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戦時国民読本


 断食後のガンジーと印度の運命

世界中の注目を碓めたガンジー
の晰食が昨日終りました。七十五
才の高餉でニニ週間賓を断つたので
ありまサから、惟界中はガンジI
の俄柁を鳩念し、殊に称食k日日
前後は非常に蛮されたのであり
ますが械かの水分七倍つたばかb
で寄瞬的に持直し、首寝上く漸食
持つたのであります。西洋流の世
革や生理串的計算を超越した紳盛
な東洋的構群力の発くべき野利が
ここに示されたのでありま†。
nけ附b[粥州g‥‥‥…
二十一年前にこ週間、十九年前に
ご.週間、九年前にこ週似懲行した
ことがありま†が、今倒捏容盟が
悪化したことはなく、「よくまあ
もちこたへたものだ」と世界中の
帯異の的となつたのであります。
 ガンジーほ二月十日正午、的閑
されてゐるデーナの丁カ・カy宮
殿から印度総督り/リスプウに断
食開始の洩告を襲し、「断食ほ馳
托することを目的と†るのではな
く、余は印廉人の印鑑幣現まで.戦
きる上与この耗錬に耐へることを
念醸すろものである」と延べまし
た】即ち和立のために死の危険を
河†のであり、その板木思想は印
度人の無殺生、撫機番の思想、郎
も何ものをも殺さず、何人をも侮
つけず、自ら苦捕な耐へ忍ぷこと
に上つて理想を軍規しょぅとすろ
アヒソサーの思想から出てゐるも
のであり、或る鮪ではキリストの
十字架にも比すべき受難構紺の現
れなのでありま†.
 イギリスの政策ほと、外同は薯
陣の如く優しく、内面は夜叉の如
く腹黒い政熊はないのでありま
す0ガンジーはこれを過去四十年
に亙つて勇敢に裁鍵し、続演し、
そして取つて架たのであります。
英再が口に平等を唱へながら、ア
 フリカで轟人白人の徹底的な差別
待遇わなし、印度では不切托とい
 ふ卑しい人民の存在を公認し、耳
敢制度や繋易操作のカラクリで印
 女人か拍収し、この前の世界大故
 にほ百二十轟の印鑑兵な徴椙Lな
 がら散後にいたつては自治み輿へ
 るといふ約束を反古にし、しかも
魅制極まる守備阪を印床に駐屯さ
せてアムyッツアールの大虐殺を
行はせ情として恥じる色がなかつ
たのでありま†。−Jの暴虐に封し
ガンジーが展開したのが例の不眼
社運勅であり断食でありますが、
今岡の断食は大東碩勒平に上る東
破諸民族解放計壬が着火進行しっ
つある所柄とて特にその意義が洗
いのであります。釦ち我が東憮維
理大臣は、昨年の弼倉演義に於て
東亜諸民族解放の大義み明かにし
更に今年−月二十八日には窮禽に
於て、帝国が漫くとも本年中にビ
ルマ河津設を蝕めんとしてゐる昏
々言明し、モに印度について次の
如く準へられたのであります.
 「印虻ほ眈にイデリズから梢群
的に糀止してゐるのである.然る
にイギリスは印度の指沸者や並河
 の志士を逮捕監禁し、民衆を#蹄
 の下に鉄桶してゐるのである.し
 かして既に南関の濃意を知れる印
匪人士の一部ほ帝同と挽力して現
 に取ひに挺串してゐるのである」


′\

この★條粗瑚大畠の初音績祝は直
ちに電波な鵡じて食慨界に汎く増
へらかたのであ小ま†が、そわか
ら恰かもこ週間目の〓月十8⊥り
ガンジーが残せた宅鵜を地肌死の危
瞼に催して良和二一週間の晰克み掬
也したことは、梱る意味が拭いの
であります。
 山印東和度の州叫北越軋は、スワラ
ジ渾勅として知られ、亜虐イギリ
スの統治下において絶えず民衆述
」別として扱けられてきたのであり
ま†が、イギリスほ印度内部の詣
努力を野太させ、申はせて巧みに
この雄軌を抑へて水たのでちりま
す.
 然るに大東亜職革勃挙以東、こ
のスワラジ運動に大きな新しい班
架が入つてきたのであります.我
が帝阿政府の大東正也川民族解放宜
雷に上り、スウラジは単に印檻だ
けのものでな〈、日本の頻軌の下
にビル†にもスワラジ、フイリツ
ピyにもスワラジ、支那にもスタ
ーフジ、▲即ち大東車のスワヲジ気組
が山野済として勃興し水つたのであ
ります.これを英米側から見ます
れほ、恰も彼呼が桝和してゐた野
牌の八方から一時に軒火が燃え上
つたや与なものであゎまして従来
のやうに一ケ朗だけ消し止めれは
外は大丈大、といふやうなわけの
ムのでほなく、半英が如何に狂沸
しても附しきれないやうな琳態に
なつて架たのであります.掟つて
印度にとつてほ、今こそ単なる印
舷だけのスリラジではな〈、大発
掘山北那題と兆に】粥腑放を官現
†ろ絶好の機伸一ピ柑た山ごあり、
もLこの槻何レ失へげ未来永劫、
根叔の迦命み拭けなければならむ
いのであbます.
 山上のやうた形勢み網て収つた
イギリスは 印度今上に瓦つて恕
嫌な沖貼中間始し、昨年八月H架
ガンジーみデーナに榊椚し、民衆
に封しては哲官と桝隙み軌良して
どしどし触鮎・ぜ加へ、これがため
昨年末まで一類砲琳件五官周以上
に適し、柁糖九盲凹†名、負傷渚
千六盲三†名、沌沌補頒六武名を出
したのであります。民衆側の反抗
もまた納めて雄烈ご、これがため
軍偉及び野官の柁潜六十ご.名、負
悔満干四首ご‖十.一名を出L、称N察
架、絨鵡、作稗勒、慣伯局等の被
害千二盲二十件に上つたのであり
ま†.
 ガンジIが賢開始以後の各地
の拝竣は更に招烈で、方々に純絹
ハハルタル)が起り、γIメ〆パ
ツドでほ紡績工場が全部椎柴し、
斗日肘一一ユーデリーでは児衆の示威
大倉が行はれ、流血の俸椒を悲適
いたしました。
 外国でもガンジーに封する同情
は轟然として起り、各担在留印簾
人は墟んなガンジー持比過剰みh起
し、米的でも環酵でも稚多の幽蛤
に上つて持故決鍋が行はれたので
あります。
 然るにイギリス政府筋同ほ、冷
然としてこの民の搬を触下に爽剃
ね、印檻雑務和γメリーの如きほ
Pyドyの鞍オにおいてガンジー
を用閉した原因がまだ♯滑しない
から、イアリス政府の態度は弊ら
ないと故吉L、断食む中止させる
ものはイギリス政柑ではな〈、ガ
ンジー白身でなければならないと
述べてゐるのeあります。
 懐柔の恨滴なかなぐり捨てたイ
ギリスのこの舶一花駒な態度は、金
印摩人の封英反感に拍革をかけ従
来判英妥協状と日されてゐたサデ
ルーやヲジャブパブチヤリのやう
な人々も、初めて残忍冷酷なイギ
リスの政鮨な全面的に諷謝L、中
間的☆墟七耶粥1て大衆と兆に甘
塩する砺鎚を醸成したやうであり
ま†。
 七十五才の宅ガンジーほ、ご−月
‥ニH先づ雑物の汁な赫h、次いで
山羊の乳を蝕み、家筋に常食に鎚
麟し、新しき啓元と破戚を受けて
印度解放のスワ■フジ運動にふ糀進し
上うとするでありませう9
 我ら大東並のスワラジを日堵と
する日本申出は、津誠の袖心な以
てその成行を注目L、今や永久に
ヽノ

′\

挿欲されるか、または水久に奴意 めに、ガンジーの礁功を斬らうと
化さかるかの岐路に立つ印鹿のた すろのであります、ハ宇ハ担日故盤)
 日 本 の
 印耗溺立の念に燃えて断真に九
つたガンジー頻に淋し、全他界の
注目と同情が集つたのは禽然であ
ります。ガソグ一糸を救へ!とい
ふ辞は印度ほもちろん、他界の各
方面かちあがりました.こかに封
してイギリスほ如何なる態度をと
つたか。兜にも申上げましたやう
に、印女♯耕柏7メリーは冷然と
かういひ放つたのであゎます。
「批套を中火させるものほイギリ
ス政府ではなく、ガンジー自身で
なければならない。」
 そしてアメ少−は、支配沓の支
配される瀬に射する傲然たる放庶
七以で
 「ガンジiを用明した原則がなく
ならない以上、イギリス政府の態
L〆け繁らない−か与いつて、生と
 道
化の汲桃和するガンジーに酬い
たのでありま†。
 イギリスの印度餅壌柑たるこの
アメリーの吉兆と態度の中にこそ
その支配†る炊飯 その支配する
的人を足元にふんまへて、腕をく
み、紘をこやせるイギリスの姿を
最も上〈知ることが出来ます.
 緒局、イギリスはあくまで世界
の現状な維持し上う、何とかして
イギリスの地位と労力を保つて、
枇界を椰へて行きたいと、必死の
あがきを枕けてゐるのでありま
†.そのためには、イギリスに頓
つて山都大事な、他の如何なるも
のを最牲にするとも廠はない車庫
印艦が、臼分の手を離れるのな仙軌
つてみてゐる笥はないのでありま
す。印蛙を自分のものとし、これ
な奴]評釈態にしばりつけて、イギ
リスの‡桝をして車庫たるの†を
あげしめるためには、如何なる芯
辣な手段、如何なる虚言、如何な
る貯艶をも敢へて†るのでありま
す。
 しかL、願史の動きほ、何時ま
でもイギリスが現状にしがんつい
てゐることを許すものでほあbま
せん。∋1ロツバではドイツ、イ
タリヤな中心に、新しい秩序が南
鮮と…豊洲を乗りこえて馳ひとられ
るでありませう。アジヤでは、い
ま、アジヤ人のためのγジャをめ
ぎLて、馳ひと建設が挽けられて
をります.
 イギリスの現状推持の夢を打ち
くだくもの − それほかうした他
界の響ばかりではあbません.
米英といふ、その同じγyグロサ
クソy民族たる7メクカの領土的
野心、アメリカの浦々たる世界制
一軒の野望の前に・も、イギリスはた
たされてゐるのであむまナ.
 ニ〃敬弔を機倉に、丁メyガは
イギリスの浪彙細線に汲々たる有
様であります。あらゆる場所に手
をのばし、花入るだけその憐に収
め上うといふのがアメリカであわ
ます。そしてアメリカのこの領土
的野心む全く#骨に、赤裸殊に教
拝するのが′‘リカ讃帝なのであ
ります。
 アメリカは民主々義師驚の武器
庸であることを似て仔〔てゐまし
た.もちろん、イギリスにも武神
を幾つた、しかしそれほ決してた
だでといふわけでほあbません。
アメリカ上院瀬見のミフード・タ
イティソクスといふ男ほ去る〓日
の仙革曾で
「アメリカ政府が、さきに中名■
五十聾と引換へに九†九ケ年の淑
阻で租借したイギリス傾芸基地
ほ、イギリスにモに他の五十費を
一声り渡すことに上つて、決定的に
アメリカのものとすべきである」
といひ出し、上院外交軍負長もゝし
九を全幅的に家持†ろ有挽であゎ
ます.つまゎ、h薫育#と引故
ヽ■′

′lヽ
へた、今アメリカの使つてゐるイ
ギリスの雑ヰ基地を自分のものと
L上うとしふのでありま†。
 またアメリカ執甘の取壊委員曾
でほ、堀らね狸の皮耳用の如く、
中学がナんでからどう威圧すべき
かを相秩して
「取壊、アメリカは太平洋の中浦
たるべし、太平洋の丈卒な島人は
全部アメリカが儒者ナベきであ
るJといふ持拍を下してゐます。
 井諭のヰといほれ、大衆の無定
見に動かされるアメリカの、その
熊漁の底を流れてゐるのは、他む
らぬ、かうした領土的野心以外の
何物でJヽありません。アメリカの
杜礁フオーチユソの二月甥は
「如何なる隈後計隼と捷もアメリ
カが中心となるのでなければなら
ない、アメリカ人ほイギリス及び
ソグエトが鞄後世界の首堺譜とし
て活動な開始するのをただ確てゐ
るわけには行かない」と時間もな
く滅べてゐます.
 アメリカの・」のやうな肝心、銅
土的私見に壊し、イギリスがこれ
をどう抑へるべきかについて、大
狼姐を衆たしてゐることはいふま
でもないのであゎま†。
 このやうにイギリスほあくまで
これまでの他界なとりもとし、維
持L上ウとする。一方、アメリカ
は新Lい飽くなき懲宅に燃えてゐ
ます。かかる米英なつな〃・ものは
丁ングロサクソソ出族に上る他界
支配の弥増であり、丁ン〆Pサク
ソソの砂越と制斬といふことだけ
に米炎は事態つなぎ、一段となつ
てゐるといふべきでありませう。
 北′フリカの件の一隅に、ルー
ズダエルトとチャーチルが落合つ
て開いたカサプランカ禽秋ほ、竣
多の鞭触な悲劇をかもし出してゐ
ますが、その雑粥にあげられるの
は常駐であります。アメリカの釜
歴接助ほ駆のみ大仁して、耳賓を
伴はない、 − 今や箭岸は日本の
弘雌の前にい上い上敷地に隕つて
ゐまサ。この時、カサプランカ倉
旗でヲ1Pッバ坊山鼓鵡が決定L
たと見るや、定昇の狼[折がその一捷
に建L、その不満が貸したのは
いふまでもありません.そして、
「日本を攻撃できる最大の班#ほ
支郷大悼を利用する他、盈がない
でほないか、そわだのに東経は日
毎に弘控化してゐる。日本の地位
が廿々と強化されてゐるのに、こ
のままでは電足は崩埠の窪舟に蓮
着するJ − とことさらに貰単は
喋を大にしてアメリカに京郡泣許
してゐるので鼻1ります。
 また山方欧州では最近、米英が
作わあげた亡破ポェフソド政府が
Pyドンから失地の快復をソグエ
ーに野求し、ソダエトがこれを鵡
確†るといふ開潅が起ってゐま
す。アメリカの炎和洋下院鵠貞P
イ・ウッドラフが「ソヴエト政府
が大西洋窯寒の根本的原則に挑戦
して、ヨIPツ.ハ仁政て併土的婆
求を提出するにいたつたことほ、
アメリカとして十分注目しなけれ
ばならないJといつてゐるのは、
ツゲエトの態度た対するアメリカ
の音感と簸を一明にガるもので
あわませう.
 しかもその間切がドイツ平の坪
壁の防衛挿が布かれてゐろガーポー
ランド憐を也ぐつて引き海苔れて
ゐるので†から、非朗は寄此にさ
へなつてんるのでありま†.
 かかる混乱、このやうな紛糾は
すべてこれみな、米英の中頭、米
英の他界支配の野喜に革づく現集
と申せませう。米英のかきあつめ
た掛合印の紺普に混乱の短らない
筆はありません。
 日本の進む浸、日本の行く手ほ
くり返へすまでもなく、それは米
英に弊する書取の御招勅に】椚乎と
して明かであります。大東亜独学
は米英の拍堀し文配したアジヤの
解放を日ぎしてゐます。私どもは
それむ盟潮油押印、中印、タイ円
との間柄、そしてまた南方占領地
に於ける規律民との協力に上る‡
並の新しい姿に良雄化しつつあわ
ます.革禽に放て東伏線理大臣が
冒明した印定、ビルマ、フイりツ
ヽノ

3
′■ヽ

ピソに封する帝閥の方針も、それ
を事繁に上つて語るものでありま
†.
 丈傭総確大臣は、二月出日の衆
議院稚耳総身で印度に封†る帝園
の態度を次のやうに述べてをられ
ます。
「帝閑が印簾に封して博士的野心
のないことほ勿論、その本格の糞
に返へさ与と努力してゐることほ
今次執事の目的に激しても明かで
ありま†。 帝醜ほ八紘寛宇の
御構群に基いてこの堂々たる行馬
これが敵側には最も痛い、痛いか
らこれを何とか破雄し上うとして
宜伸する、しかし半★ほもう丑伴
を破沸してをり、帯†はどう†る
ことも出来ないのであゎま†J
 丈礁掛粗大臣はあらましこのや
与に戎べて、
 「日本は領土的野山とかそんな小
さな考へなもつてをりません」と
ります。
 H木ほこの大迫なたゆんなく、
脇日なふらず渉み細けるだけであ
りま†。
 図民政府の容Zに件ひ、和的は
支那に於ける治外政械の佃靡や租
界の濃附などを行ひました。そ山
はか、内政に対しても、干渉Lな
いとの典拉的な楕態に肘てゐま
す.こからは胡娼がその混むべき
道なあやまりなく進んでゐろこと
を示すものであゎ、光琳は日本に
上つて、滑々とその鼓軌と鱗土棚
を同祝し′しゐろのでありま†。そ
こにほ米英が日己のためにせんと
するW界立配、′ソグロサクソソ
の価格の野営琴と、振本的な義男
があることな、私どもほ大きな自
信と限bなき誇りを似て鳩得しな
ければならないのでありませう.
 日本のこの迅をほばむもの、米
英に射しては、私どもは「拳ちて
し山まむ」の宮瀕と騒塊と捕紳な
以て、あくまで馳ひ拭き炒ち抜い
 て行くのであります.そこに
紳武人皇の御東維以来、三千年の
離史斗池‥土し日本が少みつづけて
来た導があり、今後も泳劫に油ザ
るH本の鵡が開けてゐるのであり
ます。
      (三月四日放送)