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大東亜戦争と我が国経済戦力の増強 商工大臣 岸信介

 昨年十二月八日米英に対し宣戦の大詔渙発せられましてより満一ケ
年を経過しました。この機会に於て所懐を申述べ国民各位の一段の奮
起を切望したいと思ふのであります。屈みますに昨年十二月≠uほ皇
駒の興駿を略して、その烙久祭市なろ什触枚命山食掛斗和らんとした
編めて意教洗い日であつて、囲址二岡ほ畏くも宜汲の大招ル■押し良漢
の捏還なるに瀬然拝む正し−皇出撃享年山悼桃か振起し、教典m達
成を丸鞋し革らんことキ固く響つたのである○そ山前時の比族的な微
音の爆教を想起し感激更に新たるものある女児ゆる山であります。
 要;年御竣成山下、忠所触比なる畠常滑兵の功Z循剛に上り
まして−関野努頓に於て眈に搬々たる馳架む革げ、引招き洪に挫に海
にj大なる地域に亙り、惟界戦史に粕例なき噂かして数多くの断利女
頻博し得ましたことは朋に感謝岬撒に堪へないところであbますゥ
 かや与な根幹ぐ戦果に上つて、今や軌米英が職能呼如Lました掛8
旬叫の♯串は全く寸断せられ、対日攻撃い軍事礎弘ほ執れも妙に執筆
葵を武力的に制拡†ろ汝許と化したのみならず、具担い樫河領域は日
沸ぎの抵郎をモに最に掛大し、騨大なる大立並共畑裔〃甚疎む碓立す
るにいたり・これに上り南方籍地妹山賀瀕に依存すろ米英‖樫粥他力
は著しく拳され、泣に我が国搾済軌力や増等強化すろこととなつた
のであります¢査亜炎暑声”抑止は、定性米英卜畿なる架亜侵略
政雄の姐化以来、皇醸成族山夢雅にも忘れ村ない理想であり使命であ
つたのであゎまして1この使命を制鮎窒息せしめんとした米突山野望
は、近世日本の外交史の随所にこれを見出し柑るのでありま†が、近
くは満州革攣−支部革鍵を勅語せしめ1更にまた遼に大東電戦争むも
勤準せしむるにいたつたのであります。而してその結果は大東亜取学
勃静二周年にしで蝕に敵米英山意周は全く動辞され、大東魂共紫朗の
基盤が着々として確立せられつつありますことは、畠民族鍵に醸内緒
民族の絶大な散華でなければなりません。
 我が盛搾済は由来海外に依存し、且つ自由繹河山色彩が極め.て資
であつたのであゎますが、軌米英山野或車中核とする桝鞍情勢の推啓
に鑑みまして・白まカな経済の辛民を念庶し、樫昨晩力山基礎を増強す
る烏め各般の絆済統制む租化し、米英の野望上り皇輿の光坤ある廉史
を挿健†べく独特樫済性例の純血穀急いでまゐつたのであbまして、
殊に安部事穎の勃襲を契機として我が簡搾済の自主的な武袋は幼稚的
に狙化されたのでありよすご」れに射しまして敵米嘗は埠人∽手段を
斉し−対日樫済憾迫を日筏臣強化L、対日輸入制限、対日輸出制限、
海南膝的の囁宅等…措鹿む欠蝕早に採用し、怠に封a東金空合=I
施をも敢へてし−我が印が生存の潰に必宰なろ経済婆せ山方鞭を防雀
阻止†るり由良を輸&T由白に有島サるにいたつた仙でもむま†.か
 くして血米英は転に大水覗牝や勃教故に放て封日極桝墟取む和肯し、
自ら武力取勃革‥鮮済的必然性み.成黙せしめつつあつたのでありまし
て、昨年十〓月八日醜女せられました米共に射する沌馳り大脂は甥に
かくの如き鞄くなき米英の野増に勤し、明快なろ配晰む下し脂つたも
のと秤壌†るのでもりまして、也姐搾狩渦束の推移を辿りますとき、
弼にその必然なろに唯々恐湖底徹すろの外ほないのであります.
 かくの如(あ瑚なる米英り経済的鮎泊がありましたにも拘はらず、
漁が拘官戊ほ克くこれ替れ持寄り克眼L、その工夫と桝カレ赦し我が
内山押流カり雑租Lて耗桝頓力山桁独に−終電し水つたのでありま
して、これが今日の耗々たろ馳梨の竣柑に蜜大なる鴇輿む璃してをb
まナことは申すまでもないのであります。釦ち漑接雑筋品り如意H堵
漁放び太年≡月末8に経りました妨一次鮎武力伽充計溢は物i、労力
屯力、挽逸、溌金等山励良計稚拙に物淑及び甥易山統制方触か支柱と
して強力に推進せられ、俺的にも郷質的にも著トく柑他山Jれ、他方不
急不評嚢の馳時意策への掬成称へ、食器撼備も潜火として推渉し、
我が申挿済槻榊は急速に渦滋の栂工策中心、浦繋槻桃小心のそれ上り
象ノ・その相貌を】繋し、正エ難小心、熊掩機構小心のものド埠化し、
我が国戦中擦済カは編めて独掬になつてゐるのであゎます.撃オてり
れ申の政繁の宅地の泡現に於て、鎖薦湘條靖耽小弊務粁の血と汗の労
勺はもちろん、成ほ同民生暗に犠牲な独ひ、或は租光鮮米の費上り
の繊脆を飴礎な〈される埠、糊折暇山の竹触の疏には耗多の滞桝取牲
があつたことむ決して朝地してはならないのであります.
 かくの如き樫靖汲力の租化に梶る政府の緒方搬に封†る槻頓的揚
力地にこれに件ふ協棺鎖約の崩桃が、今日の蛾梨の∵つの瀬野なる遊
雄を地つたと申しても決して租官ではないと息ふのであゎます.
 推ふに】回の搾群取カの糾舶は、決してその申が革材すろすの大小
にあるのではなく、その有ナる官か‥最も払油且つ適締に帝カとし<頻
中勘良し紺るや杏ヤにあると息ふのでありますP如何に鹿天なр゙有
するもこれを戦力として動員活用し柑ないむらば、それほ単に申虎の
椀狩生括の鞋富を物潜ろのみでありまして、戦力の強大には何呼寄舛
†るところはないのであります.これと反封に如何に官に於て拝しく
とも、これキ独力として磯鶏剋負L得るならはその向の挫折戦力ほ槌
めて粗大であるといはねばなむませね.
 況や首大なゎといふも、その内容を取払的見地上わ仔細に考へます
と総ての傭件に於て富めるのでほなく、取略的に産めて発酵なろ旅件
に於て放くるところ・れるた常とするのであむまして、敵米英の持戻す
る粁力もまたその例外ではないのでありますから、徒に官の大小に拘
泥するこトは全くの問題ひであろと申さねばなむませね・印ち一声の
樫粁カが印民の揺狩生措を鞋かにする籍にではな′、、日の散開力穀廿
強するが如く浦糊される時に初めてその醗の措け裡汁吸力になろので
あつて、この意味に放で∵坪済即ち戦線山形汲む最も払辿且つ的確に頻
わ得る甲が最終の弊制た狸和し得ろ印であるといへるのでありすすq
 我が再は故に支那♯舞勃戦以来今申紙べまLたや〜な耗官で、耗多
の材札姓肘牲む克服して、故意その有する材料力む戦力化し米つたので
あむまして との樫済独力鶴例の放果が大水覗馳学朗姶銃−ケ年の砂
利に現れて穀りますことは故に中細べた濁bであゎせす.
 しかしながら放米英も遅れ馳せながら、その盤富なる官女取力化す
べく官民】致銃意努力しっつあるととは最近頻りに伸へられてをると
ころであつて、これに上り璃執に於けろ欣労た挽岡すべく必死の労力
をし†をる■●とは辞易に想放されるとりろであむます−とわに射止し

07

我が国の過去一ケ年の瀦勢なる地佗ヤ領徹するがはには、柑又常に彼
等に先んじて攻が園の相沢力む吼力化†ペくl投の工夫桝力汁しなけ
ればなりませんゥ従つて樫済力穀助力化す′?ことなlH憫志すればそ
れだけ礁等に妨り、またその戦力化に少しでも抑凍み刑へわば、それ
だけ彼等か利する−しとになろのであります.かやうな次節であろので
官民炎に裡済力の陀力化か周る招め、梢段山村力た州ひ、山脱帽民も
才たこれむ阻告するが如き行動舟砧に僻み、蝉ろ約柚的「こわに地力
するに非ざれば、象に今日の礎佗む何も和ぎるにいたると吋ふのであ
わます.而して睨在政府が採りつつムろ祁〃鶴川、その形捷だ於て柑
持崩つてゐても、その目標は勃わも我が河糾椚力左可及的辿かに脱く
且つ深く戦力化†る馬の方鴇であるのでありまサ。
 例へて申†と鞋頑緒率の向上む叫ぷ∽け印抑力′[力化寸ろ確率む
向上することキ忠岡Lて′りるのであるし、物発、印矩.筋輝、gカ、
輸幾年に崩する統制方妹ほ、これ符め硝触稚鍵絹た月R村貼h励も紫
蓼な物資の生薦増強に袋申するが招であむ、また企沸嶋肌に戟謔驤
節の方錐ほ吸力増強に直描寄興せぎる轟非に出前な紺鮎琵切崩が附姐
せらるる−しとセ防止†る籍であゎ、更にまた物考、設備の阿収力鞭は
これに上り戦力の析弧に嶺興せんが招のものである”であbます。仙
.■てこれ野方熊の独行は到底平和時に於けるやうな繁易な物の堵へ方
や生活態様を許さないのであつて、鈎民の仙人的な桝済鞋消の架易を
懲りながら、取替に勝つことは本に雌つて蝕穀求むるに等しいのであ
るから、声民の樫済生活の菩構は我が民族が大きく生きる招に絶封に
耐へ忍ばねばなりません。」れに対して兎角の官説か辞し、不平不満
中旬ち、政府の政鴇蛮行に何カサろこししを枇むことは、一鈎の梓沖カ
 カ化か一軒することを、それ‥rけ一阻溝することになるので払むます。
今我々に興へられてをわます使命ほ汲ひに伊汝くことでありまナ.
筋ひに析も抜くが馬にほ院比の倹l的印済に存在する野沢力まで、組
て取力化する⊂とが絶対に必歩であるのでありまして、これが即ち総
力職たる所以であります.物も企も智点も精力も総べて馳力檜租の馬
に励良しなければなりません。政府は圃の梓済カを破く戦力化する等
各般のカ鮨を樹立し、とれが刷渦なる接触に率先挺身しますことはも
ちろんでありますが、取力榊批上繋婆な物資の生恋に揖拭鵬興してを
らるる悪業人は、企業童たると組員たると弊敬者たるとか開はず、各よ
その持場に於て、その智碓と粁力む快け、企猥の揺算或は個人的な立
場称に囚はるることなく、専ら緊贅物資の生産能率の向上に堵め、敬
雫耗群に於て不嬰不急な意染に班はる渚は政府を企業蜂鳩の方傑に率
先地力し、物賛の稚肌…に拭はろ沓は常読物資む政府の意牌する方向に
洩碓凶渦に批超せ1め、一般園朗もまた圃民皆努の朽抑に徹し、その
生描む弛蛮本位の生浦に此むると八に、椚衆生摘む穣鵜に切詰め、凡
べてみ一閃故に輔ぐ・り生招■イ■績まね畑▲ならないと思ふのであります.
 か〈の如き紺地の生括摘姐の規転が沌立してこそ、寸分聞杵なき挺
済触凋の陛制が嶋鶴せられ、我が国締済力の取力化に栂憾なきを期し
得るのでありまトて、敵米英の許カを撃訳する数字転漉され†たは
これに放るることなく爪に自量的な挫折職力の強化が出来ると息ふの
であります。今や大水櫨牧村は妨二年臼や迎へ長期敬の様相益よ明純
ならんとし、橙靖馳カの増弘が招に熊宰性を加へつつある秋に憶Lま
して、国民の爾超を染むこと拭に切なるものがあるのであります.私
も汚君と炎にこの琴に決意々斯にして盤牒む安んじ挙ると炎に、埠
疏の繋塩に酬ひんととを岡く頓ふ次姐であむます。
                       ハ十こ月†持政教〕

(十二月十日放送)