政社ありて政党なし

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今の世は政党なきなり、政党の名なきにあらす政党の実なきなり、今の
政党と称するものは政党にあらすして政社なり、何を以て之を言ふ。彼
れ政党と自称するもの皆な其の類を鳩合して一社を造り、之か名簿を製
し之か費用を徴し之か役員を定め、而して其の評議の決は衆員之を遵奉
するの義務あり、入るに手続あり脱するに亦た手続あり、其の団に加は
れは称して入党と曰ひ、視て以て軍門に降るの兵卒と為し、苟も之より
脱するときは則ち称して脱党と曰ひ、之を視ること叛逆の徒を視るか如
し、鳴呼是れ政社なり窮屈なる政社なり、焉んそ之を政党と為すことを
得んや。所謂る政党なるもの1眞面目は無形のものなり、一面の識なき
                            
 も言論を聞きて之に同し、牛言の約なきも拳動を見て相ひ合す、故に政
 党にハ名籍を記すなく費用を徹するなく、往くものは追はす来るものは
 拒ます、唯た議場に於て撰畢に於て言論に於て其の人員の多寡其の党勢
 の強弱を見るのみ。政社なるものは小なれは私某に傾き大なれは則ち国
 民の一致を破り、其の樋遽に一国民の中又更らに一国民を生するに至ら
                                                     
 んとす、其の社員たるものは必す社中の議決に従ふの義務あり、義合に
                                
 於て為すへきの言論は社中の定論に背くを得す、寧ろ囲利に反するも社
                               
 論集議に反する勿かれと言ふに至らん、政社の運動費は社員の負据たら
                                
 ざるを得す、寧ろ租税を納めざるも社費の傑出に後る〜勿れと言ふに至
  
 らん、是に於て政敵なるもの愈よ大にして国民の統一に愈よ害あり。
 政窯な椅者は則ち然らす、言論挙動宅も其の間に約束なし、故に党員た
                          
 る者ハ常に一国全般の利害を標準として自由に進退することを妨けす、
 共に入るも其を脱するも若し其の主意に於て坑しき所なくんば、更らに
 何の手績をも要せす、大の進退動止に社交上の批評を招き徳義上の約束



                                         
 を受くるが如きことあるへからさるなり。是の故に所謂る眞正の政薬に
                            
 封して世人ハ党の正員たると同時に国の良民たることを妨けす、要する
                                
 に政業は機関的国家と並立するに妨なしと錐も、政社なる者は其の規模
 の大なるほど国家撥制と衝突する愈よ甚し、何となれば政敵の囲に存す
                                           
 る其の邁度を超るときは忽ち変じて国民の分裂と為り、恰も地方的なら
       
 ざる封建割操の姿を現はすに至ればなり。
                                   
 今や我国には政敵ありて政党なし、所謂る政党は政真にあらすして皆な
                         
 政社なり、世人は政牡にあらされば政真にあらすと迄に誤解するもの1
                                     
 如し、世の政党員たるものは其の政社の大を以て柴暑の大と為し、而し
 て政敵愈々大にして己れの自由を牽束せらる1愈々多きを知らす。之を
                                 
 響ふるに、封建割接の時代に於て浪人が大藩に召抱へらる1を柴暑とす
    ▲U O O O 
 るか如きのみ、今の大政祀は昔時の大藩なり、大藩に奉仕する者は世間
     はゞ き
 に向つて幅を利かし、大政社に入る者は地方に向つて勢力あり、又何ぞ
                                  
 怪むに足らんや。然りと雄も政社ありて政窯なし凝饅の国結ありて液饅
                                
 の国結なし、約束の運動ありて自由の運動なし、是れ識者の常に党弊を
                                 
 憂へて窯員たるを厭ふ所以なり、世の英人たる者願くは今に於て改め意
                         
 を用ひ、吾輩をして清爽に知言の名を得せしむる勿れ。
                     (明治二十三年十月二日「日本」)