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お可哀想に 大本営陸軍報道部長 秋山邦雄


 昨年十二月八日に於ける皇軍部隊の上海共同租界進駐の根本精神
は、実に重慶米英の敵性を払ひ去るといふところにあつて、出来得る
だけ上海の治安に障らぬやうにやらう。また迅速にこれを恢復しよう
その為には、仮令重慶や米英側の者であつても抵抗せざるものはこれ
を許す乃至かくの如きものの生活、行動、営業等に対しても必要已む
を得ない程度以上の制限を加へぬといふ極めて寛大そのものといつて
もいいやり方、いはゆる日本精神に基く平和進駐を目標として行はれ
たものである。従つて進駐後の上海の街頭には普通の米英人が自由に
歩いたり買物をしたりする姿が見受けられる。新聞記者たちも従来通
り新聞記者会見に出席するといふ状態であつた。
 これは決して彼等を気随気儘に放置したといふ訳でもなく、また訳
もなく敵を愛せよといふ小児病的なセンチメンタリズムから出たので
もない。上海といふ複雑な組織の国際都市に於て、しかもその警察権
を持つ工部局といふ行政機関は従来殆どイギリス人の力で動いてゐた
といふ事実、その他いろいろな事情によつて寧ろ敵国人といへどもそ
の力を利用する方がわれわれの力を節約することになり、節約し得た
力はこれを本来の戦争目的に向つて使はうという考へ、即ち戦争本位
の観念から出発したところもある。それであるから或る米記者が「一
体日本軍はわれわれを収容所に入れる気かどうか」といふ質問を出し
た時、自分は「いや収容所を設ける考へはない、上海そのものが大き
な収容所ではないか、但し万一にも君等が敵性を現はすことがあれば
その時はまた全然別個の問題だ」と答へた次第である。
 然るにその後米英側がわれわれの同胞在留日本人に対してどのやう
な取扱をなしつつあるかといふ事情が少しづつ判明して来るにつれ、
わわわれは腹の底から憤りを発した。われわれが敵にあらざるもの我
に従ふものはこれを許すといふ日本精神を似て米英人を許しつつある
時、われわれの敵は何の罪もない日本人に対して監禁と虐待とを以て
報いたではないか。ニューヨークにゐた一日本人記者は夜中に踏込ん
で来たアメリカの警官にいきなり顔を殴りつけられ、そのまま収容所
に連行された。かういふことはアメリカ人をしていはしむれば、日本
人といふ未開野蛮の人間に対しむしろ当然のことであるといふであら
う。或る日本人の如きはロサンゼルスで直腸癌の手術を受け生命さへ
も覚束ない重病の床から、有無をいはさずモンタナ州フォート・ミゾ
ラの収容所に送られ、三昼夜の汽車旅行の結果ついに苦しみ悶えて悶
え死んだとのことである。アメリカ在住の日本人で第一回に検挙lされ
たものは多く有力者に限られてゐたので、割合に老人が多かつたので
あるが、これ等六十歳以上の人々達まで手錠を嵌められ鎖で繋がれ
て、昨日までの暖い家庭から追ひやられた悲惨の状況は、ヨーロッパ
中世紀の暗黒時代を現世にあらはした有様であつた。
 かうして収容所に送られた我が同胞の前に待ちかまへてゐたものは
恐ろしい拷問であつた。ルーズヴエルト以外に誰が現在のアメリカを
自由平等主義の国といふことが出来るか、打つ、蹴る、殴る、連日連
夜の責めさいなみに人事不省に陥つたものがそもそも何人あつたこと
あ。粗悪な食事に添へて出す湯茶にはわざとドブ泥を入れて飲ませ
る。歯が痛いといへば麻酔なしで無理に抜取る。アメリカ人が東京や
上海で自由な立場に置かれてゐた間に、これは何といふ悲惨な相違で
あつたであらう。荒地であつたアメリカ西部の海岸地方は日本人以外
に誰があのやうな立派な農園に仕上げることが出来たか。彼等アメリ
カ国民の食卓に上せられた林檎、蜜柑、葡萄、無花果その他いろいろ
の果物、その部屋を飾つた美しい花のとりどり、これ等は悉く日本人
数十年の丹精の結果ではなかつたか。然るにこの勤勉な正直な日本人
は幾万となく罪なくして農園と家とを没収せられ、今や遙か奥地の沙
漠同然の未開地を拓く為にわれわれと血を同じくする老若男女恰も牛
や馬の如くに使役されてゐる現状ではないか。
 既に事実上アメリカ合衆国の属国と化したカナダに於ても、政府は
アメリカの為すところに倣つて海岸地方の日本人を惹くロッキー山中
に移し、強制労働によつて道路工事に従事せしめ、夜は眠るに家さへ
も与へられぬ有様であるが、殊に日本婦人や子供は、これをその夫や
父から引離して全然別な未開の地方に追放も同様な憂目を見せてゐる
とも伝へられる。
 以上の如き無道の例は数へ上げれば幾らでもあつて、非戦闘員たる
我が同胞がアメリカに濠洲にまた印度に日に日に無念の歯がみをなし
つつ死にゆくと聞くさへわれわれの心は耐へ得られぬものがある。
 しかしてこの残虐の行為は米英アングロサクソン民族共通の国民性
であつて、たまたま戦争といふ形を借りて現はした僅かその一端に過
ぎないのである。われわれは曾て前欧州戦争の平和会議に人種平等案
を提出しようとして阻止されたのであるが、これを阻止したものは果
して何人であつたか。わわれれ日本人を劣等民族なりとして移民を禁
止した国は果していづこの国であつたか。彼等は口に自由と平等を唱
へ顔に正義とデモクラシーの仮面を被りながら彼等の神さへも許さざ
るこの罪悪を犯したではないか、彼等こそ劣等の焼印をその額に刻す
べき米英アングロサクソン民族そのものである。われわれは決してこ
れを忘れる程健忘性でも卑怯でもない。この恥知らずの鉄面皮を打破
つて東亜をアジヤを否全世界をその手から奪ひ返す事こそ、われわれ
が剣を執つて起ち上つた理由であり又目標である。われわれの手を縛
つたワシントン条約、われわれの脚を縛つたロンドン条約、われわれ
の口に猿ぐつわを嵌めた国際聯盟、近くはわれわれの咽喉を緊めよう
とした日米経済協定の廃棄、胸に手を当て眼を瞑つて考へるまでもな
い、彼等は何を目論んでゐたか、わが民族をどうしようと企らんでゐ
たかは明瞭である。遂に昨年十一月二十六日最後的通牒によつて日本
をして大陸より一切の権利を放棄して引退れ、蒋介石に屈服せよとい
ふにいたつては完全にわれわれの息の根を止め窒息せしめんとする彼
等強盗の仮面を脱ぎ棄てた姿であり、アジヤ侵略者世界征服主義者の
正体を遺憾なく暴露したものでなくてそも何であらうか。
 私は先日「お可哀想に」といふ言葉を聞いた。それは東京に住む或
上流婦人の口から発せられたのであり「お可哀想に」である。対手は
アメリカの捕虜である。我が忠勇なる日本軍将兵に抵抗したとこれ等の
アメリカ人どもが武運拙く----いや彼等をしていはしむれば死なない
ことに於て運よく捕虜となつて、港の波止場で卒倒しつつある姿が新
聞のうへに写真となつて現はれた。その姿に向つて不用意に発せられ
た言葉が実に「お可哀想に」である。
 この翌日に於ける「お可哀想に」といふ上品な婦人用語は一体真の
日本婦人特有の優しさ、淑かさ、或は敵を愛する精神から発せられた
ものとして、一層われわれはこれを賞賛すべきであらうか、将又政府
は奨励金の割増を附けて広く巷に流行せしむべきであらうか。
 恐らくこの婦人はその夫を戦線に送つてゐる日本の妻ではなから
う。況んやその愛し子をこれ等野蛮なるアメリカ人どもの自動小銃の
的として殺させた母親でもあるまい。しかして又アメリカから引揚げ
て来た人では無論ないであらう。日本婦人はアメリカの官吏から全裸
体とされていはゆる検査といふ名前で立たされたではないか。泣叫ぶ
その幼子たちの口には無慙や猿ぐつわのハンカチを詰込まれたではな
いか。これ等有閑階級に属する上流社会一部の人々は徒らに敵人捕虜
に無益な感傷を費してしかもわが第一線の将兵に慰問品を送ることす
ら忘れてゐるものが多いのである。国債を買ふことに最も熱心でない
のもかういふ人々である。収入の割合に貯蓄をしないのもかういふ人
人である。個人の利益だけを計つて国を守るべき兵器の増産を第二義
とするのもかういふ一部の人々である。何となれば彼等は戦争を忘れ
てゐる。忘れずともなるべく戦争から離れよう遠ざからうとしてゐる
のだ。何となれば彼等の心の中にはアメリカが棲んでゐるからだ。
ルー大使が帰米後「日本人の中にはわれわれの親友が多数残つてゐる」
と述べたその日本人たちであるからである。今にして驚くことはアメ
リカの影響が如何に広くまた如何に深く日本国民の心の中に喰入つて
ゐるかといふことであつて、アメリカは戦はずして早くから日本国民
の心の中にスパイを放つてゐた。山中の賊を破るは易く心中の賊を破
るは難し、われわれは先づ心の中の賊、心の中のハリウッド、ニュー
ヨーク、心の中のアメリカを打破らねば仮令幾隻敵の軍艦を打沈めて
も未だ勝利への道に踏出したとはいひ得ないのである。いかにこの大
戦争から遊離しようとしても一億国民は既に軍艦日本の乗組員として
太平洋の決戦に乗出したのである。最後の勝利を得るまでこの乗組員
の何人も怠慢や右顧左眄は許されない筈である。いかに他人の利益を
貪つても軍艦日本の運命はまた乗組員全部の運命である。東京湾の水
は真珠湾から出た敵潜水艦は東京湾の入口にも姿を現はすのであつ
て、或時は小癪にも一億国民の乗込むこの軍艦の甲板上にも艦砲射撃
を行つたことがある。幾度か我が漁船む襲ひ剰へ漂流する漁師に機関
銃射撃を行つたことさへある。われわれの食膳に魚の乏しきもまた南
方からの砂糖や塩の不足するのもこれら敵潜水艦の所為であると思へ
ば、顧みて子供たちの手に菓子のないのを見ればわれわれの心中自ら
なる憤りを感ずるではないか。「お可哀想に」の精神はまた一脈敗戦主
義に通ずる。真の日本精神に徹底せざれば今後ひしひしと迫る戦争の
きびしい姿、悲惨な状況に耐へ忍ぶことは出来ない。其よりも恐ろし
いアメリカの甘言や誘惑に打負けて「もう戦争はいい加減のところで
止めようではないか」といふこの前の欧州戦争で負けたドイツ国民の
二の舞を演ずることになるかも知れない。ルーズヴエルトはいつた「日
本を地図の上から抹殺し日本人の血の最後の一滴をしぼり取るまでこ
の戦争は止めぬ」と。此戦争は最後まで仲裁者のない戦争であつて、
勝敗のみが唯一の戦争終局のブレーキである。我が 大君の愾りたま
ふ米英に向つて臣民一億決然たる憤りを発して勇往邁進する、これこ
そこの大御代に生れたわれらの生甲斐でありまた光栄である。敵愾心
なきところに戦争なし、近く目前に迫つた十二月八日アメリカ国内に
於て「沈黙の祈祷」を行ふと宣伝するルーズヴエルトとはまた積極的
に我が本土に対する或る種の攻撃を計画しつつあるものの如し。それ
が其方面よりする空襲であらうと、来らば来れ、国民一致結束して断
然これを迎へようではないか。     (十二月四日放送)