第二〇三号(昭一五・九・四)
特集 新体制とは何か
新体制について (近衛内閣総理大臣声明)
新体制への発足 (準備会人名録)
座談会特集
生活の新体制
英米の提携強化 外務省情報部
生活の新体制 座談会
新体制の方向は明らかにされた。それは政治
や経済や文化だけの問題ではない。国家と国民
生活の全部門の改新である。われわれの生活
も、この新秩序建設の線に沿つて大きく転換し
なけれはならない。
すでに旧き生活への断は下された。贅沢禁
止、享楽制限・・・われわれはそこに消極面のみ
を見てはならない。そこから新らしい生活を盛
り上げ、築き上げねはならない。
旧き生活は何処へ、そして生活の新体制は如
何に確立さるべきか---- 内閣情報部では、一
夕、この問題に関係ある企画院、内務省、専売
局、文部省、逓信省、鉄道省、商工省、厚生省
竝びに精動本部の主任官の参集を願つて、座談
会を開いた。
その速記録がこの記事である。この中に皆さ
んは自らの「生活の新体制」を求め、即時実行に
移していたゞきたい。
× ×
八月二十八日
J お忙しいところを、わざわざお
出で下さいまして恐れ入りました。今
日いよいよ新体制の皮切りがありまし
たが、一つ「週報」でも新体制号を作ら
うと考へて、まづ生活の方面からこの
新体制がどういふふうにゆくのだ、と
いふことを国民に知らせるのも非常に
有益だらうといふわけで御参集をお願
ひ致しました。どうぞ、ざつくばらん
にお話を願ひたいと存じます。
享楽面の新体制
K 生活の新体制といひますと非常
に広範囲であり、また非常に積極的
であり、建設的な面が強く出るべきも
のと考へるのでございますが、たゞ
概念的に、さういふ方向づけだけをし
て漠然と話を進めてゆきますと、まと
まりがつきませんので、最初に、何故
「贅沢は敵だ」といふやうな運動が起さ
れねばならないか、戦時下の今、どう
してかういふことが必要かといふこと
について、企画院の方にでも一応お
話を願ひたいと存じます。
A 例の「奢侈品等製造販売制限規
則」といふものは、物資とか労力が不要
不急方面に使用されることを制限禁止
するものでありますが、一方において
国民各階層の生活の現状を見ますと、
戦時にふさはしくないものがかなりあ
るやうに見受けられるので、七・七禁
令と歩調を合はせてこれ等を弾圧し、
引締める必要が痛切に感じられるので
あります。そこで関係各省と協議の
結果、国民の「奢侈生活抑制方策要綱」
といふものを決定しまして、必要があ
る場合には法規の整備もし、全国一斉
に、また強力に、即時にこれを実施す
ることとなつたのであります。この要
綱は、これによつて戦時国民生活の緊
張を期待するといふこを主旨とし
てゐるのでありますが、不幸にしてこ
の期待が達せられない場合には、更に
強力な措置を考慮することが必要であ
らうと考へます。
K その奢侈生活抑制方策は、みん
な新聞などで見まして「ベからず」だと
いふやうな印象を相当持つてゐるや
うですが、各省でお決めになりました
気持は、無論さういふところに
はないのだと思ひますが・・・
A 形は「べからず」といふや
うなことになつてゐますが、同
時に国民生活を明朗にするやう
な、積極的な方策が考へられ
なければならないと思ふので、
それ等については今研究中だと
御承知を願ひたいのでありま
す。
享楽面への断
K いまお話の問題の中で、
最も一般の生活に触れてをり、
また問題になつてゐるのは、い
はゆる享楽的な生活の面だと
思ふのです。最近二百円もする
昼飯を食ふものがあるとか、デパー
トの非常に高いものが売れるとか、競
馬場では自動車が連つてゐるとか言
はれますが・・・
B 特殊な実例は実はあまり材料が
ないのでありますが、特殊の例をあげ
るまでもなく、国民みんなの目につ
く料理屋、待合が昼の日中から繁昌
するとか、映画館を観衆の列が取
巻くとか、或ひは大事な自動車が享楽
方面に行つてゐるとか、さういふ現象
がこれではいかんといふことになるわ
けです。
K それでは、今度とりあへずおや
りになる措置ですね、今の自動車の問
題もありませうし、料理屋とか貸座敷
とかカフェーとかダンス・ホールとか、
さういふ一番話題になるやうなところ
についての内務省のお考へをひとつ。
B その前に、事変が始つてか
ら享楽的生活取締の方面は、三つば
かり段階を経てゐるやうな気がしま
す。一つは昭和十三年の六月に、その
次は、今年の三月に例の十一時終
業といふのをやつたとき、それから
今度八月二十二日に今回の決定が第三
回目になるわけです。
最初の時は、事変始つて以来都会の
方面、殷賑産業の方面から目立つて風
紀関係の現象が極端になつてくるとい
ふので、いはば狭い意味の風紀警察自
体からも何とかする必要があるといふ
ことが着眼され、それに一般的に奢侈
享楽を抑へてゆくといふ考へ方が加は
つたものが出たのであります。
第二回目も、酒の造石制限がやられ
ましたので、酒の消費を抑制するとい
ふ大きな要素が加つてあれが出たとい
ふ風な経過を履んでをりまして、そ
の間、無論奢侈享楽抑制といふ意図は
多分にあつたのでありますけれども、
正面から取組んで国民の生活から奢侈
享楽的な部面を追ひのけるのだとい
ふ意味での取締には、今回本格的に乗
り出したといふ風な恰好になるのぢや
ないかと思ふのであります。
K 結局営業時間の問題なんかが生
活に響いてゐるやうですね。殊にこの
頃は米食の問題が出てきましたし、普
通の料亭の営業時間をどういふ風にお
きめになつたか、それのお気持といふ
やうなことも話していたゞきたいと思
ひます。
B 中央で全般的に決めましたの
は、営業店で酒を飲むことを五時から
に制限したこと、貸座敷或ひはその類
似営業を五時からでなくてはやらせぬ
ことにしたこと、それから七・七禁令の
適用で料理代の最高限を抑へてゆくこ
と・・・
K それは大きな意味の風俗刷新と
いひますか、さういふ面だけでなしに、
物の節約といふ面も入つてゐるわけで
すね。
B それは大いに入つてをりまし
て、特に料理代を抑へるのなんかは、
物の節約、物価の引締めといふ要素の
方がむしろ多いくらゐのものだと思ひ
ます
K 営業時間もさうなのでございま
すか。
B 営業時間の関係では、むしろ奢
侈享楽的なものを抑へるといふ方が強
いのだと思ひます。米食の禁止などは
中央で全般的な基準を与へずに、むし
ろ地方々々で積極的にやつて貰つてゐ
るといふ具合で服装を抑へることや、
或ひは客席で飲食しないといふ風な
ことまでも地方では相当考へられてゐ
ます。この要綱で決めましたのは、物
価の方における最高限と同じやうに、
全国少くともこゝまでは行けといふ意
味のものでありまして、今回地方庁に
通牒する際も、要綱にきめられた以外
のことも更にやれ、今までやつてゐる
のは緩めるなといふ風なことを言つて
ゐるやうなわけで、さういふ適用が地
方ではいろいろな方面に現はれて行つ
てゐる状況です。
映画館と劇場
K 奢侈面でいつも取上げられる映
画館とか劇場、遊技場なんかの問題で
すが、日曜以外は午前中は映画をやら
せないといふことにお決めになつたや
うですね。
B それは従来午前中やつてゐた
ものが制限されたといふ程度で、遊技
場にしましても時間の点だけからい
ふと、まだ大した制限は行つてゐない
のですが、これは別途に高額の料金と
抑へるといふ風なこともこの際やりま
して、地方々々で既に具体的な研究に
着手してゐるやうでございます。映
画、演劇といつた風なものは、むしろ
内容を健全な方面に移行させてゆくと
いふ方面が大事になるのぢやないかと
思ひます。
K むしろ、いゝ映画などは積極的
に見せた方がいゝといふ考へがあるわ
けですね。その内容の向上について
は何か特別な方法をおとりになつてゐ
ませうか。
B 一方は検閲を強化するし、一方
は制作本数の制限といふことを考へま
して、結局濫作させないといふ風なこ
とから締めて行つて映画の質的の向上
を図りたいと考へてゐます。更にこれ
から先はプログラムの編成についても
劇映画だけをやるといふ風なことをな
くし、必ず文化映画とかニース映
画とかを併せ行はしめるといふ方向に
進んでゆく。その結果、当然一回の興
行時間の方までも影響が現はれて
くるのぢやないかといふ風に考へてを
ります。
K 劇に対しては脚本の向上と
か・・・
B 映画関係は例の映画法が出来
まして非常にやり易くなつたのです
が、劇の方はさういつた中央法令が
まだないので、的確な方法でやつ
てゆくことは非常に難かしい問
題だと思ふのですけれども、し
かし各府県とも興行者の協
会、組合といつたやうな団体
が出来まして、その方で
官庁も関係して話合ひな
がらいゝ方に持つてゆく、といふ風な
努力が払はれてゐる状況です。
K 映画館とか劇場、更に前のお話
の料理屋とかカフェーとか、かういふ
方面は場所から抑へてゆく、そのため
に新築は許さないとか、譲渡はできな
いとかいふやうな問題ははつきり方針
が決つてゐるのですか。
B その点は新設、拡張、増築、
改築、移転などはさつき申した十三年
の夏以来抑へる方針をとつてきてをり
ます。今回また譲渡について厳重な
抑制方針をとつてゆくことにしたので
すが、これは地方も張り切つてやつて
をりまして、中には雨漏りの修繕をす
るのさへも、なかなか手間取つたとい
ふ一つ話も残つてゐるくらゐに、かな
り厳重に行つてゐるやうです。
享楽と人的資源
K 次に人的資源の問題ですが、あ
らゆる方面に人が要る、さうして必要
な方面に人を廻(まは)さなくちやならぬ時に
カフェーの制限によつて女給の数を減
らすといふやうなことも伺つてゐます
が、この問題は・・・
B それは営業によつて、坪当りの
人数で従業婦の数を制限するといふ
風なゆき方でやつてゐるのがありま
す。それから「青少年雇人制限令」の方
からくる自然淘汰的な制限が加はつて
行つてをりますが、結局、戦前の十一
年と十四年末の統計を比べますと、さ
ういつた風紀関係の営業も、その中に
働く接客婦的な者も、ずつと減つて参
つてをります。その中で料理屋と芸者
の数がちよつと殖えてゐますが、これ
は抑制方針をとりだすまでに殖えたも
ので、それからはやはり滅つてゐると
いふ数字になつてゐます。
K 今後いよいよさういふ方面に断(だん)
が進行してゆきます時に、さういふ方
面に働いてゐる女の転向といふやうな
ことをお考へになるのですか。例へ
ば、女給を減らしてショップ・ガールに
廻すとか、もつと時局的な方へ廻すと
いふことも考へられないではない
と思ひますが。
B それは今までの情勢から
考へますと、比較的自然に捌(さば)きが
ついてゆくのぢやないかと思ひま
す。また非常に特殊な場合でない
と、水商売をやつてゐた人間を直
ぐショップ・ガールに持つてゆく
といふ場合をとつてみてもうまく行
かない。やはり自然に自らの好む方
に流れるといふ風な傾向も一部には
観取されますし、享楽抑制のために
起るさういつた人達の転業について、
特に積極的に施策をせねばならぬと
いふてこは風俗営業の関係では全般
的にはなからうと思ひます。たゞ個
個の営業をひどく当らねばならぬとい
ふ風な場合は、或ひは考へねばならね
ことがあるかも知れませんが。
戦時産業へ応援隊
J 労働の不足を補充してゆく、
たとへばドイツのやうな労働徴集の
方法は考へられないのですか--不生産
的な職業に就いてゐる者を軍需工場そ
の他に割当てるといふやうな。
H 現在の日本におきましては、
第一線で勇敢に働いていたゞくため
に人が要るといふことと同時に、銃
後にあつて必要な産業戦線に働いても
らふ人が第一線に働いてもらふ人の数
倍も要るといふ状況でありまして、
人はますます必要になつてくるのであ
ります。いま大体の数字で考へてみま
すと、大体銃後の産業に働ける、いは
ゆる産業年齢ともいふべきものを、十
五歳から五十九歳までと仮定して、そ
の人数が一年間にどのくらゐ増加する
かと見ますと、約六十万と推定される
のであけます。
本年の労務動員計画で確定してゐる
軍需産業、生産力拡充産業、輸出振
興産業及び生活必需産業のために必要
な人員、それから現に働いてゐる人の
中でいろいろの事情で減る人を補ふ
人員、これを合せますと先般も企画院総
裁から発表されましたやうに百十五万
要るといふことになります。そこで産
業人として殖えてくる人間だけではと
ても足らぬといふことが分るのです。
百十五万の要員をどういふ風にして
補ふ方針を立ててゐるかと申します
と、第一には新たに産業の中に入つて働
き得るやうな人、即ち小学校または中
学校を卒業する人を以て補ふ。第二
においては、未だ職業についてゐない人
人を職場につかせる。また物資動員そ
の他の事変関係の事情によつて職を離
れる人があります。それ等を出来る限
り輔導しまして、必要な産業についても
らふやうにしてゐます。また農業の方
でも今日人が不足してゐると言はれま
すが、現下の必要な産業を興すために
は、どうしても農業方面の人々にも
応援を願はなければならぬ。かういふ
意味で農業方面から人を集めてくる。
また内地以外の土地、即ち朝鮮等から
内地へ来て働いてもらう。かういふ途(みち)
によつて、労務の足らないところを補
ふといふことを考へてゐるわけです
が、しかしそれ等でもまだ補ひ得ない
事情がありますので、今日の不急産
業、労務の節減が可能な業務に従事し
てゐる人を狩り出し又はこれらの業務
につかうとする人を抑制して、必要な
事業に働いてもらふといふことも考へ
てをりまます。
これがために、国家総動員法に基づ
いて、学校卒業者使用制限令、従業者
雇入制限令、青少年雇入制限令、国民
職業能力申告令、国民徴用令等が制定
されてゐるのです。
K そこで、享楽面で働く女など、
まつさきにこの補充労力に上げられる
わけですね。
H さうです。労力がますます必要
になつて参りますと男子だけの働きで
は足らないで、女子にも協力をお願ひ
する。今次の欧州大戦勃発後の諸国を
見ましても、婦人の銃後に於ける活躍
には目覚しいものがあることは周知の
通りです。婦人には婦人としてのつと
めもありますが、苟もも働く婦人な
らば、凡そ今日の時勢に適はしからぬ
業務から去つて、大いに必要産業方面
に進出して貰ひたい。かういふ意味合
から、前に申しました青少年雇入制限
令に於きましても、戦時不適の業務に
女子を雇入れることを制限してゐるの
です。
女子を雇入れることの制限を受ける
業務を大体申上げて見ますと、割烹店
業、飲食店業、酒場業、カフェー業、
喫茶店業、ミルク・ホール等の料理店
業、それから貸座敷業、待合茶屋業、
芝居茶屋業、遊船宿業等の貸席業、そ
れから撞球、麻雀、ゴルフ、射的等
の遊技場業、舞踏場等の娯楽場業、劇
事、映画館等の興行場業、それから、
芸妓、酌婦その他之に類するものであ
ります。これ等の業務に働いてゐる女
子は全国で二十万人程ありますが、今
後は、これ等の業務に十二歳以上二十
歳未満の女子を新たに雇入れること
は、原則として之を禁止することにし
てゐるのです。
K 今までのやり方ですと、自然に
減るのを待つといふ形とも一寸考へら
れますが、更に今後積極的に不急産業
から必要な方に、女子を徴発してく
るといふやうなお考へはどうでせう
か。
H 今申しましたやうに、一面に於
ては、不急産業方面に於ける労力の使用
に各種の制限を加へてその濫費を防止
し、又他面に於ては、自由募集に如何
に努力しても、必要産業方面に要員を
充足することが出来ないといふやうな
場合には国民徴用令によつて国民を徴
用するといふ建前が取られてゐるので
す。現在の徴用令では、国の行ふ総動
員業務に従事せしめる必要ある場合に
限られ、又年齢十六年以上五十年未満
の男子であつて国民職業能力申告令に
定められた所定の要申告者に限られて
ゐるのでありますが、将来必要になつ
てまゐりますと、此等の範囲が、或ひは
軍管理工場や民間工場等に於て要員充
足の困難な場合にも徴用の手段が採ら
れ又徴用される人の範囲も拡張されて
くるのではないかと考へます。
お嬢さんの徴用
K 人の問題で、学校を出て遊んで
ゐる婦人を何とかならぬものかといふ
ことが大分話題になりますが、これに
対しては何かお考へはございません
か。有閑令嬢といふやうな問題を。
H 現在のところでは、国民徴用令
の適用を受ける者は、男子に限られて
ゐますが、必要に応じましては、徴用の
制度がだんだん拡張されてまゐりまし
て、例へばドイツのやうな、女子にも
及ぶと言ふことになるのではないかと
考へます。しかし、かゝる強権の発動
た待たずとも、今日のやうな事態に対
処しては、挙国の民がその資質知能に
応じて最大の能率を尽し御国のために
働くといふ気構へを持つて貰はなけれ
ばならぬ。男と言はず、女と言はず、
何処にも安閑と遊んでゐる者がないと
いふやうにならなければならねと考へ
ます。
凡そ人をかり出して来ましても、仕
事に熱意を以て真剣に働いて呉れなけ
れば、人数だけ揃つただけで、所期の
実績は挙がらないわけですから、働く
ことの無理強ひはいかぬので、各人が職
分に応じて真剣に御国のために働くと
いふ心構へで進んで勤労するといふこ
とが何より肝要なことです。そこで、
一面に於ては、人力の適正配置といふ
ことを目標とした強権発動による国民
総ての動員といふ制度を設けることも
必要でせうが、他面に於ては、現在各
方面で、思ひ思ひに行はれてゐる勤労
奉仕の事業等に国家的統制を加へて、
大いに国民皆労の精紳を発揚するため
の、例へばドイツの集団勤労制のやう
な制度を整備することも喫緊のととで
あらうと考へるのです。
新体制違反?
A ちよつと前に戻つて失礼です
が、要綱の取締を受ける営業者で、きめ
た事柄に違反した者に対する制裁を、
内務省はどういふ風にお考へになつて
ゐるか、それを一つ。
B さうですね。今度取締方針にも
大体分に応じてこの際国家のためにや
つて行くのだといふことで、自分の営
業について命じられたことは、少くと
もやつてゆかなければならぬといふ建
前から、特に個々の風紀を乱したとか
何とかいふことでなしに、法規で命じ
られず自粛といふ形式で行ふものに
ついても、故意に違反するとか、注意
されて改めないといふやうな性質のも
のは、その営業をなすに不適当なもの
と考へて行政処分をやつても差支な
いといふことにしてをります。
業者の方でも、事変当初は命じられ
ても逃げてゆかう、一寸強いのがくる
と直ぐ反対運動、陳情といふやうなこ
とがありましたが、さういふ点も業者
自体も考へ方が違つてきてをりますか
ら、宝刀は抜かずとも実際は業者
が協力してくれるであらうと考へ
てをります。いかない者に対して
は、どしどしやつて行つて実效を
挙げると云ふことを強調してやつ
てゐるわけです。
自動車の制限
K ときにさつきお話の出まし
た、自動車の制限といふこと、こ
れはガソリンの立場からも、享楽抑
制の立場からもいろいろ措置が進め
られてゐることと思ひますが。
B 自動車のうちで、差当り一番問
題になつてゐるのは乗用車でありま
すが、これにつきましてはガソリンの
関係からも、奢侈抑制の見地からも非
常にガソリンの配給の量が減つてくる
と思ひます。さうすると、尚ほさら貴重
なガソリンを余計な方に使ふことは避
けなければならぬし、一方また必要な交
通量の方に有效的に使用するといふ意
味からも、奢侈的の方面、享楽的の方
面に使はれるといふことは竪く抑へて
ゆかなければならぬと思ひます。これ
につきましては、やはり地方警察にお
きまして取締を致しまして、違反する
者はガソリンの量を減らすといふこと
も出来ますし、また特殊の場所は駐車
も禁止する、立入禁止をするといふ方
法もとれますし、その状況、その場所
に応じてあらゆる取締をやつてゆき
たい。例へば、自動車業者と料理屋、
待合の両方面からさういつたことには
使はせぬといふことを厳重に命じて
やつてゆきたいと思ひます。
K 競馬の自動車がよく問題になり
ますが、この間、競馬をやつたある県で
全部自動車が競馬場にゆかないため、
リヤカーが大活躍してゐるといふこと
でしたが、随分地方では取締が徹底し
てゐるといふことですね。
B 競馬場は寧ろやり易いのです。
場所が隔絶してゐるのが多いから、取
締が徹底して出来ることになると思ひ
ます。
K 自家用車はどういふことになつ
てをりますか。個人持ちの自動車です
ね。
B これも今のところは結局持主の
自粛と、さう云つたところに自動車を
入つて行かせぬ。或ひは止めておかせ
ぬといふ風なことで行くより仕様がな
いと思つてゐます。この方もガソリン
の関係から、更に奢侈抑制の意味を加
へてゆくといふことになつてくるので
はないかと思ひます。
K 凡てかういふ点について都市と
農村と非常に事情がちがひますが、
取締の関係は地方庁において適当に
おやりになつてゐるわけですね。
B さうですが、実際からいふと非
常に困るんですね。農村の方が一般的
に緊張してをりますし、一つことをや
らうといふことになると直ぐ徹底する
関係から、奢侈享楽の程度は都市の方
がひどいにもかゝはらず、その抑制は
地方の方が素早くゆくといふ状況であ
りまして、これは面白からぬことであ
りますから、今度の取締の方針にも都
市に重点とおけといふこととはつきり
させてゐます。
娯楽雑誌の問題
K 少し話が違ひますが、雑誌の間
題でありますが・・・
B えゝ、映画雑誌、婦人雑誌、それ
に相当奢侈抑制といふ風な立場から見
て、或ひは享楽的のものを抑へるとい
ふ点から見て、整理の必要が内容的に
も量的にもありますから、さういふも
のを整理してゆかう。それから同一傾
向の内容をもつた同じやうな雑誌が沢
山ある。それを統合してゆく。かうい
ふやうな見地から仕事を進めて行つて
をります。
贅沢廃止と転業問題
K ときに、贅沢なり、享楽なり、
さういふ方面の犠牲者の問題ですが、
これだけの戦争をやつてゐて、兵隊
さんのことを思へば、銃後において
さういふ犠牲の出ることは当然であ
ると思ひます。しかしこれもやはり関
係部面に対しては大きい問題でありま
して、これについて例へば、この間の
七・七禁令におる織物業者、それから最
近では食料品、高級のお菓子などの制
限、更に今までのお話の享楽的の面の
犠牲者に関するお考へを、少しまとめ
てお話願ひたいと思ひます。
G 初めに奢侈禁止といふやうなこ
とをする趣旨についてお話がありまし
た通り、それは犠牲者を出すといふこ
とが目的ではなく、物的資源、人的資
源といふものを、戦争目的のために有
效に使ふといふことが目的であります
から、犠牲者を出しつぱなしにしてお
くのでは目的が達せられないので、か
ういふ犠牲者を有效の方面に再編成し
てゆく、再動員して行くといふことで
なければならない。そこで転業といふ
ことが問題になります。
一口に犠牲者と申しますが、これは
二つあります。一つは業者、一つは従
業員であると思ひます。業者の方の犠
牲者といふものは単に奢侈品の禁止と
いふだけの問題ではなく、物資の統制
その他の方面からいろいろな意味で既
に転業をしなくてはならない状勢に
立至つてゐる者が多いと思ひます。七・
七禁令で特に響いたのは手持品が売れ
なくなつた、それをどう捌くかといふ
問題で、つまり金融問題による犠牲の
方が大きい問題でありました。企業者
の転業につきましては、商工省として
も戦争以来、転業対策部、今は振興部
といふものになつてをりますが、そこ
で転業資金を貸与するとか、いろいろ
な方法を講じてをります。
たゞ七・七禁令の結果による犠牲者
といふものは、今申したやうに、金融
の問題が大きな問題でしたので、手持
商品をどういふ風に捌いてやるかとい
ふことが根本になつてくるのでありま
す。その点は或ひは輸出の方に向け
るなり、その他いろいろの方法で解決
を図つてをります。
従業員の方の問題ですが、この方が
尚ほ更転業を促進して行かなければな
らぬ問題であると思ひます。既に厚生
省あたりで戦争が始つて以来、職業輔
導とかいろいろのことをやつてをられ
ますが、今度の場合でも着物の図案を
描いてゐた人達が、いろいろの機械等
の図工になつたり、金属の彫物をやつ
て働た人達が、軍需品の極く精密な部
品の職工になつて成功したといふ事例
がありますので、さういふ方面に転業
を勧めてゆかなければならないと思ひ
ます。たゞ七・七禁令の対象になつて
をりますもので、或ひは不具の人、廃
疾の人、さういふ人がやつて居るやう
なものがありますので、かういふもの
については、禁令の趣旨に反しない限
度で例外の措置を講じて、転業不可能
な人達を救ふといふこともやつてゆき
たいと思ひます。大体方向としてはさ
ういふことで、犠牲者の処理といふこ
とを考へてをります。
最後に繰返して申上げれば、犠牲者
を犠牲者として置かないで、再動員す
るといふことに目的があるのでありま
すから、その方面に出来るだけ向ける
といふことに尽してゆくといふことで
あります。
J 贅沢品抑制のために、特殊技能
を持つてゐる者、例へば、肥後象嵌とい
ふやうなものの手が非常に落ちる。将来
の特殊平和産業に非常に影響が来はし
ないかといふ懸念もあるのですが、さ
ういふととろは、どういふ風に考へて
をられますか。
G 特殊技能については技術を保存
する意味である程度のものを許可して
ゆきたい、といふ気持を持つてとりま
す。
話が余談に移りますが、僕個人の考
へでありますけれども、文化といふも
のを、今のまゝのものが一番よいと考
へることに間違があるのぢやないか。
技術も今のものをそのまゝ維持すると
いふことにだけ執着して考へるとい
ふことがよいかどうか、もう少し新ら
しいと言ひますか、違つた形の文化と
いふものが生れてきて、それに即応し
た技術が生れてくる、象嵌の技術を象
嵌に生かしてゆくか、それを他に生か
して行くかといふことについても、も
う少し考へるべき問題があるのぢやな
いかと思ひます。差当りはさういふ技
術を維持してゆく意味合において、そ
れを作ることとその限りにおいて許可
してゆくといふ気持でをります。
犠牲につく気持
H 犠牲者の問題についてお話があ
りましたが、凡そ犠牲者が出るやうな
政策を国家が断行するといふことは、
これはやむを得ざる政策であると思ひ
ます。今日の時勢でありますから、ど
うしてもこの時勢に必要なものである
ならば、国家は断乎としていかに犠牲
者を出しても、その政策を断行する必
要があると思ひますが、一旦断行する
となつたならば、その断行するに至つ
た理由を十分に国民に理解させること
が必要であるのみならず、又どこまで
もその精神、その主義を遂行してゆく
といふ竪き国家の決意を国民に知らし
めなければ、犠牲になつて転業すると
いつても、そこに迷ひを懐かしめるも
のではないかといふ感じを持つのであ
ります。
前の七・七禁令の出ました時には、
商工省ではなほ第二段、第三段の制限
をするといふことを言はれてをりまし
た。やるならばやる、といふことをはつ
きりさせる。第一気構へを示しておくと
いふことが犠牲者の救済にも必要であ
ると思ひますが、その点について御意
見を述べて戴いたら非常に参考になる
と思ひます。
第二、第三の断
G おつしやる通りであると思ひま
す。私の方も第二段、第三段の禁令を
採り上げてまゐりたいといふ気持でを
ります。つい二、三日前に食料品の点
につきましては追加しましたが、現在
あれを出しました当時に問題になりま
した価格の線といふものの、本当の意
味の検討をやり直してをります。今度
は最後の線としてのものを出したい、
かういふ風に考へてをります。たゞそ
の出す時期その他については、その範
囲内でも犠牲を少くし得る方法があれ
ば − 時期等の関係によつてさういふ
ことも出来るのでありますから、物を
無駄にしない、犠牲を出来るだけ少く
するといふ意味合において考慮して
をりますが、第二段、第三段は必ず
やるといふつもりで居ります。
そのために、いま仰しやる通り、
ある程度の犠牲はやむを得ないので
あつて、かへつて自分がそれをやつ
てゐたところで生きられないといふ
ことが分れば、有用の方面に再動員
なされるといふ覚悟をつけることに
なりますので、その意味合におきま
しても、犠牲に脅えるといふことは
致したくないと思つてをります。
欧洲の戦時生活
K 洵にさういふ堅い決意を持つ
て行かなければならぬ時期だといふ
ことを痛感してをりますが、翻つて
ヨーロッパにおきましても深刻な戦争が
続けられて居ります。贅沢も素(もと)より制
限され、いろいろ犠牲者もどうしても
出ることと思ひますが、Jさんに一つ
あちらの方の享楽面はどういふこと
になつてをりますか、生々しいところ
をお聞かせ願ひたいと思ひます。
ダンサーに徴集状
J 享楽面の方から申しますと、イ
タリアやドイツでは新聞にも出まし
たやうに、ダンス・ホールではダンス
やらせませんでしたが音楽会、演劇、
映画の如きは確全な国民娯楽として盛
況を呈してをりました。物の方では
工芸品は作つてゐるのですが、ベルリ
ンあたりでは、今でも贅沢品はまだ相
当見当ります。之は切符無しで外国人
も買へるのですが、あとの物は非常な
統制を受けてゐるわけであります。
それから人の問題ですが、これは、
いはゆる不生産的職業のもの、若しく
は全然遊んでゐる婦人はドイツでは徴
用してをります。さうしてその人の能
力に応じた仕事をさせてゐる。
例へば、私どもの知つてをります相
当高官のお嬢さんは、どこで使はれて
ゐるといふことは絶対に機密になつて
をりますけれども、外務省の検閲方面
で使はれてゐるやうに思ひましたが、
さういふやうに毎日働かされてをりま
す。特殊技能のない者、例へば、女給
やダンサーといふやうな者は軍需工場
にでて働けといふやうに、徴集状が時
時来るのでありまして、これに応じな
いとサボタージュ罪として罰せられる
のであります。これでは収入が減る
ものですから、なるべくそれを避けよ
うとする。しかし避けるにはやはり生
産的、若しくは公の職業につかなけ
ればならないといふことになつて、或
ひは郵便配達夫になつたり、その他の
職業を求めてゐるやうであります。結
局国家のために働かされるといふ結果
になつてをります。
自動車の制限は、これはイタリアで
もドイツでも非常に厳重にやつてを
りまして、イタリアでは私共が帰る少
し前から急に揮発油の制限をとやりまし
て、殆んど自家用車は動かなくなつて
しまつたのであります。特殊の必要の
ある人には特別の許可を与へ自動車の
前のガラスに札を貼るのですが、婦人
の運転してゐる自家用自動車には一切
ガソリンを供給しないといふやうな有
様でした。
それからベルリンでは皆さん御承知
の事実でありますが、タクシーは多少
動いてをりますが、娯楽用、若しくは
便宜のためにそれを使つてはいけない
といふ札が中に貼つてありまして、時
時巡査がタクシーを停めてをります。
殊に婦人でも乗つてゐる時には停め
まして、どこに行くかといふことを聞い
て説明が出来ないとか、若しくは飲食
店や、映画館の前に停つた時には運転
手も、乗つてゐる人も重い罰金を課せ
られるのであれます。
G 贅沢品は自由に売れてゐるとい
ふことでありますが、ドイツ人は一体
それをどういふ程度に買ひますか。ド
イツは元来こゝ四、五年は非常に無駄
をしないといふ生活に馴らされてゐる
から贅沢品は売つてゐてもさう買はな
いのぢやないですか。
J 金があつても生活必需品が切符
の範囲内にしきや買へないのですが、
それだからと云つて、無暗に贅沢品を
買ふ様なことは勤倹なドイツ人はしな
い様です。 (範囲内にしきや買へない・・・意味不明ですな)
G そこが日本と多少違ふんぢやな
いでせうか。
J さうです。
H ドイツの大使館の人と話合つた
時に、その人は日本では法令モの他
いろいろの施策が非常に窮屈になつ
てゐるが、現在のドイツではそんな
に細々(こまごま)したところまで拘束はしない。
ドイツの日常生活は戦前と殆んど変り
がないと言つてをりました。たゞ日本
のことを批評していろいろ細々したこ
とを抑制してゐるが、その通り実行さ
れてゐるものが少い。その前に一つで
も実行したらどうかといふことを言つ
てをりましたが、ドイツの事情は本当
にさうでせうか。
J さうですね。
G そこはドイツには国民活の訓
練といふものがあり、日本にはまだそ
れが足りないといふ違ひでせう。
J さうですね。又罰せられる方は
おそろしく厳罰主義ですね。
贅沢と煙草
K さて、今度の贅沢の槍玉に煙草
が一部挙つてゐますが、これは非常に
生活に即したものであると思ひますの
で、贅沢と煙草といふことについて少
し伺はしていたゞきたいと思ひます。
G 贅沢といふと、酒と竝んで煙草が
挙げられますが、これは主として外
貨の関係でありますが、昭和十三年以
降外国の煙草の輸入は一切やつてをら
ないのであります。従つて一本七銭、
八銭といふやうな巻煙草、また一方五
円、六円といふやうなハバナ、コロナ
といふ葉巻煙草は市場にもないし政
府にもない。現在残つてゐる煙草とし
ては昔と比べまして非常に下級品だけ
しかありません。
例へて言へは、こゝでチェリーが贅
沢品であると言へば、相当お差障りが
あると思ひますが(笑声)、ホープ以上
に相当する上級品を取つて一年の売上
を見ますと、全体で百五十万円以下で
あらうと思ひます。全体の売上は今年
は五億円を突破するのではないかと思
ひますが、その中の半分はバットです。
全体として考へて、数量的に見れば煙
草は景気、不景気にかゝはらずさう変
動しない。他に代用的のものが絶対に
ないといふやうな関係から需要の弾
力性が非常に小さい。その方面から
見、また近代生活といふ方面から見ま
すと、全体として煙草は生活必需品に
近いやうな部面も持つてゐるやうに考
へられます。
唯消費の方面から見て煙草が、いは
ゆる享楽生活に付随して消費が多くな
り、また無駄に吸はれたりする。その
方面について高級品が他の部分に比し
て多く売れてゐるといふ妙な状態にな
つてゐることは否定することが出来な
いと思つてをります。
その事例と致しまして、大体煙草の
小売人といふものは、三百軒か四百軒
に一軒といふ割合になつてゐます。都
市においては、一町置きに一軒を標
準にして居りまして、東京市内に一
万五千の煙草小売人がある。その平均
の売上と言へば、大体三千円から四千
円ですが、これが盛り場になります
と、上級品が主として売れて一年十万
円、十五万円といふ具合に沢山売れて
をります。
ところが田舎に行きますと、やはり
煙草が切れるといふやうなことが生産
力に影響するらしくて、殊に刻みの切
れるといふのは---これは煙草の値上
げといふ問題に引搦らんでをつたので
ありますが、一時買
溜とかいろいろあり
まして、そのために
生産力に影響を来し
たほどでした。酷い
工場は、作業中ある
時間を解放して職
工に煙草を買ひにや
らしたせいふ事例ま
で起つて、地方の知
事から大蔵大臣に煙草を増してくれと
いふ陳情が参つてきてをります。さ
ういふ部面から考へますと重点主義
を入れて、必要の方に必要の数量を振
向け、享楽方面にはなるたけ抑制する
やうにといふ方策を取らなければなら
ないのぢやないかと考へてをります。
この点については、煙草は元売とい
ふ所まで直営でやつ
てをりまして、政府
の思ふ通りに出来る
組織になつてをりま
すから、明日からで
も出来ます。勿論今
刻み煙草について
は、農山村方面を主
として東京には少く
してをりますが、巻
煙草についても鉱山、工場方面に対
しては。バットを多くするとか、さう
いふやうな方策が研究されてをりま
す。
K 大体大衆的な煙草は最少限度
は確保出来ると考へて宜いわけです
ね。
C さうでございます。
旅行の新体制
K それでは次に、これは鉄道省の
関係ですが、時局と旅行---旅行が贅
沢かどうか、一方体位向上の問題もあ
りますが、最近は非常な混雑の様子で
すね、これに対するお考へなどを伺
ひたいと思ひます。
鉄道は大繁盛
F 満洲事変が始まりましてから国
有鉄道の運輸数量は毎年殖えて来た
のであります。前には七分、八分とい
つたやうな増加の歩合だつたものが、
支那事変が始まりましてからは、一割
五分、二割、昨年の如き昭和十三年度
に比べて、二割七分も旅客の移動が殖
えたといつたやうな状況になつてをり
ます。
その原因を調べてみますと、戦時下
において軍隊関係が非常に多くなつて
ゐるのは勿論ですが、そのほかに、日
本の大陸政策の発展に伴つて大陸との
往来が非常に殖えたといふことが
一つの原因であります。
それが毎年大体三割づゝ殖えて
をり、昭和十四年におきまして
は、支那事変の始まる前の年昭和
十一年に比べて、ちやうど倍にな
つてをります。
二番目には、いろんな経済統制な
どに伴つて中央と地方との連絡旅
客が非常に殖えたこと。
三番日には、生産力拡充に伴
つて通勤者が非常に殖えたといふ
ことです。
もう一つのことは、我が国の団体
主義的な思想の発展に伴つて、いろ
んな大会だとか訓練、勤労奉仕団体
といつたやうなものが非常に多くなか
ました。最後には、勿論国民の所得が
殖えたために、幾らか遊楽的な旅行
が殖えてきたといふこともあると思
はれます。そして大体旅客の輸送量
は、昭和十一年に比べて十四年は六
割程度増加したといふことになつて
をります。
これに対して、鉄道省としては出来
るだけ輸送力を拡充することに努力し
てをりまして、列車を増加するとか車
輌を殖やすとか、それに伴ふいろん
な施設を増強することも考へてゐます
が、時局下でなかなか思ふ通りになら
ない事情もあります。
したがつて、現有勢力を活用する
ことに力を注いでとります。
I しかし旅客の動きには随分むら
がありませうね。
F さうです。鉄道のお客さんの移
動には時間による波と日別(ひべつ)による波、ま
た月別の汲といつたやうなものがあり
ますが、時間的の波といへば、ラッシュ
アワー、日別の波といへば、曜日の波で
土曜、日曜は非常にお客さんが殖えて
をります。月別の波動といひますと、
季節に主に影響されまして三月、四
月、それから夏は非常にお客さんが多
い。また年末、年始に非常に殖える。
さういつた時に、統制の利くものにつ
いては出来るだけ利用しないやうに、
それから不要不急の人はあまり利用し
ないやうにといふことを働きかけてを
ります。
そのほかに、国民生活の新体制に呼
応して旅行の新体制ともいふべきもの
が確立されなければならないのであり
まして、遊覧旅行を徹底的に抑制しよ
うと考へてをります。
不急旅行は自粛して
K 実際どういふ工合になつてをり
ますか。
F これは最近通牒を出したのです
が、事変以来輸送力と睨み合はせて団
体の取扱はだんだんと制限されてきて
をつたのであります。臨時列車による
ものとか、あまり遠距離に行くもの
はやらないとか、四月などの多客期
には割引を停止するといつたやうな
方法をとつて来たのですが、今度は
その制限を更に強化して、実質的に
は遊覧的な団体は時季の如何を問は
ず、また臨時列車によるものであらう
が、もつと小さいものであらうが、絶
対に取扱はないといふ風にきめまし
た。
結局、今後鉄道で取扱ふ団体は、満
蒙開拓青少年義勇軍と、移民、就職者
から成つてゐる団体だとか、勤労奉仕
の団体だとか、それから先般文部省と
話合の下に出した通牒にある学生生徒
の短期の修学旅行、訓練を目的とする
在郷軍人や青年団体等の団体、それか
ら外人の視察団体と満洲あたりから内
地を視察に来る団体、それから国民に
健全な娯楽や慰安を与へるところの興
行団体、さらに身心鍛錬や品性陶冶を
目的とした近距離の団体、これは主と
して、工場だとか商店なんかに従事し
てゐる青少年の団体ですが、これ等はい
くら「べからず」主義の時であつても、
鉄道に相当輸送力のある時には出来る
だけ受附けてやらうといふ建前であり
やす(ママ)。
最後に、鉄道省で指定したコースに
よる聖地参拝団体を含め、以上八つ
のものに限るといふことに決めまして、
既に実施してをります。
A 個人の旅客は一体どうするお考
へですか。
F え、それが問題です。個人の
遊覧旅客でありますが、これも事変が
始まりましてからは昔やつてゐたいろ
んな割引は全然廃めてをります。それ
から最近御承知でせうが、不急不要の
旅行だとか、遊覧的な旅行は出来るだ
け廃(や)めてくれといふことを、ラヂオと
かポスターとかで大いに宣伝してをり
ますが、なほ工場あたりで従事員(じゆうじゐん)の
一つの待遇といふのか、逃げだされな
いといふ目的のためか、金を遣(や)つて遊
びに出すといつたやうなことも相当に
多いやうでありますから、さういつた
ことをしないやうに働きかけることに
力を入れてゆきたいと思ひます。
それから観光地につきましても、
旅館の自粛といふことが実際問題と
して起つてゐるやうです。熱海海あたり
で最近相当手厳しくやつてゐるやうで
すが、さういつたことも大いに指導し
て行たいと思つてとります。幸ひ私の
方では、温泉協会とか日本観光聯盟と
いつたやうなものをもつてをりますか
ら、さういふものに働きかけて行くつ
もりです。
一降り二乗り三発車
K 旅行の新体制で私たちが何とか
して良くしたいと思ふのは交通道徳の
問題ですが、鉄道の混雑に拍車をかけ
るのは我れ勝ちの気持といひますか、
日本人は公徳心が欠けてゐるといふこ
ともよく話に出ますが、鉄道としても
もう少し積極的に指導できぬもので
せうか。
F 日本の国民は個人としては非常
に謙譲と
いひますか、
礼儀正しく
て立派な方
が多いので
すが、社会
的に訓練さ
れてゐない
ためにか公
共の場所に集まるといつたやうな場
合には、非常に秩序がなくなるのです
ね。その一番よく現はれるのが交通機
関のやうな公共的施設の利用の時
で、停車場か列車の中では、また非常に
見苦しいことが行はれて居ります。私
共はこれと何とかしなければならない
と考へて、前に公徳週間といふことも
やつたのでありますが、事変下で混雑
してくればくるほど秩序が守られなけ
ればならないのでありまして、積極的
に何かやらうと考へて居ります処に、
丁度青少年団体の幹部の方々からかう
いつたことをやつてみようぢやないか
といふ非常な結構な御申出がありま
したので、この八月に、「写真週報」に
も載つてをりますが、交通道徳実践隊
といふものを作つて、まづ手近なとこ
から一つ一つ片づけて行かうぢやな
いかといふことで、東京附近およぴ京
阪神付近で始めたのです。
K 例の一列運動といふのですね。
F さうです。出札口とか改札口で
順序よく一列に列(なら)ばう----「一列運動」
と称してをりますが、それと乗降場
において「一降り二乗り三発車」といふ
ことの励行をめざしたわけですが、鉄
道職員が注意するよりも、あゝいつた
健気な子供さんに注意してもらふ方が
效(き)き日があるやうで、あの時には秩序
も守られて非常に結構でした。今後も
あゝいつたことを続けてゆきたいと考
へてゐます。
国有鉄道だけで、今年に、十六億ぐら
ゐの乗降人員があります。日にして四
百二三十万人の人が乗り降りしてをり
ますが、その人達を通じて国民生活の
刷新を図らうぢやないかといつたやう
な気持でをります。
K 次に遊覧船を制限するといふこ
とが要綱に出てゐますが、これは逓信
省の方でせうが、如何でございませ
うか。
E 専門の遊覧船殊にガソリンを使
用する様な遊覧船が今動いてゐるかど
うか調査中ですが、殆んど動いてゐ
ないやうです。もし動いてゐれば、ガ
ソリン規正か、或ひは各府県に航運取
締規則といふものがあるのですが、そ
れによつて禁止するといふ方法に出た
いと思ひます。そのほか、遊覧船につ
いて秩序を乱すといふやうなものは地
方庁に通常に取締つてもらつていゝ
のぢやないかと考へてをります。
それから一般の旅客問題は、いま鉄
道省から仰しやつたやうな趣旨でやつ
てゆきたいと思つてをります。今のと
ころは、内地の遊覧旅客はむしろ鉄道
から船に乗るので、船だけで遊覧旅行
をする者はないのです。したがつて、
鉄道で制限されれば自ら制限される
といふことになつてをりますが、私の
方も鉄道で断(ことは)られるやうなものを船
に乗せるといふやうなことのないやう
に----現にないやうですが----協調(けふてう)し
てやつてゆきたいと思つてをります。
郵便局の戦時体制
K 最近郵便局へ行きますと、電報
の窓口に、急がない電報はやめて手紙で
やつてくれ、といふ貼紙がありますが、
急ぐから電報を打つのに・・・といふや
うな気も時々しますが、実情はどうい
ふことになつてゐるのですか。
E さつき鉄道の利用者が多くなつ
たといふお話がありましたが、通信方
面でも事変発生以来の利用増加は著る
しく、郵便で申しますれば軍事郵便が
非常に殖(ふ)えたのは当然のことだと思ひ
ますが、そのほか速達郵便が非常に殖
えた。それから電報では事変関係のも
のが非常に殖えて、過去の二十ケ年間
の増加率が四割程度ですが、この僅々
三ケ年くらゐの内に過去の二十ケ年
間に相当するほど利用が殖えてゐる状
況です。これに対して施設の方は思ふ
やうに殖えないといふ関係で、電報の
到達時分が非常に長くなつた。これは
恐らく皆さんも利用されながらお気づ
きになつてゐることだらうと思ひま
すが、事変前の三倍乃至四倍も長くな
つて、内地で平均三時間、最も長い時
で七時間、朝鮮、満洲との間では平均
五時間、長い時で九時間半といふやう
な状況であります。
話のついでに電話についてもちよ
つと申上げますと、待合時間が内地相
互間で最も長い時が八時間、日満間で
七時間、日支間で八時間といふやうに
非常に長くかゝることもあります。か
うなつてくると、電報とか電話とかい
ふやうな速いことを使命とする通信機
関はその生命を失ふので、これは今の
お話のやうに一般的に皆に自粛して
もらふ必要のあることは申すまでもな
く進んで法令的にも処置を講ずる必要
があるのです。
E さうすると、不急と認めたもの
は受附けないといふやうまことがあり
得るわけですか。
行過ぎサーヴイス
は廃止
E さうです。それでいろんな規則
とか規程とか、さういふ制度的なもの
を変へつゝ、通信のサーヴィスを漸次(ぜんじ)
的に編成替へしてゐます。
例へば、行過ぎたサーヴィスとか、
或ひは特定の階級者にのみ利用されて
ゐたやうなものは、逐次制限禁止して
ゆかうといふ方針の下に進んでをりま
す。年賀郵便或ひは慶弔電報といふや
うなものを制限したり、贈答用に使は
れてゐる市内小包制度も廃止したらど
うか、それから市内郵便制度、これは主
として広告に使はれて非常に利用が多
いのですが、これも廃止したらどうか
といふので、只今研究中であります。
K 速達はどうです。
E 一緒に研究してをります。市政
施行地以外のものに対しては利用が非
常に不便になる、むしろ利用しないに
如(し)かずといふやうなととになつてゆく
と思ひます。
しかし通信でもさつきからお話のあ
つたやうに、単に抑へるだけでなしに
これを積極化する方の施策も講じてゐ
るので、その努力も認めてもらひたい
と思ふのです。
なほこれは今の問題とは離れます
が、さつきドイツについてのお話があ
りましたので・・・ドイツでは、通信関
係の一部と言つてもいゝと思ひます
が、ラヂオについて国民受信機といふ
のを作つてをります。特にこれは農村
方面の唯一の健全な娯楽機関でもある
し、国策の教育、宣伝機関でもあると
思ふのですが、良質で低廉のものを
沢山に造つて積極的普及を図つてをり
ます。かういふことは我が国でも大い
にやらなければいかぬといふので、今、
標準受信機といふものを宣伝して、全
国に出来るだけ拡げてゆきたい、かう
いふ積極的な運動もやつてをります。
即ち通信方面における新体制も、亦先
刻来のお話のやうに事変下における堅
実な生活の建設的確立に自的があるの
であつて、消極的萎靡策であつてはな
らぬと思ひます。逞しい新日本国民
生活の確立、これが目標です。
電力の制限
K では次に移りまして贅沢の抑制
と電力、電力はいろんな方面に使はれ
てをりますが、今後はやはり不要不急
の方面は抑へるといふことがもつと行
はれることと思ひます。これについて
どういふことになつてゐるでせうか、
ネオン・サインなんか既に消えてをり
ますが・・・
E 電力は御承知のやうに、昨年の
異常渇水で思ひ切つた消費規正をやら
なければいかぬといふ情勢にぶつか
つたので、その需要を第一種需要から
第四種需要まで分けたのです。第一種
需要といふのは軍需その他最も必要な
もの、第二種は重要産業或ひは公共事
業用、第三種が一般用、第四種が不要
不急方面と申しますか、贅沢でもある
し他に替へ得るといふもの、この第四
種需要は一般的に禁止するといふ方策
を執つて、すでに今年の一月一日から
実施してきたのであり主す。
それはどういふものかと申します
と、ネオン・サイン、電飾、広告燈と
いふやうな装飾用の照明、それから電
気風呂や暖房用の電熱器、エレヴエー
ター、エスカレーターといふやうな、
幾分奢侈的な特殊階級の利用にかゝる
電熱とか動力です。それはその当時
は相当の英断でもありますし、やむに
やまれぬ措置としてやつたのでもあり
ますが、これこそ新生活体制のトップ
を切つたものであるといふことになり
ます。勿論この制限はずつと継続して
ゆくつもりであります。なほその他の
種目についても、研究すべきものは研
究してゆきたいと考へてをります。
J 電熱器とか電気アイロンとかさ
ういふものは区別があるのですか。
E 家庭用に使はれてゐる電気アイ
ロンなんかは、電燈線から引いてゐる
ものがありますが、新たに電熱線を引
かうといふ場合は一般に禁止する。し
からば電燈線から取ればどんどん利用
していゝかといへば、電力の使用量を
既に制限してゐるのです。
これは定額制による場合は本年二月
九日、従量制による場合は昨年一月分
を標準としてそれの約二割減じたもの
を以て消費量に押へる、それ以上は使
つてはいかぬといふことになつてゐる
ので、新らしく電燈線から電気アイロ
ンなんかを引かうと考へたつて出来な
いわけです。尤も以上の法令上の制限
は少需要者には適用がなく自粛に保つ
てゐるのであります。
J 既設の動力線はどうなります
か。---- 小さな電気プラッシュなどに
使つてるのがありますね。
E 電燈線から引いてるものは、今
の制限と同じくやつてゐるのですが動
力線から引いてゐるものは電気プラッ
シュについては制限致して居りませ
ん。併し第四種需要に該当する様な需
用が禁止されてゐるのは前に申し上げ
た通りです。
学制の新体制
K 次に時局と学生といふ問題、大
きな問題でありますが、新体制は当然
青年層といふものと給びつけて考へな
ければなりません。その中心になりま
す学生といふやうな方面についていろ
いろ世間で言はれてゐますが、一つ文
部省の方から学生の新体制といふやう
なお話を承はりたいと思ひます。
二キロ以内は徒歩通学
D 時局と学生、生徒の問題につい
ては、いろいろの問題があると思ひま
す。
まづ第一に申上げたいのは、今度奢
侈品等製造販売制限規則が施行せられ
まして。全般的に只今お話になつてを
りますやうな生活の新体制が全国民に
行はれんとしてゐるので、学生生徒も
これに即応して、戦時下に於ける学生
生徒の生活刷新といふ意味に於きま
して、四つの事柄を先般決めたのであ
ます。
まづ第一は、乗物の使用制限、原則と
して学校から二粁以内の通学距難にあ
るものは、上は大学より下は小学校に
至るまで全部徒歩主義でやらせる。か
ういふやうに考へてをります。もとより
少学校の低学年であるとか、その他病
気であるといふやうな特殊の事由ある
者は例外にすべきは当然であります。
この乗物の使用制限をやります趣旨
は、さき程鉄道省からもお話のありま
した交通緩和の国策に協力するとい
ふことが一つ、それからこれによつて
戦時下に於ける学生生徒、児童の体力
増進といふ一石二鳥といふことを考へ
てゐるわけで、これを近々断行するこ
とになつてをります。
もとよりこの大体の扱ひは学校長に
任すことになりますが、二粁以内の距
離にある学生生徒児童には定期券であ
るとか、回数券の購入のための通学証
明書といふものを学校で出さんことに
してゆきたいと思ひます。
興行場入場制限
’
第二の問題は、学生生徒、児童の興
行場入場制限であります。原則とし
て学生生徒児童は興行場に関しまして
は土曜、日曜、祝祭日、休暇以外は入
らないといふことに決定してありま
す。
この趣旨は全般的に国民にいろいろ
の制限を加へてゆく時でありますか
ら、身勉学の途上にあり、また父兄の
出費によつて勉学してゐる学生生徒、
児童が出来る限りさういふ消費の節約
といふ方面に協力し、また学生の本分
に立帰つてゆくべきだといふのであ
ります。大体さういふ原則を決めてを
りまして、ウイークデーには興行場に
いけないといふのが。趣旨であります
が、ウイークデーでも特別の場合は例
外は認めてゆきたいと思つてをりま
す。
ところでそれはどういふ場合かとい
ひますと、教育の必要から教職員の
指導の下に興行場に入るといふこと、
これは当然例外として認めてよいと思
ひます。それから映画について申しま
すれば、特に国民教育上必要な文化
映画のみを上映するやうな場合また
時局教育に必要なるニュース映画の
みを上映する場合、かういふ場合は
ウイークデーでも見さした方がよいの
ではないか。尚ほ文部大臣の推薦映画
を上映する場合も、教育上から例外と
してよいのではないかと考へてをりま
す。
たゞ全般的の問題として御注意願つ
ておきたいのは、土曜、日曜、祭日、
休暇等と雖も地方の実情によつて教
育上の見地より尚ほ制限を必要とする
向(むき)に於ては、当然この制限をより以上
強化しても少しも差支へない。
例へば、興行場の種類或ひは場所に
よつて、学生生徒の入場することがよ
くないと、学校長に於て認めた場合に
は一層制限を強化して差支へない。
かういふことを考へてをります。この
点は誤解のないやうにしていたゞきた
いと思ひます。
第三の問題は学生の遊技場の入場
について制限、禁止をすることにし
てをります。これも近日地方長官及び
高等専門学校以上の校長には通牒した
いと思つてをりますが、麻雀クラブ、
撞球(どうきう)場、半弓それから射的、それに類
したやうなものは禁止すると御諒解
願つてよいと思ひます。
第四、享楽的飲食店への出入を禁止
するといふ問題でありますが、これは
従来各府県とも区々(まちまち)になつてをります
が、内務省にもよく御協力願ひまして
統一したいと思ひます。大体今考へて
をりますのは、カフェ、バー及び女が
客席に侍(じ)して接待をする享楽的飲食
店への出入は断乎として禁止したいと
いふやうに考へてをります。
只今決つてとるのは一応この四つの
制限でありますが、これは取りあへず
の制限であつて、尚ほ結果によりまし
てはだんだんと強化してゆく場合も起
ることは考へてをります。
以上が戦時下における学生生徒児童
の生活新体制の問題であります。
K 最近の学生の時局認識はどうで
す、大分風当りのきつい方もあるやう
ですが。
D 学生がどうも時局認識をしてと
らんぢやないかといふ非難が、われ
われの耳に入るのでありますが、文部
省としては、これ等の点につきまして
は、絶えず学生生徒の生活状況の調査、
或ひは思想傾向の調査、時局認識の傾
向といふものを戦前よりまた戦後に於
ても調査してゐるのであります。
全般論と致しますと、以前に比べま
すと時局認識の点に於ても、また戦時
下における学生生活の点に於ても、思
想動向に於ても非常によくなつてゐる
と申上げてよいと思ひます。もとより
特殊の例外は如何なるものにもあるわ
けで、社会の非難を蒙むるやうな行動
をするものもありますけれども、全般
の傾向としてはだんだん堅実の方向に
向ひつゝあるといふことは申上げて間
違ないと思ひます。
学生は何を読むか
学生の読書の傾向といふやうなもの
についていろいろ調べてゐますが、非
常に感銘を受けた読書ついて、学生
の忌悼なき意見を統計に取つてゐます
が、最近はやはり時局物に非常に関心
を持つてをります。
一番よく読まれる書物は「麦と兵隊」
「土と兵隊」といふもので、どこの学校
でもトップを占めてをります。それか
ら「生活の探求」といふやうな書物が多
数の学生に読まれてゐるが、これは一
つには従来の生活に慊(あき)足らず、何とか
して時代に即応した新生活原理を求め
んとする、いはば新しく生れ出でんと
する悩みが、かういふ方面に現はれて
ゐるのではないかと思ひます。それか
らハールバックの「大地」といふやうな
ものも非常に多く読まれてをります。
学生生徒の最も尊敬する人物、私淑
する人物について調べて見ますと、以
前はトルストイ、ゲーテ、キリストと
いふやうな名前が相当出てをつたので
ありますが、最近の調査によるとこれ
等は非常に少いのであります。
統計の上で見ますと、最も高いのは
西郷隆盛、楠正成、野口英世、乃木希典、
吉田松陰といふ順序になつてゐる。
これは非常に面白い傾向であると思ひ
ます。
雑誌で一番よく読まれますのは文藝
春秋、中央公論、改造といふやうなも
の、大学あたりに行くとエコノミスト
が読まれてゐる。「週報」は専門学校で
は第七番目になつてをります。大学と
か高等学校に掛ても相当よまれてゐる
が、もつと読まれていゝ筈です。
学生の戦時下に於ける趣味娯楽につ
いて考へて見ますと、学生が一番よく
出入りするのは映画館で、音楽、読書、
囲碁、散歩、ハイキソグ、写真といふ
やうな順序になつてむります。
特に女高師や女子専門等の娯楽、趣
味の傾向を調べると、読書、音楽、お
茶、映画で、映画が大分下つてきてを
ります。女性は男子と少し違ふ傾向が
あるのではないか。男子は何といつて
も映画が最高の娯楽になつてをりま
す。これ等も将来の映画改善の上に余
程考へて行かなければならぬことと思
ひます。麻雀の如きものは一時は非
常に上位にありましたが、この頃は非
常に少くなつたといふことは戦時下
の学生の気分を現はすものと思ひま
す。
K 思想傾向はどうでせう。
D 学校内に於ける思想的の傾向と
して著るしいものは国家主義の学内団
体が非常に増加してゐる。最近調べた
結果に依りますと、国家主義の団体団体は
昭和九年の約倍になるのでありまし
て、昨年の暮には二百九の団体に上つ
てをります。
会員等に於きましても、昭和九年よ
りも四倍ばかりに増加して三万一千を
ります。この国家主義団体は三つに分
けることが出来ます。
日本精神を宣揚する団体、国防研究
の団体、東亜に関する研究団体の三つ
に分れてとります。かういふものが最
近非常に殖えてゐるといふことは、学
生の思想動向を示してをるのではない
かと思ふ。
一方憂慮すべき左翼的の事件は左翼
華やかなりし時代に較べれば減つてを
りますけれども、あながち安心するわ
けにはいかぬ。これ等の点については
余程適当の指導をやる必要があるので
はないかといふことを痛感させられま
す。
学生の娯楽はどうする
B 興行場の入場を制限したり、遊
戯場の入場の制限をしたりするが、学
校によつては学生の時間を過させる設
備が十分でないところがある。たまた
ま先生が休んだとかいふ場合に行く所
がない。さうさう図書館に入つて勉強
も出来ないので、がらがらと校外に出
て映画を見たり球突(たまつき)をやつたりすると
いふことになると思ひますが、さうい
ふ見方をしますと、かういふ制限禁止
といふものは相当酷な感じを与へるや
うにも考へられますがどんなものでせ
うか。
D お話のやうなこともありませ
う。取りあへずの手投として戦時生活
の上で国策に協力すべき事柄につい
て一応禁止したのでありますが、積極
的に明朗豁達、健全な娯楽を与へなけ
れば永続きはしない。
それには学校当局自身としても考へ
なければならぬし、学友会、校友会と
いふ方面も今までやつてをりました事
柄に検討を加へて、さういふ方面にも
力と注いで行くべきではないか。さう
いふ方面にも指導して行きたいと思つ
てをりますが、金の問題、物資の問題
が相当ありますので簡単には行かんと
思ひますが、さういふ方向に国家とし
て考へてゆかなければならぬのではな
いかと考へてをります。
商売道と新体制
K 今までいろいろお話のありまし
た生活刷新の問題で、部分的かも知れ
ませんけれども、デパートといふ問題
がありますが、デパートもいろいろの
制限を受け、戦時体制下に新らしい体
制を整へなければならぬと思ひます
が、かういふ点についての商工省のお
考へを一つ・・・
デパートの転向
D これは当然でありまして、従来
の状態から言へば物を一番買ひ易い、
一番よく売れるやうな設備をしてゐる
のがデパートでこれが一番よかつたの
です。さういふ形で一番発達してゐる
のがデパートで、それが消費節約の上
に一番痛く触れてきたのだと思ひま
す。たゞ一口にデパートと申しますが、
都会地におけるデパートと、地方の小
都市、町村におけるデパートとは多少
性質が違ひますので、東京は贅沢品が
中心になり、流行の尖端を歩いてゐる
といふ形になつてをりますが、田舎の
は生活必常品を扱つてゐる部面が今ま
でも多かつた。
そこで今後はデパートの転換策と
して生活必需品の配給機関になつてゆ
きたいとデパートも考へ、又さういふ
傾向に向つてくると思ひます。
そこでぶつかりますのは、中小商工
業者との配分関係をどうするかといふ
問題ですが、これは都会地であると相
当大きい問題であるが、田舎であると
案外簡単に片づいてゆくのではないか
と考へられるのであります。それは田
舎の商業組合の理事長といふやうな者
がデパートをやつてゐる場合が多いの
で、中小業者と利害関係が一致しない
といふ事例ばかりでもないのでありま
して、さういふ意味で生活必需品の配
給機構としての部面とデパートが担当
してゆくといふことになつて来るので
はないか、どつちにしても奢侈品、贅
沢品の店、流行の尖瑞を行くといふ形
の店であつたデパートが転向しなけれ
ばならぬ。そこで日用品、生活必需品
といふものに品物が移つてゆく。
それからもう一つは各デパートの特
徴は必ずしも必要でなくなる。東京に
幾つもデパートのある必要があるかと
いふ問題がでてくると思ひます。それ
と同時に資力もあり、相当の余裕を持
つてゐるデパートが中心になつて新体
制下における新らしい流行、新らしい
文化といふものを建設してゆくといふ
努力もこの辺でしてもらひたいと思つ
てをります。
J 宣伝部面に於ても、デパートは
御承知の通り人が多く来るといふとこ
ろから、非常な宣伝力を持つてをりま
すが、この二、三年来の傾向を見ますと
非常に国策宣伝に協力してゐる。これ
は非常に結構な傾向で、ますますその
方面を強化してもらひたいと思ひま
す。
K 生活必需品の配給機関としての
デパートといふお話がありましたが、
これからは国民全体的に考へましても
生活必需品に事欠かないといふことで
なければならぬと思ひます。それには
これに逆行するやうな傾向や広い意
味での闇といふものは今までより以上
に強く抑へてゆかなければなりませ
ん。その辺のお気持を国民にはつきり
させる必要があると思ひますが・・・
闇をなくすには
G 生活の新体制といふものは、僕
はかういふ風に考へるのです。現在の
日本としてはあくまでも国防国家を
建設しなければならぬ。生活が国防と
一致してくる。これは甚だ経済的の見
方でありますけれども国家の資源とし
ては人的資源と物的資源があり、生活
といふものはこの人的資源の再生産過
程であると思ふのです。さういふ意味
で生活の新体制とは生活を最も能率化
してゆくことであると思ふ。
非常に例が悪いけれども、家といふ
ものは一種の産生設備である。生活の
仕方は生産の状態である。生活必需品
は原動力である。これを無駄のないや
うに能率化してゆく。これは物を作る
といふことだけではなく精神的にも、
文化的にも生活を国防体制化してゆく
といふことは能率化してゆくことであ
ると思ひます。
それにはどうしても生活必需品の確
保といふことが必要である。これを確
保するといふことが労働力と言ひます
か、国民活動力の再生産の上から見て
必要であるといふことになる上、消費
節約といふ部面の一面には、国民生活
の最少限度の確保といふことが必要で
ある。そのためには、どうしても配給
を確保して出来る限り生活必需品の
部面に於て、切符制度を実施してゆく
といふことになつてくるのではないか
と思ひます。
闇の問題がありましたけれども、闇
といふのも配給機構が整備してこない
中に起る問題で、配給機構が整備して
くれば闇は減つて来ます。勿論、これ
は司法省あたりの問題でありますが、
商工省でも闇の問題については厳罰主
義で臨んで行きたいと思つてゐます。
二十万も三十万も儲けて罰金五千円
では、やらないのが馬鹿みたいで商人
としてはどうしてもやるのです。幾ら
闇をやつても、利益がないといふ程度
までその罰則が強化されてゆけば、さ
ういふ部面からも闇は減つてくるのぢ
やないか。さういふ意味で、罰則の強
化といふことも考へなければならぬ
し、また、一面配給機構を整備してゆく、
かういふことになるのではないかと思
ひます。
K いま物の面を中心としてお話下
さいましたが、配給機構の問題がうま
くゆけば闇がなくなり、生活の新体制
の途が開けてゆきますが、そこにゆく
までの要素として精神的に叩き直すと
いふことが必要で、切符制度といふも
のについても相当精神的の理解があつ
て、それを支持してゆくといふことが
行きわたらないと、過渡期にはうまく
ゆきません。そこで、「心の新体制」と
いふことは私は相当重要算なことである
と思ひます。
心の新体制
I 新体制、新体制と言はれてゐる
のは、これは勿論物心両面からの新体
制であると思ひます。物の新体制を力
強く裏づけてゆくのは精神運動である
と思ふ。物ばかり追ひかけてゆくと、
去年の暮に米があつて、なかつたやう
な状態になるので、これだけでは、
やはりいかん。国民の覚悟といふもの
が併行してゆかなければならぬ。これ
が精神総動員運動の狙ひどころである
と思ひます。
現在の精動は色々のことをやつてゐ
る、然しこれだけが必ずしも本格的な
ものではないので、国民の思想的な
建直しといひますか、高度国防国家の
要求してゐるやうに思想の編成替をし
てゆくといふことが、最も大きな活動
の狙ひどころであり、その方面に精動
運動は展開してゆかなければならぬと
考へて々ります。それがうまく行つて
一方物に関する機構が整備されれば、
物心両面から国民の新体制が出来上る
ことになると思ひます。
新生活の規範
K 生活の新体制といふものは国民
の層により、人により非常にちがふの
で、目標、基準を与へるといふことは
困難であると思ひますが、やはり何か
申合せによつて基準を作るといふこ
とで進めてゆかないと実行が出来ない
のではないか。
そこで新生活の規範が作れないかと
いふことが起つてくると思ひますが、
それにつきまして、精動でこの間、冠
婚葬祭の様式といふやうなものも大体
お決めになりましたが、やはりさうい
ふ趣旨からでせうか。
I お話のやうに、この頃の国民の
生活は複雑になつてをりますから、一
つ一つについて規範を決めるといふや
うなことは容易ではないと思ひます。
殊に精動だけでそれをやるといふこと
は難しいので、今まで各省の方がお
話になつた様に各方面の努力が必要と
思ひますが、さて何から始めるかと云
へば、実際問題としては、今日までの
国民の生活の中で非常に不合理のもの
であるとか、或ひは著るしく不経済の
ものであるとか、或ひは不健全のもの
であるとか、又は事変下、国民精神の
緊張を要請されてゐるにかゝわら
ず、これに反するやうな生活熊度であ
るとか、さういつたやうなものの中で
著るしいものについて規範と申します
か、一定の基準或ひは標準といふや
うなものを示してゆく。或ひはそれに
制限を加へてゆくといふやうなことに
落着くのではないかと思ひます。
具体的に言へば、今日まで精動が取
上げてきた食糧報国運動であるとか、
贅沢華美の全廃運動であるとか、最近
取上げられました冠婚葬祭の様式を
示すといふやうなこと、さう言つた
事柄に落着くと思ふのであります。
まづ結婚とお葬式から
K 観光葬祭といふことは地方には
時分悪例がありますやうで、お葬式で
一財産無くなすとか、さういふ例は都
会より酷いと思ひますが、そんなお調
べはありますか。
I それは今更言はなくても、調ベ
なくても大抵の人が常識になつてゐ
る。必ずしも地方だけに限らぬので、
東京市に於てもわれわれの眼に触れ、
耳にするところで大体分つてゐるので
はないかと思ふので、悪い例といふの
は調べて来ませんで、善い例の一つを
お話します。最近のよい例としては、
例の冠婚葬祭の様式を定めた中で葬
式の花環と全廃すると云ふ問題があり
ましたが、最近亡くなられた近衛公の
お嬢さん、細川侯令息夫人のお葬式に
は一切花環は断わられたといふことで
あります。これは行つてきた人の話で
ありますが、かういふ上層の方のお葬
式からさういふことになりますと、お
葬式の問題だけでほなく、今後の人々
の冠婚葬祭の場合のよいお手本になる
のではないかと思ひます。
K 決めましても先刻からお話のあ
りましたやうに実行が必要で、千葉県
では九月一日を期して全県下の町村の
総動員をやるといふ話がありますが、
それぞれ徹底の方は今度は強くおやり
になるのでせうね。
I 精動本部で決めましたことは全
国共通した、全国一斉に行はれる程度
の標準を示したわけであります。こ
れを実施する場合に於きましては、
夫々の地方の実情に基づいてやつてい
たゞかなければならぬわけで、それを
地方本部にお願ひすることになつてを
ります。
精動本部で考へてをります徹底方策
は組織を通じてやる運動としては市
町村の実
践網を使
ふことで
ありま
す。隣組
とか、部
落常会
とか、さ
ういつた
方面を使
つてこれ
で一つ申
合せてや
つていたゞくとか、実行委員を設けて
大にこれを厳守勤行していたゞくとい
ふやうなこと。それからいろいろの団
体を利用するといふことについては、
男女青年団、各種婦人会、在郷軍人会、
教化団体、官公署、銀行、会社といふ方
面で、大に申合せとしたり、実行をす
る。場合によつてはその仲間で違反し
た者には警告するといふ方法、相互の
制裁といふ方法を取つていたゞくこと
も宜いのではないかと考へてとります。
言論機関も新聞は最近非常にこの方
面に力を入れていたゞいてをります
が、婦人雑誌等に於きましても、この
問題を取上げていたゞくことになつ
て、既に九月号には冠婚葬祭について
の座談会を方々でやつてをります。
映画等もこれには大に活動していた
だきたいと思つてをります。その他冠
婚葬祭に特に関係深い方面、例へば、
神前結婚がありますから、神職、その
他各種宗教団体、冠婚葬祭の専門店、
美容師、写真師組合、料理屋、映画業
者といふやうな方面とも懇談会を開い
て趣旨の徹底を図り、旁々積極的な協力
をお願ひする。またこの趣旨の印刷物
をつくつて市町村の実践網や関係方面
に配るとか、特に女子の学校その他教
育の団体、婦人団体にもお配りして実
践に当つていたゞくやうにしたいと思
つてゐます。
最後にかういつたことをやるにつき
ましては、精動の精神運動も固よりで
ありますが、既に行政官庁で奢侈生活
抑制方策といふものをお決めになつて
ゐる時期でもありますから、冠婚葬祭
の改善を手初めに生活刷新の各方面に
つきまして行政官庁の御協力をお願
ひしたい。特に警察方面の御協力、こ
の方面には料理屋等の取締営業者が関
係してゐるものが大分ありますから
全般的に警察権を以つてどうかうとい
ふことではありませんが、取締営業の
方面にもかういつた趣旨だといふこと
を、十分理解さして協力するやうに向
けていたゞきたいと思ひます。
虚栄心を衝く
J 根本に於ては精神問題ですね。
要するに、贅沢なことをしないといふ
ことが一つの習慣になり、一つの誇り
になること。見栄をはる虚栄心を真去
I 弊害と言はれてをります事柄の
原因には、その虚栄心といふものが非
常に多いのであります。
J だから虚栄心撲滅でゆかなけれ
ばならん。
I 今日も東京市内の或る町会長が
来て話してをりましたが葬式の弊害で
他の家が盛大にしたから自分の家でも
やらなければならめ、よそで酒を出し
たから自分の家も出す。けちと言はれ
るから無理しても出す。銃後後援とか
防空演習その他いろいろの必要の経費
を町会から要求すると出さないでゐ
て、葬式には借金しても派手に金を出
すといふ傾向があると、かう云つてゐ
ました。結婚でも同じだと思ひます。
J 贅沢するのが恥しいといふとこ
ろまで持つてゆかなければいけないわ
けですね。
K 今までのお話で生活の新体制の
心の面が非常に重要であると思ひます
が、やはり政府と致しましての施設を
以て指導してゆく。つまり建設的の面
について施設を進めなくちやならぬ点
があると思ひます。さういふ面に一番
御関係の深いのは厚生省あたりと思ひ
ますが、例へば住宅の問題とか、家賃
の問題とか、更に福利施設とか厚生運
動とかいろいろありますが、何かこの
中で取上げてこの機会にお話願へるこ
とがありましたならば‥・・
全体のための生活へ
H 先程Gさんから国防国家の建設
といふことは各個人の生活の新体制
を建設することと一致するものである
と言はれましたが、今日時局に当つて
まづ国民が自覚すべきことは個人々々
の生活新体制の樹立するといふことが
国防国家建設の基礎であるといふこと
だと思ひます。今いろいろの施設につ
いてどういふやうなことをやるかとい
ふお話がありましたが、それを具体的
にいろいろこゝに申上げますよりも、国
民生活を指導するに当つて、国民生活
の新体制を樹立するに当つてどういふ
心持で、どういふやうな方針で進んで
ゐるかといふことを先づお話申上げた
方が宜いかと思ふのであります。
大体今日までの国民生活をふり返つ
て見ますと、自由主義、個人主義の旺盛
だつた時代の影響と申しませうか、
各人の生活は個人本位であり、一身一
家のための生活であり、一身一家を立
てるための生活である、かういふ気持
が殆んど全部を占めてをつたと思ひま
す。今後の国民各自の生活の心構へ
は、右のやうな個人本位の気持をすて
て、国家のため、全体のために吾々の
生活を立てて行くのである、といふ覚
悟がなければれらぬと思ひます。例へ
て申しますと、身心を鍛錬する、自分
の身体を丈夫にし、自分の修養を深
めて、自己の地位の向上に資すると
いふやうに自分のためにしてゐるので
はなく、自分のためにしてゐること
が同時に国家のためにしてゐるといふ
ことだ、かういふことを十分に自覚す
ることが必要であると思ひます。各人
が健全な慰楽をすることも、これは結
局明日の活動力に備へ、一層翼賛の途
に励み得るのだとの自覚があつてほし
いものです。
全体のために自分を犠牲にして働
く。さうすれば結局全体が栄えれば部
分が栄える道理であります。
これは今思ひついた例であります
が、最近バスの混雑した時に一列に竝
ぶといふことが奨励されてをりますが、
あの際に一列に竝ぶといふことによつ
て全体のものが非常に短時間で自動車
に乗れるといふ結論を来しますしまた
全体のために部分が秩序に服するとい
ふことによつて、女、子供まで楽に乗れ
るのであります。結局全体のためにし
たことが部分のためになるといふこと
を如実に感ずるのであります。
生活指導の方針につ
きましても大体さうい
ふ意味合の実現される
やうに施策されてゆく
べきものであり、また
施設されてゐると思ひ
ます。一人々々が善い
ことをしてゐても他の
多数がやらぬといふこ
とでは、社会生活をし
てをります人間として
は、一人だけしてゐて
も何にもならんといふ情が起り、実行
の勇気が欠ける、そこで全体のために
働く人の妨げとなる事象は国家が強権
を以て之を排除して行くことが必要で
あると考へます。
最近国民生活の各種の分野に、「べか
らず」と言ふことが多くなつた。今度
の奢侈生活抑制方策にも「べからず」が
列べられることになつた。「べからず」
を列べるやり方については、従来兎角
の非難があつた。しかし生活刷新の
為めの「べからず」は、「べからず」の為
めの「べからず」と解するから種々の不
平も出るのであつて、将来大いに発展
せんがための、全体が伸びんが為めの
国家の要請する禁制であることを理解
することが必要です。最近統制といふ
ことは、凡ゆる生活分野まで及んで来
たのでがす(ママ)、之は国民を圧縮し、畏縮せ
しめる為めの意味であつてはならない
ので、将来国家が大発展せん為めの、新
時代の生れて来る曙光期の大負担であ
り、大犠牲であります。今までの施策
にも精動運動にも、政治性が足りなか
つたので所期の目的が達成され難かつ
たのではないでせうか。施策にも運動
にも強き政治力があり、国民の間にも
亦大いに政治意識が高揚されるなら
ば、「べからず」に非難の起るやうなこ
とはないと考へるのです。
「べからず」と言つても、個人生前の
凡ゆる隅々まで之を及ぼすといふので
はないのであつて、或ひは経済政策遂
行の上から、或ひは物資不足の対応策
から、或ひは又各人が翼賛の途に励む
ことの妨げとなるやうな風潮を排除す
る為めに、国家が必要已むを得ずして
国民に要請する禁制であつて、企画院
で今度決められた奢侈生活抑制方策
も、この意味であると信ずるのです。
しかし、禁制は、今わが国は戦争してゐ
るのであるから、何でも彼でも人々が
慰楽することはいかぬといふやうな感
情的なものであつてはならないのであ
つて、各人が明日の活動力、向上に備
へる為めの職後の健全なる慰楽は、大
いに之を伸ばし、国民全般に普及する
やうにしなければならないと考へるの
です。この意味で将来は、国民厚生運
動といふやうな運動や、各種の厚生施
設を、大いに伸ばして行く必要がある
と考へます。
かういふやうな意味合から致しまし
て、国民生活の指導に当つては、一方
において積極的に建設してゆくといふ
方面と、他面には断乎として生活を刷
新するといふ両方面が相伴つてゆかな
ければならぬ、かういふやうに私は考
へてをります。
K 今お話の通りであると存じま
す。今日発表になりました近衛内閣総
理大臣の声明の中にも、結局新体制と
いふのは政治だけの問題ではなく、政
治も経済も教育も文化も、全部の国民
生活の領域まで含んだ問題である。
つまり生活の転換、生活の新体制まで
を含む問題であるといふ趣旨が謳(うた)はれ
てをりますが、生活の新体制といふこ
とは、新体制の最初であり最後である
と考へて宜いのではないかと思ひま
す。結局、生活の新体制が国民の一人
一人の中に徹底しない限り、本当の意
味の強力な国民組織も出来なければ、
また逆に新体制が政治の部門に於て形
が整ひましても、それが国民の生活の
中にはつきりと徹底しなくては、やはり
完全のものではないのでありまして、
現在国民生活の新体制といふことが、
国民全部の自(おのづ)らやり得る当面の問題
であると結論して宜いと思ひます。
J 非常にお忙しい皆様が長時間を
割いて下さいまして、お話と聞かして
いただいたことについては非常に感謝
申上げます。話題が大変多く、又お話
に非常に油が乗りましたために時間も
随分経過致したのでありますが、それ
だけに「週報」を通じて国民にも参考に
なり新体制に協力する一つの方針を示
されるものと致しまして、大変結構な
座談会でありました。皆様の御苦労、
御参加を深く御礼申上げます。
=終=
<コラム>
× ×
結婚新様式(一)
精動本部決定「冠
婚の新様式」から
見合 見合は出来るだけ、
媒酌人の家庭もしくは之に準
ずる場所を選び、劇場料亭等
は避け、質実簡素を旨とし、
高価な服装や饗応は絶対にし
ないこと。劇場や料亭などの
華やかな上つ調子の雰囲気に
つゝまれて見合をする人があ
るが、行く末永く堅実な平和
な家庭を建設してゆかうと考
へるならば見合の第一歩から
深い心構へが必要である。ま
た相性、十二支、日取などの
迷信に囚はれぬこと。婚約前
に血統や本人の健康状態を精
査することも必要である
結納 結納は儀礼の程度に
止めること。即ち友白髪、指
輪、袴、帯、小袖等は廃し、
鰹節、鯣、塩物、末広、熨斗、
昆布等のうち、一種又は数種
を取合せて適宜一台にして贈
ること。莫大な金や品物を贈
つたり、贈り返
したりせず簡素
にして厳粛な、
固い約束の儀礼にすべきあ
る。
支度、挙式場 支度、挙式式
等は双方合意の上、簡素にす
ること。調度及び衣類は出来
る限り新調を見合はせ、必要
と余裕ある場合は貯金又は国
債等で持参させる。調度品の
送り込ん行列、衣裳見せ等は
全廃。調度や衣類は差当り必
要の最小限度に止め、予算に
余裕があれば貯金や国債な
ど、生活準備金として持参す
る方が、新家庭を堅実化する
上にも有意義であらう。
× ×
× ×
結婚新様式(二)
精動本部決定「冠
婚の新様式」から
式服 式服は団服又は制服
を利用し得る場合は必ず之に
より、さうでない場合にも簡
素な一着に限り(花嫁は振袖
以下とし、花婿はなるべく平
服に儀礼章)振袖、裲襠(うちかけ)、胸
模様等を全廃し、且つ式後の
色直しの弊風を除去するこ
と。参列者の服装も之に準じ
簡素にする。町村などで従来
一定の式服を制定して結婚改
善をしてゐる場合は、それに
よることも結構である。
挙式 挙式は神社、家庭又
は公共の場所を主とし、簡素
且つ厳粛に行ふこと。挙式費
用は各地方本部に於て、実状
に即し決定すること。結婚式は
最も神聖且つ厳
粛に行ふベキも
のであるから、自
宅又は神社、仏閣、学校、役場、
公会堂、教会等の如き公共の
場所を選ばねばならぬ。式場
では必ず宮城遙拝を行ひ、神
社以外の場所に於ける挙式の
場合には、神社に奉告祭をな
し、祖先の霊に報告することも
忘れてはならない。結婚挙式
料は、簡素厳粛といふ趣旨から
せいぜい最高二十円程度とし、
各地方の実状に即し出来る限
り低額に決定すべきである。
× ×
× ×
結婚新様式(三)
精動本部決定「冠
婚の新様式」から
披露宴 披露宴は小範囲を
原則とする。しかも簡素を旨
とし(一人当り最高と雖も五
円とし、地方の実情に応じ低
額にすること)なるべく茶菓
又は小宴の程度に止め、その
他は通信を以て披露するこ
と。披露宴は数回に亙らざる
やうにすること。披露宴を無
闇に盛大に、しかも甚だしき
は連日に亙つて行ふといふ弊
風があるが、これは厳に一掃す
べきである。元来、披露の催
は、新郎新婦を特別縁故者に
紹介するのが本旨であるから、
平素余り交際してゐない人達
までを招待することは、かへつ
て先方に対して迷惑である。
結婚祝 結婚祝は精紳を主
とし、近親者以外は金品を贈
らぬこと。返礼は全廃するこ
と。結婚の祝儀品は外観だけ
飾りたてたもの
よりも、心を込
めたものを、贈られる側の意
思も聞いて選ぶ方がよい。か
うした贈物は衷心祝意を表す
るためのものであるから、近
親者に限り且つ形式的な祝儀
返しは全廃すべきである。
写真 見合及び記念写真は
キャビネ型、八ツ切以内とす
ること。それ以上の大型写真
の撮影は廃すべきである。な
ほ結婚届は結婚式場で作成
し、結婚誓詞等記念になるべ
き諸記録は永く家宝として保
存するやうにしたい。
× ×
× ×
出産その他の新様式
精動本部決定「冠
婚の新様式」から
出産祝 出産祝は精神を主
とし、なるべく品物を用ひず
近親者のみで、出来るだけ貯
金帳、子宝貯金、国債等で祝ふ
こと。出産祝は媒酌人又は実
家で、貯金帳や判などを贈り、
よそから贈られた国債、現金な
どを、子供のために積立てて置
くことが、真の親心である。
お宮詣り、七五三 等には
晴着の新調を全廃すること。
節句、誕生祝その他 も前
項に準ずる。あとで役にもた
たぬ晴着などを七五三その他
に新調することは、親のつま
らぬ虚栄心である。かゝる虚
栄は子供の将来にも悪影響を
与へることになるから、全廃
すべきで
ある。
金婚式、銀婚式 その他還暦、古稀、
喜寿、米寿等の祝も精神を主
とし、近親者に限ること。近
親者だけの、心をこめた喜び
とした方が、どれほとゆかし
いかしれない。
個人間の贈答 個人間の贈
答は中元、歳暮、手土産等形
式的なものは全廃し、やむを
得ない吉凶等の贈物は、なる
べく団体や職場で統括して贈
るやうにせねばならぬ。
× ×
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葬儀の新様式
精動本部決定「冠
婚の新様式」から
死亡通知 死亡の通知は故
人と親交ありし範囲に止め、
その他は葬儀終了後に通知す
る。あまり心易くもない人へ
の死亡通知は、無意義であ
る。親交者への通知に止め、
その他の人々へは、葬儀終了
後に知らせる方がよい。
通夜 通夜の酒食は全廃
し、茶菓の程度に止め、時間
は十時限りとすること。出棺
の際の立振舞は全廃するこ
と。通夜の酒食に夜を更かす
ことは、遺族の煩ひである。
現在も地方に残る出棺の際の
立振舞−特に飲酒は全廃す
る
喪服 喪服は団服、制服又
は平服に儀礼章佩用を本体と
し新調は見合せること。参列
者は礼を失しない程度で簡素
な服装にすること。すでに喪
服を持つてゐる人は、。それ
を着用するのは差支へない
が、持つてゐない人は新調を
見合はせ、団服、制服、平服に
国民儀礼章を佩用するか、ま
たは古い着物を黒か鼠色に染
めて、喪服に活用する方がよ
い。紋がなければ、喪服で
ないと考へるのは誤りであ
る。
葬列 葬列は近親者のみと
すること。列立者
もなるべく近親者
等小範囲に限るこ
と。都会では葬列の幾台もの
自動車を連ね、地方では多
数行列して歩く風習がある
が、これらは是非ともやめ
たい。
葬儀 葬儀の際、会葬者に
対する菓子包、切手等の配布
品を全廃すること。
花輪や香奠 花輪、生花、
放鳥その他供物等の寄贈は全
廃し、香奠も精神を主としな
るべく小額に止め、、香奠返し
や弔問者に対する礼状は廃止
すること。たゞ遺族に対する
経済上の援助といふ特別の意
味を含む場合の香奠は、この
限りでない。
法要 法要も葬儀に準じて
簡素を旨とし引物(ひきもの)ほなるべく
全廃すること。
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