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青少年学徒に告ぐ 文部大臣 橋田邦彦

皇祖の甘少年翠捷諸卑五月二十〓日といふ今月今巳はわれ〈に
とつて永久に記念せられる感慨の巳であゎま†。沌召も定めし探い、
研しい感熱をもつて今日を迎へたこと1考へます。願みれば畏くも
天畠陛下にをかせられましてほ、支那群雄下、糾政務極めて御多鳩に
わたらせらる1にも拘らず、昭和十四年の今月今日には陸箪現役粁枚
帯按配鵡令施行十五年に留つて、大草、高等専門革校の革生生徒代表
救鞍良三萬五千五官除名に、又昨年の今月今日には管年訓練甥施十五
周年に燃して、会頭青年革校男女生徒代発散職員三萬五千飴名に、
宵域外花満場に於て 御親閲を賜ほりましたことは誠に恐悦感激の至
りでありまして、今拇その常日の光食は眼前にあり〈と浮び出まし
て、感激極めて断たなるものがありま↑。常日参列藩は天皇陛下の
御英襲を爬尺の間に滞し挙り、男子橡は 玉座の御前を分列行進し、
女子除は御前に堅J御現場鍵唱敵を帝唱†るの光尭に浴したのであり
ます・羅列全員の感激と敬専とは宮語にはいひ表はせないものであり
まして、的中汗く遠慮朝岡の赤水を団く撃つたのであります。その傑
帝少年革維代表泣に村年邸校代炎ほ平爽の訓練の敗鵜を、極めて腋瀦
日消顔なる行動に宗はし′し、燃ゆるが如き耕摘と、杉桝たる猟塊とを
濃撼なく碩挿しましたことは、賎儀に参列†るの光男に浴したもの
ほ−辞しく感銘し<、誠に心強く準えたのでありま†。いふまでもな
 くこの光確−この臍鍵−この科料は、全国簡少年弊徒の、光男であ
   丈郡大臣 橋 田 邦 彦
り、感激であり、拗音でありまして、今日柁伽の筆頭に研る勧親和押
受記念章を仰いで、全図の鰭君の的中には柴し撼撒藤ヱ新たに、は−
入野いものがあることゝ考へるのでありま†。加之、昭和十四年の今
月今日には御満開の盛儀が絶つて、還率あらせられました後、畏くも
天皇陛下にほ、文部大臣を宮中に召されて、青少年革徒に樹し、髄渥
なる勅語を下し賜はりまして青少年革徒の棚ふべき・しころを昭に訓
へ於はつたのであります0畏くも 天皇陛下におかせらましてほ、国
民の教背の上に琴〜大御心を注がせられまして鹿上饉遅なる 現訓
を垂れさせられて樹ふところを昭示し袷へることは、国民の殊に教育
陶係潜の感激敵機に犠へないところでありま†が、この日、青少年殴
徒に封し饉渥なる 」翌岩下し賜はりましたことは、古来未だそのた
めしを聞かないところでありまして、戟偲絢に深遠 曳思渦に雌犬
でありまして、辱き編み、有難き摘みであります。恐湖感激措く髄ほ
ぎるところであbます¢
 報君、「招ヲ乗ケテ必ズ革メ」とほ、速く 盤根太子が†七憮態扶に
撃J訓へ拾ほつてゐるところであります。頸に詑を準浸して、ひた†
ら 盤昏に副ひ挙らんことを糊†るは、われ〈臣托たるものゝ鳩む
べき通の根本でありま†0か1ることは謂lの眈に上く知つてゐると
ころであつて、詣潜は殊に謂沼閤少年侍従に下し似はつた勅語はH夜
解概してひた寸ら 留抒に捌ひ頼らんこJ′セ袖してんるこJを咄く信
(4)
 じて転化ないので句わま」首j、1・”q…デーヨJJヽ`…Jl ゝ ∃一
 軌紙に「岡本こ堵ヒ馳カヲ考ヒり丁拘家随員ノ対顔ヲ永世一【維持セ
ムトスル任タル極メテ環ク氾クル茶ダ遠ヱと仰せられ、しかも「其
ノ仕切こ繁ソテ汝符簡少年奉牲ノ望届こ在す」と仰せられてありま
‥附瑚‥州硝川ほ媚報粥…さ粥約粥…約H附
呼びかけ滋はされて、「青少年弊掟ノ望月二在‖こと仰せられたのであ
bます0即ち詣封我が国の青少年に向つては国家の将来をその双層に
荷ふことほ、畏れ多くも 天員陛下の訓へ給ふところであります0か
かる騒淫なる 教官を革赦することの光環は、世界いづれの成に整し
も見出すことの出来むいところであります。諸君の感激は如何計りで
あら勺かと碓bするに飴あるのでありま†0億 劫贈には最後に「色
潤ノ大任ヲ全クセムコトヲ期セヱと訓へ給はつてゐるのでありま
す。畏れながら、これは詣若者年壌徒は、詔を承けては必ず或んで、
柑君に鎖潤された大任を必†や全〜†るものであらうと、御信研を紛
ほつてのことであらうと#察されるのであります。曳庶汐遠油に感
激の極みであbま†。汚君はかゝるポ大無迎たる 現息に難し奉り又
辱き御信侍に勤し挙り、如何にして報い奉らんとしJトめるのでありま
せうか東し心中輝く固く期†るところがあるでありませうゥ
 籍岩今や我が嗣は大東頭取雫を敢行してをりま†。全国民は盗んで
大詔を奉職して必勝信念の下図の絶力を琴げて、大業の天理に邁進し
てゐるのであります0故に 大m一度下りまするや 御稜威の下、卓
軍の蚕打力晩は、枇卵史上瞥て見ない堵かしい徴発を挙げて嗜威に敵
の兵力音響械し、大戦勃教以爽h未だ竿故に足らないにも拘らず、敢
の拍粘嘆衝は番く皇箪の掌に印して、早くも大架照新秩序の建設が着
肩その節を進めてゐるのであ〜ます。誠に感謝感激に堪へないところ
でありま†。かくて我が国威の中外に宜擬されること、今日の如く盛
なることは泡に鵬古の持薬でありまして、この盛代に坐を奈けたわれ
われの蠍諸と感激とは只駒のわなゝくみ虚える計りで言張にはいひ衣
はされないのであ巾ま†。
「み尺われ」の敬び睾鍬じた梅賎歌人をして今日にあらしめたなら
ば、何と感ずるでありませうか。更にわれくこそが、屯に「み民わ
れ」の敢びを浦喫してゐるのではありませんか。何といふ有難いこと
でありませうか。
 併し大業の前金は甚だ遼遠でありまして、今後櫨上の板灘ほ怒涛の
如〈押し寄せるであらうことは、われJlの十分究惜してゐるところ
でありま†Pわれくは慈よ銃後の穣〜を悶くして、皇軍の機大なる
弟諜作歌に蓬算なからしめて、慈上演大ナるであら〜散発に向つて、
有終の契あらしめるやう覆全を糊さなければならないのであります・
かくしてもれ′\は大架重職雫の目的豊北塗して大東正に新秩序を放
設し共欒圏を礁保しなければならないのでありますが、併しそれは鈷
局籍君青少年学徒の双肩に黛つてゐるのであbます.‡に私共の後を
引粗いでこの噴古の大業を惑硯する任務を扱者するものはいふ迄もな
く確君青少年革徒を措いて外にはないのであります.しかも我が閑が
大東鵡の指導的地位にあるに鑑みて、我が国民が大東亜岸民族の指叫
帝たるに相戯しい犬飼民たるの治持と蔓宅把持坪得しなけれはな
らない今日、諸君の茸塀は取よま犬さを加へるのであゎます。諸君に
竺Jも既にこの壌の兇惜と決意とは十分あることゝ信じますが、諸君
は耗に量的民としての錬成にいそしみ、確滞なる気宇、高邁なる謝
見、剛棚なる身心、強粗なる噂鵡カを槻が上にも堵ひ裁つて畠甜を扶
(6)

荒し襲るに埋る費溌を作りとるに努めて、閲巡の推粥力となるものほ
青年であることの日兜に徹Lて、笥神学徒の紺封ほ、北沢な後旭瀦と
たり、少年餅掟の翔君は、オ沢な背年準徒となつてその後を緒ぎ、朝
摂ぎ拍aに駒堪な瞳u臼ならしむることむその任として、鹿上璧憎と決
意とむ繋昭むらしめて貰ひ度いのでありま†。
 凡そ背年に朱ぷべきはその気塊であり、その熱意でありま†。天地
をも一石みにする嵐塊、鼓右をも俗かす熱意、これなくては簡年とは
いへないのであhまT.併しこゝに考へなければならないことは.停
大なる架肌も、粘り溢れる熱意も、共に純情から津するものでなけれ
はたらないことであむま†。直き、渚き、明かき心から教サる難航な
ればこそ、天地を動かし、抑明に通ザるのであります。純情から治す
る熱意なればこそ、如何なる「ものこと」にぷつかつても、串として
成らぎるはない力を生むのであります¢質に「己むに已溌れぬ」とい
ふ、心の奥條から励き出て盛り上る力はこ1に生れるのであります。
作Lながら、同じく、「已むに已まれぬ」といつても、それが懲鬼とか
我執とか、偶見とかに囚へられて返るのであれば、それは臼らを又他
を侮ふものでありまして、こゝに昔年がいほゆる元来にまかせて動く
とき往々にして陥る弊風が生れるのでありま†。これを避けるにほ、
まづ拐己の本分が何であるかの深い反省と自盤、愁望、我幼、偶見に
囚へられないための数端と修棟とを槌んで、燃ゆるが如き熱意を、正
しく姐首従らなる東映を示して内容が変成に障らなくする環の思線分
別な、心をもて身をもて、しつかり把握しなければならないのであり
ます。慾常我勧から戯れなけれはならないといふことは、推しも常に
考へてゐるところでありまTが、殊に注意しなけれはならないのほ、
爛つた、排い、囚へられた紐見に基く行動を、元気に任せてやつては
ならないことでありまして、これは背神秘紘の最も陥りやすいところ
でありまして、 勅語に「共ノ思索ヲ描三シ其ノ毅見ヲ長ジ執ル椚吋
ヲ失ハズ輔フ所詑ヲ識一フズ」と訓へ扮ほつてゐるところを上くJl奉
祀しなければたらないのであ巾まT。
 併し「中」といひ「正」といふことは各自がその本分をほつきり杷へな
けれは判らないことでありまn。即ち本分を烙守するものにしてはじ
めて、中を執り、正に欄ふことが、肘来るのでありまT。本分を知る
ものが締均櫛場においてその職分を杷むのであります。しかしてわれ
われが略守すべき各自の本分は「我ほ畠閑地なり」「我ほ日本人なりし
といふ自覚、即ち「み托われ」の日兇、しかも墟除とLて持つ自兜を
杭州とするものでなければなりません¢この意味に於て本分とはわれ
われH本人の日本人としての「つとめ」といふことであります。稚省
の知る漁り青少年挙徒は腎少年革徒として、それん〜の「つとめ」が
あるのであります。諸君は或は修文練武に或は勤労の糊持に、或は崩
鮨への旅カに、或は銃後の奉仕にとそれ−ぐ分に鷹ずる「つとめ」を
均しっ1あるのであむまTが、「み民われ」として 天皇に締一し挙
る所以のものが盟祝されなければ、その棋抵を失つてゐるのでありま
す.忠弟なる皇軍肺兵が 天皇陛下乾哉と喝へて従容死につくその心
でありま†。革業も奉仕も職域奉公もこの心を心としてはじめてその
虞僧を竣揮†るのであります.
 時局懸土質大となりつ1、ある今8籍君は上く本分を格守することに
捕漉することを信じて疑はないのであります。大東並馳研が如何に由
来し如何なる意義を持つてゐるか籍焉の眈に上く知つてゐるところと
考へます.演に弼梅を晰ち切り大東正に新秋屏を建設せんとするに
は、雄大なる構恕を以て思想、文化、軽済等各払の方他の職を断ち城
(8)
かねはならないのでありまして、汚加石青少年鳥丁徒の「つとめ」の場所
ほやがて取の頓でありま†。托憩の「つとめ」はこの故に野ち拭く椴
漁となるのであレ壊す。
 戦掛下の郵便貯金

 大御竣成の下、臭鞘の向ふところ敵なく吸雄に和裁を扱けて、】伍
l心駄々遥ましく大東亜職学究盆の歩武を進め、崇閲を中隈とする新
なる大水能の蛙設に一路邁進しっ1ありますことは、油に御同慶に域
へぬ次前でありまサ。然し乍ら、敵はその尊富なる経済力を悼み、長
期戦に発を喘してゐる米英でありまTから、完全にこれを利払するに
ほ、今後長期に亙る隈牢を梵倍し必聯の信念を以て勇往邁進せねばな
らねのであbまナ.即ち放は寧ろ今後にありといふべきでありま†.
このやうに】両大漁槙の敬琴を途行しっゝ、他両堆渾なる想設を進め
大東盛をその本然の動ぎなき垂に建て正します馬には、苛々は今後尚
−段の決意と努力とを必野とするのでありまサ。
 勧款知の如く大東頭取学は太平洋から印匪洋に捗り、浅く南半球を
含めまする担、海、塞の廣大なる区域に捗り大規横に展開せられてを
りまして、取局の進展に伴ひ従前に噂してE朝の敬救並に生産拗充背
金琴を必廷とナることは申す進もないのであります。これ零の吸費、
繁金の供給を稲保†ることは釈放の完卓上油に電大なる審莱であり、
これ野矢金を国家の財政坪滑に懸影智を粥へることなくして供給する
今や国威が中外に宣揚せられまずと共に、中外の州新曲【ほ祓叩君背少年
畢徒に集中されてゐるのであります。
 汚君の督超を希望して巳みぜせん9
ハ五月二†ニ臼政経〕