第二〇七号(昭一五・一〇・二)
  日独伊三国条約締結
  詔  書
  告  諭
  三国条約の要旨
  重大時局に直面して        内閣総理大臣  近衛 文麿
  詔書を拝して          松岡外務大臣謹話
  皇軍、仏印に進駐
  国土計画について        企 画 院
  女子未経験労働者初給賃金の基準決定 厚 生 省
  電気通信の話          逓 信 省
  行政裁判法施行五〇年に当って   行政裁判所
  米穀の配給統制について(下)    農 林 省
  体力管理法施行についての注意   厚 生 省

日独伊三国条約

 

    詔  書

大義(タイギ)ヲ八紘(ハツクワウ)ニ宣揚(センヤウ)シ坤輿(コンヨ)ヲ一宇(イチウ)タラシムルハ実ニ皇祖(クワウソ)皇宗(クワウソウ)ノ大訓(タイクン)ニシテ朕ガ夙夜(シユクヤ)眷々(ケンケン)(オ)カザル所ナリ而シテ今ヤ世局(セイキヨク)ハ其ノ騒乱(サウラン)底止(テイシ)スル所ヲ知ラズ人類ノ蒙(カウム)ルベキ禍患(クワクワン)亦将(マサ)ニ測(ハカ)ルベカラザルモノアラントス朕ハ禍乱(クワラン)ノ戡定(カンテイ)平和ノ克復(コクフク)ノ一日モ速(スミヤカ)ナランコトニ軫念(シンネン)極メテ切(セツ)ナリ乃チ政府ニ命ジテ帝国ト其ノ意図(イト)ヲ同ジクスル独伊両国トノ提携(テイケイ)協カ(ケフリヨク)ヲ議(ギ)セシメ茲(ココ)ニ三国間ニ於ケル条約(デウヤク)ノ成立ヲ見タルハ朕ノ深(フカ)ク懌(ヨロコ)ブ所ナリ
(オモ)フニ万邦(バンパウ)ヲシテ各々其ノ所ヲ得シメ兆民(テウミン)ヲシテ悉(コトゴト)ク其ノ堵(ト)ニ安ンゼシムルハ曠古(クワウコ)ノ大業(タイゲフ)ニシテ前途甚タ遼遠(レウエン)ナリ爾(ナンジ)臣民益々国体ノ観念ヲ明徴(メイチヨウ)ニシ深ク謀(ハカ)リ遠ク慮(オモンバカ)リ協心戮力(リクリヨク)非常ノ時局(ジキヨク)ヲ克服シ以テ天壌(テンジヤウ)無窮(ムキユウ)ノ皇運(クワウウン)ヲ扶翼(フヨク)セヨ

                        御 名 御 璽

                              昭和十五年九月二十七日

(詔書の振仮名は編集者に於て謹んで附したものである)

 


      告  諭

 日独伊三国条約ノ締結ニ当リ、畏クモ大詔ヲ渙發セラレ、帝国ノ嚮フ所ヲ明ニシ、国民ノ進ムベキ道ヲ示サセ給へリ。聖慮宏遠洵ニ恐懼感激ニ堪へザルナリ。
 恭シク惟フニ世界ノ平和ヲ保持シ、大東亜ノ安定ヲ確立スルハ、我ガ肇國ノ精神ニ淵源シ、正ニ不動ノ国是タリ。昨秋欧洲戦争ノ発生ヲ見、世界ノ騒乱益々拡大シ、底止スルトコロヲ知ラズ。是ニ於テカ速ニ禍乱ヲ戡定シ、平和克復ノ方途ヲ講ズルハ、現下喫緊ノ要務タリ。適々(たまたま)独伊両国ハ帝国卜志向ヲ同ジウスルモノアリ。因リテ帝国ハ之卜相提携シ、夫々大東亜及欧洲ノ地域ニ於テ新秩序ヲ建設シ、進ンデ世界平和ノ克復ニ協力センコトヲ期シ、今般三国間ニ条約ノ締結ヲ見ルニ至レリ。
 今ヤ帝国ハ愈々決意ヲ新ニシテ、大東亜ノ新秩序建設ニ邁進スルノ秋ナリ。然レドモ帝国ノ所信ヲ貫徹スルハ前途尚遼遠ニシテ、幾多ノ障碍ニ遭遇スルコトアルベキヲ覚悟セザルベカラズ。全国民ハ謹デ聖旨ヲ奉体シ、非常時局ノ克服ノ為益々國體ノ観念ヲ明徴ニシ、協心戮力如何ナル難関ヲモ突破シ、以テ聖慮ヲ安ンジ奉ランコトヲ期セザルベカラズ。是レ本大臣ノ全国民ニ望ム所ナリ。
   昭和十五年九月二十七日
                   内閣総理大臣 公爵    近 衛 文 麿



 三国条約の要旨


 歴史的な日独伊三国条約は、昭和十五年九月二十七日ベルリンに於て締結された。条約の要旨は左の通りである。


 日本国、独逸国及伊太利国間三国条約要旨

 大日本帝国政府、独逸国政府及び伊太利国政府は萬邦をして各々其の所を得しむるを以て恒久平和の先決要件なりと認めたるに依り、大東亜及び欧洲の地域に於て各々其の地域に於ける当該民族の共存共栄の実を挙ぐるに足るべき新秩序を建設し、且つ之を維持せんことを根本義と為し、右地域に於て此の趣旨に拠れる努力につき相互に提携し且つ協力することに決意せり。而して三国政府は、更に世界到る所に於て同様の努力を為さんとする諸国に対し、協力を吝(をし)まざるものにして、斯くして世界平和に対する三国終局の抱負を実現せんことを欲す。依つて日本国政府、独逸国政府及び伊太利国政府は左の通協定せり。


   第 一 条

日本国は独逸国及伊太利国の欧洲に於ける新秩序建設に関し指導的地位を認め且之を尊重す


   第 二 条

独逸国及伊太利国は日本国の大東亜に於ける新秩序建設に関し指導的地位を認め且之を尊重す


   第 三 条

日本国、独逸国及伊太利国は前記の方針に基く努力に付相互に協カすべきことを約す更に三締約国中何れかの一国が現に欧洲戦争又は日支紛争に参入し居らざる一国に依て攻撃せられたるときは三国は有らゆる政治的、経済的及軍事的方法に依り相互に援助すべきことを約す


   第 四 条

本条約実施の為各日本国政府、独逸国政府及伊太利国政府に依り任命せらるべき委員より成る混合専門委員会は遅滞なく開催せらるべきものとす


   第 五 条

日本国、独逸国及伊太利国は前記諸条項が三締約国の各とソヴィエト聯邦との間に現存する政治的状態に何等の影響をも及ぼさざるものなることを確認す


   第 六 条

本条約は署名と同時に実施せらるべく、実施の日より十年間有効とす
右期間満了前適当なる時期に於て締約国中の一国の要求に基き締約国は本条約の更新に関し協議すべし

 

 重大時局に直面して

      
内閣総理大臣 公爵 近衛文麿

 今回政府は世界歴史の一大転換期に際し、畏くも 天皇陛下の宏大無辺なる聖旨を仰ぎ奉り、ドイツ及びイタリアと三国条約を締結し、世界恒久の平和と進歩とのため、協力邁進するに決したのであります。この秋に当り、不肖内閣総理大臣の要職を辱(かたじけな)うし、顧みて責任の極めて重大なるを痛感し、こゝに全国民諸君に向つて、率直に時局の真相を語り、諸君の一大発奮に愬へたいと思ふのであります。
 顧みれば支那事変勃発以来既に三星霜、叡聖文武なる陛下の稜威(みいつ)の下(もと)、忠勇義烈なる陸海将兵の奮闘により、実に空前の戦果を収め得たのであります。しかしながら此の間、東亜を繞る関係列国の動きは、ますます事変の性質を複雑にし、その解決を困難ならしめてをるのであります。究極するに日支の紛争は、世界旧体制の重圧の下に起れる東亜の変態的内乱であつて、これが解決は世界旧秩序の根柢に横たはる矛盾に、一大斧鉞(ふゑつ)を加ふることによつてのみ達成せられるのであります。乃ち日本は眼前の支那事変を解決すると同時に、全世界の紀元を更新すべき絶大の偉業に参劃し、その重要なる役割を分担せねばならなくなつたのであります。
 活眼を開いて東亜と欧洲の現状を見れば、日独伊三国は、実に、各々その持場に於て旧秩序打開のために共通の努力を続けつゝあるのであります。即ちドイツ及びイタリアは欧洲に於て新秩序を建設せんとして居るのであり、日本は大東亜の地域に於てアジア本来の姿に基づく新秩序の建設を期しつゝあるのであります。
 そもそも世界歴史の現段階に於て、直ちに世界を一単位とする組織の完成を期待することは出来ないのでありまして、世界の諸民族が数個の共存共栄圏を形成することは、必然の勢ひであります。而して日本が東亜に於て、ドイツ、イタリアが欧洲に於て、この共存共栄圏を指導すべき立場に立つことは、歴史上より見るも、地理上より見るも、経済上より見るも、これまた必然の勢ひである。私はかゝる必然の傾向を阻まんとする処に、欧洲に於ては第二次大戦の勃発を見、東亜に於ては準戦時的国際関係の緊張を示すに至つたものと思ふのであります。果して然らば、日本が独伊に協力し独伊が日本に協カし、三国相寄り相扶けて、場合によつては軍事同盟の威カをも発揮せんとするに至れる、これまた必然の勢ひであります。かく観じ来れば、われわれは今や有史以来の一大国難に直面したと云ふべきである。われわれはこの際、一大決心を以てこの国難の中に突入し、断乎として之を突破するの覚悟がなければならないのであります。
 今や日本は、既に過去三年有余に亙る支那事変により、幾多忠勇なる将兵を犠牲にし、且つまた多大の国帑と経済力とを消耗したのであります。然れども非常時日本は、一面に於てこの戦時の一大消耗を賄ひつゝ、猶ほ生産力の拡大と軍備の充資とに全力を注がねばなりませぬ。これがため消費財の生産は大に制限せられ、一般国民生活も著るしく抑圧を蒙るに至つて居るのであります。しかも全国民諸君が此の実状に直面して克くその困難に耐へ、相携へて元気を振ひ起しつゝあることに対して、私は衷心より敬意を表するものであります。政府はかくの如き日本の社会情勢を検討し、更に緊迫せる国際関係と照し合せてこれを考ふるとき、この三国条約を締結することは、経済的にも、軍事的にも、この時艱を克服し得る最善の方策なりとの確信に到達したのであります。
 われわれはかくの如き重大時局にのぞみ、肇國の精神に基づき、万民翼賛の挙国新体制を確立せんがため努力を致して居ります。この新体制に生命を与へ、その精神を躍動せしむるものは、非常時国策の実践であります。畢竟、新体制は机上の構想によりて決せず、難局打開の行動課程に於て発育し大成すべきものであります。今や日本の前途には民族の運命を賭すべき重大問題が横たはつて居る、しかもわれわれは積極的に邁進して、光明の一路を踏み開かんとするものであります。ここに於てか、千辛万苦は固(もと)より覚悟の前である。実にわが国は今や一億一心、否一億が真に一心となつても、猶ほ足らざる環境に置かれてゐるのであります。
 凡そ一国が泰平無事の際には各方面自(おのづか)ら放漫に流るるを免れないのであります。しかしながら一たび国難来らんとするに当りては、何はさて措いても、全国民が結束して眼前の難関を突破せねばならず、そこに分派対立の余裕も、自由討論の余地もなく、一身の生活と享楽は同胞のために、個人の栄誉と利益は君国のために、安んじて犠牲に供されねばならぬのであります。非常の場合に直面して、恐れず、疑はず、奉公の誠を致すは、実に日本国民の真の姿であり、同時に、全国民をして各々その処を得しめ、その全精神を傾け、その全能率を発揮して、国事に尽さしむるは、実に非常時内閣の責任である。新体制は実に上意を下達して国民を誘導し、下情を上通して君民一体の政治を完成せんとするものであります。乃ちその処を得しむるは政治の任、その誠を致すは臣子の分、かくの如くにして始めて義は君臣にしで情は父子たる我が國體の精華を発揮し得べく、新体制の理想も亦是に尽きるのであります。
 政府は聖旨を奉体し、外に万全の外交方策と、内に万民翼賛の体制とを確立し、以て積極的国難打開の途に乗り出したのである。政治は国民に対しては真実を語り、その犠牲と奉公とを期待するとともに、政府もまた奮励努力、全国民に対し最低の生活と最大の名誉とを保証せんとするものであります。日本国家は非常時に際し、一人の暖衣飽食を許さず、また一人と雖も飢ゑに悩む者あらしめず、億兆その志を一にし、そのカを協(あは)せて、海外萬里の波濤を開拓せねばなりませぬ。切に諸君の発奮を望む次第であります。
(九月二十八日夜放送)


 詔書を拝して
         松岡外務大臣謹話


 日、独、伊三国条約の締結に当り、畏くも本日優渥なる詔書を渙發せられましたことは、誠に恐れ多い限りであります。又我等臣民の嚮ふべき所は内閣総理大臣告諭を以てはつきりと示されたのでありますが、大御心を体し、時局を突破するため、出来るだけ努力致さねばなりませぬ。わが国は今や空前とも云ふべき程の困難な局面に立つてをりまして、この際の我が国の出方は実に皇國の興廃に係はる極めて重大な問題であります。政府はその責任の重く且つ大きいことを切に感じてをりまして、万間違ひのないやうに心がけてゐるのであります。
 わが国の対外政策は支那事変の処理に邁進し、大東亜共栄圏の建設に精進しつゝ、やがて世界全体の真の平和を作らうとするものであります。わが国の此の本当の心持はまだまだ世界にはよくは認められてをりませぬ。或ひは昔のまゝの国と国との間の秩序をそのまゝ持ち続けて行くととが平和であると誤認し、或ひはこれを変更することは已むを得ないと考へてをりましても、なほ多分に現状に恋々としてゐる国があるやうな実状であります。
 従つて、列国の中には、日本が大東亜に於て新らしい秩序を作ることを直接間接に妨碍しようと企て、甚だしきに至つては、あらゆる方法で、真の世界平和を確立することを以てわが国開闢以来の大使命とする皇國の進路を妨げんとする国のありますことは、誠に遺憾に堪へない次第であります。わが国の政府は従来かやうなる事態を改善しようとして、出来得る限り努力して来たのでありますが、依然事態はなかなか改善せられさうにも見えないのみならず、寧ろ一面には、悪化さへしつゝあると想はれる節があるのであります。今や皇国は唯世界形勢の推移のまゝに、何時までもふらふらしてゐることの出来ない巌頭に遂に立たされるところまで、事態は押詰つて来たのであります。
 この秋に当つて我が国の執るべき途はたゞ一つしかありません。即ち、内、速かに国防国家完成の新体制を確立し、一億一心、堅い決意をなし、外、わが国とほゞ同じ方針と心がけとを持つてゐるドイツ、イタリアの二国と結び、更に進んで世界到る処で、わが国と一緒にやつて行ける他の諸国とも提携し、断乎所信に邁進すると同時に、これを妨げようとする国をして目を覚まさせ、世界新秩序建設といふ、大和民族終局の目的達成を期することであります。
 そこで先般来、独伊両国と折衝致しました結果、先程発表致しました日、独、伊同盟に関する条約の成立を見るに至つた次第であります。
 かやうにして此の歴史的な三国の同盟関係が出来上りましたことは、叡聖文武に渡らせ給ふ 天皇陛下の御英断に依ることでありまして、誠に恐れ多い次第であります。又対手(あひて)国であるドイツ、イタリアの卓越した指導者ヒトラー総統とムソリーニ氏の明断にも負ふ所が多いのであります。殊にドイツのフォン・リッベントロップ外務大臣は、就任当時から、日独両国提携のため熱心に尽力せられ、またイタリアの外務大臣チアノ伯は、嘗て東亜に在勤された経験もあり、わが国の東亜に於ける地位については、夙(つと)に正しい認識と持つてをられ、日伊親善のために、不断努力されたのであります。この条約の成立について、この二人の外務大臣の努力が与つて力の有りましたことは、今更申すまでもありません。
 この条約は我が国と独伊両国とが、それぞれ大東亜とヨーロッパとで現に努力して居りますところの、新秩序と作るためにカと合はせ、三国のいづれかが、欧州戦争又は支那事変に仲間入りをしてゐない国から攻撃を受けました場合、この三国は政治上、軍事上及び経済上のあらゆる手段で御互ひに助け合ふことに成つてをります。従つて此の条約が出来たからと言つて、わが国は現在の欧州戦争に参加するのではありません。
 又いづれの国に対してもわが方より戦争を挑まうとするものでもありません。又この条約は日、独、伊三国とソヴィエト聯邦との間の事には少しも影響を及ぼすものではありませぬ。
 なほ本条約に於ては、大東亜の新秩序を造り出すことにつきまして、ドイツとイタリアは、日本の指導的地位、即ち平たく言へば、先達とでも申しませうか、これを認め、また欧州に於て独伊両国が、現に国を賭してまで闘つてとりますところの新秩序建設につき、日本は独伊両国の指導的地位を認め、そして日、独、伊三国が、お互に力を合はせ、あくまで助け合つて行かうといふことと定めたのであります。
 この条約の出来ましたことによつて、一面独伊二大国をわが強い与国(よこく)に持つことが出来たのでありますが、他面大東亜の指導者、即ち先達としての、わが国の責任はいよいよ重きを加へたのであります。政府はあくまで平和な手段で以てこの責任を果す積りでありますが、時と場合に依つては真に重大な覚悟を必要とすることが無いとは限りませぬ。前途には幾多の障碍と困難とが横たはつてをりまして、並大抵のことではこれを乗切ることは難かしいといふことを篤と承知し、充分に内外の情勢を考へ、官民一体となつて一切の苦難と犠牲とを忍び、いよいよ奮励努力して大御心に副ひ奉ることを期すべきであります。
 われわれ国民に有難い詔書を下し置かれました。この機会を持ちまして、こゝに謹んで、この条約の成立したといふことと併せてその意義につき聊か私の考へを申述べて、この際の御挨拶に代へる次第であります。