戦時下畢徒髄育
     意義青垣長 小笠庶道生

 このたぴ文部省では、決勒の年ヱる昭和十入年正に於ける革徒の鎖
骨訓練を如何に繋施すべきかに就いて、「戦時拳徒瞳背訓練女施葬網」
を定め、去る三月〓十九日これを湘係各方面に租抜いたしたのであゎ
ます。このことは旺に所領紙等に上つて御承知のところと恩ひま†が
私は今、この要綱の趣旨、内容に関して若干読明を加へると共に、併
せてこの糎禽に於て決戦下に於ける艶育の意義と目的とに就いて研か
所信を申域べたいと存じま†。まづ今岡通性いたしました学徒醍育訓
練の梵施要綱について申したいのであるが、この夢粥の趣官と†ると
ヽノ
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つU


ころは、その努現に掲げてある短い前彗あ文章で極めて明かに示さ
れてゐまサから、まつこの前申きを表いたしませう。
 「大東魂戦寧ハ正二決故段指一京レリ、コノ秋、圃建推進ノ原動力
 クルペキ青年学徒ノ飽育訓練ハ必然平時ノ夫卜同ジカルベキ一l非
ズ0即チ今コソ最大ノ限度エ之ガ強化徴彗ノ囲ルヲ黎スルト彗、
英ノ目標ヲ最モ明彗取力椅批ノ蒜エ由キ、之二向ヒテ最モ適切
 有数ナル頃施方策ヲ謂ズルヲ礎ス。
 近時各種動勢作業、防褒防池訓練ノ甥施等三ソテ革徒ノ日常任
 澱ハ薯シク鎗大シ、加フルニ劉期的ナル弊制ノ政却照準セラレ其ノ
 奉行生活ハ研タナル膣制二準、、ツツγリ。佃ソテ又各種沌掌材ノ
 節約、交漁機関利用制限等職時下各段ノ耶怖ハ懐禽訓練等ノ耳施エ
 封シテ平時卜品ル各種ノ制約ヲ加フルアリ。克ク此ノ頸状エ郎シ此
 ノ制約ヲ克眼シ進ソヂ平時11倍スル牌苛訓練ノ威盤ヲ全り七ソガタ
 メ■lモ亦貌ク所ダナル決意卜斯クナル方策トヲ蓼ス。
 鎖上ノ也写壷キ昭和十入年度革捷敵背訓練ノ頃施ハ木宰網三雄
 り文部省、各革校及ビ関係各両ノ娘心郊カニコリテ兆ノ撤抵ヲ期スし
 かやうな次第でありまとL、革徒の殿音訓練の目標た恥力増独とい
ふl幾に向けるといふことな明碓に示しまして、この日標に向つて最
も適切有数な†施方法を閉じやうといふのが今岡の嬰粥の取木なので
あbま†・しかして、その環施方法につきましては、飽くまでも串徒
たるの本分に印し、今日の革徒の生活の繁状に十分郎することはもち
ろん、〓刀にはまた各租の施設賀材の節約、交流槻陶の利用制限等、
政時下の紅倉卒怖にも積極的に印鹿して、しかも平時に救倍サる他者
飢錬の教具を牢げることを窄へなければなりませんから、これ等の払
 せ十分臣事灯して鹿島有敗と信じられる食施方繁を掛て、その大槻
挙がしたものが今岡の彗施要粥なのであります.
それではどんな箕施方策な探らうとサるのか.要綱に示されてをり
まサ耳施方策の内容を掻く簡単に牲めて申しま†と、要するにそれは
次の〓勲に挿するのであります0即ち、訓珠の甥施方法としては革故
に放ける平素の捜育訓練の丑施に電鮎をおいてこれを強化徹底せしめ
ること−訓練の種目についてほ賓眈ま義な採り、罫を亀し不要を省い
てそのせ施の徹庶を期すること、これであ皇す.先.つ、全部の革徒
に三雄らず普く醍背訓練を句施せしめること、これをま眼として飽
くまでも牢秦に放ける建音訓練の甥施徹庶といふことに更地むおくの
であゎます0もちろん、多教の学徒の中には極めて強健な者もありま
†しまた中にほ飴わ弾健ならぎる者もありませうから、その総てに−
竺様の訓慄を甘施せしめやうといふわけでほなく、現地なる者は−
腐これを鍛錬すると共に強健ならぎる潜は遵かにこれを弾性ならし
めるやうに、それぞれに適切な訓練を繁施せしめるのであつて、この
意味に放て総ての革徒に背く捜背訓練を耳施せしめやう与るのであ
ります0次に女鹿すべき訓繰の境目については、何といつても今日の
場合直鼓敬南カの堵挽に箕する種目を儒先的に採用太地するといふこ
とは常如的にも普然のことであります0特に今日革常に在る弟子申籠
の殆ど撃Jが卒築後檻ちに賄兵として職場に赴くであらきことを想ふ
ならば、今からこれに必要な駄猿訓按を十分に竣施せしめておくこと
の緊要なことほ申すすでもあむすせん・同時にまた、この粘は決して
近絹眼的に考へてはならねので、取按訓練が必宰だからといつていは
ゆる敬校訓線だけをやればそれで上ろしいといふわけのものではな
く、取壊に放ける十分な力士を偶へ且つこれを十分に取持出衆ろやう
にサるためにほ是非とも十分な基礎的凱礁をも併せ−孟して、十分に
ヽノ


一ル
古毒カを扶る必卒があむすす.邸ち狙切な基礎的訓珠が必璽であ
b、亡のlの♯育も首然採用しなければなbずせん。ところで従来革
故に放て撫用筈れ†海苔れ来った捜音訓棟の粗目は決して抄くはな
いのであつて、礁来に放てもむしろ飴わに多きに泡ぎるのではないか
といはれてゐた位であります。私をしていはしめればこれ等多数の種
目は何れもそれぞれに長所があわ、有数なものであむ、決して思いも
のといふべ計ものほ何一つとして無いと息ふのであるが、さりとて、
租てのものがそれぞれに長所があるからといってそれ等多数のものを
全部採用したのでは、今日の場合却つて†分な放梨を収め得るもので
はありすせんD是非とも仏るべき究新生義を深b、特に必要なもの、上
り瀬切な租目について詑弥的にカを注いでこれを彗施するといふ方法
を探ることが必宰と思ふのであつて、特に今日の如き場合に放ては一
甘これが必苧と思ふのであゎます。即ち、今岡まづ職力増強といふ野
を目標として、汐凍なる取輯訓練及び基礎訓煉に捌してそれぞれの種
目の性質内容ほもちろん、申校の貰釈、施設資材等の関係、所要の時
間、成ひは才た努&て多敬の準徒をして甥施せしめ得るか杏かの駄等、
租よの曲を十分に窄曙研究した結果、現駄的なものとして若干救の毯
日を牢げたのであつr これに主力を注ぎ、これを官駄的儲先駒に甘
施すべきことき亦†のであります。以上の〓部が黎するに今岡の賓施
穿綱の骨子となるところであつて、これに朋研して必嬰な各毯の事項
を寧げてこれを示したものが審判の全般なのであります。
 以上お研きのやうな次妨で、今岡の哲雄堺綱は一部の人からは何か
早徒瞳背に関する急敵な一大挺革であるかのやうに見られてゐる上う
であゎま†が、天性決してそんなことではなく.むしろ極めて常態的
な曹然の接骨に過ぎないのでありますハニ花来国民の陛背は同家呂的に
打つて†施されねばならぬことは何時如何なる時に放て卓然のこと
であります。特に今日あらゆる所内施策の目点を取力護の山酵に#
申し、観察の線カを挙げて吸ひつつあるこの決放汝弼下に放て、牡甘
の目標が軌力の増強といふ賎に向けられるのは普鵡のことであむ、特
に革徒の瞳育は他の一般武官人の牲育とは切か具わ明かにそれは学徒
の本分たる教育そのものであわ、串家のために役立つ強催有環の畠R
艮を錬成する教育自毯に他ならぬのでありますから、この事徒蛙育弧
抹こそは他の何ものにも埠して最も適切にこの日鞍に向ほなければな
ら租−Jとは今宮いふすでもないところであります.正にまたその†九
万策として上戎のやうな方法を探るといふことは全く今日に放ける甘
地以外の何物でもないと息ふのであります。
 かやうにして教科学徒睦背部捕食孤軍粥は定められたのであるポ、
卑に事網が定められたといふだけで直ちに草鞋の盟青訓練の数果が収
め得られるわけのものではない.几の教具が才げられるか青かは全く
今後に放けるお互ひの零力如何に有すると申さなけれげなちすせん.
もちろん、文部省に於ても今後これに向つて−犀の申カをいたす琴へ
であり、同時に粂隈各革攻普局及び〓千芭の串徒、その他箆叩方面の
緒君の心からなる協力を切に期待サる次第であります。先日研肘鉄上
で見ますと、成人は今岡のこの要網に従って今後学徒鈷背訓練の蓑
が挙がるか杏かは関係者の時局証殻及び誠意如何に上ると批評し†し
た。私はこれには全く同感であります。同時に私は、今日の革攻及び
畢徒の時局諷詠故に時局に向つての挺身の熱情が如何に童女ものであ
るかといふことについては何等の嘲念をも持たないものであるが、私
は飽くまでもこれに期待し、如何に期待するとも期待し過ぎるといふ
ことほ晰じて無いと確信してをるのであります‘せは今岡の野粥の作
ヽノ
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′.ヽ

成に蛍つても、例へば訓練種目につきましては、時に必黎たものを王
駄種目として寧げてこれにまカを注ぐべしといふこと姦く示してゐ
るが、その他のものについては崩れてゐずせん。また或る械目につい
ては革故の適宜盗担に垂せてゐるものもありずす。即ち、必斐な大網
だけを示して細部の乱は普渉者の自主的轡カに委ねやうとしてゐるの
でありま†¢所謂盛わ上る力に上つて瀬切に渾讐しめようとしてゐ
るのであゎます0これに封してもつとハツキyと機械的に、これの種
目を†施せ上、その他のものは禁止するといふふうに、細部にずで亙
つ三々践更に規定してかからなければ長は上がらぬだらうといふ
講論もありました0勿論この最にも首肯すべき理由があら乏こ患ふ
のであるが、宰するにこの二っの見解が映れるととろは、拳銃及び学
徒、或ひは掬係各方面の人力に十分な時局馳響こ正しい腔青の理解と
があると見るかないと見るかに上つて絞れるものと恩ふのでありま
†ノしかして申す軍でもなく慧ハは前潜の見解を採b、これが飽くず
でも正しい方法であると信じてゐるのであります.
 次に私は、革徒病者の中声はこれまで何かの切目の艶動を熱心宗
つて爽たが、たまたず今岡宅鮎主義が疎られる繕巣、これまで籍君が
†施し宗た粗目が今後†施されなくなるといふ人々も有らうと風ふ
ので、との横合に特にそれ等の籍君に告げたい。さうした租合、捲君
としては感偶の上では緒分淋しく一意じられることであらうし、また
定めし不満にも息性れることであらうと患ふゥその気持は私にも上く
蕪しられますご蛋我々が何の租日の渾軌をやつてゐたにしても、や
るからにはこれに金持紳を打込んでやるべ草で、また卒рィ互ひにさ
与し<やつて東たのでありますが、さりとてその墟日の浬劉を行ふと
 いふことそのことがお富ひの人生の済鍵の目的といふわけではなかつ
た簡でありまサ0済壌の目的は更に表と高く大きなところにあつた
曹で、その大きな日的のために備へて我芸身心J姦錬し線辞するた
めにそれぞれの種目の撃劉を甥施して来たあけだつたと思ふのであり
まナ0琴って何の種日に限らず成る種目のものに精進して来た者に
は、単にその種目についての小差技価技巧はか卑でなく、もつと基
本的な薫味での大きなカが養はれて釆てゐる管であります。錐衰何の
睡勅もしなかつた者には見られない立沢な力と賓質が鵡君には出来て
ゐる曹であり享こかも今こそそのカその賛貫を招柑すべき秋が衆
てゐるのです・空位来の籍君の菅Hが無くなるといふならば、この
琴小差感情などは吹き飛ばして、進んで他に畢且の管Hを望んで率
先してこれを耳施して貰ひたい¢而してそこで鰭台が従来撃つた力を
左に牽揮して貰ひたいと息ふのです0殊左来頭手であつたといふ
やうな帯君に射しては、特にこのこと姦く切革したいのでありま
すご蛋温宇といふものは文字の菅ソに「選ばれたる竺であゎ、指
導翌埠にせっ者であ豊す・成る程日で要事であつた頻は、必ず他
の租巨卜放ても指導翌頓に立ち得る幹慧早からに革つてゐる嘗
でありま†ご」の資質を十分に牽押して文ひたいと思ふのであb−†
 以上に申彗た他に、取時↑の睦育訓練に関してはなほ申述べたい
ことが多ごあるのであります・訓練の強化に伴ふ休巷の閃喝熊甘な
る緊張の完には明朗なる飴裕を竺なければならねといふ閑喝破
ひは革徒の睦育と表批骨人の捻育との革具の岡官軍以上に申組べ
たところに開併してなほ申述べたい間籍が砂くないのであり呈Tが、
今岡はこれ等の開店についても私共は大いに蒜してゐるといふだけ
を申述べるにとどりてご」こではまづ日下嘗然の開琴り骨子とすると
ころだけを申述べた永島であります・   へ拘月八最撃

(1943.4.8放送)