善 隣 論


 日滑の戦役以来泰西の勢力は宛かも奔流怒涛の激するが如く滑々として
 東洋の地に向つて殺到し余輩をして持た不安の念に堪へざらしむ大の英
 と云ひ落と云ひ濁と云ひ或は悌と云ひ時ありて利害の衝突より互に相排
 漬することなきにあらずと錐も其極まる所は異人種間に於ける生存競争
 に終らざるを得ず随て我国が外交上一時の機宜に依り此等の諸国中何れ
 かと相提携し同一の目的に向つて行動を輿にするの横合は或は之あらん

 然れども此結局の港勢に至りては秀に免る1を▲得ぎる.へければ一周政蓼た
 る者之を以て前途の目標として一国家百年の長計を立づることは頻爽′も忘
 却すぺからず此鮎よりして同人種間に於ける囲結は此勢力を防過する唯
一の堤防たるを知るぺし是国人の夙に知悉する所にして犬の征清の役の
 如きも其目的の一部分は確に此事を包含したりしは余輩の尿はざる所な
 り而して挽近東洋の風雲は愈ミ此気運をして速かならしむるの必要を感
 ずるに至れり大の国家的思想の尤も薄弱なる清人すら伺之を覚知して今
 や漸く相近かんとするの傾向あるは国家の為め香な東洋の魚め相慶すぺ
 きの現象たり故に此際に虚して攻究すぺきの問題は如何にせば尤も善隣
 の道に通し此目的を達するを得ぺきかに在り
 今日国交を説く者皆利益を以て基礎とす然れども余輩を以て之を観るに
 未だ其宜しきを得たるものと云ふを得ず大小軽重の差ありと錐も交友の
 造に於て個人と国家と宣軒軽する所あらんや共闘繋を全うするもの唯至
 誠の二字に在りて存す而して至誠より生ずる結果は利益の最大なるもの
 たるは余輩の故に断言するを悍からざる所なり筍くも赤心を以て他の腹
 中に置く敵人と雄も伶且つ其情を和ぐぺし況んや彼より進んで相貌まん
 と欲する者に於てをや至誠の二字頗る漠然たるの感なきにあらずと錐ど
 も要するに我カの及ぶ限りに於て彼を誘導し補巽するに在り此精神を以
 て事を虞すれば縦令時に一二の錯誤あらしむるも之が為め破綻に至るの
 廃れなく結局凰満なる目的に到着すぺきは蓋し疑を容れざるなり
 以上は大膿に於ける国交の要訣に過ぎず然れども各種の場合に際し此心
 を以て心とせば之に威するの方針は之を案出する決して難きにあらざる
 を信ず例へば頃者彼より多く来る所の留畢生の如き我国民を教育すると
 同一の精神を以て之を待遇するは勿論異郷に在りて螢雪の努を積むもの
 なれば之れに封して大に掛酌する所あるべきなり然れども此事たる図家
 の名著と同時に利益となるぺきものなれば国民の同情と嘗局者の注意と
 は十分に好結果を奏すぺく此鮎に干しては多く憂ふるを要せず此際余輩
 が敢て官局者の注意を請はんと欲するは我国民の彼に在る者に対して監

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 祀を厳にするに在り従来我国民の牛開若くは未開の国に渡航するもの他
 の蒙抹なるに乗じ講詐を遣うし其結果は他の嫌厭を来たし延て彼我国交
 の上に妨晋を輿へたること往々にして之なきにあらず個人の権利自由は
 法律以外に之を制限する能はざるは勿論なりと錐も国家の利益は永遠に
 して個人の利益は一時に止る個人一時の利益は国家永遠の利益の為に一
 歩を譲らざるぺからず故に外国に於ける我国民にして不官の所為ある者
 は法律の範囲内に於ける程度に於て十分に之を取締るを要す大の領事は
 我国民を保護すると同時に我国民を取締るの義務ある者なり特に牛開園
 等に於ては其職樺も頗る廣汎なれば少しく注意を加ふれば其責を全うす
 る敢て難きにあらざるぺし特に清園の如き現今並に清爽我と大関係ある
 所に対しては此必要を感ずる更に一層なるを覚ゆるなり且又頃者漸く相
 接するの気運に向へる以上は行政寧奉其他百般の業務に封し国家より個
 人より我国民を招蒋することも漸を以て増加すべければ之れが人選の如
 き始に於て最も之を慎むを要す而して此等の人々が私心を去り一意以て
 彼の為に努力せば彼も亦之を西人の心術に此し来り彼我の親交は愈ミ其
 密を加へ双方の為め頗る良好なる結果を収むるを得ぺし是僅に一二の例
 のみ其他の場合と維も常に此心を以てし彼を利し併せて我を利するの策
 に依り永遠の好誼を維持せんことは余輩の切に展望する所なり
            (大正四年四月 博文館刊『天台造士著作集』所収)