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 嶺雲揺曳

  序


われ初め嶺雲と相識らず、七八年前、同郷の学生数十人と共に、大久
保あたりに散策しけるが、中に白皙秀眉の少年あり。われと語りて文
学の事に及びけるに、滔々として尽きず、古今の大家を是非して、議
論風生ず。われいたく喜び、他の郷友を閑却して、独りこの少年と共
に高丘の上に芳草をしきて坐し、眼下一面の躑躅を俯瞰しつゝ共に文
学を談じたりしが、何ぞ知らむ、これこの少年は後日文壇に盛名を馳
するに至れる嶺雲ならむとは。
青年文に拠りて、文壇の一方に雄視せしころは、これ嶺雲の全盛時代
なりき。強弩の余勢を江湖文学にとどめしよりこの方は、嶺雲筆を執
ること稀なり。たまたま筆を執るも、復た当年の活気と精釆となし。
鳴呼嶺雲が文学者としての生活は、已に終を告げたる乎。
**は**の才子也。而して粗豪の気を負ふ。枯坐して書を読むに堪
へず、又頤を支へて塞獲の鳴をなすに堪へず、起つて世に動かむと
                      き も
 するも、志大にしてオ疎に、困頓し、蛙贋し、事、心と達ひ、一事
      いたづ    し せ’
 成るなく、徒らに世人に噴笑せらる。嶺雲の年生も亦憐れむぺきか
 な。
 嶺雲もと縛を喜びしに非ずや。老茫の書を愛護せしに非ずや。然るに
 自から通する所をすて1浮世の功業の途に彷捜するは何事ぞ。思ふに■
                  かんか らノーはく
 少年の客気なほ未だ失せざる乎。撼村落塊の間に、宅も素志を失はず一
 われ其意気を壮とす。唯巌みて共通する所を知れ。雨して文筆の為に
   ぴ
 一腎の力を揮へ。咋、嶺雲常州の山より出で来りたるに明日われ出で
                  そうi      くわんご
 ゝ、雲州の山中に入らむとす。行李勿々、手を握つて歎嗜するの退な
      せいぎラ                                    たゞ
 く、青邦が「暫時握手又分子、暮雨南陵水寺鐘」の感も膏ならず。一
 恵の春雨、その膏作に封して、覚えず涙敢行下る。われその何の放た
 るを知らず。嶺雲の文は、己に世評あり。親友たる我にして、今更に
  ど ▲
 吸々の言を費さんや。
  明治升二年三月下浣、梅乗る書窓の下に、
                    桂盤月下漁郎


   序

        こく
 歌はんか笑さんか笑するは其命の窮にして達せざるを以てなり歌ふは
     さくく
 文名噴々として世之を俸ふるを以てなり然れども直々文章を以て名を
 後世に俸へんとするが如きは吾徒の素志に非らず男鬼四十未だ事の成
                                            上はひじ りつ
 すあらずんば則ち己む思ふに嶺雲余と輿に齢而立に達す其不惑に至る
                           ナベか つと
 は猶十歳の隔つものあり十歳の問短しとせず吾徒は須らく力めて此間
 に於て其素志を貫かざるぺからざるなり然らば則ち未だ以て歌ふぺか
 らず未だ以て笑すぺからず若し夫れ嶺雲の此集を讃で彼を歌ひ彼を突

01

                 もと
 するが如きあらば是れ固より書徒の志に非ざるのみならず又箕に嶺裏
  の期する所に非ざるぺし
   明治己亥歳春日
                   笹川臨風識



   ヒ アテ   フ  ’     カ ス
  酵来意気掃二千軍叫 天下誰戌血性文。
        セテ メ        ■ イチ ム
  辣馬夜馳第二北雪戟@大旗暁捲極二南雲叫
      ミチ ’ シク ツ ’    ヂチ ’ ダ テ ヲ
  魯達踏レ海杢存レ志。安石出レ山未レ樹レ動。
    スレバ               l
  回首有年象国事。張三李四一紛々。
                   辱知 幸徳秋水




         フ     ■
  ハ 間二嶺雲兄一ハ   シ
  昔者武愚耳 今者文弱多
                   シテ
  武愚輿二文弱】 優劣果如何
                  辱知 佐藤秋薮



  自 序

 れい,んし すうき          こ1ろぎし
 嶺雲子命数奇、齢三十、未だ功を成さず、志四方、未だ家を成さず。
           たのむ と ぎよ           いへ         けいりん いたづら かいしん
 牛世の苦寧、頼に養魚の書を蝕せずと錐ども、一代の経給、徒に海蜃の
            モ しっ       せいわう
 菊を吐くのみ。志大に才疎、宏を鼓して茎しく帝王の門に立ち、眼高に
        な こんざん  こく らんほう     けんきふ
 手低、珠を懐いて猶ほ鳥山の下に突す。楯放俗に耐へず、椙急多く世と


     セ   つね けんぎ  あ            まんと      うつぱつ
遽ふ。慮る所毎に喩職、遇ふ所常に不平、其滴牡の牢騒と鬱勃と之を墨
 モゝ              の
に渥ぎ、之を筆に駆り、下して字となり、抒べて文となる、其言や危、
其警憤0境に濁れ、物に鱗れ、激すれY即ち壊す、討と毒の憾を軒
るのみ、何ぞ千載に知を待つといはん、而かも言々心血を渥み(摩ぎ)、
                           しやうほう おは
語々獅肝巧吐「、敢て名山に赦するを欲せざる鴨、亦醤藷を覆ふに忍び
                     あつ
ず。乃ち焚く普くして焚かざるの稲を衷めて、梨に災す。必ず世俗に講
                        じんかん ぢんあい
まれんことを望まず、讃まれずんば、則ち之を人間の塵挨に拍はんょり
     くわいめい   も       ほな
 は、急雨迅雷晦冥の夕、此を勝つて仰いで大杢に郵ち、之を霹靂の天火
  や▲亡つく
 に焚壷さんのみ。




        上人ノ 】そく
   人才の垂塞

               へい
 徳川幕府封建の制度は門閥の弊を養成して、上下人為の分厳に、格卑き
 ものは才あるも用ゐられず、椅貴きものは才なきも要路を占むるを得、
  と ぜつ  ょぅモく        しか
 登門杜絶、人才壷塞せらるゝもの三百年。而して其の弊の極まるや壊し
                                  ヤから
 て維新の革命となる。維新の革命は箕に多く彼の士以下下層の不平の輩
                  きラろ 女  れき   き そく
 によりてなされたり。彼等利器を懐いて草直に慮り、摩に伏して駿足を
   あた       まんかう   ぐわいはくとつ
伸ばす能はざるの徒、凋絢爛睦の不平、外舶突として来り幕府の紀網弛
      あらは                              っひ
 廃の痕見れたるに乗じて辻りて、尊王扶夷の説となり終に倒幕復古の大
               もと     いへど
 業を成しぬ。幕府覆亡の原因固より諸多と雄も、人才の喪塞亦英一大原
 因たらずんばあらず。
 幕府倒れ、王政建つ。維新の革命なつて封建門閥の制打破せられ、世襲
                           みち
 の風塵せられ、材によつて人を用ひ、人材登用の途開け英俊競ひ進む、
       ひんぴん
 明治初政の彬−咋たる人材を以て満たされたる資に所以あり英。
 維新革命来、立に三十年、世はまた人材の壷塞を見んとす。尊卑の門閥
 は既に維新の革命に破れたりと錐ども、今日また嘗新を別つの一新門閥
            ふさ
 をみる。蕾進の者前に塞がつて、新進のもの進む能はず。進む能はざる
                              こゝにおいてか
 の新進は益々多ふして、前に塞がるの蕾進は動かざること依然。於是乎
              あひ(ともな)     がくちゆう
 新進の進む能はざるものは、相背いて失意の整中に陥らんとす。新進
                          べんねい
 にして稀れに進むを得るものあらしむるも、これ皆便便利口の徒のみ、
 けんかいけいかく      たま           こく       けだ
 梢介圭角の人の如き、璧を抱いて零しく不遇に突するあるのみ。蓋し今
 の世は巧利の世なり、器械的の世なり、唯物の世なり。今の世の風は大
才を容るト能はず、今の世は則ち俗物の世なり、俗才子の世なり。膏進
 既に途を杜ぐ、新進にして稀れに進むものあるも、囲滑軽薄の俗才子、
     あら        へん・へん
 小利口に非ざれば則ち得ず。節々たる俗才子を除いては、大才と維ども
 つひ                    へつら
 終に英才を奮ふに所なし、大才は時に媚び世に讃ふものに非ず、刀筆の
                つひ
 吏たるは小才の事のみ。今の世路に大才を容る1地なし。
              h′ じ             は
 小才はよく鼠を捕ふるの鯉見たるのみ。大才は深山に蝉ゆるの虎の如き
 か        せふふく    上
 乎、一筆よく古獣を怖伏す。今の世襲鬼の能にして馴らし易きを知つて
              お                いほゆる
 虎の威にして致し難きを措く。小能を見、小枝にとる、所謂巧利の世な
 るもの此の如きのみ。
                 ひ止り た
 猫をして怒らしむるも牙を露はし崇を竪つるのみ。虎を野に放つは天下
  し けん   いうゐ        かんか ちんりん
 の至瞼なり。有為の大才を抱いて撼何に沈冷する、これ虎の野にあるな
   おそ
 り、長るぺきものは失意の大才なり。彼等意を嘗世に失ひ、望を普世に
                              しか
 絶つ。絶望は人を暴にするなり、自ら英才あるを知り、而して自ら其才
              ゆゑ ん              か べか
 あつて而して用ゐられざる所以を知り、両して自ら望の今に繋く可らざ
              むし
 るを知るに至らば、彼等寧ろ何事をか為さざらんや。愚者の暴は慣を酒
   や  ・丁なは                もら
 色に退りて則ちやまんのみ、才あるもの憤りを洩さんとす、非常の事と
 維もまた為さざるを保する能はず。
 維新の革命は賓に幾多不平の徒の手によつて成されぬ、家もなく位もな
  −し
 く而かも才ある幾多浪士の経営に成りぬ、今日の弊にして極主らば、今
        あ   わうじつ              へい
 の天下失意の才宣にまた往日の歴史を再びせざらんや。物平を得ざれば
 則ち激す、革命なるものは、不平の内に激して之を外に蜃するの嗜孔な
り・維新の革命は幕末失意の士の不平の那鮮のみ0革命の潅焔は一度耕
弊を焼き蓋gて、暫く人材の鈎衡接待たり、碩弊再びす、今日の弊何を
           あ ゝ
以てか之を壊はん、鳴呼何を以て乎之を鳩悩ん。  重く
沈滞は腐敗を生ず、波瀾は活動を輿ふ。鳴呼今の世、人才整塞するもの
は、杜合に活動なければなり。内閣は依然たる元勲の内閣なり、改進薫
は依然として大隈を戴けるなり、自由業は依然として板垣を戴けるなり、
 けんい,               りやうしう                     ふきおこ
硯友祀は依然として紅葉を領袖とするなり。今の時一大旋風を吹超し、
      ま▲き           しんた1ノ
一大波瀾を捲超し、今の杜合を一大震蕩せずんば、天下は遽に失意不平
 の徒を以て満たされん。旋風よ来れ、波瀾よ来れ。汝とともにあらゆる
腐敗を吹き去れ、汝とともにあらゆる沈滞を捲き去れ。
       こ そく        こうし上
三十年の泰平は姑息の風を養ひなし、苛且の俗を養ひなせり。人にロあ
                       しやうし上く    せきしん                いへ
 つて手なく、梓あつて勇なく、粧飾あつて赤心なし。失意不平の徒と錐
                  すこ      わづか
ども、また往日幕末浪士の熱誠と熱意托ある頗ぶる疑ふぺし。偉に五斗
               ‡                ふつぜん ほ
米を得れば則ち腰を屈するを肝ぢず、喀はすに利を以てすれば排贅を塊
     て5            や
ぢず。昨日朝を攻めしの筆を以て今日は野を撃ち、吏を罵りしの口を以
            −J
て今日は上官に媚ぷ。天下不平の徒また小不平あるのみ、食を得ざるに
不平し、職を得ざるに不平し、官を得ざるに不平し、願を得ざるに不平
す。其不平や小なり、故に反覆表裏を常にせず、此の如きの徒不平あり
と雄ども、失意たりと錐ども、以て眞に事をなすに足らざるなり。幕末
 の士は、死を決して天下後世の為めに、門閥の積弊を破らん上せり、一
身の柴達は寧ろ彼等が企圏せし所に非ず、彼等英一身を犠牲として一大
            いはゆる      また
目的に殉ぜしのみ。今の所謂失意不平の徒亦よく此大決心を有し、大男
束を有するや香や。既に一身の為に不平す、何ぞ一身を捨つるの勇あら
 んや。
     こ一フこん      てい
鳴呼天下後昆のために身を挺し、命を捨て〜、今日の積弊を一洗せんと
             ▲あ ゝ
するものは誰れか洩る、鳴呼今の世に旋風を吹起し、波瀾を捲起するも
    つひ
 の天下終に人なき歎。而かも今の世旋風なかるべからず、波瀾なかるぺ
                            あゝ
からず。鳴呼々々誰れにか待たん、誰れにか待たん、噴。(二十九年九月稿)

02

   偉人出でよ

                        この   い か ん
 融合は腐敗し、人心は倦怠す、偉人出でずんば此沈滞を如何せん。・
                  こゝ          へい
 明治維新、一たぴ西欧の凰を採つてょり滋に三十年、物質的文明の弊今
                              く▲わえう
 日に至つて極まる夫、所謂物質的文明なるものは、外を華擢にして内を
               さんらん
 闇黒にするものなり、電燈燦爛月光を奪ふて盛装花の如き満都の士女を
           こんだくあひともな                             ろう
照せども、道義潤濁相背ひて人は獣畜におもむく、世を挙げて智巧を弄
                 かつがう    す
し、茸利に瞥す。賓利に驚す、黄金に渇仰して人道を棄つ、智巧を弄す、
 けん書    かんせい         いんぴ
樺詐を重しとして陥臍を忌まず、軽桃、風を池d淫靡、俗をなす、廷臣
   すさ はうたう    せいえつひるき
は色に荒み、朋糞節を費る、請謁董雅払恥、賄賂公行す、人、利に非ざ
             ぇ                                しんし
 れば動かず、利を獲んが薦めには、相欺いて怪しまず、今の世、眞撃な
         たゞ
く、熱誠なし、唯黄金あるのみ、唯樺詐あるのみ、浮薄、淫靡、樺詐、
偽善、巧利、今の杜禽はあらゆる悪徳を有し、今の人Y洩らゆる悪徳を
                       は・フか t カ
行ふ、杜禽の風紀此の如くにしてやまずんば我邦家を如何ん。
 これ        しヤうたんぐわしん
之を政界に混ずや、誰れか昔脂臥所といふ、好色宰相痴態依然、何の為
                ひ ゞ や  かうろうぎ ▲ るゐi
めにか租を苛にし、税を倍せる、日比野原頭宏横薮々。累々たる三百の
 とうろ       その
頑厳黄金の為めに皆其舌を二にす、自由業の腐敗はもといふに足らず、
                    いほゆる
彼の進歩薫と構するものも、念頭何ぞ所謂園利民頑あらん、夢は大臣の
     がうき かんわう み      かうがい
桑華に迷ふ、剛毅敢往死を硯る辟するが如gい條慨悲壮異に園を以て憂
                れょノ〈        √ し
とし、民を以て憂となすもの、蓼々として暁星にだも若かず。
       しゅん〈       がんこう
之を文界に見ずや、露完る小筆者、小文士いづZ孔豆の如く欝狐琴
                                     止りん
作家に大理想なく、評家に大見識なし、軽桃自ら喜び、皮相自得す、術
 しき     せんさく あひまか
識を以て相誇り、穿整に相罷る、創見なく、鑑識なし、多情多感、深刻
沈痛、眞に熱血あり狂熱あるの天才者一人なし0
                       しヤうじん      ぎ上
之を宗教界に見ずや、法を説くの口は利をいひ、精進の身にして色を漁
    さかん  ほびこ
す、異端蛾に淫雨滴る、今日また堅賓の信仰を有し、堅固の道徳を有す
 g卜塙偲を見ず。
 要之するに、今の時世は智巧の世なり、樺許の世なり、皮相の世なり、
                              h′くてょノ     あ
 浮薄の世なり、軽桃の世なり、偽善の世なり、小人物陸跳の世なり、鳴
                 たいらん き たう
 呼今の時大人物出でずんば誰れか頚瀾を眈倒に回さん。
        しんし         りんり
 所謂大人物とは、眞撃至誠の人をいふなり、淋満たる熱血と熱情とを有
 し、溢るゝが如き同情を有し、彗一口者的の透徴なる眼光を有し、宗教者
     し じっ                       たくぜん    き よ はうへん
 的の撃賓なる熱意々有するの人をいふなり、卓然として毀審褒舷を願み
    きつぜん
 ず、吃然として貧富貴購の外に立つの人をいふなり、鳴呼物質的の文明
     こぞ
 は世を畢つて巧利の人となし、智巧の人となせり、此種の人物、之を天
       ぅ べか
 下に求めて得可らず、今の世に憂ふる所は、賽に此種の偉人を妖きたる
 にあり。世運を一拝するは偉人の大手腕を要す、鳴呼今日社合の沈滞、
                べか                               これ
一たび之を決せざる可らず、三十年前幕政の末路腐敗は維新の革新之を
 決せり、今日の沈滞何を以てか之を決せん、鳴呼偉人の大手腕にまつこ
 と多し。
             せいさい
 革新は活動なり、熱血は楕宋を洗ひ出す、古来沈滞の世界、一たぴ革新
  へ きた とみ       こ しん   し上うこ∋
 を経来れば頓に局面を一新す、己身の病毒は昇乗以て滅すぺし、融合の
          あら
 病毒は何を以て准ふぺきか、而して革新には大人物を要す、幕政の倒る
     あんさい  けいさい      や士がただいに
 いゃ、山崎闇琴浅見姻斎之が先をなし、山辟大武、竹内式部の徒之に
          あつたわ          し へい がまふ くんぺい             その
 踵き、平田篤胤、頼山陽、林子平、蒲生君平、高山彦九郎の徒其努を助
                        つひ
 成し、藤田東湖、吉田松陰等其後をなし、終に維新の革新となれり、俳
 図ボルポン王家の倒る1や、ウォルテアーあり、ルーソーあり、モンテ
 スキーありて其地を為し、ミラボdラヘツト之が礎を固め、ロべスピ
 アーあり、マラあり、ダントンあり、其功を成して九十三年の革新は成
 れり、偉人なくんば革新成らず。
      やうや
 今の日本は漸く軽薄、利口、璧口、樺詐の抑肌物に飽かんとして、偉人
 をもとむるの呼競漸く高し、偉人の俸記の頃日頻りに世に出づるものは、
        おも
 世人が偉人を懐ふに切なるが為めにあらずや、今の世に偉人を求めて得
   しはら        よ
 ず、妬く盲偉人の俸記に藷つて、其渇せるの望を留せんとするにはあら
 ずや0
              そもそ    きぎし
 鳴呼今の日本が偉人をもとむる抑%dれ何の徴ぞや、何の徴ぞや、鳴呼
 沈滞せる今の牡合は、一大波瀾を嬢起して、これに活動を輿へざる可か
 らず、偉人出でよ、偉人出でょ。(二十九年八月稿)

   青年に及ぼせる功利的文明の弊

 青年の革命健見たる所以、唯其勇往直前、利害を顧みず、成敗をとはず
               てい
 して、身を殺して仁を為す底の大決心あるによる。而して之を今の我青
                             けだ
 年にみる、果して大決心あるや香や疑はざるを得ず○蓋し王政維新、封
 建の制壊るゝと共に、昔日の武士道全く地を沸ふて、西欧物質的の文明
                       れんち
 滑々として注ぎ来る。所謂武士道に伺ぷ所は廉恥なり剛毅なり、守る所
 は義是のみ。義の薦めに情をすて、義の薦めに利をすつ。武士道は献身
するを教ふるなり、忠君、愛国の義の魚めに献身汁gを教ふるものなり。
                                 ていくわく
 故に昔時の武士気質なるものは、一死を軽んじて然諾を重しとし、鼎鍵
 を甘しとして難に殉ずるの概ありき。故に彼等の心念唯献身あるのみ0
       ほ
 利をいふを作ぢ、情に繋がるるを恥ぢたり。而して物質的文明の凰一度
      あひ(ともな)
 入るや、世は相背ひて功利の崇拝者となれり。蓋し、物質主義なるも
 のは、唯形而下を知るのみ、形而上を知らず。唯形而下のみを知る、故
 に唯人生快楽あるのみなるを知るのみ。眈に快楽のみを知る、故に自愛
 を主とす。自愛を主とす、故に眼中功利あるのみ0既に功利的なり、彼
等何ぞ健慨義につくをせんや。何ぞ身を殺して仁をなすをせんや○何ぞ
一死を軽んじて然諾を重んずるをせんや。みる所、唯利のみ、彼等何ぞ
                   あ ゝ
所謂異に戯身なるものを解せんや。鳴呼今や此凰既に天下の人心に浸漸
して、而して所謂明治の新教青をうけたる青年の徒、殊に共感化を被れ
 ること多し。彼等は殆んど根本的に物質的の季問と功利的の思想とに陶
冶せられたり、賓利の重んずぺきを知つて、大義の就くぺき所以を知ら
                  し上lフ上’
 ず、身命の重んずぺきを知つi、従容薙に殉ずる所以の更に重きものあ
                                    つひ
 るを知らず、今の青年は大概此の如きのみ、故に青年の意気あるもの終
                                             一e
 になし、唯功利を圭とす、故に事に官て、先づ利害と、成敗を腐る、左
  こ よノ ベん
 減法嫡いん進まんと欲して遅尿するを免れず、彼等覇気なし、活気なし。
                              はうはう
 筍合倫安、唯園滑をもとむるのみ、何の活火あらん、何の鋒絃かあらん0
                を
 此の如きの青年は共に逸に慮るぺし、難に普るに足らず。彼等青年なり
                               ろくく
 といふと錐ども、何ぞ共に革命を語るに足らんや。礁々たる小利口、小
       と さょノ
 才子、斗育と雄も、彼等何をかなさん。我は囲滑なる小利口を欲せず、
 滑脱なる小才子を欲せず。唯血性燃ゆるが如く、身を挺して難に赴く眞
 の青年を欲す。鳴呼今の時に普て、果して一己の利害をすてゝ、異に其
 奉ずる所に献身せんとするの大決心あるの青年、果して幾人かあるぺき。
 功利物質の文明は青年の意気を滑磨せり。文界の沈滞や、数界の腐敗や、
 革命刷進の青年にまつ所のもの多くして、而して青年の意気また此の如
 しとせば、鳴呼々々之を如何せん、之を如何せん。(三十年一月稿)


   新春の第憂喝

              どうぜん       たゞ  まいわう   しり
 青年は活気なり。進取の盛火洞然として内に燃ゆ。唯直前邁往向上を知
              せ こ
 て、保守を知らず。未だ世故を知らず、故に猶線なし、狐疑なし、唯希
 望の光を望んで勇進するのみ、故に眞撃なり、熱誠あり。故に青年の活
                                           一丁■こと
 気あり。故に革命の大業多く青年の健児に属す。青年は拘に一団の元気
                         あ     あた
 なり、守成に適せずと雄ども、青物の打破青年に非らざれば能はず。青
 年血誠の垂火、よく沈滞汚敗の菊を燃やし蓋して、之を清粋にす。一国
   がいたい         これ
 元気凝滞あれば、青年あつて唯之を疏通し得べきのみ。
         こゝ            すゐてう    なほ
 明治、年を重ぬる為に三十。初年常時にありて垂暫のもの、猶初老に近一
       いは
 からむ。況んや常時青年の活気、よく維新改革の功をなしたるもの、今
                       とうあん
 ゃ則ち顧然として老へり。老いたる者は倫安を喜ぷ、明治初年の元気ま

03

                              あたつ
 た見るに由なし。一国の元気まさに沈滞す。鳴呼今の時に富て、奮然身

 を挺して此沈滞を捲き去らん者、唯今の青年Yぁるのみ。
 然るに今の青年をみょ、彼等よく此活気ある乎。果して進取の重火ある
                                               こ.上
 乎。功利唯物の文明は世を挙げて功利唯物の人とせり、此風の浸染殊に
 所謂新教育をうけたるの青年に多し、彼等は最も多く功利唯物的の教育
                     い」首なひ
 をうけたり、功利唯物の教育は、人を誘て唯賓利にこれ就かしむ。唯貰
        いやし                 書 こ う べん
 利をこれみる、苛くも賓利を収むるに非ざれば為さず、左願右晒、唯箕
 利を的とするのみ、献身のこと、彼等の解する所に非ず。己れに利あら
              す■    あ
 ざれば捨て1知らざる為ねす。豊に身を殺して仁を為すの非箕利のこと
        こゝにおいてか            せうかう
 をなさんや。於是乎、青年の活気なるもの全く鏑耗す、血誠なく直前邁
                           つひ
 往の勇なし。青年にして眈に此の如くんば、一国終に元気なるものなき
 なり。
 ヤぷ   うんはう   こ かく
 傲れたる縫褐をきて狐貌をきるものと立ちて恥ぢざるは青年の意気なりハ
 彼等唯希望あるのみ、精神的に自ら標置する所あり、故に形骸の事その
                      かう止りき
 顧みる所に非ず。往日の書生を見よ、短衣高展揚々として『今の参議は
 皆書生』を高唱せしに非ずや。今の書生を見よ、その意に介する所は唯
 へんぶく            上
 達幅にあり。速幅飾らずんぜ世顧みず、唯世に嘗らんとす、故に今の書
                               きエくそく
 生遽幅を飾らざる能はず。且つや、功利的の気風は人を局促にす。功利
 唯物の教育によつて、養成せられたるもの、小利口あすのみ、小才子あ
 るのみ、的とする所唯賓利にあり、故に靭朗ならざる能はず、面従なら
        ぎ ぜん
 ざる能はず。親然として自ら操守して、憤れんことを求めざる如きは、
               あ
 彼等の夢想にだも知る所に非らず。既に面従なり、苛合なり。彼等何の
 血誠かあらむ、何の眞撃かあらむ。今の青年たるものは、青年たる所以
                          おい
 を失す。彼等は一種の怪物なり、紅菰にして心には老の波よせたり。怪
 物や、怪物や、彼等は既に共に進取を談ずるに足らず、革命をいふに足
       か わうじつ
 らず。今や彼の往日青年の人は眈に瀕然として老いて、両して今日の青
                    ▲あ ゝ
 年なるもの、また此の如しとせば、嗟呼嗟呼誰と共にかせん。
                                ぎた
 鳴呼々々明治既に三十年。第二革命の械は既に熟す。山雨来らんとして

 風滴桟。政治界は吾人の知る所に非ず、宗教界を見ずや、文学界を見ず
          いんらい  へきれき     さ
 や。南山の陽既に殿宮あり霹靂まさに杢を労いて下らんとす。まさに是
            け?ぎ     とき
 れ、青年難撃をきいて錬凝すぺきの秋にあらずや。而して今の青年、果
                   ひそか
 してょくこれおり得べき歎。吾人私に之を憂ふ、血誠なく、眞撃なき青
 年、果して共になすに足るぺきものありやを。彼等果して一時の名の蔑
 めにするなき赦、果して一時の利の馬めにするなき歎。
          き いう た
 而して吾人の特に杷憂に禁へざるものは、今の文界に於ける所謂新進の
              あつせん  てい
 文士なり。彼等果して天地を斡旋する底の大手腕あるぺき歎。革命は打
                            かんゐ
 破なり、打破して向上するなり、彼等果して破壊の敢為ある歎、向上の
 大橋紳ある歎。革命は眈に破壊なり、資利的にあらず、献身的なり、彼
 等果して自らを損して悔いざるの熱誠ある歎。眈に献身的なり、身を穀
  −しん
 し仁をなす底の大決心を要す、彼等果して之をなすに足るの眞撃ある歎。
 吾人は今の所謂新進文士について之を庚ふ、彼等果して一時の流行にう
 かされたるにあらざるべき歎、文界の名をなし易きに乗ぜんとするにあ
            いつ  かちう
 らざる歎、文筆の事の逸して嘉得ることの易きを利せんとするに非ざる
            し じつ
 歎。今の熱誠なき、革質なき、賓利的の青年にして、果して然るが如き
        まこと 書いはひ
 ものなければ殉に幸なり。
 かつそ        虫す    な
 且乗れ人の情安きを倫み、逸に伍る、激せずんば奮はず、窮せずんば励
 まず。今の文壇なるものは、之を諸他のカリアに比す、安にして逸なり、
             わづか
一度文壇に上るもの、其筆佳に文をなすを得ば即ち可なり、英才僅に書
 を解するを得ば即ち可なり。必ずしも大主能あるを要せず、必ずしも大
 見地あるを要せず、幽玄の理想あるを要せず、熱烈の信仰あるを要せず。
  みだ                                            とうていせんさい
 漫りに馬資の観察に托し、経験折衷の拳風といふを名として、能町勇裁
      こ と
一時を糊塗すれば即ち足る。唯文を為すこと多く、作陀出すこと多けれ
  上うしゆう            し
 ば、庸衆何の眼識あらんや、英資を識らずして英名に術し、其力を知ら
         おとろ
 ずして英数に騒き、相争うて英名を喧俸す、名をなすの易き文壇に過ぐ
                                     のh′
 るものあらんや。而して僅に名をなせば、文を貿て優に一口を糊すぺし、
 其潤筆の料もとより之を今日西欧の貴に此す可らずといへども、また餓
 dて死するある往日の文士の如きものあらず〇一夜の坤吟以て敷金を歓
 待べし、今の文士の他に此して贅澤なるを見ずや、今の時世は寧ろ文士
                      たかき
 を過する唇きに過ぎ、また文士を見ること高に過ぎたり。此の如く安に
           を
 して逸なるの境に慮る。文士たるもの何ぞ奮はん、何ぞ励まん、励まざ
 るも、奮はざるも、彼等は容易に名をなすべく、彼等は優に衣食し得べ
    ぅも   とうあん           だ まん
 し。人此裡に入る、倫安たらざらんとするも得んや。惰慢ならざらんと
 するも得んや、安逸は沈滞なり、精神的に人を腐敗に導く。今彼等新進
        た と ひ
 文士にして、仮令向上の精神あ紳、献身の決心あらしむるも、猶此徽菌
 に腐蝕せらるゝを免れじ。何ぞ況んや功利唯物の汚束中に養成せられた
                     つひ
 るものをや。鳩呼文界革命の大活劇、終に之を今の新進文士に托するに
                  ひ          しか
 足らざるべき歎。雨後の春草、地上に抽くもの一に何ぞ多き、而して遽
  止りっ
 に揺するに足るものなき乎、熱誠なる一人なき乎、県勢なる一人なき辛
 活火内に燃ゆる一人なき乎。鳴呼革命の健鬼つひになき乎。
 然れども、然れども、人、気運をつくる乎、貯たそれ気運、人をつくる
 乎。チヤーレス一世にはコロムエルあり。革命の気運既に熟せば、文界
 !さ                はら                      さしまね    あつてん
 購に一人のコロムエルを胎み来らざらんや。文壇に域騎を度いて、斡天
 せんち
 旋地するの頁手札でざらんや。今の新進文士遂にいふに足るものなしと
       のぞみ        ぎやうはう
 せば、吾人は唯望を富来に繋けて、之を仰望す。美人は天の一方にあり、
 はうムつ        上
 努篤として形影あり、喚べども未だ来らず、招けども未だ到らず、歳は
 改まる、気運は更に一歩を進む、気運果して歳とともに新たまるぺき歎∧
 気運果して吾人の希望を責にするを得る赦。吾人は之を明治三十年の文
 壇に見ん。(三十年一月稿)


   詩人と人道

              いひ
 人道とは何ぞ、相憐の謂のみ、相憐とは何ぞ、同情の謂のみ。詩人は最
 も同情に富む者と稀す、詩人人道に冷かなるものなりといふは、吾人の


                               ■
 信ずる能はぎる所、詩人に果して人造に冷かなるものあらむ欺、吾人は
 之を許して眞詩人と構する能はざるなり。彼等にして人類に相燐を表す
 る能はずといふ、吾人はその眞に山川花鳥に同情するを信ずる能はず、
 既に同胞の馬めに泣く能はず、彼等にしてょく眞に轡愛の馬めに泣くと
 いふを信ずる能はず、彼等にして眞によく樺愛に泣き、筏鳥風月に同情
 せば、何を以てか人類に同情し同胞の為めに泣く能はざらんや。詩人に
 して人道に冷かなる、吾人之を構して眞の詩人に非ずといふも何の不可
 かこれ有らむや。
                                         し
 今の小説家は最もよく人間の暗黒面を描くを以て誇るものなり、而かも
 その一人、果してょく社合下層細民切馬めに泣き、其悲惨の境遇を描出
          ,つた
 して、之を天下に恕へたるものある歎。彼等の奇僻の人間を描くやょし、
                    ・フ一点
 不具の人間を馬すやょし、然れども飢に叫び塞に泣く悲惨の境遇は、彼
 等の題目たる能はざるべき歎。敬愛をうつすもよし、失健を荒すもよし、
          こ,がく
 然れども紹望して溝整に轄ずるもの、果して更に悲惨の運命を有するに
 非ざるぺき歎。鳴呼吾人之を知れり、今の所謂詩人文士と構するもの1
                   おもむ
 輩は、一時の流行を迫ふて其流行の趨く所に従て其筆を動かすのみ。彼
             がう       うつげつ  まんかう  おさ
 等内に一鮎の眞温情あり、一重の眞同情ありて、鬱勃たる満陸の感慨抑
 えんと欲して抑ゆる能はずして始めて、之を筆に下したるものに非ず、
 彼等のよく失態に泣き、無能に同情を表するが如くなるも而かも一鮎人
   あつ         まこと
 造に敦きを認め得ぜるは宜にこれが為めのみ。
 鳴呼人生の悲惨、彼の下流細民の生涯より甚だしきものある歎、失轡な
 るものもとより悲惨なり、両れども彼等は唯精神的に絶望の谷に陥れる
 のみ‥未だ貧窟裡の民が精神的肉体的に絶望の暗黒に陥れるが如くなら
 ず。彼の不具なるものゝ生涯亦もとより悲惨なり‥而れども猶肉体的に
 しか
 然るのみ、未だ貧窟民の如く然るにあらず、それ活きんとするは人の皆
 之を欲する所、而かも彼等は時に自ら死するものすらあるなり、何ぞや、
                            つな  かて
 彼等は紹望の極に陥れる者なり。彼等は生きて生を繋ぐの糧に乏しく、
                                 いは
 而して眈に生を繋ぐの糧に乏し、口腹のもとめこれ急、何ぞ況んや筆色

04

       Åた                                             ぅは
 の慾を充すを得んや、彼等はあらゆる快楽なるものを其一身より裸はれ
 たるなり、あらゆる幸頑なるものを英一生より奪はれたるなり、希望あ
 れども必ず達するを得ず、需求あれども必ず治するを得ず、それ人希望
 あるが故に立つ、快楽あるが故に生く、既に希望に達すぺきなく、快楽
 のもとむぺきなし、彼等また何のために生←るを欲せんや、何のために
 世にあるを望まんや、彼等生きて何の用ぞ、生くると維ども既に死す、
           じやくめつ     なか    し
 寧ろ死して早く身紳の寂滅につきて知る実らんには若かず、彼等何ぞ生
  かろん                   あ ゝ
 を軽ぜんや、死の更に楽しきを知ればなり、鳴呼人生病に死するものも
                 い し
 とより多し、然れども貧のために溢死し投水するものまた決して少々に
 非ず。彼等の運命が斯くの如く悲惨なり、悲惨なる此の如くにして之が
 薦めに泣き之が為めに同情するもの少きは何ぞ、吾人敢て之を天下に青
 めず、彼の同情に富まざる可らざる詩人文士にして猶今日の如きを見ザ
 や。
                      そ一もそ   ゆゑ ん
 然れども貧民が天下多数の同情をひかざる抑もまた其所以なくむばあら
   けだ      らんだ
 ず、蓋し彼等を以て傾惰のために此域に陥れるものとし、而してまた糖
 等を以て罪悪の府となせばなり。而れども知らずや、彼等が罪悪を犯す
 に至るものは寧ろ英資に因して然るものなり、而してまた彼等が此境涌
 に陥れるものは、其杜曾の潮流に乗ずる能はざりしによるなり。吾人は
       ことJ.1ヽ
 必ずしも悉く然りとはいはず、而れども其多数は必ず自業の致す所に非
 ずして境遇のためにこれに陥り、而して自ら好むでなすに非ざるも、必
                                                もt
 至に迫られて罪悪を犯すものなり。祀合の潮流に乗ずる能はざるもの闇
                             が
 ょり自らに不能なりとはいはず、然れども融合の順風に駕するもの多く
   げうかうじ        かん   くべんねい
 これ僚倖鬼のみ、然らずんば坪(姉)狩便倭の徒のみ、而して誠賓眞塾
        せいすゐ       かへつ      た と ひ
 のもの世と共に醍辞する能はずして却て逆流に落つ、仮令然らずといへ
 どもまた世波の激動に堪ゆる能はざる弱者のみ、薄達者に非らざれば削
              にく       かつ
 ち覇者、弱者は憐むぺし、意むぺきに非ず、且や彼等絶望に落ち飢寒に
                                 エ
 迫らる、彼等が生を好むの情、自ら殺すを能くするも猶飢塞に死する鮨
 はず、死せんょりは寧ろ罪悪を犯さん、清廉高潔の士に非らざるよりけ
          ウんぜん     いきぎよ
 誰か飢死に瀕して猶凛然として英名を潔くし其節を守るを能くせんや。
                                あ
 彼等に食を奪ふて猶彼等に責むるに仁義を以てするは豊に彼等のょくす
             たつ のち
 る所ならんや。鳴呼衣食足て後祀節を教ふぺきのみ、貧者の罪を犯すや、
  せめ
 其責其人にあらずして其貧にあり、彼等をして此罪悪を犯さゞる能はざ
                    あはれ        にく                       たう〈
 らしむるの運命、寧ろ憐むぺくして恵むぺきものあるを見ず。鳴呼滑々
               ち,じん    いつ  てんぜん た
 たる天下、今日自重に相欺むき、押入の間に相詐はり観然、唯だその巧
 みに法網を潜るが故に、紳士と構せられ、紳商と構せらる〜のみ、何ぞ
 ひとりかの貧者に責めんや、貧者に責めんや、鳴呼貴紳の食前に供せら
   ぶ だう     わづか
 る1葡萄の美酒には僅に幾分の関税を課せられたるのみ、而して貧民は
    ひ らう         だくらlノ
 一日の罷労をいやすべき一杯の濁醒に高償の税を沸ふなり。マニラ、ハ
 ウァナの葉煙草は一度の印税をも課せられざるも、貧者の骨休め一服
 きざみ       いくはく
 刻煙草には、彼等は幾何の重税を排ふなり。十九世紀は階級を打破し
 たりといふ、而かも官貧の懸絶を以て人裔の差等に代へたるを知らずや。
 昔の購を歴すると、富の貧を座すると、賓際に於て何等の相違あるべき
      せいたいし      なか
 乎。代議の政鉢布かれたりといふ莫れ、所謂代議士なるものは中等以上
 の富者の代表者たるのみ、彼等は自己の選筆者に優にせんことをこれ知
                うつた          たとひ
 るのみ。彼等は貧者の食めi椚りて惣ふるあるなきなり。貧者は慣令杯
 平あるも、不満あるも、其柾屈以て伸ぶる所あるなし。天に泣くも天冷
 々、地に泣くも地冷々、法は彼等の鳥めに庇護せず、行政の者は彼等を
     お      うらみ
 度外に措く、彼等は恨を呑んで赦せざる可らず。鳴呼誰れか此等の慰者
             かはつ   ラつた     くわいはう
 となり、庇護者となり、之に代て天下に懲へ、之に代て懐抱を伸ぷぺき
 ものぞ。               しか
 宗教者あり、彼等は此大任を遠くすぺきの職責あり、而るも彼等の慈善
 を名とするも賓は己れの宗教に利せんとする私心の其の問に介せるを免
 れず。彼れ等の多くは偽善者なり、其の名を実にして其の行を匿にす、
                            ふくでん とい
 彼等には以て此れ等の貧者を托すぺきに非ず、未来の稲田を説て貧者の
 ぎいなう        はなは
 財嚢を絞るが如きは更に酷だし、断じて貧者の味方に非ず。
 厳封hは唯詩人文士あるのみ、もし眞に意を此に注がば憐むぺきもの、
 怨むべきもの、泣くべきもの、俄るべきもの、載すぺきもの、皆兵れの
                 ▲,つた
ff倹鮎川…糾媚朋湖底g媚結眼阮縺cHは那
 の薦めに文を要り、鏡の為めに書埠に叩頭するもののよくする所にあら
 ず、一身を以て人道の為めに殉じ、野督蹴噺を以て度外に措くの熱誠あ
                                  お
 るを要す。起て貧者の味方となれ、起て貧者の味方となれ、花鳥と懸愛
 とのみ必ずしも汝等が好題目に非ず。融合の最大教を占むる貧者の味方
 となつて天下に絶叫する、また人間の一大快事に非ずや0
                        ◆−
 鳴呼我に一萬金あらしめよ、我は先づ東京やに於けるあらゆる貧者乞食
    らんせい る はラはつ
 の徒、檻複(複)蓬髪の者を率ゐて、一夜彼の所謂紳士と構するものゝ
           かうろうすゐかく
 宴遊の壊たるあらゆる紅横軍閥に上り、彼等をして牛飲飽食せしめ、こ
                        じ   けうご なんせ,
約…謂約凱報如州拙細謂網那糾g帽ル欒b欄柑謂附
                          かな


   境遇と塞性

   なか ならひ せい
 言ふ莫れ習、性となると。言ふ莫れ境遇、人を造ると○境遇もとより人
 を造るあらん、習もとより性となることあらむ0然れども人はまた其自
                         こ
己を有す、其自己の盛性を有す‥ゐ這個の自己や、豊性や、之を熟して錆
        ▲ソ上  †−
 けず、之を鋸して磨せず、之を槌して砕けず、習や境遇や、よく人を攣
                         あは か
 ふることはあらむ、而かも此塞性、此自己をも併せ易ふること能はざる
 なり、故に人に二面あり、習によりてなれる性あり、而してまた生得の
塞性あり、境遇によりて造られたる自己あり、而してまた本来の自己あ
                                     おは
 り。然れども此本来の自己や生得の蛮性や、常に境遇の我や習性やに顧
 はれて深く陰る、隈約として認め易からざるなり。境遇の我や、習性や、
          あら         もくと
日常挙手投足の上に願はれて吾人の不断に目措する所0たゞ吾人の目賭
する所たり、故に此境遇の自己や、習性やを捉へて、直ちに之を以て其
 人の兵乱とし、英人の本衆とす.残に知らす、其鼻音や其本来やは班で
Y贈欄掛閑媚耶州照獅m附叫糾h細幣絹贈り頂悶g
■ れば既に障る、故に甚だ捉へ難きなり。捉へ難しと雄どもこれや却て人
                       斗
 の眞賓なり、本来なり。故に眞によく人を観て透徹ならむを要せば、廿
〃 皮相の習増や、境遇の我やをみると共に、更にまた其内奥の自己、墓
                           せきがん
 の重性を看ざる可らず、然れどもこれをなすこと別に一隻眼を有する息
                        すなほ
 のにして、始めて得ぺきのみ、之をなし得て乃ち人をみる。悪者必ず卜
           せんじ上         しうれいくわいき             れいろうむ
 も悪ならず、娼蛛の頭玉を蔵す、醜属供愉のうち、未だ必ずしも玲璃血
   じん                                こゝにおいてか
 塵の美徳を認め得ずむばあらず、既に之を認め得、於是乎悪者必ずし息
  にく        むし
 歪むべきを覚えず、香寧ろその此の如きの壷性、此の如詰鹿渡はg
            くら           くら
 而して境遇の薦めに味まされいは瑠性の為めに晦まされ、不知不識醜属体
  き
 偶の闇中に堕落し去りたるを憐まずむばあらざるなり。之を心の上より
 して同情といひ、行の上よりして克恕といふ。此克恕、此同情、人之を
                            そ
 軟く可からず。而して挽に小説作家を然りとす。乗れ社曾の法律なるも
       あと
 のは行の蹟を罰するなり、杜曾の制裁なるものは行の末を怨むるものた
                            ヽ▲
 り。法律や、制裁やの外に立ちて濁り能く所謂意者なるものに美徳を謡
                           おい
 めてこれがために一滴の浜をそ、ぐもの文士を措てそれ誰かあgゃ。法
                           たぐ
 律が之を罪として牢獄に投じ、融合が之を罪として歯ひするを牡づる聞
   あh′
 に在て、濁り彼等が将護者となり、彼等が慰希者となるべきもの、文士
 を措てそれ誰れかあるや。故に小説作家の人を描くや、表よりして之を
 霧して足らず、更に裏よりせざる可らず。外よりして足らず、更に内よ
                                 いたづ
 りせざる可らず。正よりして足らず、更に側よりせざる可らず。徒らに
         あと
 行の未、行の迩を馬して、以て其の人を描き得たりといふも、猶これ其
 半面を描きたるなり。それ良エの人を高くや、眉目服飾の外に於てよH
、英人の気象をして紙幅上に活躍せしむ。良作家また然らざる可らず、惟
 に人間牛面の境遇の自己と、習性とを蔦して足らず、更に其眼光内奥の
 盛性、本来の自己とに徹して人間そのものの全眞貨を描きて、之を文章

05

 の外に牒らしめざる可らず。彼のユーゴーが描き来る諸性椅を見ずや、
彼は確かに此裡の滑息を解せるものなり。よく冷酷氷の如きの人に一鮎
          ひ とくとくか・つ
 の温かき愛を捕へ、匪徳筐行のものに一鮎の義気を挽へ得たるに非ずや。
                     の み     けいCつ
 吾人がユーゴーに服するは常に此鮎にある而己。吾人は頃日一葉女史が
                        ひ ろlソ
 近作『にごり陀』を讃みて、女史がかの醜悪卑随の薯春女の心事を描き
 て、而してこれに満腹の同情をそ1ぎたるに服す。(二十九年十二月稿)


   紳爽と狂熱

     ひつさ
 文士筆を提げて紙に臨む、彼の眼中紙なきなり、筆なきなり、紙上筆な
               まんか▲ノ
 く、筆下紙なし。此時文士の満膣の心血注いでたゞ文にあり、文外既に
       いは
 我なし、何ぞ況むや撃と紙とあらむや。我即ち文なり、文即ち我なり、
                  がう きしはさ
 我と文と一饅たり、一枚たり、其間一重を介む可らず、一髪を容る可ら
                    おのづか
 ず。我、筆を落すを知らず、而して紙上自ら文を成す、之を文士の押
           その
 衆とはいふなり。我其何の盛に其文思を得たるかを知らず、而して紙上
     かlノさ▲ノ
 に落ちて鍍鋪響きあ†之を助くるものありて然るが如し、眞に果して
          カ ほ
 之を助くるものある耶、賭たまた我自ら之を成して知らざる耶、蒼々た
 るもの天なり何の虞にか文思を降すぺき、茫々たる鴨のは地なり何虞に
 か詩興を湧かさん。天降さず、地に湧かず、我白から為すにあらずして
誰か之を為さむや。唯、文士の筆を提げて紙に臨むや彼が一心を挙げて
                  かへ    こつけい   さんまい
 文思、他念あるなし。硯を収め聴を反し、一身惚今として三昧の境に入
 る、此時我自らを忘る、何ぞ我がその何を為すを知らむや、我は即ち文
               いだ
 思、文思即ち我、我文思を出すといへども我その我の出だすを知らざる
                            こつえん
 なり。我その我の出だす所たるを知らず、之を以て忽焉として来るが如
 くにして、その誰れに出で1誰れか之を成すを知らざるなり、故に之を
         てふらい
神助なりといひ、天裸なりといふ、両かも我之を出だす也、我之を為す
 也、我之を出し、我之を為すと雄ども、而かも天才の狂熟あるにあらざ


     あた               こんしん
 れば即ち能はず。何ぞや、狂熱は魔力なり、渾身の心血を挙げてょく之
                             くわい〈
 を一焼鮎に集中せしむ、故によく出す也、故によく為す也。彼憤々たる
 もの筆を扱げて子息、紙に臨むで萬考、故に私意妄動、自己と文思とを
 こん                       くわくぜん
 渾して、一となすを得ず、文思と自己と、其間に劃然として隔てあり、
             したが ■ぎ さい        ち ぎ   とうと せい
 眈に隔てあり、故に筆に随ふて揮澹文せなす能はず、遅疑猶濠、東塗西
 まつ わづか
 抹、僅に一幅の文字をなし来るのみ。彼の天才者のなす所を見ずや、眈
                                  上
 に渾身の心血を挙げて之を一鮎に集中するを能くす、故によく自己を志
 る、眈に自己を志る、文思即ち我也、我即ち文思なり、欒ずべくして建
   とゞ             お           けつさつ
じ、止まるべくして止指り、勢を趨ふて順落、陰に官りて決撒、或は断
                                      あら
 たんとしてまた績く、頼糸の徽に通ずるが如く。或は障れてまた顧はる、
                       はんがくひ もん
 春蛇の革間を走るに似たり。忽ちにして群山萬整刑門に赴き、忽ちにし
  おも            そくせつ  くわんて1ノ くわん          そく
 て意はず峯廻り嶺攣ず。或は促節或は綬詞、綾なるぺくして即ち媛、促
                     てんき しゆんはん
 なるべくして、即ち促、促なるときは天駿の唆販を下るが如く、皮なる
                    せいふう        せいてん
時は尉即の札睨に語るが如く、忽ちにして凄風急雨、忽ち粧dて雰天朗
    とん ぎ          か▲           いた
 日。一頃一挫。一起一伏、一関一関、一揚一抑。興、墳と詰り、紳、束
                    こゝ   をは   とうは
 と合し、欒幻自在、押通自由、文の能事是に至て畢る英。東城が所謂
   はんこく             つ    たゞ
 『我文高科の泉の如く、之を取れども褐きず、惟行くぺき所にゆき止ま
                   ちか       つく
 るぺき所に止まる』といへる、殆むど幾し英。故に文を為りて神に入ら
 んとす、たゞ只此狂熱を要す、狂熟ありて而る後始めて自己を忘るぺく、
     いた
 興、墳と詰り、稗、菊と合すぺし、而る後始めて意の欲する所に従ひて
  や    くわうはほうい  あたy ノ メ ’ シ ヲ みがキ ヲつくス ’  き おう
 筆を遣るぺし。皇甫彷日ふ『方二其収レ規反レ聴、研レ楕埠レ思、寸心幾嘔、
    ク レ    ルニ ヲ    ■ ゼソト 【■
備髪蓋枯、深湛守戴、鬼神婿レ通k之』と鳴呼これ所謂紳衆に接す椅Y
              たの ス
 法なり。軽桃浮薄、才を悼み識を符ふ今の所謂利口才子なるもの、如何
                     かな           すなほ
 んぞかの押来に接するを得んや、狂熱なる哉狂熱なる哉。唯此狂熟柿ち
                       付し一ゆもん
 ょく紳来を招降すべきのみ、狂熟は文士の兄文なり、狂熟はまた文士の
 ひ やく
 秘鎗なり。(二十八年十二月稿)

    きlJこ
  操触界の地理的分色

      わか
地、南北を分てば凰気同じからず0凰気同じからざれば、気質し補って相
異す。気質相異あれば、文章調を別にせざるを得ず。支那に就て之をみ
                  す,ろ けいモ      も
 るも、春秋戦図の時、其文筆、既に郁魯と剰楚とを以て其致を同じうせ
   Lワノ、て六ノ
ず。六朝以来は則ち経義文章より、書薔の未技に至るまで、劃然として
                                     なは
南北を別つ、唐の一統と共に、一たぴ学術上の調和を試みしも、猶地に
                    や          たゞ
従うて凰を現にすること依然。これ亦己むを得ざるのみ。膏に支那に於
 て然るのみならず、欧洲に於て之を見るも亦南欧の文章と北欧の文寧と
其趣致の混同す可らざるものあるを見るに非ずや。之を要するに南方は
                       せ・フ与っ
多く風土温和、山水秀魔、北方は則ち風物薪穀、故に北方は英人心沈重
                             ベノ ゑん
 に、南方は軽快。軽快故に浮薄に流れ易く、沈重故に迂遠に失し易し。
       ◆−も」ワ
北方は経を守て権を知らず、南方は攣に虚して正より逢す。南方は襲通
           しゅしゅ                                      ほし
多く、北方は守株となる、故に北方は保守に傾むき、南方は進取に趨る、
                    こ
南方は化せられ易く、北方は漁ゆるなし、南方は寧ろ利に故に、北方は
   おもん
義を重ず。北方は守成に通し、南方は創業に通す。孔子既に南方之強、
北方之強をいふ。北方の張は則ち剛毅持重にあり、南方の強は則ち疾風
                          つはき
迅雷の如し。南方は情に富み、北方は意に強し。唾せられて他面をこれ
              ぽつぜん     た
 に向くる者は北方の人なり、勃然として色を作すは南方の人なり。南方
                   ぽく    ぶん  てき
は華を喜び、北方は賓を命ぶ。北方は撲、南方は文。一都千金、蒙著を
競ふて意を一時に快にするは南方の華なり、文なり。美田を買ひ、書を
寂して、子孫の計をなすは北方の賓なり、撲ggじ涌北の風果それ相反
すること此の如し。文章また然らざらんや。閑雅雅馴なるは南方なり、
 せうはつきうくわラ                              き き
晴按呼燦なるは北方なり。北方ほ法度森厳、南方は詭奇攣幻。南方は流
         かんけい                     すうか         わがくに
魔、北方は衝動。これ賓に免る可からざるの敷欺。今これを吾邦今日の
 さうこ かい
操執界に見る、雑誌に於て、新聞に於て、其特色の南北各一万を代表せ
敷針纂鹿野愚書音針叡隻薮影珊州
『酵民』と弓日本』と.此両々二者は、♯切に青葉界の地理線分色官
 表示せるものたり。『日本』と『日本人』は北方の趣致を表し、『国民の
                     けだ
 友』と『園民』とは南方の好伶を示す。蓋し『国民の友』と『国民新開』
                              せつれい
とを主幹せる徳富蘇峰は熊本の人、雨して『日本人』淫顎雪嶺は金津
          くがかつなん                 しゆんはう
 の人、『日本』新開の陸箱南は青森の人、而して両者其魔下幾多の俊竃、
               おなじ     か しか
 悉く其主なるものと其色彩を同ふせるもの歎、香らずんば即ち共感化を
 かlノむ          こゝにおいてか
 被るを免る1能はず。於是乎、両々劃然として南北を分つ。其主義に、
       ていさい       おの〈
 其趣味に、其鉢裁に、英文睾に、各相反せるの特色を饅拝せるを見る。
 『国民』と、『国民之友』は、其主義に於て進取たり、其傾向に於て西欧
 崇拝たり、其饅裁は整然、英文章は直詳風たり。『日本』と『日本人』
 とは、其主義に於て、保守たり、其傾向に於て、圃粋保存たり、其鰹裁
 は乱雑に、英文字は漢文調たり。前者は常に時に先んぜんとし、俗に容
              そむ
 れられんとし、後者は時と際かんとし、俗に離れんとす。二者共に不偏
 不英の名の上に標置すと錐ども、前者は改進薫に近く、後者は国民協曾
        止りんかう
 に近し。前者は億巧の風あり、後者は悲歌の調を苛ぶ。後者には古武士
の面影を認むぺhいく前者は首世才子の風采を想はしむ。後者の文章は直
 裁森厳なれども棉豪を欠き、前者は流麗通暢なれども冗漫に失す。各英
領ぷ所に偏して、其饅をなす。民孝竺輩の文は、渓流の谷間を流るト
     つぷ
 が如し、曲さに曲折を極むれども雄大の趣に乏し。後者の文は、山峯吃
 りつ       はりん′\                  み
 立するに似たり、厳々たりと雄も紅繋の彩なし。前者は利を成るに敏な
        なるべく         つと
 り、故に膿裁の可成時好に授ぜんことを力め、後者は俗を顧みず、故に
              すぅかう
 饅裁の整雑を問はず。二者の趨向趣味の相反せる此の如し。而して吾人
 は此を以て我国操駄界の好封となす。(二十九年十月稿)

06

   濁造の見識と歴史的蜃達


 歴史的研究は、近時学風の長所にしてまた短所なり。吾人は敢て歴史的
 研究が革衝研究の上に重要ならずとはいはず、然れども吾人は之をなす
 に於てその何が為になされざる可らざるかを顧みざる可らず。歴史的研
                 ・あと じんl−▲ノ
 究なるものは、其歴史的蜃達の蹟を尋究して今日に於ける吾人の地歩を
        の み                          ま
 定むるにある而己。眈に今日に於ける吾人の地歩を知り得、吾人は官さ
 に其今日の地歩に於てなさざる可らざる所を轟くして、歴史的態達の連
           の み
 鋳の一環たるぺき而己。然るを単に歴史的研究なるものを以て、吾人思
         そらん                    たいへい
 想饅達の記述を請じて以て得たりとせば、これ歴史的研究の大弊なり。
          ぎんしゆつ                  いづ
 古人以外に自己を山斬出する能はずむば、所謂饅達なるもの何くにか存す
 るや。歴史は達績なりと共にまた蜃連なりとせば、吾人は彼の歴史的研
               た
 究を唱へて濁造の見地を蔑みするものの、歴史的研究そのものを目的と
                    こ            かゝほ
 して歴史的研究をなすものにして、這の自己の歴史的饅達に関るぺきも
                                 つ
 のたるを忘れたるに非ざるかを疑ふ。今日の自己は之を前に紹ぎて之を
                      つ
 後に俸ふぺきもの、然れども吾人は之に紹ぐと共に之を前に増して、之
         たす
 を後に増すものに補けざる可らず。吾人は現在に於けるの我として先哲
                          上ゝ「くわこんゆう
 の思想を尋究すると共に、更に之を自己の思想中に鋳化渾融して、先哲
  ■ぎうし上う      ひろ
 の奮樅以外に一歩を撲めざる可らず。而して大の歴史的研究を唯一の方
          なみ         な            あと
 法として、濁創を蔑するの論者は、之を傲すことの、畢に歴史的の蹟を
 尋ねて即ち得ぺしとせるが如きも、然れども若し自己中に一個猫創の見
 地既に定まるにあらずば、古今東西の思想を鉾化することだも亦能はざ
 るを知らずや。自己なる活火あるが故に、其中に溶融渾化する思想もあ
                                  い な
 れ、濁創なる模型あるが故に、其溶融したる思想が新模型にも鋳成る1
 なれ。我に猫創の見地なくして、如何に東西古今の思想を尋究すればと
      たゞ
 て、そは唯火なきに路融せんとするもののみ、型なきに績んとするもの

      いたづら      らいく          の み
 のみ。櫨遽徒に銭層銅片の碩々として横はれるを見ん而己。論者にし
 て歴史的研究そのものが方法にしてまた目的たりといはば知らず、吾人
 は歴史的態達に一分の力を添ふぺきもYなりとせば、吾人は濁創の見地
                           ばい   ひそか
 を蔑すること論者の如くにして可なる乎。彼等一輩の徒は私に今日を以
    かんこ
 て思想皐潤の時なり上信ずるものに似たり。果して然る乎、果して然る
         けふだ
 乎、何ぞ彼等の怯儒なる何ぞ無気力なる、試みずして之を能はずといふ、
 鳴呼これ能はざるに非ず、為さざるものに非ずや。此の如くにしてやま
      いたづら げんしき              せんさい
 ば讃破萬巻徒に術識の用に供するに足るあるのみ、勇裁の勢に甘むず
       そも〈              なはりんく
 るあるのみ。抑々吾人が古今の思想に千載の下猶凛々たる生気ありとい
                           く」〃んぜん
 ふ者は、我眈に定見あり、我が心彼の心と合し、換然として合繹する所
               せきじん
 あればなり。我に定見なし、昔人の心如何に凛然たりといふとも、何の
    ご にム
 所にか倍入あらむ、何の所にか合稗あらむ、此の如くむば昔人の思想は
                           ひ か,
 死せんのみ。此の如くにして書を謹まば、徒に文字の枇糠を讃むのみ、
      み                    かつ
 言句の皮相を観るのみ‥何の所にか所謂凛然の生気あらむや。且更に一
 歩を進めて之を論ぜん乎、所謂歴史的態達なるものは、無意識の態達の
                              もと   一し
 み、時勢は歎移す、哲人その時と勢とに化せらる、固より其識る所にあ
                                  いだ
 らず。彼は歎移の時勢に晴應して其思想を出だす、その思想を出すや、
 彼に在ては即ち其濁創たるのみ、唯後よりして之を覿る、其時勢に暗應
                                 あ はじめ
 せるが故に、之を構して歴史的態達をなせりといふのみ。彼の心宣に始
 ょりその我が為す所の所謂歴史的蜃連なるものたるを知らむや、彼は唯
                      あ ゝ
 其自ら信じ自ら考ふる所をいひしのみ。鳴呼歴史的研究なくば歴史的態
                             いくはく
 連なかるぺき乎、濁創なくば極力の研究も所謂餞達の上に幾何の償値あ
 る乎。鳴呼満々たる今日の寧風、歴史的研究を重むずるは可なり、而し
 て之が為めに濁創の立見を排するに至ては、学風の弊も極まれりといふ
 ぺし。哲学史は哲学に非ざるべく、文章史は文章に非ざ椅べし、美術攻
                                          .し lP
 を研究して寄工たり、彫刻者たらんと欲するものあらば如何に。鳴呼彼
 の論者の如きものは本頂こ似れたるなり。猫創は本なり、歴史的研究は末
 のみ。本を忘れて未に瞥す、吾人は寧界の為めに長大息せざるを得ざる
 なり.ヘ二十入L至丁【月稀)         穿∵d製甘辛軒 家鴻


   小児と詩人

                っ        きんくわ
 小兄天上の月を指して相語る、日く兎餅を掃くと0彼れまた地上の董衣
 を指して相語る、日く春帝の先駆なりと○彼は無心にしていふなり、無
 意にして、語るなり、そのいふ所、理あるなきなり、いふ時理あるなき
 なり、感ぜる所を感ぜるまゝにいふのみ。而かも英語は堂々たる詩人の
           すゐ かうさ し ’ きく  う
 言のみ、彼の詩人が千推萬敲左思右索僅に獲べき好句を以て、無心に、
      とつき  ふんとう          のう
 無意に、唐突に、咄嗟に、其吻頭より語り出だすなり0彼等何の能何の
     か しか
 才ありて乎然る。彼等何の才かあらむ、何の能かあらむ、能なく才なき
     ナなは                           がう
 が故に乃ち然るのみ。彼等の脳中一鮎の理窟なく、胸竺牽の智巧なし、
 故に物に対して其間に私意を交へず、私心を挟まず、共感ずるま1其興
                               おのづ
 ずるま1に之をいふ。既に理窟なし智巧なし、故にそのいふ所、白から
                     みづか
 にして純情的なり、美感的なり。彼等自ら知らずといへども彼等は詩人
 たるなり、詩を語れるなり。たゞに語れるのみならむや、彼等の一撃一
  こと′ぐ                     がう        たゞ
 動悉く是れ詩なり、英一鮎の理窟なく、一重の智巧なき所、只に言に
                              まんかょノ
 博して詩たるのみならむや、其挙動に現はれて詩たるなり、滴肛(睦)
         こんしんじ
 子これ詩なり、渾身兄これ詩なり」彼等は詩人の純なるものなり0所謂
 詩才なるものは此小鬼の心を存し得たるをいふのみ0故にいふをきかず
 ゃ、『詩に別才あり、書に関するに非ず、詩に別趣あり、理に関するにあ
               たくす■
らず、』と。書によりて琢磨し、理によりて攣明するものdれ理窟のみ、
智巧のみ、智巧にあらず、理窟にあらず、詩人の心はたゞ彼の小兄の心
 を存するを要す。詩人の才は即ち小鬼の才なり、理窟なきの才なり、智
巧なきの才なり、即ち才なきの才なり、書に関せず、理に関せず0香寧
                                                                           むし

                  く▲b
ろ書や、理矩いう此別才を晦まして径路に誘ふ。詩は智巧を離れ、理窟を
            止りんぎ
離れ、透徹玲璃。かの厳儀が所謂、杢中の音、相中の色、水中の月、鏡
…b謂鋼b詣”佃頭a町糾…榊照f憎貼gf
 に非ざるなり。(二十八年十二月稿)


   馬貰と理想

                         な接  いやし
董者物虎を馬生するものあり、一毛の徽、一線の細、猶之を苛くもせず、
         はなほ
馬し畢へて、其形酷だ虎に肯たるなり、肯たることは則ち肯たり、而か
     っひ                          きがん
も其虎終に死したる虎に過ぎざるのみ。或は之れを危巌の下に居き、或
                    ひげり た
は之に鮎ずるに牛輪の塞月を以てし、其頚を竪たしめ、其眼を鳴らしめ、
                のち
其背毛を逆立せしめ、而る後虎に生気あり、達i活趣あり、猛虎一撃月
 ほ     をの1    ヤくJ\
に攣ろて山震ひ樹撼くの景、即ち躍々として墓場の外に動く0此の如く
 にして初めて良工の苦心をみるぺく、妙高の壷活をみるぺきのみ○もし
        とゞ             けいじ
これに反して馬貨に止まり、馬生にしてやましめばい其形似はあらむ。
  こくせ,                     つひ な杜
其酷肯はあらむ、而かも其形似其酷肯遂に猶馬眞に輪すぺきのみ0室の
           ゆゑん            しん
馬眞の上高く完歩を娼始る所以の者は、其形似を描くと共に、其紳を
               まうしゆ   ほんぶん      まう
俸ふればな柁虎鬼の相好を馬し其毛嶺を馬し英雄文を焉すと共に、狂
 だ上ノ
揮なる虎の神を紙幅に活躍せしめざる可らず。之を活躍せしめんが為め
には、唯眞を頂g性ほ馬して足らず、之に配するに或は塞杢牛輪の月を
                       はくべう
以てし、或は寒巌疎竹を以てす。要は馬眞を其白描として、之に理想の
                  ゆゑん     しん
生彩を加へざる可らず。篤眞は形を馬す所以なり、理想は押を侍ふる所
              とんく
以なり。賓を馬さずむば豚狗は以て猛虎たり難し、賓を罵して虎たりと
 いへと                             たゞ
錐も、神を俸へずむば其虎は則ち死虎のみ。膏に壷に於て然るのみなら
ず、吾人は小説に於てまた其の然るをみる。馬貰もとより可なり、然れ
              をは
ども馬貴にして小説の能事畢れりとせば則ち不可。作家は馬箕を材とし
て理想の横閣を築かざる可らず。霜賓をとり衆て之を理想の猛火中に錆

07

 化せざる可らず。理想は模型なり、責際を鉾化して新たに鋳る。理想は
山 建築者なり、資際を材として楼閣を造る0言ふ莫れ漫理想と0洩理想と
                        なか

 は理想なきにあらざるなり、理想の最大なるなり、最大なり故にみる可
           えんそ           を bい
 らざるなり。理想は堕素なり、よく海に入るの汚破を純化す。理想は化
                     ことJ川ヽ             斗や六ノ
 金薬なり、一たぴそ〜げば責際の蠍錬悉く化して金となる。理想は明
 はん          さ し
 容なり、一たぴ投ずれば漆洋悉く沈んで賓際の濁水を清徹ならしむ。世
 上のあらゆる賓際は、作家の理想中に入りて初めて純化し美化す、純化
 し美化す、始めて之を其作に用ゆぺし。所謂大作家とは大理恕を有する
                    くわりよく
 者なり、貨際の汚濁を純化し美化するの化力強きものなり。かの寓賓を
                                        あ
 以て小説の能事畢れりとするもの1如きは、死虎を描くもののみ。宣に
 いふに足らむや。(二十八年十二月稿)


   楽天と厭世

 がんようく           か  かんくわん
 掲雛々上して鳴く、属それ悲しむ乎。篤間関として語る、篤それ楽しむ
         われ                      ぜ
 乎。楽歎、悲歎、吾烏にあらず、何ぞ鳥の心を知らむや。楽しむもの是欺、
       ひ        かゝ
 悲しむもの非歎、吾鳥の事に関はらず、其悲と発と吾に於て何かあらむ
                       これ
 や。而して人また悲と架とあるなり、彼之を語りて我之をきく、我彼に
 あらずといへども我よく彼の心を知る。その楽しむもの是にして悲しむ
 もの非なる歎、之を非といひ、之を是といふも、我は則ち彼の心にあら
               い か ん
 ず、非なるもその悲しむを如何、是なるも楽む能はざるを如何せんや。
             ま                    い か ん
 悲と楽とは情なり、理は柾ぐぺし、情は欒ず可らず。悲しむも之を奈何
                    かな
 せん、楽しむも之を奈何せん。怪なる哉近時の事をいふ者、楽天は是に
 して厭世は非なりと。厭世果して非にして楽天果して是なる歎。而かも
                  い か に
 世相を哀観せるもの我得て之を如何かすべき、人生を楽観せる者我得て
 之を如何かすべき。是なりといふも哀観するものは楽観する能はず、非
 なりといふも楽観するものは哀観する能はじ。是欺、非歎、非歎、是歎、
是なるも非なるも、楽天も其情なり、厭世も其情な謝、之を奈何せんや、
          いは
 之を奈何せんや。況むや、其是と非と、非と是と、終に定論すべきなき
 をや。何が故に厭世を非といふ乎、楽天を是といふ乎。哀覿するものは
 衷観を是とし、楽観するものは楽観を是といはむのみ。彼の非とする所
                                いづ
 は此の是とする所、此の非とする所は彼の是とする所、果して何れを是
 といひ、何れを非といはむ歎。彼に在ては彼是なり、此に在ては此是な
 り、此の是と彼の是と、何れを是とし何れを是にあらずといはむや。是
 にあらずといふと雄も、彼に在て是ならば之を奈何せん、是なりといふ
 と錐も、彼に在て非なりとせば之を奈何せん。彼も亦一是非、此も亦一
 是非、誰れか其何れか是にして何れか非なるを知らむや。知れりといふ
 と錐ども、而かも彼も亦是とする所を是とし、非とする所を非とするに
 過ぎざるのみ。是非紛々何の定まる所かあらむや。何者か敢て哀覿を非
 とし、楽観を是とする。楽観は健全にして哀覿は病的なりといふ赦。悲
 と欒と等しく是れ情なり、何れを健とし何れを病とせむ、楽しむものよ
    かなし
 りせば哀むもの病か、而かも哀むものよりせば、何ぞまた楽の病たらざ
 るを知らむや。哀観するを怯といふ乎、然らば木石の頭々たる之を勇と
                しひ   よLでは
 いはむ乎。彼の楽観するもの強て強を粧へる乎、瀬む所ある乎、然らず
 むば痴呆か。痴呆は感ずる所なしいふに足らず。感ずる所あるもの猶楽
                                た   こと手
 配すといふ、彼は宗教の慰藷を頼むのみ、然らずんば情を矯めて故らに
 楽観を粧ふて強しとするのみ。粧へるものもと哀しめるなり、頼む所あ
    ひつ▲きやう
 るもの畢責また裳めるのみ、哀めるに非ずんば安心といひ、立命といふ
 畢責何の用ぞ。唯哀や即ち苦なり、故に頼む所により、粧ふ所により、
 しはら            の み
 姑く共著を避け、強て勇に誇る而己。頼む所を離れ、矯むる所を去て、
                         しゆくこつ
 而して世相を直覚し、人生を直感すれば、人生の供忽、浮世の茫々、表
 現する所なくして得むや、かの詩人や多く情に強し、理によりて刺する
 能はず、意によりて矯むる能はず、彼等は多く情のま1に動く、彼等に
        あ
 厭世の者多き宣に怪しむに足らむや。宗教の安心により哲理の立命によ
    ぴ ほょノ     ムんはく はくらく
 り僅に璃縫せる楽天の粉箔を剥落し轟くさほ、天下痴呆者と頑々冷々感
 な霊感W慧磯川
 詩人の厭世を非とするの輩よ、何が故に架天を是とし厭世を非とすろぞ。
                                       き ゝ く ▲
 哀観するを病的なりといふ、欒観するを健全なりといふぞ。護々照々楽
                       せんつう
 しむことは、汝が楽しむに任ず。敢て隣人の痛痛を自ら病むで、他を是
      や
 非するを休めよ。(二十八年十二月稿)


   請  書


 讃書は智識の食なり。人は肉膿に於て飯肉を要すると共に、精神に放て
        くわいかう
 請書を要す。勝義は有形の血となりて身饅の営養をなせば、讃書は無形
 の血となりて精神を営養す。肉に食を映く可からざるが如く、精神も亦
                             血T   しんぺノ
 食を要す、飯肉をやむることあらば胃飢えん。請書を虐めば紳琴乙ん。
            いへど
 滑化すぺきものなりと雄も、胃は牢なるに作用せず。思索すぺきものな
 りと維も、精神は杢なるに知識を造り出す能はず。飯肉の材料を給して
 胃は血g肉とを作り、精紳は讃書に材料を得て知識を作る。人は見聞に
                                     上  こ いlノ
 ょるの外智識の資給を謹書に仰がざるを得ず、而して見聞の境能く戸据
 の外に到り難しとすれば、人間の知識は其大半を挙げて之を請書に辟せ
 ざるを得ず。それ主として文士に要する所は知識の外に出でず、彼等は
               う かく
 想像すといふ、而かも想像の羽蘭を以てするも、猶知識の外に逸し出づ
 る能はず、所謂想像に豊富なりとは豊富なる知識を材として組成せられ
           かつそ
 たるに外ならむや。且夫れ文士にして書を讃まざれば、其思想偏狭に失
 す。そもノ〜人は多く一国の国粋中に養成さる、国粋もとより可、然れ
                            ◆■た
 ども文士の廉く材をもとめんとするや他国の粋亦味はざる可からず、こ
 れもとより請書によらざれば得可からざる所。然れども請書に法あり。
 謹書は活讃を要す、死語を願はず。何をか活讃といひ、何をか死讃とい
                   こうでい    あ
 ふ。章を尋ね句を摘み、文字の未に拘泥するもの宣に死讃にあらずや。
  たゞ
 眼直ちに著者眞意の存する所を看破し、文字章句の外に於て能く其眞意
、“ 感嘗野獣    m
 カを耗壷するの事あるのみ。眞意に参するものは、一巻の書を諌めば即
 ち一巻の知識を添へ得。活讃のもの讃むことの少きを憂へず、死讃のも
  ひとへ
 の偏に讃むことの多きを憂ふ。死語のもの讃むこと多しと雄も知識に一
 がう                   し
 宅の重みを加へず、謹まざるの勝れるには若かず。括讃のもの讃むこと
                             か
 少しとも常に知識に培養す、少しと雄も何ぞ憂へむ。且つや多讃は常に
             げんしき                  かんぎうじゆうとう               あまね
 人をして皮相術識のものたらしむ。それ汗牛充棟天下書籍の多き、衝く
                              い−ぎほひ
 之を讃まんこと難し、而して謹むこと多からむを望む、勢讃むことの
 速なるを要せざるを得ず、眼に謹みて心に謹まず、我心古人の心と歎契
 してその謹み得たる所を以て我知識に融化する能はず。我思想に幾分の
           したがつ                   はつ
 大を添ふる能はずして、従てその謹み得たる所は唯に術識の具として按
 ナゐ    ろ 九つ           ひ上うき⊥
 革せられ、睦列せられて、典故とせられ憑按とせらる〜に過ぎざるのみハ
 吾人は多讃を願はず、唯精讃を欲す、謹む所唯哲人不朽の大作にて則ち
      そしやく
 足る、潜思岨囁一言を味ひ一句を味ふ、二言にして一言の味あり、一句
 にして一句の味あり、反覆玩味これと歎契しこれと融化す、此時此際、
 其讃む所、眈に盲人のものたらずして我たり。印せられたるの死文字に
               きうたう       わが
 非ずして我の活思想たり。古人膏套の語も、一たび吾脳中に入れば、一
                寸・なは せんけん       あ 1
 鮎化吾創見となりて流れ来りて便ち鮮研(研)を覚ゆ。鳴呼請書を以て
                      う じゆ
 術識の具とするは今日の寧弊なり、死讃は迂儒のこと、もといふに足ら
                             つな
 ずと雑も、猶書籍に忠なり。術識を以て博士の名流を繋がむとするもの
           わたくし                  し
 の如きに至ては書籍を私せんとするの徒のみ。鳴呼天下詔書の子、書を
    ナベか
 謹まば須らく活讃せょ、精讃せょ、請書は名を釣るの馬めにも非ず、ま
 た字義を覚ゆる為にもあらず。請書は我を大にするが為めのみ。(二十
 八年十月稿)

08

   行  涛

       あ一▲
昔は大史公偏ねく名山大澤の問に周遊して而して史記の著あり、故に史
          わうやラ   さうくわう                        う 上 つぶ
記の文或は江洋或は噂轢、意の到る所筆も亦到る、曲折紆飴備さに其攣
 きは               の  いつき上う ふる  まこと
 を窮む。山川の風光のょく人の高情を暢ぺ、逸興を振ふ、信にはかる可
         こ’た’らんかん               くうすゐ
 からざるものあり。洪涛瀾汗として萬里際浬なし、目を窮むれば垂水一
 ぺき                   はうふつ                        ひ  しぽ
碧、水か室か、杢か水か、努駕として舛ず可からず、既にして緋を綴り
     こつえん         たんあい       まつ
 たる夕陽忽焉として水に入れば、淡焉漸く岸遽の柳を抹して、漁家の燈
   ほたる        あかる   ぎよくせん      ぎんせつ
光鮎々螢に似たり。東方漸く明く、一輪の玉礪海上に躍れば、銀屑水面
    れんくえんJ\                  くわいちやう
 に砕けて激々灘々、此時高棲の上髪を散じて浩歌すれば心気快暢。或
        ふ          せ,がく                             ほく
 は亦雲を績むで萬丈の晴暗に上る、上りて嶺上の寺観を尋ねて泊す、月
    ひやゝ    止りさ       そ1ノく
 黒く風冷かに峯山閲として唯渓聾の漠々あるのみ。試みに杢を仰げば天
            ちやうせ’                 せいと らん′ヽ      い しう
 を去る尺五、長境南三馨すれば満天の星斗爛々として衣袖に落ちんとす
 しゆくぜん                        ぁ ゝ
候然として押澄み心定まる、身は眈にこれ火食のものに非ず。鳴呼々々
              †−こと
自然の人を塵化する信に此の如し。由来自然は一大文章、上に日月星辰
               ろ か さん             ぞく
 あり、下に山川花木あり、風雲露霞、燦として睾を成す、而かも人世俗
 ろゐ   せんえん                                           かういう
 累多く仙緑了し難し、親しく造化の美に接すること得可からず。唯行渡
             jりんく.わん
 の事あり、人をして暫く塵賓より況して自然に放浪するを得せしむ。そ
                                    あ
 れ美は人を垂化す、実に感じ、実にうたる1の時、吾人の胸中豊に一鮎
               こんしん
 の俗情を容れんや、高潔純滑津身是れ美、主我を忘了して全く天地の美
                              .ぎ ▲ぎん 上しの
 中に融化し去らる、此時言ふに言なく、語るに語なし。季吟が芳野に遊
             ほか
 びて唯『これはこれはと許り』といひ、芭蕉が松島に唯『松島や松島
        らくを▲ノ
 や』といひ、楽翁が濁り月に封して、『我身さへ月の中なる心地す』と
 いひ、パイロンは『余は既に我としてあらず、我は既に景中の一部とな
        いづ
 る』といひし、何れか此の時の境界にあらざらむ。両かも此の如しと錐
 も、其実は深く我臓中に印せられで長く忘るゝ能はず。興に解るれば忽


                     かつぜん
 然として官日の光景を眼前に現し来り、轟然饗を出して詩となる、天外
 ょり落つるものの如く然り、之を紳衆とはいふ。詩人美を歌はむとす、
 鮮aく悠々たる行遊を要す○芭蕉が東海道の一度もせぬ人は俳譜を為し
                            いたづ
 得ずといひしも、まことに此意にあらずや。今の文士徒らに名利に汲々
    や      てききやく
 するを休めて、俗情を郷却すること一日、試みに山青く水白きの遽に遊
       がう         えんか
 ぺ、而して辟来宅をかむで硯に封せょ、煙霞の筆頭に湧き来るを覚えん
 (二十八年十月稿)


   名を成し易きの弊

   かつ
 古人昔て人間の三不幸を敷へて、少年にして及第するを以て英一に入れ
               けうまん       ゅゑ ん
 たりき0少年にして名を為すは騎慢の心を長ぜしむる所以なり。縞慢の
          こゝ       けだ
 心眈に生ず進歩故に止まらむ。蓋し人自尊の心なきはあらず、眈に自負
 の心あり、而して他和して而して之を揚げばこれ其自尊の心を成さしか
                  したがつ
 るなり0自尊の心眈に成る、慢心従て生ず、慢心は安心を致し、安心
                                                     こL
 は怠慢を誘ふ。古来より璧旦必汀gも大人たらざる所以のものは賓に此
            あく
 に存す。天才と維も飽まで之を鞭捜し、之を誘導し、激励せしめ、感奮
 せしめ、始めて天才の天才たる所以を成すぺきのみ。今や世間、名を色
                 あした      ゅふペ
 し易きこと文士より甚だしきはなし、朝に一文を革すれば夕に所謂大豪
                              かひかj
 となる。世上の愚衆なるや眞に資力を見る能はずして之を買被る。此の
            たちま
 如くにして文士の鼻忽ちに天に朝し、南眉揚々として風を切る。世上上
                     あ ゝ
 川は珍重せられ、自らも得々す、鳴呼文士の名を成し易きこd此の如L
                 いつくわく
 是に於て乎、世上幾多の青年、一攫功名を夢想しっゝ、筆を拗りて無痛
 しんぎん                  たま〈
 坤吟、一篇の新饉詩を作り出し、一篇の小説を編み純綿「合々文筆錐
             だいこ・フ
 誌の掲鐘を得るあり、乃公得意慣競に頭を悩まし、落款に意匠を凝らト
 あつはれ       すま
 天晴自構文畢者となり澄し、此の如くにして幾多有望の青年は、自己爪
                    いたづら      っか
 伎傾、自己の使命の何の所に存するを忘れて、徒に文壇の虚名を攫まん
淵澗瀾
 き所以なり.玉石混清故に庸劣のもの、猶眞の天才者に伍して其地歩を
     止り−フかヽ・
 保つを倹倖す。請書界既に低し、名を成し易し、庸劣のもの競ひ進んで
 天才のものも亦英才を慢して安んじ易し。此の如くにして所謂大文畢者
                                 かへつ
 なるもの何の時にか出でんや。大文筆者は出づるに時なくして、却て有
      かつ
 鳥の青年を騒て自己の伎儒、自己の器量とを忘れて、徒らに文壇の虚名
         あ むし
 に狂奔せしむ。宣に寧ろ国家の大患にあらざらむや。人各々其材を異に
 す、其材の異なるに従て其業を異にすぺし。而して少年自ら其材のある
 所を知らず、客気徒らに世の流行に伴ふて文壇に儀倖せんとし、幾多囲
 家無用の塵材を造り出す。鳴呼今日文士名を成し易きの弊は、唯に人の
 子たるものを賊するのみならず、更にまた国家百年の大計に毒するもの
 なり。今日の勢にして攣ずるなくむば、或は有識者をして文筆の害毒を
                     ちうぴう
 説くに至らしめんもまた知る可からず。納経今日にあり。鳴呼吾人は今
 日如何にして吾国語書界の鑑識を高うせむや。文士をして世に媚ぶるな
 く、世を従へしめょ、世に造らる1なく、世を造らしめょ。同厳すれば
       かつ
 十五六年前、昔て政界の名をなし易きが為めに、世上の青年をして政治
 に狂奔せしめ、而して其廃材今日の壮士なるものとなれり、文界慶材の
                           た
 前途果して何者とかならむ、前途を思へば関心に禁へず。(二十九年一月
 稿)


   国民詩人

    を          しんし
 逆境に慮るの人にして始めて眞撃の語あり、団逆運に遭遇するの時に於
      うつぱつ
 て、始めて鬱勃たる国民の撃を開き得ぺし。人順境にあれば則ち軽俳に




 園民の軍に非ざれは、以て高批なる国民的の詩を為す能はじ。我の支那
                       −ノベ
.と事あるや、我既に必勝を期して彼に封す、宜なり、一大詩人の出で1
 閲民の叫びたらざりしや。吾人は信ず、日本に国民大詩人出で来るの日
   けだ
 は蓋し我国が或一大優等圃と戦を開きて逆運に際合するの時にあるぺし
 と。四千萬国民の血燃え情熱し、神泉激昂抑えんと欲して抑ゆる能はず、
                                あつ
 多情多感の士あり此問に出で、四千萬人の熱情を英一身に鍾め、四千萬
   こんもん    し      せつし  ムるつ
 人の恨悶をその一枝の筆によせ、切歯涙を揮て絶叫す、此時に放て始め
                      か せいしん
 て所謂国民詩人なるものを見るぺきのみ、彼の征清の事の如きは未だ以
 て国民欝勃の情を歌ふの大詩人を出すに足らず。(二十八年三月稿)


   日本文畢の短所

                        くわらく
 日本文寧の長所は、その軽妙なるにあり、その和楽なるにあり、而して
 その短所も、亦こ1にあり。その穏和なる風儀と、その優美なる山水と
 は、其間に任するの生壷を化して、優美なる、穏和なるものとはなしぬ。
 いほ          たうけん  みんし上く
 況むや、三千載を鋳園の桃源中に眠食したるより、吹きすさぶ浮世の荒
 き凰には、嘗約たることもなきお坊チヤン育ちとなりて、苦難と辛酸と
                  したがつ
 いふものは、昔て知ることなかりき。随て悲紹痛絶の観念を養成するに
                    さと
 所なく、また悲感の快味を暁ること能はず。故に、其間に蜃達せし文学
 なるものに、悲痛の分子少なきは怪しむに足らず。日本文孝中に眞の悲
           これ
 劇なるものなきも亦之が鳥めにして、従来の小説劇曲中、心中物若干を
                       いくはく    こく▲きム
 除きては、大破裂を以て終りたるもの果して幾何かある。笑泣なきにあ
                                    き ゝ
 らず、而かもその泣くは鬼童の泣くと等しく、常に嗜々歎饗のうちに其
 局を結ばざるもの殆ど無し。鳴呼軽妙と和楽とは、日本文畢の長所なり

09


   行  済

       あま
 昔は大史公偏ねく名山大澤の間に周遊して而して史記の著あり、故に史
      わうやう  きうくわう             う よ つぷ
 記の文或は江洋或は呼轢、意の到る所筆も亦到る、曲折紆徐備さに其攣
  きは              の  いつきエラ ふる  まこと
 を窮む。山川の風光のよく人の高情を暢べ、逸興を振ふ、信にはかる可
          こうたうらんかん               くうすゐ
 からざるものあり。洪涛瀾汗として萬里際涯なし、日を窮むれば杢水一
  ぺき                   ほうふつ                        ひ  しば
 碧、水か杢か、杢か水か、努繋として排ず可からず、既にして緋を練り
     こつえん         たんあい       まつ
 たる夕陽忽焉として水に入れば、淡焉漸く岸逮の柳を抹して、漁家の燈
    はたる        あかる   ぎ上くせん      ぎんせつ
 光鮎々螢に似たり。東方漸く明く、一輪の玉婚海上に躍れば、銀屑水面
     れんくえん′ヽ           かうか     くわいちやう
 に砕けて激々灘々、此時高棲の上髪を散じて浩歌すれば心気快暢。或
     ふ     せラがく               ほく
 は亦雲を蹟むで萬丈の哺愕に上る、上りて嶺上の寺観を尋ねて泊す、月
    ひやゝ   げき       そう′ヽ
 黒く風冷かに峯山閲として唯渓撃の涼々あるのみ。試みに杢を仰げば天
             ちやうせ’                 せいと らんく     .い しう
 を去る尺五、長哺両三畢すれば満天の星斗爛々として衣袖に落ちんとす、
 しゆくぜん                        ぁ ゝ
 候然として紳澄み心定まる、身は既にこれ欠食のものに非ず。鳴呼々々
               す−こと
 自然の人を盛化する信に此の如し。由来自然は一大文章、上に日月星辰
               ろ か さん            ぞく
 あり、下に山川花木あり、風雲露霞、燦として章を成す、而かも人世俗
  るゐ   せんえん                                              かういう
 累多く仙縁了し難し、親しく造化の美に接すること得可からず。唯行済
             ぢんくわん
 の事あり、人をして暫く塵裏より脱して自然に放浪けるを得せしむ。そ
                                  あ
 れ実は人を壷化す、実に感じ、美にうたるゝの時、吾人の胸中豊に一鮎
                こんしん
 の俗情を容れんや、高潔純滑津身是れ美、主我を忘了して全く天地の美
                               き ぎん 上しの
 中に融化し去らる、此時言ふに言なく、語るに語なし。季吟が芳野に遊
             はか
 びて唯『これはこれはと許り』といひ、芭蕉が松島に唯『松島や松島
        Lソくセ▲ノ
 や』といひ、楽翁が濁り月に対して、『我身さへ月の中なる心地す』と
 いひ、パイロンは『余は既に我としてあらず、我は既に景中の一部とな
         いづ
 る』といひし、何れか此の時の境界にあらざらむ。而かも此の如しと錐
 も、其美は深く我脳中に印せられて長く忘る〜能はず。興に賎るれば忽






                       かつぜん
 然として官日の光景を眼前に現し来り、箋然聾を出して詩となる、天外
 ょり落つるものの如く然り、之を紳来とはいふ。詩人美を歌はむとす、
 ・丁べか
 頻らく悠々たる行遊を要す。芭蕉が東海道の一度もせぬ人は俳語を為し
                            いたづ
 得ずといひしも、まことに此意にあらずや。今の文士徒らに鳥利に汲々
    や      てききやく
 するを休めて、俗情を郷却すること一日、試みに山青く水白きの遽に遊
        がう         えんか
 ぺ、両して蹄来宅をかむで硯に封せょ、煙霞の筆頭に湧き来るを覚えん。
 (二十八年十月稿)


   名を成し易きの弊

   かつ
 古人昔て人間の三不幸を敷へて、少年にして及第するを以て英一に入れ
               けうまん       ゅゑん
 たりき。少年にして名を為すは琉慢の心を長ぜしむる所以なり。臨慢の
          こゝ       けだ
 心眈に生ず進歩故に止まらむ。蓋し人自尊の心なきはあらず、既に自尊
 の心あり、而して他和して而して之を揚げばこれ其自尊の心を成さしむ
                 したがつ
 るなり0自尊の心眈に成る、慢心従て生ず、慢心は安心を致し、安心
                                                      こゝ
 は怠慢を誘ふ。古来より璧旦必ずしも大人たらざる所以のものは賓に此
           あく    べんたつ
 に存す0天才と維も飽まで之を鞭捜し、之を誘導し、激励せしめ、感奮
 せしめ、始めて天才の天才たる所以を眠けぺきのみ。今や世間、名を為
                              ゆふべ
 し易きこと文士より甚だしきはなし、朝に一文を革すれば夕に所謂大家
 となる0竺の栗ggゃ眞に資力を見る能はずして之を郎警0此の
 如くにして文士の鼻忽ちに天に朝し、南眉揚々として凰を切る。世上よ
                     あ ゝ
 けは珍重せられ、自らも得々す、鳴呼文士の名を成し易きこd此の如しハ
                いつくわく
 是に於て乎、世上幾多の青年、一攫功名を夢想しっゝ、筆を捲りて無病
  しんぎん                                     たま′\
 坤吟、一篇の新膿詩を作り出し、一欝の小説を編み来りて、曾々文寧雑
          だいこう         らくくわん
 誌の掲鐘を得るあり、乃公得意慣兢に頭を悩まし、落款に意匠を凝らし、
 あつはれ       す士
 天晴自構文聾者となり澄し、此の如くにして幾多有望の青年は、自己の
                   いたづら     っか
 伎備、自己の使命の何の所に存するを忘れて、徒に文壇の虚名を攫まん
 とし、その器量以外に手を出したるが集め、失敗し失掌したるもの果し
  いくはく
 て鶉何ぞ。鳴呼有望の青年をして、方途を誤らしむるものは文壇の名を
                              なほ
 成し易きの弊なり。而して今日文壇の名を成し易きは、猶今日我国文運
                                 l、上がん
 の幼稚なるを澄するものにして、請書界猶眞に玉石を鑑識するの炸眼な
              上うれつ
 き所以なり。玉石混滑故に庸劣のもの、猶眞の天才者に伍して其地歩を
    止り・フか▲ノ
 保つを儀倖す。請書界既に低し、名を成し易し、庸劣のもの競ひ進んで
 天才のものも亦其才を慢して安んじ易し。此の如くにして所謂大文筆者
                                 かへつ
 なるもの何の時にか出でんや。大文畢者は出づるに時なくして、却て有
      かつ
 馬の青年を駆て自己の伎備、自己の器量とを忘れて、徒らに文壇の虚名
         あ むし
 に狂奔せしむ。豊に寧ろ国家の大患にあらざらむや。人各々其材を異に
 す、其材の異なるに従て其業を異にすぺし。而して少年自ら其材のある
 所を知らず、客気徒らに世の流行に伴ふて文壇に僚倖せんとし、幾多国
 家無用の鷹材を造り出す。鳴呼今日文士名を成し易きの弊は、唯に人の
 子たるものを威するのみならず、更にまた国家百年の大計に毒するもの
 なり。今日の勢にして攣ずるなくむば、或は有識者をして文筆の害毒を
                     ちうぴう
 説くに至らしめんもまた知る可からず。納経今日にあり。鳴呼吾人は今
 日如何にして吾国語書界の鑑識を高うせむや。文士をして世に媚ぶるな
 く、世を従へしめよ、世に造らる1なく、世を造らしめよ。回顧すれば
       かつ
 十五六年前、昔て政界の名をなし易きが為めに、世上の青年をして政治
 に狂奔せしめ、而して其鷹材今日の壮士なるものとなれり、文界廃材の
                             た
 前途果して何者とかならむ、前途を思へば関心に禁へず。(二十九年一月
 稿)


   国民詩人

    セ         しんし
 逆境に廃るの人にして始めて眞撃の語あり、園逆運に遭遇するの時に於
      うつぽつ
 て、始めて鬱勃たる国民の馨を聞き得べし。人順境にあれば則ち軽桃に
 賂易しゝ故に共言耶肝dり出でけ、票溜にあれば、国民隻化農月
 に浮かれて、其詩熱情を少く。我先づ涙を一輝いで以て人を泣かしむぺし、
 眞撃の語に非ざれば人を感ぜしむる能はぎるが如く、熱情より出でたる
                                  し な
 国民の馨に非ざれば、以て高批なる図民的の詩を為す能はじ。我の支那
                       うべ
 と事あるや、我既に必勝を期して彼に封す、宜なり、一大詩人の出で1
 同氏の叫びたらざりしや。吾人は信ず、日本に国民大詩人出で来るの日
   けだ
 は蓋し我国が或一大優等園と戦を開きて逆運に際合するの時にあるぺし
 と。四千萬国民の血燃え情熱し、神泉激昂抑えんと欲して抑ゆる能はず、
                                あつ
 多情多感の士あり此問に出で、四千萬人の熱情を英一身に鍾め、四千萬
    こんもん    し       せつし  ふるつ
 人の恨悶をその一枝の筆によせ、切歯浜を揮て絶叫す、此時に於て始め
                      か せいしん
 て所謂国民詩人なるものを見るぺきのみ、彼の征清の事の如きは未だ以
 て国民鬱勃の惰を歌ふの大詩人を出すに足らず。(二十八年三月稿)


   日本文畢の短所

                        くわらく
 日本文畢の長所は、その軽妙なるにあり、その和楽なるにあり、而して
 その短所も、亦こゝにあり。その穏和なる風候と、その優美な滝山水と
 は、其間に任するの生霊を化して、優美なる、穏和なるものとはなしぬ。
 いほ           たlノはりん  みんし上く
 況むや、三千載を鎖国の桃源中に眠食したるより、吹きすさぶ浮世の荒
 き風には、官りたることもなきお坊チヤン育ちとなりて、苦難と辛酸と
       かつ         したがつ
 いふものは、昔て知ることなかりき。随て悲紹痛絶の観念を養成するに
                    さと
 所なく、また悲感の快味を暁ること能はず。故に、其間に態達せし文学
 なるものに、悲痛の分子少なきは怪しむに足らず。日本文寧中に眞の悲
            これ
 劇なるものなきも亦之が薦めにして、従来の小説劇曲中、心中物若干を
                         いくはく    こくきふ
 除きては、大破裂を以て終りたるもの果して幾何かある。笑泣なきにあ
                                    き ゝ
 らず、而かもその泣くは鬼童の泣くと等しく、常に噴々歎馨のうちに其
 局を結ばざるもの殆ど無し。鳴呼軽妙と和楽とは、日本文孝の長所なり

0a

                             わが
 と雄も、長所を長所として墨守せば、則ち短所たらむ。それ吾民族は由
            すみやか
 衆同化の力に富む、何ぞ速にかの大陸的偉大の理想と、西洋文筆深刻の
 筆意とを同化して、更に日本文寧の光輝を態拝せざる。(二十八年四月稿)


   悲劇の快感

                         がいじ       あ
 悲劇の快味は、未だ世海の風浪に侮れしことなき孫兄の解する所に非ら
       lぎ く
 ず、人生崎嘔の行路難中に漂泊せしものにして始めてこれ有り。人生の
                                  な血丁
 悲酸を味ひしものにして始めて悲酸の眞味を知る。他の悲酸に難むもの
            い・フ▲ぜん
 を見ては、同情の感油然として湧き出づ。同情なるものは、人間がその
            ちかづ
 倫理的理想に、一歩を近け得たりと感ずる、満足の一快感なi故に悲
 劇の快感を味ふを得るものは、唯倫理的理想の多少覆達し、且多少世上
      な
 の苦酸を昔めたるものたらざれば能はず。故に之を感ずるものは、寧ろ
                      さんたん
 厭世的の人に多くして、架世の人はその惨澹に堪へざるものあらむ。日
          くわらく
 本文寧が喜劇的の和楽文学に富みて、悲劇的の深刻に於ては軟くる所あ
    けだ
 るも、蓋し亦此理による。(二十八年四月稿)


   西欧文学の趣味

                              あ
 吾人は、一にも、二にも、歌風を崇拝する西洋心酔者に非らず、然れど
 も短所は短所なり、長所は長所なり。西欧の文学は、その観察の精緻な
                          ひ わん
 る、理憩の雄大なる、結構の宏壮なると、その痛刻悲悦の筆意とに於て、
        いつち1ノ まさ
 たしかに吾に一筆を肯肌れり。それ教達なるものは、他の短を捨て1、そ
                こんゆ▲ノ
 の長を取り、これを我が長と渾潮せしむるの上に於てあり。吾人は我国
 の趣味に於いて軟くるの所に、彼の長を取り来りて、之を補はざる可か
                      やすん
 らず。清爽の文寧は、今日のま1にして安ずぺきに非らず、奮へょや青

 年文学者。(二十八年四月稿)


    ヒユーマニチー


        みれ       ぅら1 しゆもん ひ は  いなゝ
 祀合の表面をのみ見ば、花は嘆き月は魔かに朱門の内肥馬高く噺き、高
 棲の上絃歌湧く、人生の悲惨なるもの「苦痛なるもの、此輩は知らず。
      ひるがへつ             セく    き
 然れども更に朝て、政令牛面の暗黒に見よ。塞夜濱なくして霜冴ゆる
                               ち ぷさ うゑ
 原頭に畢衣にて眠るものあり。三日食を得ず、兄は滑れたる乳房に飢を
 泣くの一家あり。病めども腎を得ず、薬を得ず、而して職に離れて貸せ
                        ひんせき
る雪迫はるゝものあり0天下彼等を軒奔しいほ傾斥して麒みざるなり。
 彼等の此境遇に陥れる、或は自らの罪にして憐むを要せざるものあらむ。
 然れども彼等の大学は、優勝劣敗の牡合の大勢に敗れて然るに至りたる
 もの、彼等の所謂罪悪なるものを犯すに至るは寧ろ然るに至りて後にこ
           あ ゝ         なか                       てつせう
 れあるなり。鳴呼文明といふ実れ、開化といふ莫れ。電気燈は徽脊夜業
  まぶた                     ぷ だう          いんく     ぜんしう
 の瞼重く頭痛むの人を照らさず。葡萄の美酒、血紅段々朱門の陪羞に上
      ひんくつh′
 れども、貧窟裡衰死の人の血を補はず。寧ろ文明といひ、開化といひ、
 細民の職を奪うて之を機械に輿へて、彼等をして飢えて死せしむるのみ。
                                        しゆ
 人間悲惨なるもの多しと錐も、試みに貧窟に入りていゐ妙の日光うるみ崇
 はつほうi           すゝいろ
 髪蓬々、薮は土次の如く而かも煤色を帯び、四肢は水腫して蒼白、満身
   ちんこう おほ        らんる               入れ        りつぜん
 の塵垢を蔽ふに幾片の檻複を以てしたるものを見ば、誰れか慄然として
 をのゝ
 戦き、慄然としておそれざらんや。鳴呼今の小説家はょく悲惨を描くに
 誇るものなり、何ぞ更に進んで此悲惨の極を描かざるぞ。鳴呼今の世界
                             しの
 正理ありといふ莫れ、公道ありといふ莫れ、張は窮を凌ぎ、富は貧を凌
     な托               せいたい                   くわじん
 ぐ今猶昔の如きなり。代議の政鉢といふ莫れ、猶富者強者の寡人の政治
 のみ○公平なる判官ありといふ莫れ、彼等は猶其桝跳を訴ふぺき地なき
  あ           き
 に非らずや。世人皆暖かく衣、鞄くまで食ふ。酒棲の上、絃歌絶ゆるこ
     こぴ      きんしう かき
 となく、媚を要るの佳人錦繍を襲ぬ。而かも蒙夜路側兄女にたすけられ、
欝を凍じて誉乞ふ欝る女には、人飽くまで真美を倉り幸い汁■
 雨袖一文鏡をも投ずるなくして過ぎ去る。鳴呼彼等悲惨の生涯誰れに頼
 て乎其不平を訴へんや、彼等の多くは無文訴ふるに筆を以てする能はずl
 ぅった                       のん
 恕ふるに舌を以てする能はず。彼等は満腔欝勃の不満を呑で地下に入る
 なり。法律ありと雉も以て其柾屈を伸ぺず、倫理なるものありと維も、
 めぐみ
 恵を彼等の上に垂れず。ア、ア、彼等に代りて彼等の撃となり、彼等の
 舌となり、絶叫紹喚、上は九天に恕へ下は九地に訴へて、彼等が馬めに
  lノつそく
 其欝塞を開かしむるもの文畢者に非ずして好た誰ぞや。鳴呼今の文章者
 マ、事の如き構愛に筆を勢することをやめて此活墳を捉へ来れ、此活相
                       はんこく    そゝ
 を捉へ来れ、捉へ来りて之に満腔の心血と、萬斜の熱涙を瀬いで、彼等
 が為に蓋し彼等が為に泣けょ。詩人の題目は必ずしも花鳥風月にあらじ∧
 作家の材料常に必ずしも轡愛のみにあらじ。誰か之をなすものぞ、誰か
 之をなすものぞ。(二十九年一月稿)


   紛々たる所謂文章者を如何かすぺき

  むかしき   つらゆき                               なか
 昔者紀の貫之歌の徳を構して、目に見えぬ鬼神をも泣せつべしといへり。
            けだ ゐ
 文季なるもの1徳、蓋し建にして大なるものあらん。吾人は敢て文畢者
 なるものの任の貴うして重きものたるを疑はず。然れどもこれ唯大詩人、
     し じん             ふんぶん
 大作家、大詞人に就て之をいふべきのみ。今日の紛々たる所謂文筆者の
    と さうろくi           つな と ぎ上    ムき
 如き、斗智礁々の徒。彼等は紙を食て生を繋ぐ養魚のみ。墨を曙て身を
   ぅ ぞく      くわぎう 上だれ
 保つ烏賊のみ。彼等は嫡牛の誕に似たる捜意義の文字をつらねて、自ら
       わが   ごくつぷし         たゞ
 得たりとなす。吾日本の穀潰のみ。彼等の為す所、菅に官世に益なきの
 みならんや、寧ろ筈あるのみ。吾人は文章なるものが必ずしも費用的な
 らざるを知る。文学なるもの1心盛の飢をいやす糧にして、形而下上に
 生産的ならざる、よく之を知る。然れども、今の所謂文学者の為す所は、
                                らい  わか
 唯に形而下上に不生産的なるのみならず。また心霊上にも何の賓をも頒

                                く 一り▲フ
、たぎるなり.彼等は唯文革なるものの、肉鉢的の勧雰なくして、且つ早
 く名をなし易きを見て、これに就きしのみ。彼等は文学を道楽とせんと
    らんこつ
、する傾骨のみ。彼等は文章なるものの、別に人間に封する一大使命ある
                もてあそ         あ
 ことを知らず。彼等は唯文学を玩ばんとす。故に彼等宣に其富と、名と
                                 はりうか上ノ
 を挙げて、詩碑に殉ずるの大決心あらんや。彼等は唯一時の名を儀倖し、
 こうし上    ぬす
 苛且の安逸を倫まんと欲して、所謂文草者となれりしのみ。書を名山に
     ぎい            よ     いつぺういつたん
 赦して千歳の知己を待つ、彼等宣に之を能くせんや。一瓢一筆の飲食に
            ゆだ
 安んじて、身を文に委ぬる、彼等宣に之を能くせんや。彼等は一時の喝
               じゆんぴつれう            し上し
 宋に意を注ぐのみ、幾金の潤筆料に心を奪はる1のみ。故に書鋒の鼻息
  うかゞ    すうかラ
 を窺ひ、世好の趨向を知らん`するに急。彼等の為す所これのみ。故に
∨ 彼等の心に操守なく、風潮を趣うて走る。彼等は詩の食めに詩を作らず、
                       み
 書捷の窺めに作り、世好の食めに作る。看dゃ昨年来悲惨小説、育種小
                                   しひ
 読の一時に行はる〜や、彼等は競うて之に貯せて、一も二も皆張て其噴
  けふしや
 を狭斜にかり、局を悲惨に結ばんとせり。立案の牽強、結構の不自然は
 寧ろ彼等の顧みる所に非ずして、唯世評に懸念し、名筆に痛心するのみ。
 彼等は私の為に文筆者たるなり。詩を私にせんとする者なり。詩紳を
 ないがしろ          かく
  蔑にせんとする者也。此の如き所謂文筆者なる者が実に向つて何の貢
 戯する所ぞ詩紳に向つて何の貢戯する所ぞ。此の如き文畢者は慣文学者
 なり、此の如き者の胸に生れたる文章は償文章なり。然るに文学者を以
                           びんせ九ノ
 て自ら居り、自ら高く世俗に標置せんとす。寧ろ憫笑に堪へんや。天下
 何の世何の時か文学を少くべけんや。然れども偽文章、偽文学者は寧ろ
          し      まさ                    いtノ
 亡きの勝れるに如かず。国家普に多事、今日は元祓の常時を追うて、優
 いうくわんぷ             いにしへ
 遊技舞すべきの日にあらず。王朝の盲を慕うて、櫻かざして日を造るぺ
                            ごくつぶし うはごと
 きにもあらず。慣文聾者よ去れ。今の日本は汝の如き穀潰の語言に耳を
     いと卓−              らんこつ もてあそ
 かすの追あるの時にあらず。汝の如き傾骨に玩ばる〜の閑日月あるの時
 にあらず。慣文学者よ退け。▲慣文学者よ地を沸へょ。(二十九年十二月稿)

0b

   西  鶴

               こく         たちま
 混々として壷きざるdいd千斜の泉の如き奇想、忽ちにして激して飛雪を
  ふ                     せいえんしゆぴ  かんが
 囁き、忽にして漉(涯)して静淵蒙眉を鑑むぺく、忽にして急瀬となり、
      けんはく        たんけい
 忽ちにして懸演となり、攣幻自在端促す可からず、捕捉す可からず、其
     しうけいへういつ      へううん
 文は則ち通勤諷逸溝馬の如く、諷雲の如く、その昔時の言語をそのま〜
 に用ゐたる薦めに乎、語椿上に於ては或は軟くる所なきに非ずと雄も、
                                  とが
 其詞の深刻人を動かす所も資にこれあるに由るとすれば、また深く尤む
                      かな     ひ わい
 椅に足らず、賓に西鶴は元線の一奇才なる哉。彼が想を卑猥なりといふ
 乎、之をいふものは唯に西鶴が文をのみ讃むもの、更に深くその言外の
 意に到らざるもの、其外を見て未だ其内を察せず、以て共に西鶴を語る
に足らず0彼は軒cして表γいぎ憤れどgい知らずや彼が欝常に幾
 行の悲涙を以て終るを。彼は世を嘲り人を罵る、然れども、知らずやそ
               おほい
 の之を嘲り之を罵るは、更に大に之を愛し之を憂ふればなり。彼は冷々
                     おはい
 として世表に立つ者に非ず、寧ろ多情多恨大に泣き大に感ずる熱血の人
                                  ▲ぜ く▲ノ
 なり。彼れ口を開けば即ち色と懸とをいふ、然れども、其色は是杢の色
 なり、その懸や無常の懸なり。彼は色を好めといはず、色は常に是杢な
 りと説く。彼は轡せょといはず、懸は常に無常なりと説く。彼は人世の
                           な
 あらゆる快楽をも味ひ、あらゆる辛酸をも嘗めぬ。味ひ蓋し昔め蓋して
 彼は人情の内奥に達せり。彼は人生の秘密に徹せり。彼は坐群歎思によ
 れるにもあらず、修道精進によれるにもあらず、彼は唯資産の力により
 て、萬巻の讃書、千日の工夫を以て破り得ざる関門を透過して、道念な
らぬ道念を得た恕彼は迷へり、更に迷に迷へり、更に迷の迷に迷へり、
                                  きよぜん
 飽くまでも飽くまでも迷ひ迷ひて、百尺竿頭一歩を縛ずる所、遽然とし
         かつぜん
 て彼は覚めたり、黙然として彼は悟りぬ、大迷の後に大悟あり、大惑の
                   をかし         ちうせき
 後に大盤あり、覚めては昨夜の夢のさま可笑かるぺく、悟りては疇昔の
 迷の所作如何に笑止なるぺき、悟りて大笑し、覚めて大喝す、覚めて蝕
 の大喝は涙あるの大喝なり、悟りて後の大笑は意味あるの大笑なり。甘
         一しき上ノ、
 皮売(穀)の刺鰊を以て蜜の如き甘さある粟責をすつ可からず。西鶴爪
 皮相を以て西鶴を断ずるものは、眞に西鶴の知己といふ可からず。つご
          へ つく
 さに人世の委曲を経蓋して、人世の外に出で、更に再び人世の委曲に渉
 はれる者は西鶴なり、水凍りて氷となれども、氷の更に水より冷たきふ
                   ちか  か くわいく
 知らば、以て西鶴の眞面目を知るに幾し。彼の慣々たる近眼者流は、m
                     み       いたづ
 て西鶴が道念を見るに足らむや、道念を硯る能はずして徒らに其言語せ
          わいせつ              ひんせき
 字を見るのみ。故に渡褒なり野卑なりとして一向に之を積斥して、更に
     な へん        あはれ
 其眞意の郡遽にあるを紳ぜず、慰むぺき哉。鳴呼胸中一鮎卑猥の想あス
 もの、彼等は以て眞に元線文筆の趣味を解する能はじ。あらゆる俗世の
 塵懐を其頭脳より駆り去り、無心の行雲を覿ずること更に十年、虚気卒
                    あら
 心高く共和を天外に済ばしむるに非ざるよりは、以て此等の書の妙を請
        あゝ
 るに足らず。咄。(二十八年六月稿)


   小説と杜合の隠微

     くわいはいあ         しやし いんぴ        おはやけ
 近時風俗の壌敗豊にいふに忍びんや、奪修淫靡其極に達し、賭博公に
      くわはい ろう                ふ たくせいえつ書かん
 行はれて、筏牌を弄せざる鴨のは所謂紳士に似ずとし、附托請謁盛に行
       止りんもん
 はれて自重権門に出入して偲ぢとせず。聾者にして僧侶と女を争ふもの
                 し上し        はか
 あり、高利貸をなすものあり、書建と結托して利を因るものあり。文尊
       かた      がうだん
 者にして財を騙るものあり、強談を以て金を奪ふものあり、賭博を以て
  かたはら
 共片商費とするものあり。劇許家は黄金によりて其許を上下し、新聞
    かちノか−                rL上
 記者は好悪によりて其筆を二三にす。色を漁するの借徒あり、利を章ふ
                いんし     まと           み
 の宣教師あり、神道の名の下に浬詞の人心を亀はすあり。杜曾の裏面憩
               おちノと  こく                   ゐ ぴ
 去り観衆れば、人をして嘔吐三石ならしめんとす。鳴呼々々人心の萎醜
                    いやしく
 腐敗何ぞ怪しむに足らむや、此時に於て苛も志ある者の眼が祀合の裏面
に注掛た絢亦告ひに卦むや、薮a豪髄蛮
                      たとひ
 面の囁徽を態かんとするに勉めたるかを.(仮令其聞これによりてまた
                                 けいじつ
 利を貪らむとするもの二三なきにしもあらざりしと維も、)而して頃日
                                  けんしん
 に至りて吾人は小説界に於て亦此傾向あるを認む、『都』に於ける欠伸
                 び ぎん  ひだりづま
 が『女喰ひ』、『四の緒』に於ける眉山が『左凄』、『国民之友』の夏期附
                   hソ上く_ノ  てきめん
 錬に於ける眉山が『うらおもて』、線雨が『覿面』、『文垂倶楽部』に於
   おとほ       斗   いづ
 ける乙羽が『人鬼』等、看来れば何れか杜曾裏面の悪徳に対する嫌悪の
                                  つうは
 叫喚の撃にあらざらむや。かのトルストイがクレーツエロワの一曲痛罵
               ぢくち
 骨を刺す所、吾人をして憧憬寧ろ特に日本国民の馬めにしか云ひしに非
           あ ゝ
 ずやの感あらしむ。鳴呼暴露せょ、暴露せょ、益々杜曾の裏面を農務せ
 ょ、所謂社合の悪徳は既に法律以外に逸す、二〕れを責め、これを呵し、
                    ほんぜん     みづか       あらた           あ
 これを嘲り、之を罵り、翻然として自ら悔い自ら俊めしむるものは宣に
     さうこ しや                   たゞ       あは        あらは
 天下操鱗者の任に非ずや。然れども膏に其悪を態き、其醜を露すのみを
     をほ
 以て能事畢れりといふ可からず、人心染み易し、唯に其醜悪を餞露する
                 ひき       ひきい
 のみにしてやまば、寧ろ天下の人を背ゐて醜悪の淵に曳入るるものなり
 吾人は筆底血あり涙あり、外に笑ふて内に泣き、外に憤りて内に悲む熟
      ま                ぉほい
 情の文士に森つこと多し。吾人は天下の文士が大に祀合の罪悪を暴露し
                    ふるつ
来ると共に、更に大に共同情の涙を揮て人造の鳥池矩泣き、道義の為め
    ぜつぎやうたいこ     げうしよ5
 に憤り、絶叫大呼して警世の暁鐘となり、懲悪の震育たらんことを望む
         あへ
 然れども吾人は敢て美文を以て人を教へょといはず、唯自ら悔いしめよ
               いだ
 といふ、大なる理想を内に懐きて以て馬質せょ、燃ゆるが如き同情を洋
 ぎて以て暴露せょ。(二十八年九月稿)


   下流の細民と文士


 十九世紀の所謂文明開化なる者は富者に厚きの文明也、自由の名の下に
                                  はなほだ
 貴賎の階級を打破せりと雄も、貧富の隔絶はこれにょりて益々太甚し貴







                 ひん
富む者は覇々富み、貧き者は頭々貧す、浦沖増i溜i礫汁み、貧き者は
        しゆ一ヽん
常に苦しむ0朱門の家、鳥常に肥えて、栗色の弓徒累々途に満つ。肉食
の者腹常に便々、冬の短きを滑遽の途なきに苦しみ、而して酎尉の轡
          ペんく           せうけん

   くば                               はか′川1
眼凹み頻落ちたるの人、秋夜の長きを猶ほ作業の捗々しからざるにかこ
 つ。今の文明は中流以上の徒を悪徳に陥gゝと共に、下流社増の紬のを
 せい      ぉと
押して悲惨の谷に落す。今日の下流杜曾餓えて而して死せん乎、香らざ
れば盗みて食はざる可からず、盗みて食ふもとより罪なぺ然れども人
   はくい
常に伯夷の潔なし、正を守りて餓死せんょりは罪名を受けて生きざる能
はず○下流牡合の罪悪之を安逸の徐に出づる上流の濾備に比すれば其の
  あほれ          ゅる
情や憫むぺし、而かも人之を罰して仮さず、両かも呑舟の魚を逢して上
    セ かういんぶう    あ 1   たうてい
流融合が汚行浬風をとがめず、鳴呼人の眼は到底明のみをみて晴をみる
         ひんく       ことん\
能はざる乎○且つや貧章なるもの必ずしも悉く怠慢より来らず、かの罪
悪なるもの必ずしも常に自動的ならず、而かも一たび窮乏の淵に沈めば
   うか
再び浮む瀬にあiと難d一たぴ牢獄の人となれば、世は常に之を忘
 れずしてこれに歯するを惚づ‥鳴呼々々天下最も其運命の悲惨にして、
       あほれ
其生涯の最も憫むぺきものは彼の下流杜曾の徒にあらずや。而して此悲
                           あ
惨の運命を歌ひ、この憫むぺきの生涯を描く、宣に詩人文士の事にあら
                  せんかう
 ざらむや0世は眈に才子佳人相思の繊巧なる小説に飽けり、侠客烈婦の
 講談めきたる物語に倦めり、人は漸く人生問題に傾頭して璧盟の秘密に
 聞かんとするの今日、作家たるもの滴陸の同情を彼等悲惨の運命の上に
                    そゝ
 注ぎ、津身の熱血を其腕下の筆に渇ぎて、彼等憫むぺきの生涯を描き、
      つうこく           ぅった
彼等不告の民の食めに蜜ハし、大息し、彼等に代りて何ぞ酎で天下に恕
ふるを為さゞる○ユーゴーが筆底部震ひ軒湧く弼跳のものは、彼が常に
 此等不告の民の鳥めに憤り、彼等の運命の悲惨に泣きて人道を絶叫する
                        やうや
 の聾によるにあらずや○近時ユーゴーを説く者漸く多く、(数年前に在
りて思軒が誇せしものは、ユーゴーが見聞の壷許に過ぎざりしのみ)
       し けん

0c

                               ぱつえつ
 する所とならんとす。鳴呼富閥も是れ門閥と等しく、一個の閥閲也。富
仙 閥門閥其非理なるに於て忘0而して富閥政権を左右するは、猶門閥者
                           わがくに
 の徴礪を左右すると、其専制的たるに於ては一也。今日吾圃に於て、富
                      おほい
 豪漸く勢力を檜長し来らんとするは、大に憂ふべき事也。貧富の懸絶漸
 く大ならんとするは大に憂ふべき事也。門閥自由の敵ならば、富閥も亦
 自由の敵也。門閥苧樺の敵たらば、富閥も亦平樺の敵也。維新の革命を
 領したる吾国民は、更に第二の革命を富閥の上に加へざる可らざる也。
 彼の同盟罷工の如き、もと挙動不穏とはいへ、亦富者専横の上に打撃を
 加ふるの一法也。吾人は寧ろ彼の罷二者に同情する者也。日本銭造機関
            たしか
 方の同盟寵工の如き、確に合杜の非たるは言をまたざる也。(三十一年三
  月稿)


学生の腐敗

 最も高潔に最も意気に富むぺき青年にして、今や其腐敗いふに堪へざるものあらんとす。在京の学生に、賭博のために刑を受くるもの多きは今更いはず、大学及び高等学校の学生にして、狹斜(けふしや)の地に足を入るゝもの二百名を超ゆるといふに非ずや。新潟にては師範黌の学生、劇を演じたりといふに非ずや。是に至りて青年の高潔はいつくにかある、青年の意
   いづ     だじやく     あ
 気は何くにかある、惰弱婦女の態を畢ぶ宣に痛慨に堪へんや。近来学校
  ムんぜう    すこぶ
 の紛擾をきくこと頗る減ず。是れ費に慶すぺきに似たりと雄も、然れど
                せうかょノ
 も、此れ確かに青年の元気鍋耗を澄するものなり。畢生の紛擾や、喜ぶ
 ぺきの事にあらずと錐も、然れども、此あるは猶畢生に元気あるなり。
 たんき         しやほん
 膿気あるなり。青年は寧ろ這般の元気と憺気とあらざる可らずして、今
  かへつ         いうしやう わぎ
 ゃ却て教官畢生一堂に合して優侶の鳥をなす。此を師弟間の和気として
 武す可き歎。吾人は這般の事あらんよりは、寧ろ反抗的精神ある挙動を
     けだ
 喜ぶ。蓋し是れ青年の青年たる所以なれば也。(三十一年三月稿)



今の大學生

 大学は、学問至高の府なり。其学生は、宜(よろ)しく当(ま)さに天下学生の模範たるべきなり。而して其無気力実に驚くぺきものあり。彼等の気障(きざ)なる風采、気取りたる言語、既に人をして嘔吐(おうと)を催さしむぺし。而して徒(いたず)らに博聞を衒へども之を叩きて見識の聞くべきなく、折衷を知つて独創を知らず。彼等蠧魚(とぎよ)にだも若かず、前人の糟粕を嘗むるのみ。彼等鸚鵡と択ばず、師説の唾余を拾ふのみ。彼等業を卒(を)へば則ち地方に行きて村夫子(そんぷうし)に身を終る歟、若しくは刀筆の吏に甘んじて、高等官七等に随喜するのみ。斯学(しがく)の為めに戯身して、窮苦辞せざらんとするもの、果して人ある歟。書を名山に蔵して千載の知己を待たんとする、果して人ある歟。天下民人のため、闕(けつ)に伏して当局の非政を劾(がい)する、果して其人ある歟。正義を踏み、人道に頼り、血を践んで怖れざる、果して其人ある歟。於戯(ああ)軽薄なる、皮相なる、阿世曲学なる、世智弁給なる、円転滑脱なる、今の大学生は、所謂当世才子の標本のみ。豪放磊落、意気あり熱血ある、彼等のよく解する所にあらず。書生風紀の敗頽最も慨すべし。大学生の無気力は、更に大に慨すぺきなり。(三十一年一月稿)


年と近時のコ育

 青年の意気を銷耗(せうこう)せしむるものは、近時の奢侈の風(ふう)也、近時の淫靡の風也。而して就中(なかんづく)形式的の徳育は、害の過甚(くわじん)なるもの也。近時の所謂徳育は、唯学生を柔順ならしめんとする也。学生を画一的模型に陶冶(たうや)せんとする也、青年奔逸の気を抑損(よくそん)する也、青年を卑屈にする也、唯尊影に叩頭(こうとう)するのみを以て、愛国と信ぜしむる也、勅語の捧読を謹聴するのみを忠君と信ぜしむる也、青年をして盲従せしむる也、偽愛国者たらしむる也、偽忠君者たらしむる也。此れ実に近時徳育の大弊にして、青年の意気を銷耗せしむる害の過甚なるもの也。夫れ青年は発達すぺき者也、発達すぺき者は最も自由に馳騁せしめざる可らざる也。みだりに之を覊約し、之を束縛す可らず。而るに、今の徳育は、忠君愛国の皮相の形式に盲従せしめんとする者也。徳育は躬行(きゆうかう)実践也、精神の上に感化するを要す。徒らに尊影の膜拝(ぼはい)と、勅語の捧読とを以て唯一の徳育とするが如きは、青年を賊するもの也。青年の意気を銷耗す、罪焉(これ)より大なるは莫(な)き也。吾人は似而非(にてひ)なる者を憎むこと大也。(三十一年三月稿)


青年と文学


 吾人は、もとより文学を有害の者なりとはいはず。然れども、青年にして徒らに力を文を錬り辞を修むるの上にのみ殫(つく)すが如きは、吾人は害を見て其利を見ざる也。古聖これをいふ、学而有余力則学文【学びて余力あれば則ち文を学ぶ】と。夫れ青年は、修養の時代なり、素養の時代也、蘊蓄の時代也。学問に於て夜以て日に継ぐぺきの時代也。而して文学は、精神の娯楽以外、実用に何等の益なき者也。勢力の余裕ありて、始めて事に茲に従ふべき而己(のみ)。蘊蓄修養の時代に於てすぺき者にあらざる也。全力を此に注いで文学を弄するが如きは、青年の宜しくなす可き所に非ざる也。一時文運の盛なるや、青年少壮の士、修養猶足らず、素養猶足らず、蘊蓄猶足らずして、一時の風潮に靡(なび)けられて想を文筆の上に労するもの多々なるに至りしは、吾人の痛慨に堪へざる所。力を積むこと多からざれば、以て大に成し難し。よし其畢生の目的にして文筆にありとするも、青年の時は唯修養すべきのみ、素養すぺきのみ、蘊蓄すべき而己。青年貴重の光陰を以て、其文字上に想を構へ、思を錬るに徒費すぺきにあらず。一時の風潮に唆かされ、其材を顧みず、其能を顧みずして、文筆に狂奔するものの不可なるは勿論、其材あり其能ありとするも、青年は毅然として唯其学ぶ所に黽(はげ)むぺきのみ。小説を作り、新躰詩を作る、余力ありて之をなすは、吾人之を咎めず、唯青年有為の材を抱いて、有為の日時を含英咀華(がんえいしよくわ)の工夫に費すが如きは、吾人の与(くみ)せざる所也。(三十一年三月稿)


人間到處有山


 新作家の、風を聞て起るもの、今日より多きはなし。敢て卿等(けいら)新作家に問ふ。卿等、果して、卿等の名も、位も、富も、卿等の生命までも犠牲にして、詩神に殉ぜんとするの大決心あるか、知己を千載にまつの大自信ある歟。富貴に淫せず、権勢に媚びざる底(てい)の大精神ある歎。卿等は、果して、一時の名誉を僥倖せんがために、作家たらんとするにあらざるなき乎(か)、果して安逸にして名をなし易きがために、作家たらんとするにあらざるなき乎。卿等はよく此の問に対して、決然として否と答ふるを得る乎、踟(ちちゆ)するなき乎、猶予するあるなき乎。卿等真に美の為めに美を歌ひ、詩の為めに詩を作る乎。之有らば則ち可なり、もしなき乎、卿等は速かに其筆を焚けよ、其墨を折れよ。偽文筆者として、瞬時の名誉に拘々(こうこう)たらんよりは、人間到処有青山、天下為すぺきの事多し、功名豈に唾手(だしゆ)してとるを得ざらんや。卿等猶春秋に富まん。去れ、去れ、文壇を去れ。天高く、地闊(ひろ)し、男児四方の志、豈に必ずしも局促(きよくそく)たる一小文壇に於てせんや、一小文壇に於てせんや。(二十九年十二月稿)


   
鳶飛戻天(とびとんでてんにもどる)

 今の文壇は猜疑、嫉妬、狭量、怨詛、排擠(はいせい)、讒謗の文壇なり。所謂文学者なるものの眼孔豆の如き、局量芥子(けし)粒に似たり。卿等は廣闊(くわうかつ)の天地。