜在する担税力を捕捉し各税相牽連せしめて、補完作用を強化せしむることを期したのである。更に現下の国際情勢は弾力性ある税制の確立を必要とすること前述の如くであるが、財産税の新設はこの目的に副ふ所以である。
(二) 間接税に付ては所謂社会大衆の生活を脅成せざる程度の増税に止むること。
間接税が比較的大衆に負担せらるる割合多きを以て租税収入の大部分が大衆に依つて負担せらるるものであると断定さるることは一応の理由があり、大衆課税論の起る所以である。然し今回の改革案に依る間接税の増徴を見るに比較的奢侈的消費と認めらるる品目を選び、而もその増徴の割合もあまり高くないのであるから所謂大衆の生括を脅成する程度のものとは認められない。更に今回の改正に於ては所得税相続税等の直接税の増徴の割合を高めたので従来非難のあつた間接税偏重の点は大に改善されたのである。
(三) 流通税を整備し新に有価証券移転税及売上税を創設すること。
流通税は租税制度上其の発達は古いのであるが流通経済の発展と共に常に発達する傾向を持つてゐる。我国に於ける流通税は其の時々の財政上の必要に応じ創設せられ、従来の税制整理に於ても全般的の整理を試みられたことがなかつた。従つて体系として整備せざるばかりでなく凡ての流通経済を捕捉することに欠け、殊に動産の流通を捕捉せざる大きな不備があつた。改革案は各税間の負担の権衡を是正すると共に有価証券移転税及売上税を創設し以て流通税の整備を為すこととした。
斯くて改革案は直接税、間接税及流通税に亙つて理論上に於ても実際上に於ても整備拡充せられ、近代国家の理想とする租税体系を整ふるに至つた。
二 地方税
負担の不均衡が地方税に於て殊に著しく改革案が根本的是正を目標としたことは前述せるところである。これを昭和十年度の負担について見よう。
家屋税賃貸価格一円当負担額調
全国平均 42.3 単位 厘
東京府 6.5 大阪府 10.9
高知県 76.3 秋田県 40.0
全国平均を一〇〇とすれば東京府一五、高知県一八〇となる。
地租附加税本税一円当負担額調
全国平均 1.325 単位 円
東京府 .560 大阪府 1.044
徳島県 1.536 宮城県 1.452
全国平均を一〇〇とすれば東京府四二、宮城県一〇九となる。
改革案はこの負担の不均衡を是正する為、或は附加税及其の税率に対する制限を設け、或は雑種税の種目及税率に整理軽減を行ひ、或は戸数割を全廃し、地方税制としては実に劃期的な改革案を試みた。
三 地方財政の調整
我が地方財政が概して歳計収支の均衡を得難く、住民が負担過重に陥り、財政基礎の確立、負担軽減の急務なることは前述せる如くである。改革案に於てはこの点を考慮し負担婚過重の弊を是正する為家屋税の国税移管、戸数割の廃止等に依り初年度約二億二千万円、平年度約二億九千万円の減税を企図した。其の結果に依る地方団体に於ける、財政の調整は次の如き方法に依ることにした。
従来地方団体の財政調整の方策として地方団体に独立の税源を与ふべしとする論がかなり有力に行はれた。然し地方団体に税源を与ふることは税源が豊富で、比較的租税負担の軽き地方には益々多くの収入を齎らし、之に反し税源が貧弱で比較的租税負担の重き地方殊に農山漁村はこれに依つて充分の収入を挙げることが出来ず、却つて地方負担の不均衡を益々大ならしむることとなる。改革案が地方団体に委ねる税源に付き再検討を試み、国に於て徴集した租税を地方財政の実情に応じ再配分する地方財政調整交付金の制度を確立することにした所以はここにある。即ち地租、営業収益税及家屋税の本税を市町村に対する地方財政調整交付金の財源とし、資本利子税の全部及所得税の一部(本税に対し約二割程度を附加徴収したる額)を道府県に対する地方財政調整交付金の財源とし、強力な財政調整交付金の「プール」を組成することとした。
改革案に依れば地方財政は弾力性を失ひ地方自治を萎微せしむるとの論が行はるることであらうが、現在のやうに住民は負担の過重に苦しみ、生活の安定を得ず、地方財政は収支の均衡を得ず何れに自治の実体が存すると云ひ得やうか。地方団体はその住民の負担力に応じ財政上の独立を得てこそ真の自治といふべきであらう。今回の改革案に於てはこの点に深く留意し地方財政調整交付金制度を確立し材力なる各種の租祝を一体とした「プール」も組成した。これに依つて中央地方を通じて一丸として活溌なる活動の基礎が確立さるることとならう。
三 整理改革の要網
一 所得税
所得税を直接税体系の中枢としたことは前述した通りであり、これに相当の増徴を行つたことは当然である。即ち先づ法人重課の趣旨に依ることとし、第二種所得の源泉課税を廃し、綜合課税の主張を拡充し、第三種の所得に対し、は多額所得者に対する累進率を引上げ、真に直接税の中枢たらしめた。
(一) 第一種所得税は左の割合で増徴することとした。
普通所得
本法施行地に本店又は主たる事務所を有する法人
百分の十(現行百分の五)
本法施行地に本店又は主たる事務所を有せざる法人
百分の二十(現行百分の十)
超過所得
普通所得金額中資本金額に対し年百分の七の割合を以て算出したる金額を超ゆる金額
百分の八
(現行一割超過百分の四)
同百分の十五の割合を以て算出したる金額を超ゆる金額
百分の十六
(現行二割超過百分の十)
同百分の二十五の割合を以て算出したる金額を超ゆる金額
百分の二十八
(現行三割超過百分の二十)
清算所得 百分の十(現行百分の五相当)
積立金又は不課税所得より成る金額に対する課税(現行百分の五)を廃し清算分配金は之を個人に綜合課税する。
備考
所得税附加税は従来府県市町村を通じ平均約四割二分であつたものが今回の改正により国が附加徴収する分二割、府県が徴収する分一割合計三割に軽減せられたのである
(二) 第二種所得はこれを廃し第一種及び第二種所得に綜合親税することとした。
綜合課税制度の下にあつては、各種の所得を綜合し累進課税をなして初めて各人の負担力に応じた課税となる。改革案は国債に対しても新に課税することとしたので綜合課税をめぐつて、国債利子と銀行預金利子等との課税が喧しい問題となつた。従来課税関係に於て無風地帯にあつた国債の利子に新に課税することは将来の国債消化の上に支障を来すとの一応の懸念は生ずる。然し国債の利子は既に資本利子税を課せられて居り、新に所得税を課せらるることとなるもそれは要するに程度の問題である。銀行預金の利子に付ては銀行預金が株式方面の投資に逃げ公債消化に支障を来すとの懸念必しも絶無ではないが、一面今回の改革案は前述せる如く法人に対する重課、株式所得に対する四割控除の廃止を企図してゐるので、株式投資に代るとは考へられない。而して国債政策上の見地から左記の如き規定を設けた。
(1) 国債利子は法人に付ては利子金額の百分の二十五の控除を行ふ。
(2) 第二種所得中甲の所得に付ては左の控除を行ふ。
地方債 利子金額の百分の三十
社債 〃 百分の三十
銀行預金 〃 百分の三十
貸付信託 利益金額の百分三十
(3) 国債の利子は個人に付ては利子金額の百分の五十の控除を行ふ。
(4) 産業組合貯金及銀行貯蓄預金(定期積金を除く)に付ては元本二千円を超ゆる場合にに限り免税を廃止し利子金額の百分の四十の控除を行ふ。
(5) 当分の内国債及預金利子竝に貸付信託利益に付ては納税義務者の申請ありたる場合に限り左の税率に依り利子支払の際課税し得るものとする。
国債利子 百分の四 銀行預金利子 百分の七
貸付信託利益 百分の七 産業組合貯金及銀行貯蓄預金 百分の六
(6) 第二種所得中乙の所得に付ては其の税率(現行百分の七・五)を百分の十に改める。
(三) 第三種所得税は税率を千円以下の金額に対する百分の〇・八より四百万円を超ゆる金額に対する百分の五十八に至る超過累進となし、附加税を含め現在負担額に対し平均三割程度の増税に止め少額所得者には軽課し多額所得者には重課することとした。
第三種所得税の課税最低限については相当議論の余地はあるが改革案は千円に引き下げた。元来所得税は国民が洩れなくその力に応じて納税するのを理想とすべきだ。即ち「国民税」であるのを理想とする。
(四) 株式所得の四割控除を廃して株式取得に要した負債の利子は所得計算上控除することとした。
第二種所得の綜合課税と共に株式配当金の全額に対し課税することになつたのは今次の改革に於ける相当大きな改正と云ふべきだ。元来株式配当金に対し四割を控除することは株式取得に要した負債の利子を控除するの趣旨であつたが、それには何等根基もなく負債のあるものも、負債のないものも一律に控除することは負担の公平を失するものと云ふべく又動産と不動産との課税上の不権衡とも見るべきものであるからこれが是正を試みたのである。
二 地租
地租はその税率を現行通りとし、少額地租免除の範囲を拡大し従来賃貸価格の合計額一円未満なりしを五円未満として小地主の負担軽減を図ることとした。なほ曩に六十九議会を通過した賃貸価格改訂法に依つて目下各地に於て賃貸価格の調査中であるが、これが完成の暁に於ては地租額一千万円以上の減税となる見込である。従つて土地負担は余程軽減されることとならう。
三 営業収益税
個人営業収益税の課税最低限は第三種所得税の課税最低限に此し高しとして従来から引上げ要望されてゐた。改革案は現行四百円を六百円に引上げ、税率も純益千円以下の部分には現行の百分の二・二を百分の二に引下げ、千円を超え三千円以下の部分に付ては現行税率二・二を装置としたのであるが、三千円を超ゆる部分に現行の百分の二・六を百分の三に引上げて負担の権衡に意を用ひた。なほ附加税を含めた個人営業収益税の負担は純益の極めて大なる一小部分の者を除いては其の負担は軽減される結果となつた。
法人に対しては現行百分の三・四を百分の四に引上げ法人、個人間の負措の権衡を保持せしめたのであるが附加税を含めると現在負担額に対し約一割弱の増税に過ぎない。
四 資本利子税
資本利手は純然たる資産所得であるに拘らず、本税が実施後日浅いので税率甚だしく低きに過ぎてゐた。今回は地租、営業収益税等との権衡上左記の如く税率を引上げ、国債利子に付ては国債政策上据置くこととした。
なほ産業組合貯金及銀行貯蓄預金の利子竝に邦人の所有する外貨債の利子に対し課税し夫々新しい意義を持たしてゐる。
(一) 甲種 国債利子 百分の二(現行通) 地方債利子・百分の四(現行百分の二)
其の他 百分の五(現行百分の二)
乙種 百分の五(現行百分の二)
(二) 産業組合貯金及銀行貯蓄預金(定期積金を除く)の利子に付ては元本二千円を超ゆるものに限り百分の四の税率を以て課税する。
五 家屋税
前述せる如く地方税家屋税を国に移管し収益税制度を整備し、補完作用を充分ならしめ負担の公平と課税の均衡を期することとしたのは改正案の一大骨子といふべく、更に国税及附加税を通じ相当程度の減税をなすこととしたのは不動産重課に対する緩和の一つである。
六 相続税
相続税の増率は所謂不労所得を重課するの趣旨と、我国の立法が諸外国の立法に比し低率であることの二つの理由から常に論議されてゐたが、今回の一般的増税の機会に十割程度の増税を行つた。必至の問題を解決したに止つてゐるといふべきだ。
相続税の増徴に伴ひ家族制度の維持を困難ならしむるとの非難あるに鑑み一定額以下の家督相続の場合に家族控除の制度を認めることとした。
七 酒税
酒造税に対しては従来造石税に代るに庫出税、従量税に代るに従価税の論議が相当有力に行はれてゐた。
種類を清酒、濁酒、白酒、味淋、麦酒、果実酒及其の他酒の七種に区分し左の如き税率を以て各酒類間の負担の均衡を考へ平均二割程度の増税を試み、酒精及焼酎に対しては専売制を採用することとした。
第一種 清酒(醸造酒)
第一種 一石に付 五二円(酒精分二〇度を超ゆるときは酒精分二〇度を超ゆる一度毎に二円六十銭を加へたる金額)
第二種 一石に付 四八円(酒精分二〇度を超ゆるときは酒精分二〇度を超ゆる一度毎に二円四十銭を加へたる金額)
第三種 一石に付 (酒精分二〇度を超ゆるときは酒精分二〇度を超ゆる一度毎に二円三十銭を加へたる金額)
第四種 一石に付 (酒精分二〇度を超ゆるときは酒精分二〇度を超ゆる一度毎に二円二十銭を加へたる金額)
第二類 清酒(合成酒) 一石に付 五二円(酒精分二〇度を超ゆるときは酒精分二〇度を超ゆる一度毎に二円六十銭を加へたる金額)
濁酒 一石に付 四〇円 (酒精分二〇度を超ゆるときは酒精分二〇度を超ゆる一度毎に一円を加へたる金額)
白酒 一石に付 四八円(酒精分二〇度を超ゆるときは酒精分二〇度を超ゆる一度毎に二円四十銭を加へたる金額)
味淋 一石に付 四八円(酒精分二〇度を超ゆるときは酒精分二〇度を超ゆる一度毎に一円を加へたる金額)
麦酒 一石に付 四〇円
果実酒 一石に付 三〇円
其の他の酒 一石に付 五〇円(酒精分二〇度を超ゆるときは酒精分二〇度を超ゆる一度毎に二円五十銭を加へたる金額)
八 織物消費税
現行織物消費税は主として高級と目さるる織物にのみ課税してゐるといふことが出来る。今回は税率百分の九を百分の十となすこととし、織物との権衡から「絹及毛のメリヤス」「レース」「フエルト」にも課税することとした。
九 砂糖消費税
国民生活の向上と、消費の自然増加とに伴い砂糖消費税の収入は逐年増加の傾向にあるに鑑み、今回約二割程度の増税を試み、他面砂糖との権衡から代用品たる飴に対しても新に課税することとした。
一〇 取引所税、登録税、鉱業税、印紙税
改革案はこれ等の諸税につき負担の公平を期する為め整備拡充を図り、不動産に関する登録税に於ては約二割の減税をすることとした。
一一 財産税
財産税を新設し第二次補完税とし直接税体系を整備したことは前述せる如くであるが、財産税に関しては大正九、十、十一年の臨時財政経済調査会で成案を得ながら実施するに至らなかつたものである。
財産税が財産の元本を浸蝕するから良税でないといふ意見もあるが、要は税率の如何である。税率を軽微ならしむれば元本を浸蝕するの虞はない。
税率は法人にあつては払込資本金及積立金の合計額に対し千分の一・五、個人にあつては三万円以上の財産に対し千分の一とし極めて軽微の課税をなすこととしてゐる。因に臨時財政経済調査会の案に依る個人の税率は最低千分の四、最高千分の十の超過累進率を採用してゐた。
財産税に於て問題となるのは不動産重課に陥り易いことと、財産の評価に関することとである。改革案は財産評価に関する規定を設け評価の公平適正を期すると共に不動産重課の弊に陥らざる様留意した。
一二 売上税
我国の租税制度を観るに流通税税が最も貧弱であつて、これが整備の必要あることは上述した。売上税は今日多数の国家に於て採用せられつつある流通税であつて、今同の改革案がこの売上税を採用して我国流通税の整備を図らんとするのは正に適当なる措置と云はねばならぬ。従来我国に於ては、不動産の流通に対しては寧ろ重きに過ぎる程の課税が行はれて来たが、国民経済の発展に伴ひ益々増大しつつある動産の流通交換に対しては殆んど見るべき課税が存しなかつた。売上税は、有価証券移転税と共に、我国流通税制度に於けるその欠陥を補はんとするものである。
売上税に付て種々の非難の存することは考へ得られるが、其の議論が実際問題として相当考慮に値するに至るのは税率が相当に高い場合に限られる。例へば独逸、仏蘭西等に於けるが如く百分の二と云ふが如き税率に依るとすれば、非常に巨額な収入が得られる半面に於て、種々の弊害の存することも亦認容せねばならぬ所であらう。然し若し今回の改革案に於けるが如く千分の一程度ならば種々の非難は実際的には殆んど問題となり得ないのであらう。元来、売上税は流通税であるから其の負担の全部が消費者に転嫁されるものではないが、仮りに相当程度転嫁せられたとしても、其の負担は大体に於て各人の消費力に応じたものとなるのであつて大なる所得を有し従つて消費高の大なるものはそれだけ多く、反之所得少く消費高の小なるものはそれだけ少く負担することになるのみならず、米、繭、肥料等の物品には免税するのであるから小所得者や農業者の負担は余程緩和和せられる訳である。
尚営業収益税を存置しながら売上税を創設するのは営業者に対する重複課税であると謂ふ議論があるが、売上税は財貨の流通交換に対して課する流通税であつて営業税ではないから此の議論は当らない。
更に今回の売上税に於ては、三万円と謂ふ免税点が設けられると共に、百貨店には高い税率に依つてゐる。これは中小商工業者の負担を幾分にても緩和せんとするのと、間接に中小商工業者の営業を有利ならしめんとするの意図に出づるものであつて今日の情勢から見て至当の措置と云ひ得るであらう。
売上税の要領を簡単に説明するに、先づ課税の範囲は大体現行営業収益税の課税営業の範囲と歩調を一にすることになる。税率は上述の如く一般には千分の一と云ふ低率とし、唯百貨店に対しては千分の三とした。種々の免税品の存することも上記の通りであるが、他の流通税例へば取引所取引税、有価証券移転税等との重複課税を避くる為適当なる規定を設けらるることとなる。最後に課税方法は、原則として納税義務者に毎月申告せしめ、大体此の申告に基き毎月納税せしむることになるであらう。
一三 有価証券移転税
不動売の移転に対し登録税を課しながら有価証券の移転に対し課税せざることは動産不動産間の権衡を得ず、一面最近に於ける有価証券の取引の増加は課税財源として極めて適当なるものある等の理由より改革案は有価証券移転税を新設し有価証券の移転に対し課税することとした。
株券、社債券、地方証券、商事会社の持分に対しては千分の一、国債に対しては万分の五の税率を以て有価証券の移転契約者に印紙を貼用して課税することとしてゐる。
なほ左記の場合は免税する。
(一) 政府、道府県、師町村等の取得
(二) 国債、地方債及社債の発行に因る取得
(三) 日本銀行を相手とする国債の取引に因る取得
(四) 商事会社の設立、合併又は組織変更若は増資に依る取得
(五) 券面二十円未満のものの取得但し地方債、勧業債券等は二十円以下とす。
一四 揮発油税
揮発油税の新設は代用燃料の生産を助長し燃料国策に資することを目的としたものであるが現在相当多額の財源を得らるるのみならず将来益々収入の増加を期待し得る等の事も本税創設の理由である。
本税に対しては今日自動車の普及等の事情より大衆課税なりとの非難がある。然し自動車の分布等の情況から見て必ずしも大衆課税なりとの議論は当らない。
一「ガロン」五銭の税率を以て課税することとし、製造場又は保税地域等よら揮発油を引取る時其の引取人に対し課税する。
(完)
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