統制下に於ける業者の心構へ 農林省食品局長 田中啓一
統制搾済下に於ける配粉薬渚の心構へ、それへの消費老〃地力とい
ふことについて御河漁を煩したいと存じます。
統制樫済に封して従来の裡研は管漁に自由樫済といはれてをります
が、それならば以前は全く自由の坪済であつたかといふと、さうでは
ないのでありまして、ただ栗譜の中には個人の自由に委せて自然にし
てお〈が宜しいと主張するものがあつたこと、また串賛ム大股におい
ては個人の自由を基湘としてをつたといふに過ぎません。殊に我が閑
に於ては、樫済といふ文字そのもの挿図済触軌園を経香し触を粁ふと
いふ字をつ.つめたのであつて、凡そ西洋の思想とは遁つてをつたので
あります。手近た例から申しても、我が国にほ大正十年かh米故紙制
扶の前身たる半畝法といふ法律がありま1た。これは米の値段が勝手
に上わ下りLてをつては蹟村も九つ」」行かれし、粥舵ム困ろといふの
や米の多担ぎて値段の下る年にほ政府が買上げ、少くて億潔の義赦す
る牢には政府
統制とLてほ
衣に締まL
翔
が繋出して常姶の鞘街をするといふ法律であつて、
捏度の徴剋なものであります。
は米教則拾統制規則でありまして、これほ生産虐が
喋る場合にはこ
して山貝へといふ
して蟹れ、小安商が鞋ふ場合にほこの蔚を通
彗買の理路を限定をLまして、政府の思ふと
ころへ米を持つて行き閑殉に米の偏在することを防いだものでありま
す。衣に出ましたものが、今回の食頓智理法でありまして、これは良
民が自分で餐べる以外は政府に契るベL、主葬食糧り配給槻粥は政府
の配給計軍に基きてこれを配給すべしといふ最も牡鹿駒なろ統制とな
つた山であります。りの外に生産統制令といふものがありまトて、こ
れを背景とした計‡生薙をやつてをりますので、生産から配於まで轟
く計輩的に行ふことが川衆、唯米を我ら食ふベLといふ混則が無いだ
けでもります。
頓格については、昭和十四年から最高販安堵格を定めたものであわ
ますが、今岡貧粗億理法を似て毎年政府の買入、†渡トの償を定めま
して、これほ最高も最低もない一本値段で一巾りますから公定切結∽定
めとしてはこれまた最も徴床的なるものであります。この何格の公安
といふことと、配給裡路山統制といふことは必払相伴はなければ、国
家の必蓼とサるところへ物を動かすことは出来山のでふbま†。増拷
が釘付にされず生きてをれば、誰でも高いところへ宅つて偶けたいの
であるから、そちらへ物が流れる、また流れ過ぎてそこの侶格が鹿〈
なれば白熱に流れが止まるといふふうに自動的に粥師されてをつたむ
であるが、倒格の公淀は頓格本来り生きた機能を或程粧弼捜すること
になるのP、とうしても同家由らが物の動く篠路を泣め且つ勒くべき
他の分丑を定めねばならめ⊂ととなるのであゎます。
(謙))
加之、配給の搾格を定めるといふことほ従来の如く極めて多数山〕兇
荷而とか、卸理商とか小照硝といふも山が、何野山粗描なLに耶‥日
の如く扱がつてをりましては何とも過りやうがありません山で、ここ
に配給槻柄の賂傭といふことが今山つ伴ふのであります。
商業組合をつくるとか、卸商が企業合印をするとか、圃穎帝政や潜
簡をつくるとかいふことはこ山必要から生ずるれであります。川上肘
持山公定と、配給山桝路”唱偏と配給の機梅山軽侮といふこ竺一石山
野素が凝りまして、今日の絃制経済を形延つてゐるのであります。
以上ほ統制桝済の制度に着脱して和語を申Lたのeふりますが、さ
て⊂れを動かLてゐるものは人であります。前に申しまLた如く配拾
機構の態様は品物に上りまLてさまぎまでありますが、業者各位はそ
の掛れかに坐つて、政府山定めた配給り針路に従ひ、公定憫楢に樅つ
て物を励Lてをられる山でありま†。
思ひまするに策者ほ利潤を追放して物を攣買するに非ず、政府山計
宅に掟つてこれを動かしてゐるといふことになれば、政府と築潜とが
一つになつて物を動かしてんるといふことでありまして、これは業者
は役人に近くなり、役人は業沓にちかくなつたといふことではなから
ぅかと思ふのでありま†。挟規∽名文を似て公務員に蝉ずとLたるも
のもあるのであ巾ますが、崩則に封く出かんは別とLて今日の美郷の
性格は或程度本質的に鍵化をLてゐると思ふのであります。莱とLて
配給に督つてをられる各位ほこの邦を上く上く自梵し⊂蒋きたい‥で
ぁbまT。千鍵盤化する僻格の赦に乗じて摘発をするといふことが無
くなつて什宰に張わが無くなつた、今日詳般の弥栄の能率の上らぬの
は主としてこれ怯よるといふや〜な款論を開くのであゎます0如何に
も統制擁軒下に放ては−夜にLて正式の宵を拗み、叫夜にしてまたこ
れを準小といふや′1な照瀾はありません。平々凡々であります.
併しながら従来山臼糾照雄時代でも良に斯界の成功教といほれる人
は耳に続々辛苦の人であります∩統制経済と蝕もこれを動かすものが
人でふる以上荊皆勤勉にして力強い什器をしてゐる配り必ずやその人
の天分だけのことは桃いhるろと私は信じてをります。
然らば今日の統制柁研が非常に旨く行つてゐるかと申Lますと、な
かなかさうでほなく私ども自身も統制梓済の計箸的部面を受持つてゐ
る関係上反省もL、勉強もせねばなら幻ことを稲感Lてゐるのである
が、業者の方々にも、消費譜の方々にも卑近なことで環行して戴きた
いことがもるのであります。上く物が自由阪巧から配給になると商人
のサービスが耕くなる、商店の中はまだ上いが配拾所になるとひどく
っっけんどんになるといふやうなことを開くのであるが−これほ物の
多いときには買つていただくといふ心持が働き、捗くなろと苧つてや
ろのだといふやうた心持になるからでふらうが、かくの如きは息はぎ
るの甚しきものであつて、生産者が汗と脂を決して作つたものを大切
に滑揖者まで簸りとどけるのが自分の役で、それが直ちに民放の血と
なわ肉となわ骨となるのだといふことに思ひをいたしたならば、そん
な浮雄な態度ほ自ら出て来れ隼だと息ひます。ど⊂までも鞍意を望J
親切にやつて貰はねばなら山と思ふのでふります。ちかく重点におい
ても戎菜の登録制和治が甥施せられることになつたが、私は何とか配
給堵と洞爺済とが虞に一段となつて和菊転々の裡にことが確ばれるや
ぅにしたいものだ、繋鎖制といふのは粥組畢佗で八百呈さんと達転さ
れることになるのでありますが、一旦鞍を拝んだ以上は滑費者はそれ
をわれ等の店椛といふやうた心持を持たれ、互に力になつてこの時局
を浦り切つて行きたいと虚ふのであります。 ハ十月三十日放虫レ
(幻)