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皇軍に感謝し国に愬ふ  農林大臣兼拓務大臣 井野碩哉

 畏くも、大詔渙発あらせられてより、七旬を出でざるに、米英蘭の主力
艦隊は撃滅せられ、香港は陥ち、マニラは攻略せられ、今又新嘉坡は
陥落致したのである。
 二箇月前迄は金城鉄壁を誇れる反枢軸陣営も、太平洋及び印度洋に
亙る軍略上、政治上竝に経済上の三大拠点を喪ふに至つたので、彼我
攻防の地位は全く逆転し茲に大東亜建設の礎石は打建てられたのであ
る。
 是寔に 御稜威の下忠烈無双の皇軍将士の万世不朽の大偉績であつ
て、一億国民は挙げて感謝感激に満ち、昨日の帝国議会に於ても、両
院感謝の決議となり、総理大臣演説の際にも、又陸海大臣の戦況報告
の際にも、貴族院にては曾て見ざる大拍手を以て、衆議院にては自ら
湧き出づる歓声を以て迎へた、彼の瞬間の光景は議会初つて以来の劇
的情景であり、国民歓喜の気持と、必勝の信念とを、よく代表し得た
ものと信ずる。
 国民は今は皆、どうしたら陸海将兵の偉勲に対し感謝の意を表し得
られるであらうか、何とかして自分等も御国の為に尽したい、唯々有
難い有難いといふだけでは済まされないと云ふ気持に満ち/\てゐ
る。一億一心とはよくいふが、平常ではなかなか実施し難いこのこと
も、今は如実にこれを示してゐる。
 この気持とこの信念こそ皇軍将兵が銃後国民に贈られたる尊い戦果
である。これを壌に一時の感激と一時の決恵に終らしめるやうなこと
があつては全く相折まね次韻である。
然ムば上の欲びは如何なる敵びで・几らうか0現在のこの赦びは米英
を破翔したと.いふ卑なる強沓の袴に縫つてはならぬもであることは勿
翰、物賛に碁まれたる棉方籍地域の占鱗が、直に生描に安易む奇すと
いふが如き物賓の期待に終始してはならぬのeあり、その飽迄も駈槻
の大拷紳に淵淑する大架亜捷設の堆が十こしられたといふ蠍びでなけれ
ばならぬ山である。
従て皇軍に封する感謝の煮狩は攣J南民に陳せられたる大抱設への
決意となり、・凡ゆる閥搬を超克し、今後胃年をも鞄ひ戎く必聯の侶念
に灘鞄しなければならぬものである。
敬翔の患行は皇革縛兵に安んじて任せ得る。世界を泡じ斯くの如く
強い陸海鞘を有する珂は何鹿にもない。
英崩首相チ†Iチルも、我が皇閤に鋼敏表を準つてゐる。邸ち、滋
る十五日の苛閲粥禽に於ける籾孜にも
「英留としては米尉に拐カし完全なる防傭と抗蛾をしたが日本軍の
底知れね強さの前には、そのカの楯も地に蝮ちたし
と告由してゐる。
樅て銃後蜘民としては、今後ほ大常亜址設に必蜂なる物と人を作る
ことに余カを傾倒すべきである。支那堺教以来維もがこの方向に努カ
ヽノ

′ヽ

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1704-02

をしてまゐつたが、所謂維城梓済時代の鳶窺組と、線展的企電を桝
て、和也的に建設敬にさ加し得る、所謂松設梓済時代の決意とは、人
人の東持に臼ら非常なる柑撞のあることほ鈷然であるが、然L亦、こ
の宅持が動もすると馳争罵分に脅る繁顆に傾くことほ朕に戒めなけれ
ばならない。物賛鞋官なる宵方籍地城から一、ニ年の内に石油でも、
米や紗柑でも、ゴムや錫でも刺る程衆るやうに考へ企管を材てること
ほ釈である.
併し従衆と典なることは、これ等の物賛について、従架は絶封に必
卒なことがあつても入手することが出来なかつたものが、今後は涙に
必婆であれば入手の添があることである。
食穏周留にしても、従来も糊民に不安のないやうに種々封範に苦心
をしてまゐたのであるが、徒水の状態では図拭に不自由を忍んで取
き、その場を切按けて行く上り致方がなかつたのであるが、今後は計
埋的に盤意、配払、貯械を馬し得る状態に進み得るやうになつたこと
は有鮒いことである。
併し、也にくれぐれも申上げたいことは、これが馬に生蛮を泡音す
る人々も滑費部面の人々も嵐を接めるが如きりとがあつては大襲であ
る。
十〓月∧日以述の石東の均成、戎ひは米毅の供出は、稚段の成揖を
示してゐる。すべての人が今の斜持を頼めず、機命の努力をするなら
ば、従衆は瓦に原因、椿果となつて不足せるものも一、の弔渉物資が
多く生蛮されゝば他の物の生琵にも飴桁が生じ、斯くてこゝに明朗な
る肝水を期待し得る。
農村の人人の中にも梢方印地竣が確倖されゝぱ、農作吻等は生壷費
の一岸なる帝方で作られ、最早」円地で棉産の必好はないではないかと
考へる向ももるが、かくの細き琴へ方は残の姓村の使領を瑚博せぎる
に出づるものであつて、段村は畢に衆掘の生壷場たるの使命を持つの
みのものでな〈、常に大和妃族の派女咄として睦寿なる人物増銭の基
地たるの定犬捷命を有するものである。
さらにまた、閏民の主黎食糧を、達く海を桶てたる地竣に依存する
ことは、非常に亀敬であるから、たとひ摘方が関けても、蒋国の内外
地に於ける主穿食柑の自拾自足計怒は敏勤だにするものではないので
ある。
】偉醐民符男の所茅妓も格落し、犬東亜故講鈍の地歩は劫に同つたの
である。今後は一而馳朗、一両捷設の時代であるとも言ひ得る。勿輸
敬申に聯ち抜くことが鴇一鶉であるから作取上の必嬰とあれば、建設
的の耕柄が週れても巳むを得ない。
日下は胎舶が作敬故び鎚設の一大動脈を馬してゐるので、物賓の交
沫も決して符易ではなく、不自由なろ賛材と村力を以て、出架得る限
りの棉藷に邁盤するとともに、滑費の規正に似カすることこそ、銃鵠
鋭民に辣せられた使命甘あり、また皇軍脾兵∽拭々たる取果に酬ゆる
研以でちある。
照之、十〓月入日を糊し尉拭の句締は一単してゐる。今の斌縛を招
槻して大東亜托設に邁准すれば、必ずや明朗なる牌楽を期待し得るで
あらうから、団民は一心一丸となつてこの気持に綬みを生ぜぎるや与
に努カすることが大切であり、一方我々政治に粥輿する者は取窄が長
期職である阻り、隣民に忍蕾のみを黎梢すろことなく、無鍵の常をよ
く閃きbけて、渦き気持で施鴇に萬全を糊し、柚共にこの大取果を侮
くることなきやうに努めることが皇笹特士に勤し感祝の粥を敢す壌で
あると信ずる。へ

(二月十七日放送要旨)