戦時国民読本

 

  人道無視の敵

 去る四月十八日、アメリカの企
てたわが本土空襲ほ、敵の意図に
反して、却つて日本に幾多の利益
をもたらしました。
 第一に、このアメリカの空襲企
図によつて、私どもは尊くも美し
きわが国土に対する愛着の念をい
よいよ強くし、国土の尊厳を守る
ために、あらゆる労力を重ねなけ
ればならないといふ気持を固くし
ました。国土の防衛は、これを機
会に更に一層強固にされたのであ
ります。
 第二に、敵国は何時空襲してく
るかわかりません。私どもは、さう
した的の空襲の現実性を身を以て
体験しました。そして、私どもの
生活のすべてを戦争の勝利のため
に捧げ、大東亜戦争を戦ひ抜き、
戦ひ抜かなければならないこと
を、あらためて心中深く期したの
であります。輝かしい皇国の発展
も、大東亜圏の確立も、かかつて
この戦争の勝利にあり、国民の一
人一人は国とともに生き、生活し
てゐることをはつきり知つたので
あります。
 かうして、私どもは、国土の防
衛をいよいよ厳にし、敵米英打倒
への闘志を強固にして、敵による
初のわが本土空襲を貴重な体験と
して活かしたのでありますが、そ
れにも増して、まぎまざと見せつ
けられたのは、アメリカの残虐さ
とその非道ぶりでありました。
口に正義と人道を唱へるアメリカ
が、その仮面を取つてみれば、如
何に残忍であり、如何に人道を無
視した優越感にひたつてゐるかが
余りにもはつきりと示されたので
あります。わが本土を空襲して、
補へられたアメリカ機搭乗者は、
東京その他で、故意に軍事施設で
はない病院や学校、民家等を爆撃
し、焼夷弾を投じ、機銃掃射を行
つて、非戦闘員、特に国民学校の
無心な児童をさへ敢へて殺傷しま
した。
 一昨日発表された大本営陸軍報
道部長談に見られるやうに、かう
した人道を無視した者に対し、軍
律に照らして厳重処分が行はれた
のは、当然過ぎる程、当然であり
ませう。軍律会議の取調べに於て
彼等は「ある国民学校の庭に沢山
の児童が遊んでゐた。すると、この
ジャップども一発喰はしてやれ、
といふ気持がむらむらとわき起り
急降下して機銃掃射を行つた」と
述べてをります。これは全く頑是
ない児童であることを認めなが
ら、彼等がこれに鬼畜のやうな眼
を向けたことを自ら証明するもの
であり、天人とも許し難い所業と
いはなければなりません。
 そして、この行為のうちには、
アメリカ人の限りない残虐さと人
を人とも思はぬ傲慢な優越感をく
み取ることが出来るのでありま
す。米英人の不遜な優越感と、そ
の優越感に基く残忍な行為は、彼
等の歴史がそのまま雄弁に物語つ
てゐます。そればかりでなく、彼
等が東洋に来て印度、支那を初め
南方各地の諸民族を征服しながら
行ひ来つたところであまりに明か
であります。アメリカ国内に於け
るリンチ、 ― 残虐な私刑の存在
も、そのよき証拠でありませう。
また、大東亜戦争勃発に伴ひ、ア
メリカが在留日本人に加へた想像
も出来ないやうな非道な取扱ひは
さらにそれを明白にするものであ
ります。
 去る一月十日南支那海で非武装
のわが病院船朝日丸を撃沈した敵
潜水艦、三月二十六日チモール島
附近で病院船朝日丸を爆撃した事
実.それに去る十月一日イギリス
人捕虜をのせるりすぼん九を沈没
せしめたアメリカ潜水艦の行為な
ど、何れも彼等の本性を遺憾なく
発揮したものといふことが出来ま
す。わが本土空襲のアメリカ機搭
乗者の行つた所業、心理は、実に
このやうな米英人の本性の端的な
現れでなければなりません。そこ
には人道をふみにじつた許し難い
ものがあります。
 わが防衛総司令官の名前を以て
「大日本帝国領土を空襲しわが圏
内に入れる敵航空機搭乗員にして
暴虐非道の行為ありたる者は軍律
会議に附し死又は重罰に処す、満
洲国又は我が作戦地域を空襲し我
が圏内に入りたる者亦同じ」
 と布告が発せられたのは、森厳
なわが軍紀軍律を以てする今後の
方針がはつきりと示されたわけで
戦争の厳粛さを敵に知らしめると
共に、人道を尊重し、戦争の惨禍
を出来るだけ制限しようとするわ
が態度を最もよく伝へるものであ
ります。
 一体アメリカ機搭乗員の行つた
やうな、道徳性の欠如した残虐さ
を働きながら、一度、生命の危険
にさらされるや、忽ち、手をあげ
て身の安全をはかり、俘虜の待遇
を要求するやうなことは、私ども
には想像出来ないのであります。
軍事施設を避け、ただ敵地を空襲
したといふだけで、かうしたもの
を国をあげての英雄扱ひにする心
理は、私どもにはないのでありま
す。そこに解彼と我との戦闘精神の
差異をはつきりとくみとることが
出来ます。
 戦ひに臨むわれ等の胸中には、
皇国をまもらう。 大君の御ため
に一身をなげ出して戦はうといふ
厳粛な誓ひのみがあります。
 そして「けふよりは顧みなくて
大君の醜の御楯といでたつ我は」
といひ「海ゆかば水づく屍、山ゆ
かば草むす屍、大君の辺にこそ死
なめ、顧みはせじ」と歌つた古人
の心は、そのまま日本人を支配し
日本の軍隊に脈うつ精神となつて
ゐるのであります。神兵、神の兵
と称される日本軍はかくして世界
に比ひない精強と高き美しさを備
へてゐると申せませう。
 日本空襲を企てた敵機搭乗者は
航空母艦を離れ、爆撃を思ふ存分
行つて、支那大陸の重慶基地にの
がれようとしたのでありますが、
彼等が「ひたすら名誉と英雄感に
ひたつて来た」と陳述してゐると
ころから見ても、命がけであると
はいへ、あくまで冒険本位の競技
をするやうな気持でゐたことがわ
かります。
 道義心に欠け、故意に無辜の市
民を殺傷するやうな彼等は又、ど
こまでも自分一個の栄誉感に支配
されてゐたといふ、このやうな利
己的行為を容れるには、わが国土
は余りに尊厳であり、わが軍紀は
余りに厳正であります。
 戦争は厳粛なものであります。
 ことに、この大東亜戦争は一点
の妥協の存する飴地なく、一片の
感傷をさしはさむことの出来ない
現実であります。
 世界制覇を確立しようとする米
英、正義と人道の名の下に、如何
なる残虐非道をも敢へて辞さない
米英を打ち倒すまではやむことの
出来ない戦ひ、中途半端で止めら
れない戦ひを私どもは戦つてゐる
のであります。アメリカ人は君国
に殉ずる尊い精神は持たないとは
いへ、冒険に身を投ずるだけの勇
気と自信はそなへてゐます。イギ
リス人は、ドイツ空軍の痛烈なイ
ギリス本土爆撃に、三年間もじつ
をこらへ、耐へることの出来る頑
強な国民であります。かうした敵
をあなどることは出来ません。殊
にアメリカは代償を顧みず、全力
をあげて戦ひ抜かうとしてゐま
す。その生産力に物をいはせて、
飛行機、戦車、艦船の製造、建造
に躍起になつてゐます。ヨーロッ
パ戦線よりも、太平洋戦線を主要
目標とし、日本を第一の敵とすべ
しといふ主張も行はれてゐます。
 私どもは、かうした敵の企図に
まともからぶつかり、これを打ち
破らなければなりません。
 そのために日本魂と必勝の信念
は、いよいよ燃えたぎるのであり
ます。国内の生産増強も、あらゆ
る障害をうち越えて、更に一層能
率をあげて行かなければなりませ
ん。私共一人々々は渾身の力を
ふるつて職域を守り、私どもの力
のすべてを、勝利に捧げたいと思
ひます。

(昭和十七年十月二十一日放送)