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大東亜戦争と特許発明の動員 特許局長官 中村幸八


 大東亜戦争が勃発いたしましてよりここに満一年、御稜威の下皇軍
将兵の勇戦奮闘によりまして、陸に海に空に赫々たる大戦果を収め、
帝國は今や不敗の地位を固めるにいたりましたことは、我々国民の斉
しく感謝感激に堪へないところであります。併しながら敵米英は敗戦
に次ぐ敗戦を喫しながらなほ執拗なる反撃を試みようといたしてゐる
のでありまして彼等は豊富なる資源と強大なる生産力とを総動員い
たしまして、或は飛行機、或は軍艦等、厖大なる生産計画を樹立して
戦ひを長期戦に導き、以て最後の勝利を夢見てゐるのであります。固
より我には 御稜威の下一身を顧みざる皇軍の尽忠報国の至誠と磐石
の備へがあるのでありまして、敵の呼号する対日反抗敢へて恐るるに
は及ばないのでありますが、敵米英を徹底的に撃滅し、遂にはその戦
意を喪失せしめ、敵をして城下の盟をなさしむる為には、武力戦と並
行いたしまして、国内生産力の劃期的大拡充を図り、軍備の充実と国
民生活の安定を図ることが最も重要であり、この生産力の拡充こそ現
下銃後の国民に課せられましたる最大の任務であり、責任であると考
ふる次第であります。
 しかしてこの生産力の拡充を完全に遂行いたしまする為には、現在、
資材、設備、労力等幾多困難なる問題があることは既に御承知の通り
でありまするが、これ等資材、設備、労力等の問題を最も有效に解決
するものは実に科学技術であり、就中その根幹を為してをりますると
ころの発明であると考ふるのでありまして、発明は何時の時代に於き
ましても一国産業、文化の向上発展の為め、極めて重要なる意義を有
してゐる事は今さら申すまでもないことでありまするが、大東亜戦争
完遂の為め、国家の総力を挙げて生産力の拡充に邁進してをります
る現在、発明の重要性は今日より大なるはないと存ずる次第でありま
す。即ち優秀なる発明は資材、設備、労力等の不足を補ひ生産を増大
し優秀なる製品を産出いたしまするのみならず、直接戦争遂行に重大
なる役割を果すのでありまして、日露戦争に於ける下瀬火薬の威力の
如き、また日本海海戦に於きまして信濃丸から発せられましたる「敵艦
見ゆ」との無線電信が木村、松代両氏の発明によるものであることを
想ひ浮べるならば、発明が如何に戦争遂行に貢献するものであるかは
多く語らずして明かであらうと信ずるものであります。
 従ひまして大東亜戦争完遂の為には我が国の発明は挙げてこれを生
産力拡充の為に動員し、優秀なる発明は残るところなく有效に活用す
るの道を講じ、以て我が国科学技術水準を向上せしめ、生産力の拡充
を図らねばならないと存ずる次第であります。
 政府に於きましては右に申し述べましたる趣旨に基きまして、先づ
第一に敵国人が我が国に於て持つてをりまするところのいはゆる敵性
特許権の活用の措置を講じたのであります。敵性特許権は本年一月末
に二千七百八十一件の多きを数へ、其内容に於きましても極めて優
秀なるものが多数あつたのでありまして、政府に於きましても、これ
等の敵性特許権が我が国生産力拡充上重大なる影響を有することを考
慮いたしまして、敵性特許権は挙げてこれを工業所有権戦時法により
処理し、生産力拡充の為に活用するといふ対敵措置を採ることに決定
し、本年七月十四日閣議決定を行ひまして、一般にその方針を発表し
たのであります。このことにつきましては当時既にラジオを通事詳細
申述べたところでありますが、爾来特許局に於きましては閣議決定の
方針に基きまして陸海軍、商工、逓信、鉄道、技術員等関係各庁と緊
密なる連絡の下に、四回に亙り処理を行つたのでありましが、その処
理内容を申し上げますると、取消して一般産業界の為め開放いたしま
したる特許権が千十九件、一人または数人に専用免許いたしましたる
特許権が六十八件、合計いたしまして千八十七件の敵性特許権を処理
いたしたのであります。
 右の専用免許が与へられましたる特許権につきましては、免許を受
けたる者のみが利用出来るのでありまするが、取消されましたる特許
権は業界に於きまして自由に活用出来るのでありますが故に、この際
生産力拡充遺憾なく十分に活用して戴き度いと存ずる次第である。
 なほ敵国人の所有してをりまする実用新案権にも重要なものが相当
あり、また目下特許局に出願中の敵性特許発明及び実用新案も最新の
技術として活用すべさものが多いのでありまして、これ時につきまし
ては、目下これが適切なる活用方策につき研究、準備を進めてゐるや
うな次第であります。
 以上は敵性特許権の処置概要でありますが、本邦人等の持つてをり
ますところの一般特許権の動員の方策といたしては、去る十二月十七
日国家総動員審議会に於て、特許発明等の実施に関する勅令案要綱の
決定を見たのであります。本勅令案は国家総動員法第十四条の規定に
基き制定せらるるものでありまして、近く閣議の決定を経て実施の運
びにいたることと存ずる次第でありますが、現行特許法及び実用新案
法に於きましては、他人の有する特許発明等を実施いたしまして生産
能率を昂め増産を図らうといたしましても、権利者が実施を許諾いた
しませぬ限り、それが出来ないといふ建前を採つてをります関係上、
先に申し述べましたる生産力拡充といf緊急なる国家的要請を完全に
充足することが出来ないのでありまするが、本勅令案要綱によります
れば、総動員業務を行ふ者がその業務遂行上他人の特許発明を利用す
る必要がある場合に於きましては、内閣総理大臣に実施権の設定を申
請することが出来るのでありまして、また総動員業務を行ふ者の意思
如何に拘らず主務大臣が右総動員業務を行ふ者に対しまして、生産
命令或ひは設備命令等を為す場合これと関連いたしまして、他人の特
許発明を使用せしむる必要ありと認めましたる時は、本人が申請しな
くとも主務大臣より内閣総理大臣に実施権の設定を請求することが出
来ることになつてゐるのであります。但し特許権者その他の権利者は
自己の意思に反してもその特許発明を他人に利用さるる立場にありま
すが故に、能ふる限り不当の不利益を蒙らしめざるやう保護するの必
要があるのでありまして、時に発明研究に従事する者の発明する心を
萎縮せしめざるやう権利者たるの地位を十分尊重いたしまして、適正
なる補償金を得しむことといたしてをるのであります。
 なほこの勅令案要綱には挙げてありませんが、申請人の行ふ行務が
重要産業団体令の適用を受くる重要産業でありまする時は、軍事上秘
密を要する場合の外は申請は当該統制会を経由して提出せしめ、その
間の事情に精通いたしてをりますところの統制会をして、実施の許否
竝に補償金に関し意見を述べしめ、併せて当事者間の協議を斡旋する
の機会を与ふることといたしてゐるやうな次第であります。
 以上申述べました二つの処置、即ち敵国人の有する特許権につきま
しては取消及び専用免許、本邦人等の有する特許権につきましては、実
施権の設定といふこの二つの処分によりまして、ここに特許発明の動
員が完成せらるる訳でありまして、我が国生産力の拡充上特許発明は、
挙げて劃期的増産に将又優秀製品の生産にその全機能を発揮すること
が出来るのであります。併しながらこれによりまして我が国の特許制
度そのものの基礎が動揺するわけのものではないことは今さら申すま
でもないことでありまして、特許制度は発明家を保護し、発明を奨励
する為に一定期間の独占権を与へるものであり、発明奨励の制度とい
たしまして極めて基礎的、根本的なる制度でありますが故に、政府に
於きましては今後とも現在の特許制度を基幹としこれに改善を加へま
すると共に、これと並行いたしまして各種の奨励施設を講じ、益々発
明の振興に努むる方針でありますが故に、発明家諸子に於かれまして
は、今後とも発明の工夫創案に渾身の努力を傾注し以て大東亜戦争を
勝ち抜く為の偉大なる発明を完成せられんことを期待して止まない次第
でありまして、前欧州大戦当時ドイツのハーバー博士は空中窒素固定
法を完成し、チリー硝石の輸入杜絶に遭ひながらも、祖国ドイツの為
に火薬の原料に事欠かしめなかつたのであります。かくの如き大発明
こそ今日の我が国に於きまして最も要望せらるるところのものであり
まして、大東亜戦争下特許発明の動員の意義はここに求めらるべきで
あらうと存ずる次第でありまして、既に完成せられましたる特許発明
の動員は今日の生産力拡充の為に必要であり、明日の生産力拡充は動
員せられましたる特許発明を超えてさらにその上に築き上げらるべき
新なる大発明を要求いたしてゐるのであります。
 今や我が国は外国より技術を導入するの道を全く絶たれ、好むと好
まざるとに拘らず従来の外国依存性を脱却して、真に日本的なる技術
の確立に邁進しなければならないときに際会いたしてゐるのでありま
す。何卒発明家諸子に於かれましては、思ひをここにいたし粉骨砕身
米英撃滅の為め、一層発明報国の道に精進せられんことを期待して已
まない次第であります。
                     (十二月二十二日放送)