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大東亜建設と勤倹貯蓄 大蔵大臣 賀屋興宣

ゐろ時期でありま†0明治天皇は斑北地方を糾巡で地方の産業は未
だ粥らず渋はが秋乏に営んでんろ靭悩をみそなほし拾ひごJの軌削仙な
舶つたのであります。軌績に
興開J本ハ勤倹エアリ璧訟叫三勤傲ヲ以テ寧フ撃ッ今宮埠ノ甥朱タ
                   ■l
 和ツスソテ鳩三瀬汀移ノ弊触ヲ榊ムγラハ封メ駄カー耶こアリ腕絨ム己
 ヲん嘲シ天下ノ柑耶ヲ領叫サンコトヲ出フ
と仰せ姶ひ、畏れ多く軋御射ら勤倹七以て天ド仁率先し袷ひ、然も勤
倹刺†ところを以て勧業の賀に充てしめ上うとの大御心上り
 冗封ヲ省略シテ兼ヲ動メ木ヲ均フノ資二充テヨ
と仰せ姶ふたのでありまして恐憾娼敵の至りでありまT。
 大北柏独学勃蟄以来最初のこの忠義次ぎ日を明日に迎へんとするに
滞りまして我国計時下の財政櫻折り琳愉な粗く簡略に哉明革しまして
勤傲貯苺の気組を更に折起致したいと存ヂるのであります。
 大水亜取窄勃蛮以来我卓耶は陛に、海に、蛮に境々たる戦果を革げ
まして所論汲も眈に略落、昭硝地として新盤足をなすこととなり更に
鞋んで我が祈力部駄はジャパ島に上排放しまして敬具を均大中なるこ
とはこれ偶に 大卸後或の下忠彗武なる鼻筋油士が批塾兄紳を突か
しむろ肉押的背開の賜にほかならヂと只管感謝感激に堪へ取次鶉であ
ります。今や教皇耶の持場する鞄頓は極めて慣ざ地域に亘ることとな
bました。北は駁風吹き荒▲小北勅から柄は赤道を超えて取崩印密から
利の撞きに及びました。又東はグァム島、大鳥島を経て濃か北米沿岸
漂太に射し我潜水晦は砲撃を加ふるところとなゎ西は牌にビルマを征
して櫻潜路の遮断は勿論糾靡に治らんと小るに斐つてをります.その
作戦の贋大なること桃韻未曾有のもの止いはねばなりません¢
 鯛みまナれば、中華民国が我漉意を埋解せr、徒らに米英の勢威を
憎んで庸浦柁に革鵜を鴇へて上り、鎗に支那事建と立騒致Lましてこ
〓hm攣ハでい竣。十∵こと和成つた山でありま「つせの問鼓‖前・仏椚
松威の下、向ふ断敵なく、†でに支那には新しく粗放政府の成立をみ
るに彗つたのでありまY。ただ藩政柚は遠′立騒い痍存し今治米英俵
存の迷夢上り醒めず、民衆の頚漠の苛みをも省みヂ純益の拭蹟七招け
又績けんとしつつあるのであります0然るに米英等の舗叩圃ほこの凶年
石山Tに亘る支析革鍵をもちまして我一椎所力が櫨鵬に消耗せられたるも
のと誤認し且これを虞富†るをはばからなかつたのでありまT。又増
感頓骨粥以来我に押しっけましたる主力艦その他の五、五、lニの比率
等上りいたしまして、即ち数字の上のみから判断致しまして我解誹力
を渦少に評慨するに至り湘領印饉、京超政府等を指壊し所謂Å、B、
OD包開師を結成し、惟単に故に鮎迫を加、山ることに上つて我が国を
侮服せしめ得ると考へたのでありま†.かかる洪跡あbたるところに
今回の大東鵡馳欝の勃費を見まするに至bよしたる麻顔が存在するも
のと考へられるのであります、正に洪晰でありました。開戦勿々ハワ
イに、マレー沖に政米英に於ける海軍主力を全滅せしめたる都賀また
香穐に、マレー牛島に、フィリッビンに我持銃が柑ついで上陸、敵英
国が金城湯池と悼み難政不落を待つてをりましたその居城シンガポー
ルは時恰も粥紀二千六召二年紀元の佳辰にあたり、皇革の進撃ナると
ころとなり、執は頑強に抵抗いたしまLたが、故に白旗を掲げ改革門
に降b貢慾飽〈ことを知らぎる英国が東正に制覇を唱へ、東亜民族押
収の非常を亀げんが籍の唯一の牙城も、今や桟花一朝の夢と化し、最
早再び竜つ能ほぎる経命に晴つたのであります。これ専の串堆は敵が
我が軍事力を過少に評増したネに外ならぬこと、又数字のみに握はれ
他の精紳カ、循力を考庶に置かぎりし過誤に出ずることを澄明して放
りあるものといふべきでありませゥ。
 然らげ我粁M力は納付でありませうか、旺−諒へ桝郎」琴か劫政教しま
サるや、諸外国の中には我日本の経済力てほ果して多封り公他を暇謁
に滑化し軍事費支桝が出来るであらうか、恐らくは不消化に陥りまし
(3)

て肘政的に沌純を架†のではなからうかと我凶山印河力に勤し多大の
雑念な招つたもむがあつた山であります。琴〜に過去に放て串竣の熱
烈なる封力に上りまして見難に阿拭を沿化し架bたるのみでなく、多
抑の賓金が生稚滅充に向けらかて来たのであります。これを過去の生
れについて見す÷るに、支那琳竣の起りました翌年上り、梅坪圃偵油化
汽企及び生産糠充預金を柵件数しま†るために昭和±二年度ば入十佑
昭昭和十円牢故は首位噂昨年碇の昭和十五年度ほ召二十岱帆のそ
れん\年間の研代脈等増加日蝶湖を材立しまして、貯事根強に向つて
醒出超動を展gして孝心つたのであbヰエ,が、革ひにして国民の熱烈
なる黎隣の宅怖に上り概わ完全むる目途を達成して来たものといへる
と思ふのでありま†。今これみ由偶油化の驚臨について見ましても昨
年中における視偶の竣行斬は八十入信訊泣くに上つてゐるのであむす
†が、同年中に放て七十ご「州位凶が消化されたのでありまT。大捜
八潮凶分に懲りま†P又支払袖如正生以来の償近江の公倶現行額ほ全
瓢でこ笥入十依拠でありま†がこれ▼も林入餌五分の油化確空試してゐ
るのでありまして、い.つれも相常の成鏡告訴してゐるのでありま†.
 仏しかがら我々の敵は米英であトニェす。世界にその富強を詣る米小犬
であります○我々は過去山耳掛に満足Tることなく、璧に貯革の増強
に過弛L以て我曳第をしてその砧闊不抜わ捕紳カに加ふるに騒秀にし
てかつ櫻描むる輿絶と挿硝とた送りまして益々拭威む世界に振はしめ
なければなら独りであります。又皇笹が取巣に依つて故山北付知力の
過少評他を聯砕致し召したと同じや−つに敵をして我が紺滑カル由少に
許椚したることル▲科燃殻出て一稚細せしめわげなりません。
 先に過ぶに於て我囲鹿野省か紺楷鱗秀むろ成約む収めまして闘偶の
 椚化ド、耗酵力山抑充一卜細々充分なる溌金を供治して爽たのでありま
 確】凝分官入十低地の大和分は公的に上つて鵜▲げはれなければならねの
 ごもりましてこの外一般今什確笥分娩紘嘩軍黎輿特別合剤以外の持肌
軒朴稚耳分の糊慨歎行確{疋餌をも加へま†ると、来年度に敬一公付を
必要と†る公憤は大凡百七十協側に上るかと考へられるのでありま
†.杜ひましてこれが公憤滑化の寛に要しまする溌命襖言しま∵れば
用尺貯護に慌たねばたらねものが百七十億側と云、ご」とになる山であ
りま†。又長欄Z仁威する馬に益々生蜜を繍尭しまして軍謂に概じい
やしくも不足あらしめてはなら氾のであ〜ま†がこれを大洗杷に引算
致しまして六十超脱といふことになゎますウニれに盤ナる安寧も亦称
て嘲鬼貯雀に慌たねばならぬのでありましてこの痢沓を加へますると
甥に二宮三十億何といふ互頻に上るのでありま†.先月二十四日開か
れました悶民府濡輿蝕委員禽の答申も亦右のやうな理由に革■∂まして
明十七年度の同氏貯昔日禄額は二雪二十慮何と決定された大雄であb
ます.この二百三十億個といひますと支部革欒勃捜翌年印ち昭和十≡
年度の国民貯滞日昭和入十隠胤に比べますると究に三倍になるのであ
bます9又本年斑潜初日照鶴首三十五億加に比しますれば首足近〈の
胡期的のものでありましてこれが速成は仲々窄易たらぬことと窄へま
†るのであbますが、これが凄成こそ前線に放てあらゆる辛酸延苦を
鵡されて世界に比粕なしとも云ふべき大職果を挙げつつある皇軍に戯
へ和る銃後閑民の途で小山るといふことが〓破ると思ふのであゎます“
 青年教育の振興
†と申したのでありま†が、次は本年度の貯事理鎖と来年堆の閑民貯
譜増加目措釦とに付てこ一P申上げます.
 本年鹿の貯蓄増加目標叡は年初首三十五臨と決定せられこれに向つ
て邁進して参つたのであゎま†。然るに昨年末において開際悩勢が緊
迫致し壌に十二月八日米英と簡争状態に入ることとたりまして俄費が
柏段しL榊知∵ることとなむぜしたがこれが籍年初の貯苺村加日揺新は
年度の央を樫泌しましたる故に嬰上二十五億払を加へ官七十億凧と改
訂ぜらるるに至つたのでありま†.これを月に射り普てますれば略二
十億桝となるのであります。昨年のそれに比†れば宅に二倍と云ふと
とになるのであります。率ひに大鹿亜曙寧の勃故に上り琉民持跡は】
段と繋紹致しまして、今の産和音良好なろ成粥を琴げてゐるのでほあ
りま†が、完全にこれが目的を速成するためには地容易なら拍ことと
申さねばならぬのでありまして、本年庶もあとこ旬に過ぎむいのでは
ありま†が皆扱がたの今l段の貯蓄我酎への熱意に頼りましてこれが
目的達成を湖待寸る次劫でありま†。
 款に来年度払ついでありま†が、先づ来年度の瀾算について見ます
る鴇七五九弼禽を軽過敏しましたl般簡計抜出態算約入十七億勘ハ泡
加礁算分を含む〕のほかに随時軍事特別合計追加瀧算は宵入十他他の
多斜に達†るのでありま†ゥ撃オてこれが肘昨としましては租税その
他山普通収入に依つて充て替れるのであること勿論でありまLて、特
に租税につきましては昨年の鵠七十七耗骨を洩渦しました間接税の増
徴及び去乙鴇七十九調合を通過しました減耗挫を主とする柄溌抑は柑
鴬多朗に上るのeあ巾まして、臼然榊収分セも合せ考へま†ると来年
度の租較収入ほ前年度に比して十九倍他姓くの増加とむるのであ山ま
†。然しむがらそれにも不拘先きに祉ペまLた臨時鞘鞘括り桝斡れ埠制
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 これこそ米英七稚庶的「い揺仏ハせしむるために我々が必ず蒙成しかけれ
 ばたらめ賓瀦と窮するも娼言に非ずと考へるのであります¢僻これな
 他の両から見ますと醍の親許が増大致しま†ると資金の綿布が増大致
 し延ひて通代の拶脹を誘教する幌向があり、又圃の物に射すろ浦野を
 増加し民濡物資の供給を静からしめ、遮に物と親竣の調和を破壊する
 こととなり所謂悪性インフレーショソを悪き超すこととなります.さ
 ぅ†れば物屑帯となり一般国民生情は安定な失ふこととなり又園の漁
 耳の執行は困難となるのであります。軋ちこの方面上りしましても敵
 軍象行を開銀ならしむるのでありましてこれが馬にも貯蓄の沖行に鋏
 り桝買力を吸収することが紹封に必穿となるのでありま†。
 以上申し述べました通り我々銃後国民のこの貯蓄軍踵で」そは、前線
 将兵の勇敢と相俣ちましてやがて大丈亜新秩序建設の大業の完成とな
 るのであわます。これを恩ひますときは動帝以て生産の特大を削り、
 稚権的に所得の増加に蝕むると共に斯倫以て物賓の便相節減を#り滑
 毎的に所得の散逸を防ぎまして、上b多くの貯穎棉加への努力は如何
 に多くの困苦を伴ひまするとしましても寒に前途輝しき希望に満ちた
 ものと調へると思ふのであbます.
 「己ヲ拍シ天下ノ標準ヲ馬サント思フ」と仰せ的ひし簸き大綱心を盟
 Lまして我等一億臣民脇力丁心筋宰につとめ総力を挙げてこの大東吐
 放申∽完盤シ■期せんとするものでありま†。(三月九日放ぎ
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