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勝利の驀進 企画院総裁 鈴木貞一
 
 お互大日本国民は、今年皇紀二千六百二年の元旦を戦勝の感激を以
て迎へ、老も若きも皆共々にあの真赤な旭光を仰ぎつつ神前に皇國最
後の勝利を祈願し、且つこれに関する最大の努力を捧ぐべき事を誓は
れたとを信ずるものである。誠に我が皇軍の向ふ処敵なくその行動は
文字通り疾風枯葉を払ふの有様であつて、戦果の偉大なる事、歴史の
上にその例を見ぬのである。
 然し今度の戦は相手は相当なものであり、今後長期に亙つて戦はね
ばならない。而して何処迄も最後の勝利へと戦ひ抜かねばならない。誠
にこの度の戦は東西の歴史上から見て根本的な決定的な重大事であつ
て、是が非でも勝たねばならぬ戦であり、又私は必ずこの戦が我が大日
本帝国の勝利を以てその局を結ぶべき事を堅く確信するものである。
 明治開国以来我が国の為し来りたる一切の努力は、見方によつては
今日のこの決定的な戦の為の準備であつた。天壌無窮の國體の上に立
つて皇國不断の生成発展の上から見れは、凡てのものごとは将来のよ
りよき姿への発展の一節であり一準備である。東洋永遠の平和の確立、
大東亜の安定それは明治開国以来の我が国対外国策の一つの表現であ
る。これは約二百年の永きに亙り、東洋を植民地視して来た英米諸国
の政策の根本的転換なき限り望まれぬ事である。即ち彼が事東洋に対
する限り真に我が国の指導に服する事とならぬ限り、完成せられぬの
である。
 明治御一新の時に於ける下関の戦、薩摩湾に於ける戦、或ひは日清
日露の戦、前世界大戦への参加、満洲事変、而して支那事変これ皆東
洋永遠の平和確立の完成の一過程現象である。而してそれが今や我が
国力の強化と、彼等の誤断とによる非道により、最後の爆発点に到達
し、過去百年余に亙り世界をわがもの顔に振舞ひ、暴虐の限りを尽
し、しかも金権万能、物慾享楽を以て世界を毒し来りし彼英米に対
し、敢て神武の威力を発揮してこれを直接彼等の頭上に加ふる事とな
つたのである。
 我が国の軍隊は単なる世界の共通観念を以て見る事の出来ぬ軍隊で
ある。即ち我が国が古から神国たると同様、我が国の軍は神武であ
り、神兵であり、皇軍である。この神兵が、今日迄世界を分割して到る
処民族を虐げ搾取して倫敦や紐育の享楽生活の具に供して来た海賊行
為に対し最後の止めを刺すべく、征伐を加ふる事が今回の戦である。
而して少くとも大東亜に於ては、我が帝国自体も伸び、東亜の諸国諸
民族も各々その本性を発揮して栄ゆる共存共栄の大道に立脚する新秩
序を打建つるのである。この戦の意義から言つても皇軍の神兵たるの
特質から見てもこの戦に天佑があり、神助が必然であることを信ずる
ものである。
 更に私は戦争に於ける魂の問題を深く考へる時に、最後の勝利が帝
国のものであることを堅く信ずるものである。元来如何なる時代、如何
なる処に於ける戦にあつても、戦の最後の勝敗は結局魂の優劣と強弱
とによつて分れるのである。この魂の上に立つ時、我が国民は世界の如
何なる国民にも匹敵の許さぬ優秀強靱であるのである。而も一時的な
ものでもなく偶然でもなく、真に数千年に亙る我が国史と共に多数の
試練を経て万邦無比の國體に培はれて存在するいとも尊き魂である。
 又その魂は単なる個人の魂ではなく、大きな御霊に強き継りを持つ
魂であり、我々の身心はこの大きな御霊によつて働いてゐるのであ
る。誠に過去に於て幾多の詩や歌に讃へられたる美しき尊き大和魂で
ある。而してこの魂は日本人である限り、貴賤の別なく又職業の如何
に拘らず皆共に祖先から受け継いで来てゐるのである。この尊き魂、
大詔の渙発と共に総立ちとなつて湧き上つてゐるのが今の日本の真の
姿であり、そこには小さな私事などは影を没し去つて、真に挙国に殉
ずるの気魄に燃え上つてをり、我が国の前途に如何なる大障害が現は
れて来ても、断乎としてこれを撃砕して押し進めんとしてゐるのであ
る。而してこの魂は戦場にも、亦銃後の生産にも、或ひは亦国民の教
育訓練にも、その他凡ゆる国家の組織部面に於て活溌に躍動して、勝
利へ勝利へと驀進の歩を進めてゐる。
 更にこの魂の作用と現代武器の関係を深思する時、私は皇軍戦力の
如何に偉大なるかを痛感するものである。
 我が大和民族の魂の本質より来る戦法の根元は「死して生く、即ち
死に生を求むる」であるが、戦車や潜水艦、特に飛行機の発明進歩は
この大和民族の魂の上に立つ白兵戦法を発揮するに最もふさはしき事
となつてあつたのである。即ち建国以来剣道や柔道等に現はれたる我
が国の武の精神力は、日本刀や槍の上に最も力強く発揮せられるので
あるが、飛行機の如きは実にこの日本刀や槍を現代化したる作用を持
つのである。実にわが日本刀の前に、如何なる敵も存在せぬと同様、
現代的な武装をせる皇軍の前には英米は如何に多くの戦艦や飛行機を
持つて来ても敵はないのである。
 かくの如く戦の本体を究める時、最後の勝利が神國日本のものなる
ことは極めて明瞭である。
 しかしそれはわが日本人が真に國體の有難さに感奮興起して、父祖
伝来の尊き魂を全的に躍動する場合に於てである。
 如何に優秀な常勝軍であつても、戦に油断は厳禁である。
 お互は小供の時から「兎と亀との馳け競べ」の哲学を教へられてを
る。又「勝つて兜の緒を締めよ」との教も受けてゐる。如何に弱小の
敵と雖もこれを侮る事は禁物である。
 真に「大敵たりとも畏れず小敵たりとも悔らず」の御示しを奉じて常
に御互の全智全能を発揮して、至誠通神の最大の努力を傾けねばなら
ぬのである。殊に相手は今日迄には世界の富強をおごれる彼英米であ
る。お互は勝利に対する自分の力を信ずると共に、相手の力を正確に
測定してかからねばならない。
 古来戦の要決としては決して一時一時の勝敗に一喜一憂してはなら
ぬ事、而して初めの立ち上りの時の決意を最後迄持ちつゞけて、最後
の巌頭に於て敵を圧倒殲滅する事を教へられてゐる。况や近代戦の特
質から見て大東亜戦争其のものの本質から見ても、この度の戦は、
   戦ひ且つ建設し
   建設し且つ戦ふ
の性格を持つてゐるのである。この空前の勝利に続く建設が充分でな
いならば最後の完勝とならないのである。而してこの建設には政治経
済運輸交通、その他一切の部面の人々が参加し、国を挙げてこれに当
らねばならない。国家の諸々の仕事にたづさわる人々、諸々の力が束
になつて之を推進するのである。
 更にこの建設は日本人だけの力だけでなく、御稜威を奉じて動く大
日本帝国を中核として大東亜の諸国家及諸々の民族も、亦この建設の
力となるのである。我が国はこれを指導して建設を進めるのである。斯
の如くして建設によつて強められたる力によつて、戦の歩を進め遂に
敵を圧倒せんの戦争意志を奮ふのである。勿論この建設は決して容易
な事ではなく幾多の困難を突破し多数の段階を経ねばならない。それ
等の艱難辛苦は皇軍が彼の赫々たる戦果を挙げる為めに払はれたる長
きに亙る練武の勲と、一死報国の決意とを以て戦に思を致たする時、
敢て問題でないと思ふのである。私は一億国民が白兵戦の真髄である
「死して生くる」の大精神に働く限り、如何なる困難もこれを克服し
得ることを堅く信ずるものである。
 要するに吾々国民が毎日耳目に映ずる赫々たる戦勝から湧き出す感
激と各々の職場に強く展開し感謝と報恩との至誠に動きつつ真に国家
の総力を挙ぐる限り、最後の勝利は断じて日本のものである。
 然しお互は決して戦勝に酔ふてはならない。飽くまで十二月の八日
の大詔を拝して立ち上つたあの瞬間の決意を、何処迄も堅持せねばな
らない。而して最後の勝利へと急ぐのである。
 勝利の連続を以ての前進、苦も亦楽しみである。殊にこの度は大詔
を拝し大東亜数億の民族と各々その堵に安んぜんとする天業の御奉公
である。
 これ程楽しみな御奉公はないのである。お互に手を取りつつ勝利へ
の驀進あるのみである。
                   (一月七日放送)