大東亜戦争勝敗の決 翼賛政治会総裁 阿部信行

 昨日を以て大東亜戦争は正に一周年を迎へたのであります。米英に
対する宣戦の大詔を拝した時の感激は我々日本帝国民として終生忘れ
ることの出来ないものであります。あの刹那の悲壮にして厳粛なる感
じを、私共が持ち続けてまゐりますならば、如何なる困難も、如何な
る苦痛も、易々と克復して行くことが出来と思ふのであります。こ
の大東亜戦争に勝ち抜く為には、我々日本臣民はあの詔勅の辱い御趣
旨を身に体してをれば足りるのであると思ひます。
 私は今日過去一ケ年の赫々たる戦果を繰り返して申述べようとは思
ひません。しかし何といたしましても昭和十六年十二月八日以前と以
後とを比較する時誠にいひ知れざるは感慨に打たれるのであります。今
から一年前に恐らく世界の大衆中、米英といふ二大強国があのやうな
惨敗を喫しようとは何人も思つてゐなかつたでありませう。しかも僅
僅一ケ年間に世界の資源的宝庫といはれる太南洋全地域は日本の占領
下に帰し、また世界最大の海洋たる太平洋の海権は日本の手に落ちて
をるのであります。実に彼等としては信ずべからざる歴史的事件であ
り、また世界歴史の一大転回であつたのであります。
 これ、偏に 御稜威の賜物でありまして、私共は今さらながら日本
の国民たることの有り難さを沁々と感ずる次第であり、また同時にこ
の一大成果を収められたる我が皇軍将兵竝に幾多英霊に対し心からな
る感謝の念を捧ぐる次第であります。而してこの有難さとこの嬉しさに
直面する我々国民といたしまして、一層その責務を痛感して内に於て
も外に対してもさらにさらに大に為すべきところがなければならぬと
存ずるのであります。爰に於て私は先づ第一に諸君と共にこの大東亜
戦争の世界史的意義を明かにし、内に於ては皇國の正しき主張を把握
して必勝の信念を鞏むると共に、外に対つては我が戦争目的の真髄を
全世界に向つて閘明したいと思ふのであります。
 今回の日本の大勝利の結果、米英諸国に於きましては日本研究熱が
起つて来たと申すことであります。蓋し日本が過去数十年の間に於け
る、幾多の事件や戦争に於て常に寡を以て衆を制したことは、彼等に
は驚異でありませう。さらに過去五ヶ年間、支那に於て大規模の戦争
を続行して来た日本が、世界無比を誇る米英に対し、敢然戦を宣した
ことそれ自体が、不思議でもあり、また更にあの大戦果を挙げたので
ありますから、成程対日研究熱を新たにするのも、無理からぬことと
思ふのであります。しかし、彼等にはどうしても分らないのでありま
す。その証拠には彼等は依然としてその物質的優勢を誇張し、これに
よつて日本を破り得るものと考へ、依然戦争を繰り返してゐるのであ
ります。即ち彼等は現戦争勝敗のよつて来るところを反省してをらぬ
のであります。私はこの点について彼等の蒙を啓きたいと思ひます。
一言にしていへば彼等は戦争精神に於て敗れてゐるのであります。彼
等は戦争しなければならぬ理由を持つてをらぬのであります。国民も
軍隊も、理由に生きたる戦ひをしてをらぬのであります。道義の上に
立脚して戦ふべき何物をも持たぬのであります。
 然るに我が国は、道義の上に立つて行動してゐるのである。凡ての
問題は皇国の道義的名誉が保たるるか否かにかかつてゐるのであり、
一面不法なる国際的圧迫に対する、生死の岐れ目の戦ひであるのであ
ります。即ち、日本には立派な戦争目的があり、精神があるに反し、
米英には真の戦争目的がなく、精神がなかつたのである。蓋し米英に
あつては、国民は、指導者の気紛れなる我儘の為に飜弄せられてゐる
に過ぎないのであり、我が国に取りては国を挙げて正しき世界観の上
に立ちたる義憤の迸りであり、破邪顕正の剣であるのであります。
 このことは、宣戦の大詔に明瞭に御示しになつてをります。即ち我
が国の戦争目的は、「東亜ノ安定ヲ確保シ以テ世界ノ平和ニ寄与」する
にあるのであります。而して、米英の戦争目的は、同じく大詔の内に
示されてをりますやうに、「東亜ノ禍乱ヲ助長シ平和ノ美名ニ匿レテ東
洋制覇ノ非望ヲ逞ウセント」するにあつたのであります。
 ここに本戦争の意義の重大なる差があるのであります。
 更に帝國といたしましては同じく御詔勅にお示しある如く「帝國ノ
存立亦正ニ危殆ニ瀕セル」が為め当然自衛の為め、起たざるを得ざる
事情にあつたに拘らず、米英側にあつては、断じて自衛の戦争ではな
い。あくまでも侵略と圧迫以外には何物もないのであります。
 英国の東洋に対する歴史は悉く侵略と圧制との記録であることは余
りにも明瞭であります。更に、アメリカにいたつては、最近四十余年の
歴史は、正義の仮面を破つた侵略の足跡に過ぎません。ハワイの併合、
フイリッピンの占領は如何に強弁するも何等の理由なきものである。
また支那に対しては、宗教宣伝の美名の下に、経済上の利益拡大にこれ
努めてゐたことは周知の事実であります。而して、軍備縮小の名を藉り
て、英国と結託し日本の支那に於ける正当なる活動を阻止し、東亜唯一
の守護者たる日本の防衛力を減殺することに成功Lたのであります。
 かくの如くにして、一方は大海軍を以て、太平洋を制し他方支那人
中の浅墓なる人物を扇動して、日本に反抗せしめ、東洋制覇の実を収
めんとしたのが、四十三年間のアメリカの東洋政策であつたのであり
ます。この侵略政策を、理不尽に遂行せんとして、敢へて憚らなかつ
た結果が、実に今回の大東亜戦争となつたのであります。
 それ故ここの度の戦争は日本に取りては、生きるが為の唯一の自衛
戦争でもあり、彼等に取つては、贅沢なる東洋制覇の侵略戦争であり
ます。宜なる哉彼等米国人の中にさへ、日本の立場を当然とし、米国が、
その伝統政策を棄てて米大陸以外に国土侵略を非難する者多きを。
 しかも米国政府が日本を侵略者呼ばはりするにいたつては、蓋し世
界に於ける虚偽の最たるものといはねばなりません。
 米国のハル国務長官は去る七月「この戦争は米国に取りては生存を
維持する為の闘争」だと放送してをります。今日本の米国に対する八
十七年間の歴史は、実に忍耐と礼譲との連続であり、日本は未だ嘗て
彼等の生存を脅威してをらぬことは事実がこれを証明してゐるのであ
ります。これに反し、彼の対日政策は、悉く侮辱と背信と侵略と挑戦
の集積でありました。戦争の責任は彼にあり。彼等の敗北に正しき戦
争目的を有せざる国民の良心的意識の結果に他ならぬことを彼時自身
速に悟るべきであります。
 さらに私は我が国の戦争目的が東亜の福祉を増進するにあるを強調
するのであります。我等の戦は日本の為のみでなく、実に東亜の為で
あります。しかも志を同ふする独伊と共に、ひとり東亜の禍根を除く
のみならず、世界の福祉に貢献せんとするのであります。
 日本は開戦と共に現実に比島とビルマとの独立を宣言し、占領と同
時に南洋各地の住民の待遇を根本的に改善しつつあります。もし印度
民衆にして、日本の真意を諒し提携の実を挙ぐるに於ては、又二百年
の桎梏から解放されるのでありませう。我々は、過去に於ける米英両
国人の有する人種的優越感より生ずる異人種への圧制迫害が如何なる
ものであつたかを今さらしく検討するまでもなく、断じて世界人類の
為にこれを排撃し解放の実を挙げねばなりません。
 大東亜戦争は、実にかくの如き公明正大なる目的うぃ持つてゐる戦争
であります。正義が必ず勝つといふことは皇國臣民の絶対の信条であ
ります。我々は唯強いから勝つのではない。正しいから強くありまた
勝ち得るのであります。これが三千年の歴史を有する皇國日本の誇り
でありまた姿であるのであります。
 併しながら、現に我々が直画してゐる戦争の様相は米英両国の無反
省にして且つ徒らに物質に依頼して、戦争継続に熱中し、最後の勝利
を夢みる現況に照らし、絶対に妥協を許さざる必死の状態を示してを
ります。この点は国民挙つて十分に注意せねばならぬことであります。
 現に、太平洋方面に行はれつつある執拗なる彼等の攻撃に徴するも
武力戦の終期を簡単に予測するが如き一部人士の皮相の観察が全然過
誤であることを銘心せねばならぬのであります。従つて、我等は彌々
国家の総力を挙げて旺盛なる戦闘力を養ひ、百戦必勝の信念を堅持
し、持久長期の戦にも対処し得る態勢を整へねばならぬのでありま
す。これが為め戦争の各段階に於ける不敗の態勢を堅持し、完勝の域
に達すべき徹底せる施策を樹立して、皇國の世界に対する光栄ある責
務を果すの用意と覚悟とを確率すベきであります。
 我等は先づ日本国有の国民精神の上に立ちて、必勝の信念を鞏めて
をります。更に第一線及び銃後を通じて不敗の鉄壁態勢を整へつつあ
ります。これ我々が戦力の増強、国力充実に精進しつつある所以であ
ります。近時特に一般の注意を惹き、彌が上の努力を要望せられある
軍需資材の飛躍的増産もまたこれが為に他ならぬのであります。さら
にその上にこの戦時下の国民として戦時国民道徳に徹し、皇國の目的
の為に協力共助、全心身を傾注して安んじて活動し得るやう、生活上
必須の経済体制をも作り上げなければならぬのであります。
 しかしながら諸君、いま第一戦に於て働いてゐる将兵殊に南方方面
に於て死闘を続けてゐる我が将兵は何を考へてをりますか。彼の人々
が鉄をも溶かす苦熱の中に於て空よりは空爆、陸よりは巨砲の猛射を
浴びつつ幾十日を飲むもの、食ふものの不自由にも耐へて一語これを
口にすることなく、この死闘、この艱苦も、不法なる戦争を強ひし米
英の為であるとなし、この人道の敵を撃滅せざれば已まずとの一心で
激闘を続けてゐるのであります。これこそ真に皇國に対する誠であり
ます。顧みて国内に於て幾多の不便、不合理に直面する時、これを戦
争そのものを余儀なくせし敵の所為として、さらに国内の機構や小な
る利害に、眩惑せらるることなく偏に全身全能を傾けてかかる事態を
招来せる当面の敵を殲滅することを念とするに於ては、生産増強も更
に一進展すべく、国民生活に対する一般の観察も更に更に良好の域に
入るべきことを信じて疑はざるのであります。ここに私は戦争勝敗の
鍵が存すると思ふのであります。重ねて申すならば自らを持すること
の出来ないものは他を支配することは出来ません。至誠と努力と信念
のあるところ、戦ひは必ず勝つと思ひます。この三者は必ず物質をも
動かして余りあると確信いたします。吾人は呉々も空疎なる批判、非
建設的なる意見、推理に徹せざる疑惑は、唯国家を過まるばかりであ
るといふことを銘心すべきであります。
 これ実にまた我が翼賛政治会の信念であり、また本会が最近根本対
策を決定して政府と共に否、国家を挙げて戦争完遂に邁進せんとする
所以であります。
 日本は今一年前に不足せる資源を悉く手中に収めました。これをこ
なすべき生産事業もまた飛躍的進展を企図せられまた現に進展しつつ
あります。
 日本はいま正にその精神に於て必勝の信念に燃え、この信念を駆つ
て、不撓不屈物質的にも不敗の態勢を占むるに遺憾なきを期してをり
ます。これ戦争勝敗の要機を握り得たるものに非ずしで何でありませ
うか、ここに開戦一周年の記念日に当り国民諸君と共に大東亜戦争の
真意を洽く中外に明かにし、我等国民の覚悟を新にせんとした次第で
あります。
                 (十二月九日放送)