所謂文明の本色如何


 文明の二字の杜曾に俸挿するや己に久し然れども文明の文明たる所以を
 了辟するもの世果して幾人かある余輩も亦敢て此文明の意義なるものを
 眞に了解したりと自負するにあらずと維も試みに余輩の見る所を陳述し

                   か
 て以て廉く江湖に問はんと欲するなり未の一時世間に流行して文明開化
                                       一て人ノ
 の徽候なりと稀せられし「ペンキ」塗の建築ハ必ずしも眞に文明の兆と
 稀すべからざるハ今日少しく活眼を有するもの1己に認識するところな
 らん鋳造汽船電信電話等の如き物質的設備ハ固より文明の利器たるに相
違なしと錐も強ちに之のみを以て文明の本色と解すぺからざるなり制度
文物等無儲上の設備の単に形式的にのみ完成したれバとて是亦文明の本
色とハ構すぺからざらん所謂文明なるものも其利用の益と濫用の弊とを
乗除するに於てハ眞の文明なる意味より之を論評して途に得る所の結果
 の必ずしも満足すぺからざる者あるを澄明せん欺
 此国家多事の日に普りて斯る平淡無味のことを説く甚だ邁切ならざるが
如しと雄も今後世界列国との交渉ハ益ミ頻繁に超くぺきに就き此文明の
                   がうり
 眞意に於て誤解するところあらバ或ハ憂患千里の差を生ずることなしと
 云ふぺからざるが故に余輩ハ此平凡なる問題を今日に提出するに蹄躇せ
                  やゝも
 ざるものなり余輩の見る所に接れバ動すれバ所謂文明の弊とも解すぺき
 もの1み先づ俸播して政令に流毒するの甚だしきものあるを如何せん人
                           なかんづく
間杜曾の辛頑を増進する固より文明の目的たるに相違なく就中衣食住の
 改良ハ其最も切寮なるものにして各人争ふて実の美を壷さんとするハ人
情の免れざるところなりとす然れども其之を得るに於て正常の方法手段
 に由るにあらざれバ遽に弊青の最も甚だしきものに陥るぺきハ是亦免れ
    すAノ
ざるの数なりとす今日の現況に徹するに臨著の風ハ己に此弊音として現
 出しつ1あれバ之を排除するの必要あるを認めざるを得ざるなり
                    し上べん
願ふに文明の趨勢ハ社合の事物を敏活に虞排するにあるハ何人も己に熟
知する所ならん此趨勢に乗じ得ぺきものハ所謂敏腕家なるものにして今
 日の牡曾英人に乏しからず余輩熱ミ政令の表面を観察するに此等の敏腕
       りくぞく
家なるものハ陸績輩出して政治杜合資業政令学者政令を問はず何れも縦
横無蓋に切り廻はしつ1あるを認むるなり皮相上の観察ハ賓に文明人な
 るものハ此等の人物を指すならんとまで思考せしむるの傾向なきにし袖
                                                          カ
 あらずと錐も余輩ハ未だ之に満足すること能はざるものあるなり若し夫

105

 の文明なるものが果して此の如く皮相上に於て美を蓋したるを以て足れ
 りとすぺきものならしめバ余輩又何をか言はんや余輩の私かに恐るゝと
 ころハ此皮相的の文明を粉飾せんが為にハ其裏面に於てハ文明の本色を
                                       はん
失ふ所の挙措に出づるもの1少からざるに在るなり而して之が流毒の本
 こん
根を断絶するにあらざれバ到底文明の眞相を見ること能はざるぺし
 此等の敏腕家なるものハ其衣食住の鮎に於ても自然文明を粉飾せんとし
         しやうよう おのづ
 随つて騎著の風を悠治して白から生活の度を高めたりとすれども其生産
                    もん付し hソAノこ▲フ
 的の労働に至りて之を所謂文明なる文字の流行以前に此して決して其度
 を加へたりと云ふぺからざるに似たり果して然らバ則ち得る所の少うし
 て費やす所の多き結果ハ如何との問題ハ起さゞらんと欲するも得ざるな
 り是に放て乎文明の利器を濫用して其私を挙っするの用に供し文明杜含
         みづ
 の敏腕家を以て白から任ずるが如きもの1輩出するも亦己むを得ざるな
                                たゞまへ
 り余輩ハ敢て文明の本色なるものを積極的に説明するを欲せず唯前に遽
 ぷる如き皮相的文明者流の流毒を防禦するハ今後我邦が世界に封する上
 に於て最も革新を要するの鮎なるべきを侶ずるものなり之を要するに単
 に敏活に事物を虞理するのみを以て文明の本色と為すぺからずして敏活
 の外に確貰の二字の相離るぺからざるものあるを知了せざるぺからざる
 なり
               (明治二十八年六月十三日「東京朝日新開」)