御民寄れの自覚 へ
 大東亜の大地ほ森く豊野の拳諜勇職に上り平定せらわ、十億の土龍
籍民族は洪大無並なる 御稜威の御光に浴することを柑、今や青々と
して共に柏堆へ、新秩序の建設に蓋せんことを撃つてゐるのであり
ます0
 然るに敵米英は閑職以氷の粗放延敗にも拘らザ、雅ねて上り革試す
る域のいはゆる庵大なる生蛮力を唯山つの朗裁といたしまして、こり
に先逸と反立てJれ宥めてゐるのでありまして、取竿は正しく決故に次
ぐに決散を似てする藍烈なる段階に長閑いたしたのであります。
 しかして戦争は許するところ人力馳といふことになるのだといふ聴
許に立ちますとき、今日以上もつともつと物心稲衝から馳力な瑞鎖す
るといふことが、取勝確得のため組封不可鉄の喫緊なる弊的たること
な蒲慮する大筋であります。
 これ昨年五月以来全国に健民難動を展開しその甘横を強調してまゐ
りました所以であります。しかしてこの健民逢動と申しますことは昨
年も申上げました如く、これは半なる個々人の体験増進といふやうな
小森的なものでなく、もつともつと高く強い内容を有つものでありま
して、皇国民放は回防にも、政治にも、生垂にもその他あらゆる部面
に亙りまして饉秀他生であら、その犬生命を天劫と共に塀少な蔓群
の下永津に着火しく瀬刺としてサくすくと強く堆く伸ばして行くこ
  序盤大臣 小 泉 親 彦

と、それが健民婆動の大眼目なのであります。
 すなはちわれわれは撞き紳代の昔上り生々酸良して来たまの子であ
り、民鹿であるといふことを治とし、恥国の大理叔朝挽といふ正い使
愈を強く肝に銘じまして、名‡共にこれを具現し得るだけのすカ心身
をもつことが招封必黎となるのでありずして、このことたる今日上b
急なろはなしと考ふるのであります。島国民族の伸び行く力がかうし
た襲になりずしてこそ屯靴完勝の欒冠ほとこしへに換としてもれ申が
頭上に軽くことでありませう。
 由来執学は子仇の生れろ故、出生を減じ、死亡を増し、破疫を沐付
し人口を賦役するものである。それが倣申の原則的彰坤であるといは
れてゐたのであbすすが、皇担ほなんと有難いお担椚ではあゎません
か、この大敵学の丸只中に放てこの尉則を水内から破砕するの青兆な
果してゐるのでありまして、故執六年を樫ずして少しも疲弊の兆候な
く否反つて麻と向上饗長の昇をこ試してゐるのであります。
 例へば出生死亡について申上げますれば、人‖千に封する出生の鮨
合は大正九年の三十六人飴を絶頂といたしずして、いはゆる文化の弛
盗と共に漸次低下し、昭和十丁年には三十人主な割るにいたつたので
・bり上ナが、そこへ持つて来て翌年の七月支淋串艶が勃衷しましたの
で十三年にはまに二十六人毛となり、教学の形甘を受けたかの庇を稚
ヽノ

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かしめたのでありますが、翌十四年後牛からは、巳にはやくこの独学
の額彪卓から耽耕しまして・十五年には〓十九人彗十六年には三十
一人頭となり出生二召数十碩人といふ大記録を生むにいたりました。
死亡の割合も大正年代二十」丁二人でありましト盲のが逐年幾分づつ
減じ、支邪革艶以来正に減少しまして十五年には十六人飴、十大年に
ほ十五人牟と著滅いたしました0殊に乳見の死亡は著しく減少しまし
て三、臼割方減じました0か〈の如く出生は攣ろ死亡はへるといふこ
とになりましたので、人口の自然増加は急激に上昇してまゐりまして、
軌前平年の自然培加は九十革人といふ目安であゎましたものが十六年
には辛に冒十二萬といふ未曾有の大増加牽牢↑にいたつたのでおりま
す0軒ち従来機申に附績する必然の結果と考へられてをりました人口
現象の密則は見事に打ち破られたのであります。なほ昨十七年の状況
は現在なほ市町村から報告の逸中にありますので的確には申柴ねます
が、内閣統計局に放て環在までに判明いたしてをりますろ同年∵月上
り六月にいたる状況な見ますと、十六年の良好なる成績を常に蛮鵠し
てをるのであります¢しかし油晰は禁物です.この撃暦この彗l
き粗野を正にモに強く押し進め行かなければなりませぬ。それほわれ
われ国民のつとめであります。
 しかしてまた政争につきものといはれました憑疫の流行はどうであ
りませ与か0赤痢、疫痢、将紅黙、ヂフチリヤ等り専巣病は近代に於
きまして年々せ加し、ま七・時減少の傾向挙がしてをりました腸チデ
スの如きも昭和の中塀より増加し始めて来たのでありますが、これ等
 の挿染病が惑く事璧雪辱の昭和十臼年以後逐年減少の表を辿るこ
 とと放りまし<昨昭和十七年ほ最倖載宰ボしてをるのであります。山
 持最産業方面に碕加の世さへありました性病の如きもまた十凶年以
降薯液してをります.
以上私はいろいろの慶現すべき串甥をお話してまゐり音したが、そ
れにつけて次のやうなことを思ひ起すのでありま寸ごそれは数年前朝
誓革げて挽近に於ける組成他力の劣舶化が叫ばれましたときその原
因が探求せられましたが、その結果他力位卜の原因は明治御維新以来
薗時の欧米先進国に守る馬め、何蒜いても般の文化を埠収Tるに
急ならぎるを鴇なかつた傲弊であるとい■で」とが明かにせられたろこ
とであゎます0この弛と串艶以来の人‖趨勢と傲義に放ける組民生沼
の動きとを併せ鞘みまするとミ肖ら健民の姿邁に閲†岸つきりし
た天来の雄を輝くのであります。
 今こそわれわれ幽民はお互ひの生活を荘の皇国風に銀て苧べき秋
なのであります0晩学目的完麓へひたむきに一路適任する生措こそわ
れわれ国民の日常生活をそこへ囁くものと考へます。
 申上ぐるまごもなくわれわれ園民の生活には園寮に必要なるものを
造り、また泌衆に必蛮なほたらきをなす方嘩即ち奉仕の生浦慨禁り
敷革生活といふ部面と覿民の勤勢に上つて出来上つたものを草食すろ
方面、軋も隈弟に放ける消費生活の部面とがあbますがご−り輌潜は
相互に他の倣件となりおう関休に立つのFあり字して、勤塀生汚の合
理化¢エる能率噂準生産増担といふことと滑費生活の合理化に上ろ
健全なる園氏り育成とは健兵健民の梵を革ぐる不可敏の黎件なの巾去
 りますP
 動番線力も義揮いたします薦には、例へば軽易な業務等には女子が
男子に寄ることも必宰であり、高等女奉校卒業後;年位は・つちから
通勤の出来るそれ等の通草な牧場に準山で出てもらひ、そしてその後
はひたすら家庭の人として日本女性の特性を教押して敷き、また不急


.†
の事故専は盤理して牡相に腹ぜらるるやうにいたすとか、また薯鉱
脈万両からは戦力に鞄穀掬換をしてもらひますとか、勤労戦前最をも
つと常備的に牲領しますとか、従来以上に同地の勤労生活をはつきり
ナることが必中と考へらろるのであゎます。しかしながら今8国民全
捜としての鈷硬柁亡は漸く好蜘の前兆を諷めつつあるのであります
が、ひとり薫方面の管年労サの枯枝のみが頓に激増しっつある現状
エ府しまして、管卒樗核の山を励サことが紘核撲滅の礎でありますの
で、政府といたしましても伽佐々人の揺には鍛鉄施設む賎風L、鵜い
甘年の環にほ健民催槻桝を全快に設けまして、轢魂1つつ修確な加へ
また柄堵の践には収弊施設中急遽榔充蜂鈍い`Lます野、鞘般の接触
な訴じてをります‥力、拗弊稚∽招め必黎物賓を租伴する専の工夫を
弛めてゐる次串であむまtて、艦ノハで華紫刀碑もまた健良錬成の堵池
たらしめたいと考へてゐる次恥であbま†の
 また今日の消費生活ヤ心身斬成ほ個人の私郎でなく、いほば公称で
あゎ、滑蒋は各人個々仔溜の滑班が許さるるちのでなく、附費は国民
全陛の措如力を増す出に行はるるのであり「おほみたから」として閑
民の心身む育成するために和はろべきもりとなつたのであゎまサ。即
ち例へば在来持ち合せ”衣服は紺ひがあろとか、約であるとか小しま
して箪笥にしまひ込みわぎわぎ新たに什串蔽や櫻幣眼を造るとか、土
地土地の寵物故顧みないで他から移臨入される食物なまつとかいつた
やうなことは醗民念艶の捕糾力な村サもりでちなく、心身を育成する
ものでもむく決して健戌生活とは小されないのであむます。
 寡欲、摂俗、苧洋ま処馳の弊誰でありまサ。纂欲、撲俗、苦行の山こ
っは正に今日お瓦ひ抑民−人々々が服行すペき健典鮨民の甥錦弊制で
あります。
 大東頭独学はこの♯仰艶に放きまして辞煉のときでありますク巾とも
すれば踏み外しかけてをゎましたわれわれの日常生活を丼の≠に立ち
締らせてくれたとも見ることが出来るのであります。催民生括の‡続
こそその努力の一つ一つがその最匪家目的に泊ひ天に通ずる所以であ
りま†。か〜した生活の上にどつしりと根を下ろしてこそ初めて押印
日本に生を亨くる丸の日本人の壷に立ち阿るわけeあります。
    けふ上りは顧みなくて大君の
       醜の御礪といで☆つ吾ほ
 何と合い大らかな心境でありませう。この心境は決して召されて影
山繰に放つ時に詠つたことではあむませね。そしてふやけた文化生活
の中からほ決してこのやうな自覚は生れてまゐりませぬ。もれわれ開
成が典の健民生括の上に放ち上り庇佃の日本人として我を甘現すると
き初めてこの心境に徹してまゐるのであります。天魂と共に移りなき
賓酢の下、赦速に蒙展する皇担民族大生命の叫環たるあわ、しかも大
君の醜の御楯たるわわ、即ち御民雪れ、を自兄いたしますとき何と争
いわれではあbませぬか。
 われわれほ今Hから、いやこの瞬間から皇国振生活の上にどつしゎ
と根を下ろしこの自正に徹して血税の御飯を戴くときも、家の内外を
間はザどんなささやかな仕事の上にも、この白兎をカ敷く捕らせて行
かうではありませんか。かくしてこそ国民の一人人々が力強く妨一線
に繋つて行くのであゎ、大東盃建設に封脇†るものでありまして、開
運費屁の前金油に洋々たるものあることを租借†るものであゎます0
 希くば政府の健良好施帯に協力山致、お亙ひ糠命の努力を沸ひ、♯
民浬動粗官の存するところを身を以て行ひとわに健〈しげく皇酔にお
益しし上〜ではあbすせんか。       ハ五月七日放送)
ヽノ

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