第五 改進論派

改進論派は真に泰西のリベラール論派を模擬するものなり、泰西に於て
リべラール論派と称する者は中等の生活を権利の根源とし個人自由を政
治の標準と為す、我か国の改進論派は実に之れに似たるものあり。夫れ
改進論派はリベラール論派なり、而して前に述べたる自由論派は泰西に
所謂るデモクラシツク論派に近し、デモクラシツク派の理想は人類平等
に在り、而して衆庶社会の権利を張り公同自由の政治を挙けんことを其
の主眼と為す。改進論派の以て自由論派と異なる所は実にリベラール派
とデモクラシツク派との差違に均しからん、是れ二論派の明白なる区画
にして夫の帝政論派との関係も亦た実に此に在り。
  (備考) 個人自由とは近来我か政論社会に行はるゝ文字なり、今ま改
  進論派を吟味するに当り端なく此文字を提出するが故に、爰に其の大
  要を説明せん。個人的自由とは一個人として其の固有能力を発達する
  の自由を指称す。例へば富豪は其の財産の力によりて自由に幸栄を増
  し、学者は其の知識の力によりて自由に地位を高め、貧且つ愚なるも
  のも亦た国家の干渉を頼ますして其の固有の能力に応する発達を為す
  が如き、之れを個人的自由即ちリベルテー、インヂヴヰヂユヱルとぞ
  名く。改進論派は之を政治の標準と為すが故に従て貴族の成立を是認
  し又た賎民の存在を常視す、即ち中等社会(ミツテルスタンド)は之れ
  を平均の度として其の標準と為す所に係る、而して此三種族の間に法
  律上の階級を固くせざるは実に優勝劣敗の天別に任じて個人的発達
  を自由にする所以なり。個人的自由に反対して世人が常に称造する
  家的自由
なる者あり、吾輩は国家的自由の何物たるを知る能はす、然
  れども泰西に於ては個人的自由に対するに公同的自由即ち平等一般に
  享受するの自由と云ふを以てせり、邦人の称する国家的自由は多分之
  を指称するならんか、公同的自由若くは国家的自由とは、今まの板垣
  伯が八九年前に明語せし如く、「自己の自由を枉けて公同の自由を伸
  はす
」との謂にして貧富智愚の差等に拘らす人民皆な平等に自由を享
  有することを指す、即ち板垣伯の所謂る「富且智なる者が貧且愚なる
  者を圧するの政
」は、個人的自由に於て尋常なるも、公同的自由
  家的自由
には反するの政なりとす。以上は二者の区別なるも読者は之
  を夫の世俗に所謂る個人主義国家主義の関係と混する勿れ、此対語
  は国家個人との関係を意味するに似たり、即ち干渉主義自治主義
  との異称と知るへし、尚ほ通俗に之を言へば政府と人民との関係にし
  て個人主義とは即ち人民自治の領分を拡めんとの謂なるへし。同じく
  自治主義なり、而して一は個人的自由に基きて制限選挙及ひ二局議院
  を主張し、一は公同的自由に基きて普通選挙及ひ一局議院を主張す、
  是れ改進論派と自由論派との差違なり。此の二論派と夫の帝政論派と
  は共に立憲政体即ち自由制度を主張して異同なかりき、而して二論派
  は個人主義即ち自治主義に傾きて帝政論派は国家主義即ち干渉主義に
  傾く、其の前者との差別は此にて明白なるへし、次に自由には又た
  文自由
即ち個人が社会に対する自由と政治自由即ち個人が国家に対す
  る自由との別あり、政治自由は憲法又は法律に因りて生じ、人文自由
  は行政に因りて定る、而して其の前者との関係を言へば人文自由は
  人主義
国家主義とに因りて消長し、政治自由とは個人的自由と公同
  的自由即ち俗に曰ふ国家的自由とに因りて伸縮すへきものなり。例を
  挙けて之を言へば法律を以て制限選挙を定め参政の自由(政治自由の
  一種)を制限するは個人能力の差別を認むるもの、即ち個人的自由
  勝利にして公同的自由の敗亡なり、即ち行政に於て工業の賃金を定め
  職人の自由(人文自由の一種)を保護するは国家主義即ち干渉主義の
  勝利にして個人主義即ち自治主義の敗亡なり、是に因りて之を見れば
  個人的自由とは差別上の自由にして国家的自由とは、平等上の自由
  別言すれば個人的自由の極度なり、又た国家主義とは政府の干渉を是
  認する主義にして個人主義とは之に反し人民の自治を主張する主義な
  り、世人は今日尚ほ未た此等の区別を明にせざるか如し、又た人文自
  由
とは社交上の自由にして政治自由とは国憲上の自由なり、而して夫
  の自由論決は此の二者を混同したるが如し。
改進論派は貧富智愚の差別を深く考量して制限選挙及ひ二局議院を主張
せり、此の点に於ては個人的自由の味方にして帝政論派と相近く自由論
とは甚た遠し。改進論派は政府の干渉を排斥して人民の自治を主張し
即ち個人主義の味方なり、此の点に於ては自由論派と甚た近くして帝政
論派
とは頗遠し。改進論派は貧富強弱の懸隔を放任して優勝劣敗を常視
し、政治自由の制限をば是認するも人文自由に係る干渉は痛く之を排斥
するが如し、此の点に於ては自由帝政の二論と相ひ離るゝや遠しと云ふ
へし。改進論派自由論派と共に主権在民の説を是認して帝政論派の主
権在君論に反対したり、然れども其の説は帝室及国会を一団と為して之
を主権所在の点と為し、英国の例を引て幾分か取捨を加へたるは自由論
と異同あり。改進論派帝政論派と共に秩序と進歩とを重んじて自由
論派
の急激的変革に反対したり、然れども内治の改良を主として国権の
拡張を後にしたるは帝政論派と大に異同あり。
改進論派は第一期の帝政論派たる国富論派より来ることは既に前章に述
べたるが如し、去れば夫の国権論派の一後胤たる自由論派と相隔絶する
ことは自然なりと謂ふへき歟。此の二論派は共に欧米の文物を取りて日
本の改良進歩を図るの論派なり、然れども自由論派は其の組先たる論派
と同しく主として政治上の進歩を希望し寧ろ理想上の希望を国家の体制
に抱く、両して改進論派は国富上の進歩を期し、社会経済の改良を先に
し、其方法として政体の改良を唱へ政府の干渉を排斥したるか如し。此
論派は英国のリベラール派に擬したるものにして内治外政何れも平和的
進歩を主眼と為す故に内治に付ては急激改革の害を論じて秩序的進歩
主張し、外政に付ては国権の拡張を後にして通商的交際を要務としたり、
蓋し破壊と戦乱とは経済世界に於て最も悪事とする所なればなり。
自由論派は其の論拠を常に義理の上に置き唯た人類を見て種族(クラツス)を見す、
而して改進論派は専ら便益を以て其の標準と為し社会に現存する自然の
種族をは皆な之を正当視したり、此の点に於ては改進論派は夫の自由論
派の理想主義に反対して一の現実論派なり。自由論派は啻に日本人民の
自由を希望するに止らす。此の自由の為には先つ国権を拡張し引きて東
洋全体に自由主義を及ほし遂に世界各国に政法を立てんと希望したるは
板垣氏の無上政法論に明かなり、而して改進論派は人智の劣等国力の微
弱を自信し成るべく国際関係を避け以て内治の進歩を主張し国権の消長
をば後にしたり、此点に於ては該論派は海外に対して一種の保守論派
りき、以上は其の自由論派と著しく相違せる大要にして第四期の政論界
に至り大に衝突を起せし所以なりと思はる。然りと雖も自由論派が権利
上の説を以て人民の旧思想を喚起したるが如く、改進論派は経済上の説
を以て人民の政治思想を養成したるや其の功大なりと云はざるへからす、
立憲政体の為め民間に施したる準備の功績は吾輩決して其の自由論派に
譲らざることを断言せん。且つ日本に於て発達したる政論派中当時に至
る迄未た此の論派より充備したるものはあらす、学理と実際とに照して
其説を立て而して首尾不同前後撞着の弊少かりしは、実に此の論派を然
りと為す、改進論派の吟味は此に止め、吾輩は是より夫の帝政論派なる
ものゝ大要を吟味せん。