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 戦時下の科学技術
      技術院総裁 井上匡四郎

 畏くも、宣戦の大詔を拝して以来、早くも満一ヶ年を経過いたした
のであります。我等一億国民は新たなる感激と緊張の裡に、米英撃摧
の新たなる決意を以て聖戦第二年敢闘への発足をいたしたのでありま
す。顧みますれば、過ぐる一ヶ年に於て 御稜威のもと皇軍将兵の勇
戦奮闘と一億国民の協心戮力とは、正に戦史空前の大戦果を齎し、帝
國は今や戦略的にも、経済的にも、必勝不敗の基礎を確立したのであ
ります。併しながらこの輝かしい緒戦の戦果にも拘らず、今次大戦の
本質的な性格が十分明かにあらはれてまゐつたのであります。
 即ち我が国を過小評価してゐた米英は、漸く立ち直らんとし、巨大
豊富な資源と工業力に物をいはせ、傲慢不遜なる報復を呼号して国民
の戦意をあふり、己の最後の勝利を妄信しつつ、本腰に起ち上がらん
としてゐるのであります。その片麟が既に相次ぐソロモン群島附近の
大決戦に於て十分感知し得ることは、国民諸君の既に御承知の通りで
あります。
 今次の戦争は実に仲裁者なき長期戦であり、しかも相次ぐ敵の反抗
を次々に撃砕する大小の悽愴なる決戦の連続による、短期戦と長期戦
との複合的性格を有する大戦争である事が明かになつてまゐつたの
であります。かく考へると、聖戦第二年は実に容易ならざる年である
ことは既にあらゆる機会に於て強調せられ、国民諸君も十分御承知の
こと思ふのであります。かかる秋に当つては、国民各自の瑣々た
る一挙手一投足も皆悉く国の興亡に関することを深く自覚いたし、真
に国民の総力を戦争遂行の一点に遺憾なく結集し、頑張つて、頑張つ
て、頑張り通して、この非常の時を戦ひ抜く覚悟をいたさねばならぬ
のであります。今までの戦は特に立ち上り際の戦であつたりでありま
す。逞しい戦力をもつて一気に土俵際にまで押して行つたのでありま
す。この土俵際に於て敵もまた稍々態勢を取り戻し、土俵際とはいへ
西横綱ががつぷりと四つに組み実に大相撲になつたのであります。
 西横綱は今や死力を尽して何れが遠く消耗するかの実力消耗戦にな
つたのであります。消耗の速度の早い方が負けるのであります。ここ
においてどんなにしても屁古垂れない逞しい精神力を愈々発揮せねば
ならないことはもちろんであると同時に、何としてもその消耗を補給
し、益々これを増強するいはゆる戦時生産力維持増強が最も重要であ
つて、このことが為し遂げ得るか否かは、女に鈍り興亡に関するので
あります。そこで、この国の興亡を決する戦時生産は一体誰がするの
でありませうか、一体何が齎すのでありませうか。もちろん国民悉く
が直接間接にこれに携はることは申すまでもないことであるが、何と
してもこれに直接携はる者は実に我が国に於ける科学技術者であり、
我が国の科学技術力であるのであります。換言すれば科学技術者と、
科学技術力の動員によつてのみこの最重要なる国防生産が果される
のであります。かく考へると、実に国家と科学技術者とがこれ程直接
に、これ程重要な関連におかれたことは未だ嘗てないのであります。
一昨日即ちこの十五日に畏くも 天皇陛下に於かせられては、この生
産に直接携はる多数の料学技術者に拝謁仰付けられました御聖慮の程
を拝察いたしまして、誠に恐懼感激に堪へぬ次第であります。
 科学技術に携はる者悉くが、愈々その使命の絶対的重要性を深く認
識し、今や必死の努力精進をもつて 君恩に応へ奉る事をお誓ひ申す
べきであるのであります。想ふに戦局進展の様相を凝視いたしまする
に、敵米英の乾坤一擲の反撃の性格は、将に我々の関する科学力、技
術力の秘術を尽しての反撃であるのであります。特に科学技術に関す
る秘術の限りを尽しての戦であるのであります。科学者も研究者も生
産に直接携はる技術者も皆悉く戦士であるのであります。顕微鏡に現
れる映像にも、試験管に現れる現象にも、電動機のうなりの中にも、
ハンマー響の中にも、農具の動きの中にも、さらには患者の脈搏の中
にも、科学者技術者悉くが常に敵の硝煙を感じ、敵潜水艦を凝視し、
敵航空機を睨んでゐるのであります。料学技術の躍進はもとより、十年
百年の遠い将来のみに役立つものばかりではないのでありまして、己
が実験室も、己が職場も、直ちにこれを決戦場とし、常に敵の手の内
を見すかし、即戦即応の秘術戦の戦士そのものである事を自覚いたさ
ねばならないのであります。科学技術者諸君、産業戦士諸君国家の興
亡は諸君の双肩に懸つてゐるのであります。諸君の職域は皆悉く決戦
場であるのであります。戦に於ける時の要素は極めて重大でありま
す。一瞬と雖も、一刻と雖も、遅疑逡巡は許されないのであります。
科学技術力の総力を挙げて戦争遂行の為に結集するの時は実にいまで
あります。
 政府としては科学技術の総合力を遺憾なく発揮すペき目的を以て科
学技術審議会を創設することとし、目下鋭意その準備を進めてゐるの
であります。これが運営に当つては、従来応々にして見らるる委員会
の如き生やさしいやり方を脱却し、内閣はもちろん各庁悉く挙つて極
めて有效適切にこれを運営し、全日本の科学技術力をこれに結集し、
戦時即応の実を発揮いたすことを眼目といたしてをるのであります。
もちろん委員の数には定員があり、我が国の権威ある科学者技術者悉
くを網羅するを得ないのは甚だ遺憾でありまするが、委員たると否と
を問はず、我が国科学技術力をこの審議会に結集し、いはゆる科学技
術戦時翼賛体制の頂点として、その成果に期待するところ大なるもの
あるを全日本の科学技術者悉くが認識して戴きたいのであります。
 繰り返して申します。今や将に超非常の秋であります。全日本の科
学技術者諸君、産業戦士諸君、国家の興亡は諸君の双肩にかかつてゐ
るのであります。この負荷の大任を全うし、以て 聖慮に応へ奉らん
が為に、必死の努力精進を、いたされんことを切に希望して止まぬ次第
であります。              (十二月十七日放送)