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大東亜戦争と英米の戦争経済力 企画院調査官兼情報局調査官 毛利英於菟


 米英の政治家は、大東亜戦争が起るとは全く思ひもよらず、あり得
べからざることと思つてゐたか、或ひは戦争になつても大したことは
ないと、たかをくくつてゐたかであらうと思ふ。 
 そこで、皇軍の大戦果は、彼等の血を逆流させ、事態を正視し判断
する能力さへ失つたことでありませう。彼等が彼等の全く思ひもよら
なかつた速度で、また全く想像さへしなかつた広汎な地域にわたつて、
皇軍は大いに勝利の驀進をつづけてをります。彼等がかくのごとく自
分の運命にとつて、命取りの問題を冷静に判断してゐなかつたといふ
ことは、今や、その軍事、外交、経済の全てにわたる世界政策の計画
の根本に狂ひを生じたことを意味し、たうてい彌縫によつて速かなる
立て直しは出来ないと考へられます。
 ルーズヴェルトもチャーチルも去年の十二月七日までは、加へ算で
勘定を合せて来たのであります。即ち、A+B+C+Dと加へて、日
本の力よりも大きいから、故に、日本は屈服するといふ、極めて幼稚
な計算をしてゐたのでありませう。この加へ算をしてゐた時は、A、B、
C、D、それ/"\の国々は、自分にプラスされるので、その利益は一
致してたのでありますが、十二月八日からは、彼等は引算を始めなけ
わばならなくなつたのであります。
 米国の失ふもの、美的の失ふもの、醜印の失ふもの、これ等はその
利革の度を異に†るために、早い砧がチ†Iチルの英申の算盤と、ル
ーズヴ■ルトの井蛙とが「ごめい】ときつちむ計算が合ほなくなつて
しまったと思はれるのであります0何度算堪を浮き浩しても、御砿−
とやり筆へなけわばならないことになつたのであむます.
加へ算ばかり欝を合せて東たルーズヴ完トやナ†1チルたちは計
耳では、とんと答が合ほないのは首然であらうと思はれます.
 しかし、われiには彼等の算盤の客は脚つてゐろのでありま†.
即ち、†B−OIDlがふ1α−がと無限に破等の力は粥化し、
その精力ほ破砕され、椴等は鎗には良眼せしめられるといふ答であり
ます。
 頓申が−か1る迦命に立ち到つたことは、丁ソグロサクソニ雄の
掃喝を以てさへすれば、我が抑留をも屈従せしめ得るとして、長れ多
くも御簾樺を悩まし革り、良威を損傷せんとしたことに封する辞帆
でなくつて一晩何でありませうl
 彼等の串披心が救ふべからぎる転変につのつてゐただけに、その群
嗣は全〈大きいのでありま†.
 翌二世把にわたつて組んで来た頭悼心は、り1で世紀の紳嗣竺
時にちけなけわばならない9それほ、過空世紀の聞、慧守が軍配し
て衆たせ界の漕い秩群が崩蛾せられつくし、帝団の悪例ナる新秋群の
下に組脂†ることであbます。
 かくして、米英を討つわれ等の例は、押武必時の側であるのであb
 ます.
 私は、今B大丈竜敬弔の馳臭が、黎英の敬弔軽粁力にどんな打革む
ヽノ

Qq

′「ヽ
 喝「もかにつさまして、仙叩楷叫上げたいと息ひますが、地力を確済カ
 りギで計算†ること、勧ち、坤榊女だかで均力の軸鮎を針つて行く考
 へ方が、根本駒に駅bであるといふことを、稚め申し上げておきたい
 のでありま†0
 かゝる椴済鼓率的な唯物的な見方こそ、米英自拍主義の世界槻の基
礎であbまして、引いては日本れ力を見誤わ、他等が敗退Lつゝある
現智の梅本の脱叫は、この思想に基くものであります●
 併し、頓等は、今日なほ、その捗済カのみに頻つて、日本を破るこ
とが出来ると考へてゐるの下あbます。それが自由主義拭の根本的な
鵜さであります.
 披等は国力を、撫狩生で我はし、数丑で比較する・】は〓上り小さ
いとする算術やある.併し日本の闘力は、吻に捕紳を掛けたものであ
る.而して、8木の持許カは無駄であるが故に、日本の用カは鶴等の
せ界破を以て、破等の算術を似て計‡し得ぎる紳秘の大きさを常にも
つのであります0
鷹狩主串的な見方をする埠革には、大東尊敬平に上つて袋つた健済
的影智は、全くそれだけで大きな打ポであゎ、それは同時に政治的な
打撃そのものにさへなるのでありま†。
 このことほ又、大水整取雫の馳典に上ご\ 〓ノには彼等の西村太
平洋地域からの物資の供給が絶たれ、〓つには皇幽が代つて、これ専
の物資を撰得することは、枇専にとつてはニ‡の非常なる守成となる
のは勿論であわますが、白木は多〈なる賢漁物資に無限の捕押カをか
けて、破等の烈條†ろ以上に閑力お充均して行くことが出来るの下あ
りま†¢多くなつた架漁や物資で、決Lてわれくの掃抑力は弛麒す
るものでないからであむます.
 精神力で物を生かしっくして、それを♯学生行カとし<すベノ」挿げ
椚るのであゎま†.われノ〜ほ必酵の取ひの中から、−幼女も#ふこ
とを欲しません.また悼みなく必捗のために生活の全部を坪げ侍ろの
であbます●
「野詐の琴えまさんこと天申と共に済わなかるべし】との御許耕にた
いする絶封信仰の止に、接ぎなき必勝の信念に生き泣いて行くのであ
ゎま†。この大信念に上つて、物も林何十倍、何音倍のカとなつて生
かL襲されて行くのであむま†。日本の閑力ほ晰Cて劫の立ではな
い.この大信念を大きくかけ合世た無限のカごあることを純情しなけ
わはならない。
 米英の魂のない招河力が如何に大きくても、魂のある日本の印力
は、それ上わ常に強大なのでありますゥ杏それとは比較しえないとこ
ろのカであるのであわま†.
エれだけの信念をもつて‡つたら、耗済の葡をすることほ、†に‡
襲なのであbます。そうでないと棋済の丑で、あるひは有頂天にな
む、あるひは悲収され、物に上つて信念が動塙することがあつてほ、
榊圃の馬にならないからであむます.
 それでは変心して大東窃取宇の敬具が、いかに英米の独学擦済カに
影響を輿へるものであるかを御話し致しま†.
       ×    ×
 帝国の西南太平洋籍地域における[兵の精兵、米英南国の取手確済
力にどんな打撃を珂へるかを知るために、まづ物賛供給力の払から、
米英鯛軌の軽河の朽為を職串することに致Lます.
 欧洲職轡後、一九四〇年において米崩の晋易ほ、杓十出億苑の輸出
超砲撃試したのにたいし、英国は灼六億五千拡碕の他人超過を詠Lて
ヽノ

▲V



m…
をりますが、米駒にあつては原料品が触人鴇朝の四∵九%ハ牛製品
を合計すれば六三・∧彗にして笥位を占めてゐるのにたいしまし
て、深閑にあつては詰料粘がこ六・出%にして笥荷を占めてをりま†。
 さらに最誓言年間の輸入推移を見てますと、米国にあつてほ原料
品や拠点の輸入揃おJぴ輸入割合が激埼してゐるのでありま†が、そ
れほ国防針宅逸行上り必鍵む嶋的に示せるものであb、また英甑にあ
つては先約貼り前人抑おJぴ旅人理論少し、原智川およぴ完成品の
それが桁大してゐますのほ、やはり馳中盤行上の必蓼に講くものと考
へられるのであります.
 さらに尭料取入についてみま†と、奨園の≡八%にたいしまして、
米組またニニ%と柑常吊坤の割合を一爪してをりま†が、米英輌餞の食
料輸入‖内群を扱討†れげ−まつた〈その仲賀を異にしてをり、即ち
米国にあつてほ職朝、肉覇等の童先料は所内常破を充足して、何年人
相常の倫剰を鮫山叱る妖艶である山は御承知の泡りであトまして、伶
人食料は熱砂、捕熱街の持煎物たるローヒd…ア、砂糖、果物等
で払ま巾†9これに反しまして共岨にあつては、生類料たると嗜好文
科たるな朋はず、姐内自給力塩めて侠〈、その頼んどを転入に鋲存せ
る状陸であつて、取申象行上、共闘軽済の致命的秋晴←あるといふこ
とが出来るりてれゎま†。
 即ち、英幽の衆碓白析率は極めて低くして、穀類の自給率は=ニ鮎
而してこれ等生野東料の地域別輸入状態を見れば、硬洲、ミー〆
ランド、印度に触苧ろところ柏普大竹あるので・巾むます.
品目
.刀−


山丁
化平


ト野


 内
 肉
 由川
−グー
ナーヂ
砂 糖

  繰入先
改  印
鼓洲イラク
ビルマ井他廿爪正
濠洲ニュージランド



汝洲ニュージランド


鼓印その他
印斑その他
衣に被服悦料又は糊推原料、
即ち羊毛、
一入割ム‥
 〓ニ%
 三三珍
 八五山物
 二柑%
 七入鮎川
 四二”鞄
 四六%
 六三%
ニ〇・五%
 九五%
総花、繋餅、


       (U
一二lラ僻につ (
き米英粥駒の自給率を見ますると
品一目
化学

・博
 毛
 花
 蔽
ラ麻
 米声
八}髄
l00%
 ○%
 ○”鞄
美風
一一%
 ○%
 ○%
 ○%
しか日掛力なく、
 絹飴仙常
  山禾、ヨーヒ、ココ丁
  水仙丁凱==
  此r 山即・
=・九六%
・・●○髄
こ∴00髄
  大丸鮎
英本酌の羊毛1綿花の革憫ほ羊毛につきましてほ帝弊の約九〇瑠を
輸入に侠つてゐるのであゎまして、その中、撲桝こさIジランドへ大
l・五%依存してゐるのであゎます。
椙花につきましては南内生蔭なく、全部を輸入に挨ち、米挿挨及に
主として仰ぎ、英印から一四%を輸入してゐるのであむま†.
llll
女性√政席料につき米爽内地の自給力を見ま†るに
 ハ3〕タソ〆ステンは、兇変′郎吏、肪薮、併称準1ビルニヘの鍵
存鞘はご一志・入%であります。
 品白
石 地
銀鉄石
八町





 米▲叫
−00%
一〇〇%
丁七%
T糊%
七四・〇%
 英頸
 滋・糊%
六七・〇%
 lT憎%
二八・〇%
 三・五%
 (4)クロームは文頭へ比良、
%でありま丁.
 へ5)マンガンは賓柁ハ印艦、
;−,カレドエア) への依存革は三〓


比良、鵬伽)への供#革ほ〓〇二侮
・石の工業山塀料中、
存血Tを見ますると
西村太平洋地域お上びその外延地域にたいする依

   依存坤ハ桝給々頓卑生せ+q入)
ゴ     ム
址叩
ダン〆ステン
 米 邑
九六・〇%
八九・八%
三五・八%
三ニ・〇%
ニ○こ%
 英 a
九大・叫%
八〇・〇銘
八〇・〇%
〓ラ○%
七丁TO%
であります。
 ハ8し頭母は印度への依#革は七〇・九%でありま†・
 右の外、取略原料たる生攣中二1ネ、71ラ噂頁締ほ文頭に全
部を依存してゐるのであbます0
      ×   ×
 次に英叫における工巣原料の状況を見ま†ると、械−石溌は日掛し
得るも、雨倫のエ築原料は全両的に由拾率が桓めて低く、米醗の吸梅
原粋が西帝大苧洋地彗お上びその外桂地域に依存することが塩めて
高いのと府錬、この塩の原料は英明にあつても、この地域に依存ナる
程度組めて高い現状でありますゥ





′.ヽ
 であbまして、米国における一九出○牢の原料故人の中、アジヤ州
から霊%を偉人Lてをり、その原料弼趨地域としてアジヤ料の地位
は極めて現嬰であつたのでありまして、持に職人原料の中、いはゆる
簡略原料の西南太平洋地域に依存せるものは柑薗多いのであわます・
T)ゴムにつきましては、輸入プムの九大%が鶴来、棚印、琴沸
印からでありまして、他%が南米ブラジルからでありま†0
〔ヱ掬は、輸入錫り八九・八%が用水、糊印、泰、悌印、頼支⊥り
にして、−〇・〓%が炎木川、ポリビアであわま†9
 (1)石油知につきましては、取前の一九三入年の輸入は〓ニ、
○千嘲に1て国別愉人割合を見ますと
ー○
  南   米
  北  米
  地中海経由
  中延及び充溢
  そ の 他
 であゎます.
 (2レ緒の由内生頚は
00千咄であり、代打、
   四七・五%
   ニ○ここ宛
    入・〇%
   ニ‥丁三%
    二・九銘

九四〇年鉄線九、≡00千嘲、銅細一五、

錦繊兆に自給率はl00%なるも、絨鉄石に

あつては自拾彗ハ七形ハ完三七年Jにして、三宝老中外に依存し
てゐます・欺洲[後の今日、英脱組、俳餅アル音符に限局せられつ
つあるもののごとくであります0
 スクラップの凶円盤藷は約五官五十絃噸乃至ハ盲五十轟噸と見らる
るも、今後はスクラップ利絹槻加に上為垂藍堆持が想催せられ、昨年
革八八〇千噸を*姐Jb線人数しをりまT.
ハ3);ガyは英本土に生慧〈、全部を怜人に仰ぎ、しかもその
七〓%を印耗おエびビル▼に依存してゐま†。
 (4)タy〆スチソは発破に入○髄を依存してゐます.
 (阜)錫は全く粧延に依存し、焚那おJぴ溌洲に入○%を鋲存してゐ
ます●
 ハ6)ゴムほ文雄に九大・四%依存してゐま†.
 ハ7)クマムは閑的生成なく、何度おJぴビル†に=ニ%依存し、
他ほ丁フyカ、ギリシ.でありますゥ
 ハエアyチ三−は醒内生重なく、俸印への依存申は】丑%メキシ
ミポyピア上り主として輸入してゐます.
 ∧9)軍母は困内教頭なく、食掛繰入に仰いでゐます.印鼓ピルニ
 の依存革は五二銘であbま†っ
 ハ川)紹は英印、模糊への依存岨エハ○蕗であります。
      ×   ×
 かくの如く、米英南電Tしも大水虚勒雫の舞妓と兆に、彼等が氷塊に
伏拝した粛堅物女を粥逮†ることが不可能または附桃となり、披等の
挿済に正大なる形坤を粥へるであbま↑が、その形轡について貯均し
 て見ますと、
 水中は頭内競抑が背適的かつ捏富にして、々の盤裔が薮としては水
阜内帝醸又は消費を基礎とし、頃易出家の性梢稀紬にして、持株戌桝
にして国内にて充足し樽ざる物宋を輪1してゐたのでありますが、そ
の不‥董酵特殊脇料吻賛が、拍桝太平沖咄故に虹申し、かつその憐鎚
史大なるを以て、西南太平洋地域にたいする依存度は極めて大とな
り、徒つて、木地挺狩は大兄窪敬弔に上つて1必壊的な大なる野中を
受けるのであbます.
 りの意味におきまして樽済的に見れば、躇南太平洋地域は、大文墟
教学なかりし英閑上bも、米国植民地に熊質してゆく可能性が大であ
つたや〜でありま†.
 また英国経済の野摘太平洋地域にたいすろ披存址は、ゴ▲錫妬の讃
仙詣再殊原料物更についての彰坪は、米はと岡締に大でありま†が、
その常盤史が米世に比較して少いため、米陸上り成品として、又は貯
吋の分興があればそれに上つて繹和し得るのであらうし、大鹿亜敬夢
に上つて英木戸と細雪礁州、一′■−ジラソドとの捜終が昭難となれ
ば、英碩樫済にたいし、特に毒触眼材料眺捻路を失ひ、致命的打撃
な輿ふるでありませう.
 かくの如く、敬弔とともに半英物資嗣適地奴ほ鍵化して行くのであ
 ります。
 欧洲戦前の米英の世界也顎粥建地域を見ますると、
ヽノ




′d
         米 声
段 洲   一九・凹%
 丁ジャ榊   三苧ニ%
にして、欧州故の鍋腱に伴ひ、
    英 国
  一三ニ・ヒ}%
   一式・M%
*閑の封蹴鮫入減少L、
一九凶一年
にほ前年に比し四出%を撒滅してをり、これに反し封アジ々お上び太
沖州上りの旅人はこ七・六%の村加、封摘発は空ハ・七%埼加、劉北
 米は二出こ、%を付加Lたのでありま†が、今次大鮎巧拙研により、
貼楕太平件地域が砥.晰吋られま†結果、今後においてはアJンヤからの
輸入はなくなり、軌ち生地の茄○%の湘速力を失ふに至る結果となり
ます.
 蠍洲大陸と合すれば六〇%特に職嶋原料は数多く西楕太平洋地域に
鋲存せる故に、職申急行上、相普の影申を蘇るべし、すでに昨年初頂
上わ、異常なる戦力を以て、戦略原掛を中米お上び南米に求めつつあ
り、】九也】年の封南米輸入の漁村はこれがためであるのでありませ
ぅ。むほ−九四l年の封アyヤ輸入の増加は、勒略原料貯楷のための
大丑賀付をその立たる原田としてゐるのであります.
 夫に美的につき漁封致しますと、蹴州敬の讃尿するに粍ひ、皇呵の
宅故に挙るまでに北欧、申帝欺、.ハルカソ専を遮断せられ、皇国の宜
故に上り西南太平洋を遽晰せられ、さらに実印、蔽淋1ビルマ、妃末
上りの吻敷粥凌が困難となるとミ碓来のl≡%の物資粥鐘カを喪失
するわけであり、軟州における繋失力を併せるとき、五〇%以上を失
ふととにむるのである.
−方、冶のごとき閑遠地城の賓失に伴ひ、英国としてほ他の地域上
り物資開速力の増加を企周†べく、邸ち、
1、米
2、カ  ナ


3、山摺
4、エ ジ デ
古、印    庶






 英 h持 出
一九四一年にほ戦前に比し一也○彪激椅
一九也一年一月卜由月、耳蹄に上る推定≡九年
 に比L六大`の激増
 ≡九年に比し凹出%漁埼
 ≡〓彪の椅加
≡九年に比し四〇年は一七%の棉加
6、1こ−プチyド 四・五ぢオ少
7、γルゼyチy 三入神に比しβ○年は〓ハ紹清加
 かくの如く、特定地域に物責供給を集中的に求める傾向大にして、
右は師遠地城の凍失せるためと、船舶輸蓮の利用率を増加せる結果亡
あり、従つて船舶輸送の拍係上り印度、漢洲、アフリカ、南米⊥りの
網意は漸増または減少しりっあるに封し、米所、カナダに極力嬢中世
られつつあるを知るととが出来ます.
 蠍洲吸お上び大東頭取申の準展に件ひ、英酵は米国にたいし物資を
いエ〈求めるととになるでせうから、物賓絢連に的する相互の限媚
の開陳が、祷未発英間の正大なる政治開放として数段することが堵へ
られるのでありますゥ
             ×       ×
 かくの如く大東電吸申のわが敬具の掬大と粥に、我等は米英にたい
Lて、東鵡から一物をも彼等に輿へないことが山水るのであります.
断然これらの物資の供給を速断するのであります。
 しかして彼等は、十二月七白まで繋金凍揺以来、西南太平洋の箕好
物賛のもが囲にたいする供給を遮断封鎖し、我を鮎迫してゐたのであ
りますが、十二月∧日以後は、畠囲がこかを擁得Lて彼等にたいして
逆に封鎖する。かくて彼我の地位はまつたく慣例してしまひ、竣時の
打撃は極めて深刻であることを確信するものであります。
 大家頭取牢を勝ち撃つゝ、われ等は大京亜弗菖招此の大坪輸を
行ふのでありま†。これがためには、堆揮な構惣が必型であるのは勿
約でありますが、1かし、濃甥にこれをなし簸げるためには、日本人
が今一度拳闘の大梢紳を、全生命を似て感じとり、その栢紳をもつて
大敢粥火欒出のすペての架材を、虹代的に染かL切る出陣力をもつこ
ヽノ
8


′ヽ

                               L
とであると塾く侶ずるのでありま†.
稚有大京喪共紫朗の素材は、今や壌晴らしいものであります.米州
甲欧州圏にたいして全く控軌し粥るものであり、杏そわに破るもの
であります。
英帝珂ほ海洋河家として、地球上のあらゆる方面に領土を有し、海
平カと金融カを以て世界を支配して衆ました0しかし、いま崩壊†べ
き遊金にあるのは−英帝的が大陸に亀壕を有たなかつたことが、地政
治拳的の大なる粥鮎であつたからである.
 又ドイツは欺削教学を放じて欺榊大陸同家を必ず完成すろのであり
ませうが、その将来の地政治稗的な崩さほ、海洋に足場を有たないこ
とのやうでありま†9米国また然り・これに反して大文頭戦争を通じ
て、我が皇国の地政治革的地位ほ、大捜と海洋を極めて統一的に璧口
†る、未だ曾て捲史に見ない典型的な地政治餅的地位を有†るに彗
b、島国の存女と永遠の醍畏の基辟は、この意味においても全く完成
されるのであります。
 耗村的に見ましても、薮神から黙簡にいたるあらゆる箕漁をもつこ
とになり、確信似て大東辻井喜の大坪済を鎚設することが出来るの
でありま†・われ〈は各ずl享年で米糊閤、欧州四樫済に負けるこ
となき狙軌な且つ共菜の大文舘搾済を禁汎し弼ると確信します.
 お正に凡サに日本の生身に自己を没入さ放て、8本の生命から挿大
な舶智を捏かり、この大宅のためにお仕へし度いと恩ふのでありま
大東鵡共柴飼と海運
     海漉院長官一原
洩椚
†.
ハ】月〓十三日政道)
我が駒は申す迄もなく、四面海を現ら†海図であbまして、われ〈
は裏海臣讐驚喜0かの「海ゆかばみづく屍しと加桝繋釘
して忠批を披頻せしめた歌詞は、われ〈祀先の帝を怖れず、海に馴染
む海洋民族の東塊を篭なく表明したものでありまして、千歳を硝て
たる今日樹われ〈の駒を高鳴らす蝕覿を持つてゐるのであります.
又入略大笠島の大槻と日本万とに上つて、点舟J←北ほ塩瀬及び山東
上り南は速く官州牛島から海綿島盗りに聖るまで疾風の如く席捲した
広 けんせん
入幡解の如き、我が大和民族の欝朝たる海洋持押の自ら放る坪宵であ
りまして、今なほわれ〈に壮快なる賂を輿へるのであります。
 昨年十二月八8、東浦新秋拝趨設に噂〜なき防啓を粥入来つた米、
英南関に射し、畏くも宜職の大鶴が洪致されまするや、畠笹の構銃ほ
間卓な容れず敵の意表に出で、贋襲甥に軋千捜に捗る太平洋に斯在す
るその弊備に勇経果敢〓汗に攻撃し、拾どこれに滑滅的損背を典へ、
あるひは又各地に壮烈なる鞄前上陸作取を敢行して、米、英をして果
然尽するところを知らしめない程の大開柴を収めたのでありま†.
 これ帰へに御竣成と税年武を聴いた陸海終簸の窮武とに上ることは
勿輸でありますが、この耗々たる大汲奥の蔽に「海ゆかばみ.つく屍し
の弼に現はされてゐる海洋民族の熱血を肋に浪しっつ砕九の下、縄研
の中を、枕二線の特色正触力しっつ歎々とLてその任戦を急行Lてゐ
ヽノ

′lヽ
 る我が御用術策粗良の努雷忘れてはならないのであります・
 私建はさらに又明治初年には蛾かにこ鶉五千噸を有するに渦ぎなか
った日本海搬換を数十年にして英、米に任して由色なき今日の我が海
壌舛に蓬育て上げ、−且均家の象に楷つては欣然とLてその船はを呵
女に費してゐる海建界の人〜に掛鳶を蕪じ得ないのであります・
 併しながら取時下に放ける悔浬の賓客性は第一線にさ加する御用胎
取及びその乗組員の活酔のみでは為りません0
 旺代取の特色ほ経済頓あり、思想軌あり、宜樽取ありこれ等枯てを
泡播する国家撫力鶴であbますが、武中杭放り撃叔と粛行する越野捷
設頃はその最も粛啓なむ兼であbよす・飽く迄敬ひ、飽く迄敢を打敗
む、最壌の砂利を収めるには取扱の捗利と汲行Lて、;には内高度
                              一フt′
拘防軒家睦制を完備すると同時に1外自給経済額の確保がぜひとも必
罪であります。金字が日1に戦果を拗大しっつある緒方籍地域ほ赤措
の下、勲と光に慈まれまして草官なる賓蹄を包頼してをります中野ち
比盆葺は甘万な穎銀と学者な賦へ転地であり、その他石琴・クP−ム
錬、了yガy申も相普の地域凪があるといはれてをります・腑印は石
油、ゴ▲、姐の♯官な供給地相であるのみでなく、石畢−紆鋪、ボー
キサイトを初め銅、マyガy、錯、亜符、クソ〆ステソークPIÅ、
アンチそ占−等多感多様の賓漁に富んでゐるのでありますP又英領舶
来は惟界鮪】の生竜を狩るゴム、錫を初めとし、繊鋼、石凝1†ソガ
y、タy〆ステy、ボーキサイト専を多食に産出するのであむます・
これ等地域の生壱状態の教岸管見ますと鈎は大漁十四、五萬噸爬界紐
教藻鞘の大十大%軋卦矧石油はビルマむ加へて一千舵嘲、餌鏑石は
こ更ハ、七十耗噸に上るのでありますが、これ等耕鹿賀激け未鋼教の
ととろ多く憫君ほ特来に期待されてゐるのでありま†¢轡」の外特殊
賛甜とLてゴムは世界偲塵材の九十%、コプラが七十%1演那皮が九
十入牢マニラ腱が五十五%、和子泊が担十%等でありましてその資
材の如何に彗官であるかがお到りのことと恩ひます●
 なほ羊毛、小鮮の世界の轢庸撲棚も畠革の消印湛革と共に柏呼の問
に迫つたのであります。
 以上申し上げました賛淵の中には日本の欲しい物資も米、英のぜひ
必黎とする物賛も樺山含まれてゐるのであります0米国は戦時の五平
物苛を緊急的原料と取略的膜料に分けてこの二つは執時筋拷なる統制
ドに於かれることになつてをりま†が、この中で取略的原料といふの
は「国防上安野な原料にして戦時に砕けるその伐姶の全部又は大部分
を合衆用本土以外に依存して俄格な保存及び配給統制の措督を必穿と
するもの」で最も急変な物資でありますが、その申のゴム、銀、†ンガ
ン、†ニラ♯、キ一丁ネ、■→ツケル、クP−ふ専はその殆んど大部分
を我が東亜共栗渾上りの供給に仰いでゐる状況でありま†0まことに
「持てる革、持たぎる園」は今や次第にそのところを替へ質仙和しっつ
ぁろといひ得るのであります。これ等の散財の欲しい、必要とする劫
箕を抑へると何時に、我が国の必穿とすも原料を輿ふ限り速かに、又
出来るだけ多く、我が軌に避ぷことが長期放下の樫済取を敬ひ抜き、
最後の勝利を倦める所以なのであります.
併しながら架鎚共奨周内の交鵡は海でありま†。河に今度の額粥独
学前の昭和十三年末この兇亜共奨圏に迩行してゐた船舶を粥べて見ま
すと杓一千氏喝位に上るのでありまして、この外に滑梓小網相と致し
まして小準鮎やジャンク等細故にあつたのであbます¢かかる状況で
ありまして現在ほ勿論今後とも、何をするにも、どうしても必黎むの
は船であbますC柄方の鞄材なる賓汲が確持出水ましてもこれを我が





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粥に持つて衆てその物本木の紺拍を車挿せしめなかつたならば、これ
等の東独は所謂「持に‡いた研」と同挽であり所謂単なる物理的存在
でしかなくわれ〈にとつて何等の憫値なきものであbます。良材の
取果が汝大†るに伴ほれまして、−部の聞ではrもち来年から女耽な
蘇何が頼られる」、あるひは;ム靴はいくらでもほける」、「甘いお英
字がふんだんに女べられる」等と考へられる向もあるやうであbます
が、これほ早計も基しいものでありま†.
 併しながら現在開馳であるとりろの海上俄幾開放が解決致しますれ
ば「戦争に必弊な」、「生意力観光に必黎な」、あるひは「国民生活に必
界なJ物資は我等の色盲を待つてゐる甘状にあるのでありま†.
 六にr他しは文題共用裔の破水に不可映な妨一番の噂具でありま
†Z今次取扱の日的は私がここに改めて申し上げる温もなく、従来政
治的にも坪河的にも四盲年の久しきに瓦つた米、美、≠の支配下に唱
いでゐた亜細亜十位の民族をその控楷上少閑放せしめ、それぞれ、そ
の所を得しめるととに在るのでありま†¢我が申は文頭弗黛開門の指
甘軌寮であゎま†から文亜帝民族の梢酔的死流状態を救済し彼等の民
放的藍蓑ぬを捨てさせなければなりません.そしてモに潜んでは共
丸裔内の物賀を有無相粗じ、文化ケ交沐せしめて真正の樟民族をして
各tその安住の地を得しめる環には、共竜内相互間の安逸槻帖とし
て最も五平な位地に在る海上安価に於いても英、器、棚等の海難勢力
を軒覆し、我が日本海観が天文亜蓋裔海艶の指導者とならなけわば
ならないのであります.
 我が旬は平時に於いても相曹多世の外向胎を傭船してをつたであb
ますが1革一衰欧州大戦の勃食後、ごしれ等外図他の傭船が困棒となつ
 てなる上に、犬文頭敬昏の進度と共に船の帝牢は基1椅加しまして胎
打不足の倹向ほ憶上増加†る形勢にあるのであむます.
 今「胎」が足bなけわほ耗洋なる大東亜独学の作故に拙稿を衆†此
があり・又南力の賀瀬が持つて来られな〈なりまして一長期職下の糊
靖取にォクレを取る・モに又東亜民族が数億転の聞執の描望であつた
安佐の地も求め敷いのであbます.
 政府におきましても支琳革発動致以来あらゆる方法を以て現存他力
の窪航開革を最高虔に盆苧るやう観めると兆に、所♭しく胎を為る
民にも浬身の勢力を沸つて来つたのでありますが、何分にも資材、頻
力の不足に悩み大漁椴計盤蛮行は困難な†偶にあつたのであ袖ます.
 そこで新しく眞閑されました浣下の大東頭取争完亀に封鹿する巧め
海帯行政機構を強化銅充し、‡蝉十九日海耕院の盟賢を見たのであり
ま†が、この強化蜘充致しました機構の下で現下最も葛眉の急であb
ますところの糖晩の頓充に蒙致してをゎますが、これが封放と致し
まして政府は建挽計‡と漁船計‡とせ十分桐托して、且つ故地の促池
を掛る巧め喋準胎塾の徹底を期す等汚坪の方鴇を#じますと共に、最
近帆内の産業再掲成を行ひまして、いはゆる有休役柄を屏破にしてそ
れを造船溌材に梱すことに決定したのでありますが、これが粥係一世
に餌民各位の御協力の下に層紐捻出の同数を革げ庇いと存じます.か
く凡ゆる万雑を速急筆触して大丑且つ払鵡な拇舶捷螢を期してをるの
でありま†。かくして海上腋逸力の増強を担ろと共に、軍、官、民一睡と
なつて送る愛醜の蛮粥を以て戦時下海難に舐せられました前者未曾有
の正大使命竣成に取持し、上し馳が今後戟年戌か〜とも、陸海軍の】
又として大東電戦研の完亀に、然して又閑浬附頻の根幹として大正正
共発艶の沌立に海粗総力の致拝に鴻池Lて巳まむい次第であbます。
                             (−月−七8故竜)
ヽノ
一V

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