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自給肥料と飼料の増産 農林次官 石黒武重

 敵軍を政ひ抜いて長径の聯利を収める馬にほ、食埋が極めて大切∈
あゎますことほ、今さら改めて申述べるまでもないことであむまし
て、けふ亡の頃の格別の盤さの中をこの食樺榊童に向つて、涙ぐよし
い樫の助きをしてゐられる鹿家の方々は、抑酌のために祁に尊い務め
を弟してゐられる浮であbヰす.
 今年ほ今までのところ革に天候も大埠噸詣でありますので、やがて
衆る揮わ入れの秋には農家の皆さんのお骨折も−定めし英字にその繋
を桔ぷことと明るい期待がかけられるのであむまサが、しかし近頃農
村では腱召や供用などの薦に、人手が以前から見れば相歯に減つてゐ
る上に、増竜の馬には必穿か農串用の正具や材料の供給が足らない、
殊に田畑への肥料中表畜の飼料が十分に手に入らない・農家として買
ふにも賢へない、その籍に、寅掘の糖産も思ふに委せない何とか今少
しく肥料や飼料を潤持に供紛1て貰へぬものかといム琴も師くのでも
りますゃ
 この農家が金で寛つて使ふところのいほゆる金肥眼頸肥料や、家畜
むいはゆる澄飼料の供給については、農林省その他政府のいろいろ
の粥係の役柄を初め、その供給の亡とを引受けてゐる観蛙や駒熊倉敵
地池築譜たど、確分いろいろと骨を折つてをりますが、何と申しまし
ても今は大取申の虎最中であります●
 直壌取手に必輩な兵器やその他の軍濁点の製造な大いにいたさねば
なりません。糖などの建蓮機軸も先づ以て駁撃山馬にこれむ一位ほねげ
なりませんので、肥料の製迭に必要な電力や石求も、或程度は制限さ
れますし、肥料や飼料の原料の輸逸に飴を使ふことも、軍用の擬盆や
我々の食指の渓遜の馬に先づ俊はれて尭常わ十分はまゐむ朱わたb−
きらに又、以前遠い海外から輸入してをつた肥料などは、現在は曹払
入らないといふやうなこと、又日本向内に現に出水てゐるものでもこ
れまでは、肥料や家畜の飼瑚になつてをつた物が我々の女和その他の
用亀に租はる為に肥料や「かいば」としては減つて衆たといふやうか
いろいろな‡博があわまして、精一杯いろいろ努力いたし†しても骨
分は多くを期待することほ出来ないのでありまして、我々の喰ペる弁
理と同様に肥料も飼料もお互に出来る限りは国内でこれを白粉日月し
て行く、さうして革と他から持つて来られるものがあれば、それはそ
の足にするといふや与に考へわばなbません.さうして衆瑞の相尭
は、これほ是非何としてでもやゎ簸げて行くととにいたさねばならな
いのであゎょす。
 そとでとのやうな現在の状態に放き†しては、井村として又良家と
Lて向ふべき金は自ら定卓つてまゐhます。即ち肥料に就きましては
阪更肥料の不足は、自給肥料の増産によつて補ひ、いはゆる準悍飼料
の足らないところは草頬を主とした自給飼料に上つて柄つて行く馬
に、この際日給肥料と飼料の増産にこれまでに比べて昏一層典例に労
力して行かねばなゎません.
 】撃」かは祭閑とこでもの亡とであbますが、農村では朝草刈りは、
菅は若い漕の什串になつてをむました。朝早く飯前に十貰−一十耳の草
(盟)

を刈るの魯品の彗ありモた・或は演に色ひ−或は烏や牛詣
につけて槌分洋山の芋を家に濯んで来て、これを象書の鞄硯として、
残りは潤めて堆肥にして、それで米や誓相常に辞つてゐたのであb
ました.
 ところが世の中が牌けるにつれて農村でも、肖梱坤に魂つて村瀬の
水の琴丁辛見にまゐろといふ便利な時代になりモて、肥料や飼料も
金を出せば轡人が届けてくれる−汗をかかないでも1く面倒がないの
ですから二股にハこれには勿論例外の地方、村、農家ほあります
が)垂肥の使ひ方が増し、又飼料としては鵜が飴計に嗣相の中に入る
といふふうになつてまゐbましたご1れも寧ろ自然の労であわませう
が、その桔果は何うなつたかと申しますと1享年とほ利用伽倍のない
もの、寧ろ翌日に上つては那雌ものとさへ考へられるや〜になつたの
であむます.
 ところが今度の吸辞は平和な時代にほ紹桝い発い教訓を熊へて興れ
ました0先転も申したやうに金肥や漁庫飼料は、金を出しても息ふや
与に雲ない、しかも食指帝藍の争い使命はこれを何んとか宋慧ね
ばならない・そこで草の飼料としての億打や、肥料腺料としての大切
さについて改めて見直すこととなつたのでありまナ。
 ‡の飼料としての血還についてほ、底や牛がもともと元来草生励物
であることから凡その判断ほつくのであbますが、料挙の汲渉につれ
ていろいろな河曲の埠果ほ、草が煙れた柴挙分を完全に、しかも又多
 く含んでゐることを詑沖たててゐるのでありまナ。御承知の蛋白琴
 カルシウム、ビタ・、、ソ等閑料として兎角放けやすい売蛮介が、既には
 時に多<含まれてゐるさうであります。裡辛酸尉歩枚の析究に上りま
 すと、若い草なら大家P労らぬ薮自がありまして、ビスケットや饅頭
にして人の食指になることを甥地に示されてをります。
馬に特別に努働させる似合は別ですが、良い青草や乾草であれはそ
れだけで北沢に豊を保つて行ける瑚由が準閉的に究めて行けば、名
品はつきりいたして行〈ばかりださうでありま†。
捉来柴家では−乾草上りは、窮を多ノト糾へる習験があり呈1が、同
じや是外槻で†が、乾貨は革に比べ三1と、蛋白質は約二嘩カル
;ムは四倍以上、ビタ・、、ソもずつと憮欝で、範を職掌で誓言と一
多の聞に宰丁潔から九十営ものが倹約出来るといふ位に艶は良い飼料
なのでありせテ0特に玉村の組物の轟ほ、蒜に払の代帽になるもの
であ豊してご」れ専山野紹紬の常軌の利用に慧て敷くならは、牛
馬の埼租にもまだまだ飴地があるのではありヱ1まいか.
 次に自給肥料について見ますに、自給肥料の内でも最も大将なもの
は堆肥であります0椎肥はその中に望外、燐酸、迦星の三つの肥料成
分が含んでを豊して、殊に燐酸や加里は、収些肥料の過燐酸や硫酸
聖の中の燐酸、加撃と同じ位に好く敷き、文筆蕪分は連敗カでほな
いが地力の堵堆に役立つのでありま†。
 又堆肥は肥料として作物に直接役九つばかりでなく、土執の酸性の
儒正、土性の改革に非常に芸であります0又柴辛夷や甘刈大豆申の
聴璃轡肥及び若い野草は肥料成分を浄山含ん芸り、土の中での菅
方も早いので非常に放めj卑く、豊海位の肥欺があります.さらに
叉河、渦等の蒲琴及び海士は堆肥の原料としても利用崇るばかヶで
なく、そのま孝でも光沢な肥料となむ、地力の樹海にも役立つのであ
 ります。
 率にして我が開には草は山野いたる厳に埠笛にあbまして、とれに
農輸副産物を合せヱ丁と、飼料として利用し得るもの、七千蔦壇把鞍
(24)
 とLて利根L得られる部分を加へるとさらに大欒な政食になるものと
恩はれますが、喝在のところその牛までも利梢されてをら如くらゐで
ありま†から、今後一山ほいに利畑を進める怜地j拭されてゐるのであ
わます.
 そこで毎力草を刈b攻つて家畜を飼ひ、又堆肥を作つて食埼作物の
帯商を踊るといふやうに務めることは、農家のこの楷特に励むべき大
切な仕琳であります。
 農林省に於きましては右に吋延べずした極昏に上り、木月初めから
内科日払埼蛮報国違動を超し、さらにこの八月一日からは朴翌一面日の
堆肥生軽倍加軽勅を、それぞれ全的酌に展開いたすことにしたのであ
bます0
 その目標は、伺料の方ほ全開で乾した目方で五十萬鵜の甘藷をいた
すと共に、執料の輿へ方まで故事いたさうといふのでありま†0即ち
乾草が主になりますが、稽蓑、桑の襲、大根の琴茶筋など出畑ヤ奄
析の残り物までを乾したりサイPに詰めたむして主に多の塗悍飼料の
代絹にする。繕局少い埠厚飼料を有数に使つて、ほんとに有能で強健
な戊や年女育てるいはゆる正しい革主敏捷主義の飼ひ方を普孜徹底さ
サるにあるのであります.
 又堆肥生頑培加避励の日襟は、来る多作用及ひ来年豆作用日給肥料
の一大特報を梱り、肥料不足を克服して、東嶺その他の定率髭車物を
特殊純休するにあるのでありまして、差普りこの夏の速励では従来戎
ほ輸却され、或は撫細心に故挫され膠の家持の唯肥としての利用、琳
軒、埴堵、昧畔、河原及び鍵増数均等に於ける野草の刈唱川笹−沼
琴海鵡の掘琴昭−池、碍等の泥土の利糊、宅地滞掃に上る艇他の
稚肥化、地土、乾土の甥行、掛把の埼帝確保の馬の採種由の埼姪等に
上b、自給肥料の檜頭に努カいたしたいのであります.而して本年入
月一日上山明年四月三十日までの期間に於いて、特に百給肥料の稗壷
上儲万な伐朽をb打た部落蛙非虚テは、長柵天日上り表形されること
kなつてをむ、叉帝酪農冊立催の下に全印的堆肥品評曾をも行ふとと
になつてをb†す。
             ×             X
 以上〓つの鞄如は、甥行の時和琴の帖旅に上り辟斌上二つに何分し
ただけで、もともと】つの窪勤として行∴べきものでありますから、
最も成庚のあがるやうに心がけていただきたいのであむますP
 筒これ革の雑物の竿鴇に懲りましては、典家の方々に斬力Lていた
だくことが勿論むことであむまナが、筋力も少くなつて入る析でほあ
b、又女埠塀薦と軍用茸頼増巷の正夢性を馳致して革枚生徒、甘少年
輿等勤労属僚の共同作兼を槻穣的に潜行していただくやうお斬ひいた
したいのであります。
 この建勤は勤労梢絆を基粥としました申民的大政覇であbまして、
各方面に蜘竣助卸協力をお麒ひしてあるのでありますが、革に故に系
統鹿骨、鷹卒畜漆伽雷等の地盤発報圃聯盟、大日本青少年軋、犬政文
巧骨等各種閥担が力独く椀カサられてを〜ま†。特に大政真筆倉では
との入月大詔専務白に、全国一舛貫刈運動を超される計筆のものであ
bます。
 草刈は図民浬動としては誠にJさほしい仕事であむますから、あま
ねく全的艮のき加を和まして大いにその威桔をあげるやう帝考する東
鶉であ巾ます。           ハ七月三十日澱迭)
くi賂)