勿れ勿れ勿れ
      行軍備境張問題に就いて》


 軍備蹟張軍備撰張とは昨今の日本に猫も杓子も髄廻の流行問題なり、人
 気問題なり、之を言ふ者は官世の急務に通する俊傑らしく、十九世紀の
 政事家らしく受取らる1ものに似たり、如何にも軍備撰張は普世急務の
一なるには相違なし、然れども是れ元と一箇の比較問題なり、之を言ふ
 者は国力との比較を忘る可からず、国勢との比較を忘る可からず、並に
 又世勢との比較を忘る可からず、此三者を乗該錯綜し、而る後ち其衷を
 取り、而る後ち其計を立て、而る後ち撲張始めて国運の横張を助けて、
 国家の目的に副ふを得ぺし、奈何せん今の横張論者は流行問題に面喰ひ
 首局者の為めに胡腕化され、人気問題に追従せんとす、其究極する所を
 漁想すれば、撰張功成りて国則ち枯れんも未だ知る可からざるなり。故
 に予は切に在野政事家に封し、

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       面喰ふ勿れ
と苦言せんと欲す。蓋し国家の施設中に在りて最も大装置を要し、最も
大費用を要するものは、軍備の右に出つるは無し、従て一凍張を加ふれ
ば立ところに萬千の味方を収捜するを得ぺく、一朝にして百萬乃至千萬
の費目を興起するを得ぺし、故に功名的野心家、投機的政事家が好機の
乗す可きのある毎に、何時も振錮す所の問題は軍備横張に非ざること無
し、而して国家は為めに往々過重過大の弊を受け、国則ち枯落に至る、
其状恰も所謂滴助の如く然り、一着すれば其頭大社は則ち壮なれども、
嬰脚の権衡頭と保たず、教歩のうち且つ前に傾倒せんとす、而るを況や
悠々千里の前程に上るをや、之を頭大不捧とや謂はん、今の伊太利王国
 の如きは則ち其的例には非ずや。
故に軍備横張なる一箇の大問題に逢着しなば、世勢国情果して幾何の蹟
張を要する歎を静察審考せんことを欲す、又之と同時に現在の軍備なる
ものは果して冗費杢耗の弊なき歎を同観省察せんことを欲す、若し尊く
同観省察し、而も眼光隠微に徹せば、現在の軍備なるもの1中に、新費
目を起さず、新横張を加へざる以前に、命ほ若干の麓革刷新して凍張の
貴を畢ぐ可きもの之なきを必せざれほなり。而して是等の同観省察たる
国家静苧の時に在りては、人心其苧を持するが故に、物の其心を乳らざ
るが故に、凡庸政事家の眼にも伶ほ玲琉として分明なるを見る。現に今
より三年前海軍損張問題の帝国議禽に提出せらる1や、議合は如何の意
見を以て之を迎へしか、常時政府の提灯を持ちたる少数煮を除くの外は、
新撰張固より必要なりと錐も、之より以前に現在軍備の産革刷新の急務
を認むと最も熱心に主張せしに非ずや、而して議曾の意見確然眞捷あり
 て排せんと欲して排す可からさりしは、終に内閣員中に三名の改革委員
 を撰定せられしに成るも亦知る可し。
 而る後ち現在の軍備に多少表面的の改革を僧行せられしも、昔年議合が
 切肇せし質際の改革なるものは、幾何の決行を賓験せし欺、何人と雄も
 鶉ど知らざる可し、而る後ち日滑の戦争あり、我軍一たぴ敵軍に克捷す
 れば、議員の大分は柏率ゐて自家の意見の咋非を唱へ、自今軍備撰張と
 しいへば、一に只命これ従はんとす、何ぞ其れ無定見の甚しきや、蓋し
 是れ面喰ひしなり、赫々の戦功に面喰ひしなり、若し彼れ滑々たる議員
 の輩にして静定工夫忙嘉試、平和気象怒中看、底の方寸ありて其静平な
 る同観省察を准績しなば、功は功なり、弊は弊なり、弊あるが為めに其
 功の温す可からざるが如く、功ありしが魚めに其弊の掩ふ可からざるを
 認めんなり、而して今や此眼光識力なし、其面喰ひしも亦甚しい哉。

        胡腕化さる1勿れ

 海陸軍備は国家の必要なり、勿論なり、軍備横張ほ今日の急務なり、亦
 勿論なり、必要なるが故に構造し又急務なるが故に主張する別に怪しむ
 に足るもの無きが如しと雄も、今の時は首局者の最も乗せんと欲するの
 機なるを見る、即ち此機に来して以て自家の手元に切込まる1こと無し
 に其目的を達せんとするの機なるを見る、是れ在野政事家の一考を要す
 可き所なり。
 蓋し今の時は遼東牛島を返却せしめられ、国民一慣に敵悔の気を激態せ
 るの時、我革新たに紡灼の功動を建て国民全饅に稀賛の言辞を絶たざる
 の時なり、而して在野政事家は為に面喰ひ、思慮分別未だ生せざるの時
 なり、是時に官りて軍備撰張といへば、一も二もなく之に富岡せん、且
 つ其れ自家の映鮎を知る者は自家に如くは無し彼の官局たる者は資に自
 家の映鮎を駄卸せり、若し彼れ在野政事家にして其購求を冷やし、共同
 観省思を喚起せしめん欺、横張問題は今日の如く言ひなり放題に翔翔す
 るを得ざるや疑なし、嘗局者の畑眼費に之を察す、故に盛意今日に主張
 し、一気に此業を呵成せんとせり、両して在野政事家は終に其胡麻化す
 所となることを暁らず。           .

        追従する勿れ
 且つ其れ権勢に温従し人気に温徹し、敢て之に支吾する無く、謂ふ所の
 人望家たらんと欲するは凡庸政事家の常態なり、今の時に官り軍備横張
 に従ふ者は暑められ、逆ふ者は嘲らる、滑々たる政事家者流が謹も理窟
 もなく壌張壌張と騒き錮る亦故なきに非ざるなり、然れども是等の徒輩
 も亦少しく願念す可し、君等をして一室二憂し一就一去せしむる大威力
 を有する人望なるもの1償値其れ幾何ぞや、近来彿園第一流の政事家と
 して知られたるジュール、フエーリーが言分を開かずや、其大意に謂ら
く「不人望なるものは政略に封し又政事家に封する一種の制裁力たるに
相違なし、即ち是れ公衆に由りて表示せられたる近世追放の一種ならん、
然れども此制裁力なるものは往々にして是非の標準を誤り、而も概ね一
時の事に過ぎず、故に卓立特見の政事家は決して彼が如き直々たる制裁
カに拘制せらる可きに非ずと、」流石はフエーリ\善く其償値を評定
 せりと謂ふ可し。
故に欧洲第一流の政事家は人望政治の杜合に立ちて、伶ほ其特見を主張
苦行するに碍躇せず、見よや濁逸銭宰相は無前の不人望を犯して攻国と
和を講し、以て異日濁逸勃興の業を成し、英国の虞翁は英蘭の不人望を
犯して愛蘭自治案を把持し、以て平生の自由主義を伸へんとし、不人望
の評備考たるフエーリー英人亦悌園の大不人望を干して東京征略を主張
して能く之を賓行し、身は為に内閲より退きたるも、俳園をして将来カ
を東洋に展はすの基を集めしめたるに非ずや。
今ま其れ凡庸の政事家に封し、卓立特見の政事家たれと望むは、三尺の
鬼童に求むるに、六尺の丈夫の業を以てするの嫌なきに非ずと錐も、其
身窄も政事家を以て杜合に立つ以上は痩せても枯れても政事家一匹なり、
多少の以て自ら期するもの無かる可からず、且つ其れ軍備撰張の如きは、
前日に於て昔て一たび逢着せし所の問題、雨滴其昔時に於ては最も切貰
の意見を餞擢せし所の問題なり、如今若し能く同覿省察し、而もはかな
き人望の為めに其心を乳らる1こ上無くば、再たぴ此問題に封し切資の
意見を額揺するに難からず、若し善く再たび之を餞経せんか、
 軍備の撲張は軍備の改良と汝び行はれて、両つながら全きを得ん、是
  に於てか我国の軍備は国力と国勢及世勢上の比較に於て、始めて邁官
  に按排せらるぺし。
 勿れ勿れ勿れ、一般の政事家、面喰ふこと勿れ、胡麻化さる1こと勿れ、
 抑々又追従すること勿れ。
         (明治二十入年七月二十日「日本人」∧第三次)第二競)