大東亜共栄圏建設の根本理念
                 企画院第一部長 秋 永 月 三

 英国が東亜侵略の扇の要として過去百有余年に亙つて占有してをり
ましたシンガポールは遂に昨夜陥落致しました。シンガポールの重要
性につきましては私から申上げる迄もなく軍事的には英国の東亜侵略
の拠点であり、政治的には英国の東洋制覇の基地であり、更に経済的
には英国の東洋搾取の根拠地であつたのであります。殊に最近に於き
ましては米英を中心とする対日包囲陣の核心をなしてゐたのでありま
す。この扇の要は世界に唯一つしかない我が大和魂によつて完全に射
抜かれたのであります。英国の東亜に対する力は今や要のない扇のや
うにバラバラになつて終つたのであります。そして英国に代ふるに日
本が今日からこの扇の要を握ることになつたのであります。英国はシ
ンガポールを根拠地とし力によつて東洋を制覇して来たのであります
が、日本は何によつて大東亜の建設をなすべきでありませうか。この
意義ある日に於いて私は皇国日本の大東亜共栄圏建設の根本理念につ
いて聊か卑見を申上げたいと存じます。
 世界の歴史が始まりましてからこの方この世界歴史を支配してまゐ
りました秩序の原理が何であつたかを考へて見ますに、或る時は正義
を標榜し、又或る時は人道を高唱し、更に或る時は民族自決といつた
やうな奇麗な言葉、立派な表現の方法で新らしい秩序を整へることの
必要が唱へられて来たのであります。が然し乍らこれ等はいづれも御
都合主義の、空念仏の御題目に過ぎませぬ。その実相即ち裏面の真相
を深く考へて見ますと、凡ゆる時代に於ける世界平和の秩序は、強い
国相互間の力と力との関係を基礎とする妥協によつて成立してゐたの
であります。而かもかやうな妥協は、列強間に力の均衡状態が保ち得
らるゝ間のことでありまして一旦力の平均状態が破れましたならば、
忽ちその秩序は破壊せられて紛争の坩堝となり、侵略、征服、併呑、
殺戮が起りまして、そこに新らしい力の平均状態を基礎とする秩序が
築かれたのであります。
 世界の歴史が始まつて以来、洋の東西と民族の如何とを問はず、人
類を支配してまゐりましたものは、実にこの力の原則であります。か
の米英等が過去百年に亙つて東洋に対してとつて来たやり方を見ます
と思ひ半ばに過ぎるものがありませう。
 要するに過去の凡ゆる世界新秩序は、国家間の力の保証によつて纔
かに一時的の安定が保たれたに過ぎないのでありまして、その間に些
かも道義に基く国家間の協調は無かつたのであります。
 皇国日本は世界永遠の平和を打ち立てますため、まづ東亜に於ける
新秩序の建設を望み、米英に対して大東亜戦争を宣戦するに至つたの
であります。而して大東亜共栄圏建設の基本理念は過去の世界歴史に
ありましたやうな力の原理に基く権力の覇者たらんとするものではな
く、飽くまでも高遠な崇高な平和の真理に深く根を下した建設のため
の闘ひであります。
 皇国日本の世界政策は、建国の肇めから一貫した理念に生きて来て
ゐるのであります。即ち八紘為宇の大精神に則りまして、万邦をして
各々そのところを得せしめんとする 大御心の下に終始したのであり
ます。この真理たるや時間的に見ましても、空間的に見ましても、こ
れを古今に通じて謬らず之を中外に施して悖らない千古不磨の一大理
想であります。日本は国家の全力を傾けてこれを全世界におし汎めな
くてはならないのであります。が、まづ東亜の全域をかゝる道義的一
大秩序の下に安定せしむべき尊い使命を有する国であります。
 抑々日本がその全民族の主張として命にかけても闘ひ建てんとする
八紘為宇の大精神とは何でありませうか。曰く全世界を掩うて恰も
一軒の家の如くなさんとする思想でありまして、この思想に於いて一
番大事であり且つ特徴のあることは、この思想の中心をなす家の観念
であります。
 日本の家の観念には血の繋がり即ち血縁一体の観念と、整然たる秩
序の観念と、情義、愛情の観念等が強く且つ温く含まれてゐるのであ
ります。そこには個人主義や自由主義の人生観にあるやうな力の観念
や、権利義務の観念や、権力による支配の観念の如きものは些かも認
めることが出来ないのであります。
 血縁一体の観念と申しますことは、家族内の親子兄弟が血によつて
繋がれて、生命的に一つの体系を整へてゐることを示すものでありま
して、この関係は利害関係や力の関係によつて切り離すことの出来な
いものであります。
 又秩序の観念と申しますことは、家族内に於ける父と子、兄と弟と
いふが如く、血縁の構造によつて結合の中心がはつきりと確立してゐ
ると同時に、血縁の上下本末の関係が組織的に体系づけられてゐるこ
とを示すものであります。徒らに同じ血縁関係のものが雑居してゐる
団体とは全く趣を異にしてゐるのであります。
 更に情愛の観念と申しますことは、一家族内に於ける親子、夫婦、兄
弟等の情を似て相敬愛し、相倚り相助けんとするものでありまして、
而かもその相互扶助の観念には、何等権利義務の思想や利害打算の観
念はないのであります。
 皇国日本はこの日本の家の観念を国家形成の根本観念とするのであ
りまして、これによつて所謂日本の家族国家は成立つてゐるのであり
ます。皇国の国柄が万邦に比類なく唯一無二と称せられる所以は実に
茲にあると思ふのであります。三千年の伝統と歴史とを持つてゐる一
大家族国家を世界の何処に求めることが出来ませうか。我が民族の世
界に対する誇りは実にこゝにあるのであります。
 八紘為宇の精神は、上述の如く全世界を掩ふて恰も一家の如くなさ
んとする思想でありまして、道義を基本とし、道義による新秩序の建
設を主張するものであります。この精神の風靡するところ、そこには
単に権力のみによる支配と被支配との関係はないのであります。又経
済的搾取や被搾取の関係もあつてはならないのであります。更に武力
による征服や被征服の関係もあつてはならないのであります。たゞ純
真なる相互扶助、共存共栄の精神に基く人類の平和があるのみであり
ます。而して共栄圏こそ、かゝる道義によつて掩はるべき地域であり
ます。
 日本は今やかやうな理念の下に、共栄圏内の各国家、各民族をして
各々その分に応じてところを得せしめんとするものであります。かか
る理念の具体的に現れる現実の姿は何であるかと申しますに、それは
日本が中心となり、指導力となりまして、政治的には米英蘭の東洋侵
略によつて植民地化せられました大東亜共栄圏内の諸地域を扶けて、
彼等の支配から脱却せしむることであります。又経済的には米英蘭の
搾取を根絶致しまして共存共栄の自給自足の出来る経済体制を確立す
ることにあります。又文化的には欧米文化への追随を改めて東洋文化
を復興し正しい世界文化の創造に貢献することであります。
 顧みまするに、かやうな道義に基く新秩序建設の考へと努力とは、我
が国の歴史を一貫して肇國の初めから続いてゐるものでありますが、
満洲事変と支那事変とを契機と致しまして世界歴史の上にはつきりと
浮き出されるやうになつたのであります。即ち満洲事変後の日満両国
の関係は一徳一心、日満不可分の関係によつて道義的に結ばれ、
満州国内に於きましては五族協和の大旆の下に各民族の共存共栄が実
現せられてをるのであります。又支那事変に於いて日本は十万余の英
霊を失ひ、二百数十億の国帑を費しながらも支那に対しまては領土の
割譲も要求せず、賠償金も求めず、唯共同防共、善隣友好、経済提携
の三大原則によりまして日支両国の関係を道義的に結びつゝあるので
あります。
 かやうな厳然たる歴史の事実を見ましても、更に東條総理大臣が議
会に於いて声明せられました皇国のビルマ、蘭印、印度等に対する態
度を見ましても、皇国の真意が奈辺にあるかを遺憾なく知ることが出
来ると思ふのであります。これ等ほ全く八紘為宇の大精神に基く日本
国家の道義性が厳粛にこれを愈令するからであります。
 以上八紘為宇の理想に就て述べたのであります。が併しこの理想を
実践に移すことはなかなか困難であります。理想が高ければ高い程、
遠ければ遠い程、その実践は容易ではありません。況んや八紘為宇の
大理想のやうに、力の世界史を改革する回天の大事業たるや、今後幾世
代に亙る日本人の血みどろな奮闘がなくては実現は覚束ないものと思
はれます。茲に於いてか、吾人はこの理想を実現するために必要な国
民的努力の目標が何であるかを反省しなくてはならぬのであります。
 この理想を実現しますため、第一に心すべきことは、日本人自らが
この大精神をしつかりつかみ、はつきりと認識してゐなければならぬ
ことであります。そして日本人は悉くがこの理想に燃え立つてゐなけ
ればならぬのであります。然るにこの点に就て静かに国内を顧みます
るに、現実の日本の姿はなほ磨くべき多くのものをもつてゐるのでは
ないでせうか。つい昨今迄日本人の中には、或は米英の思潮にかぶれ
或は米英を崇拝してゐたものはなかつたのでありませうか。世界新秩
序の為には東亜新秩序を、而して東亜新秩序の為には日本人及び日本
人自らが、八紘為宇の道義的使命と世界史的自覚の先駆者として奮起
しなければならないのであります。
 八紘為宇の理想を実現しますための第二の要件は、この理想を死守
して闘ひ取らなければ已まぬと云ふ闘志と、その為にあらゆる困難を
克服せんとする実践力であります。日本は共栄圏内の各国家、各民族
に対しまして、皇国の真意を理解せしむるやうあらゆる努力を惜まな
いのでありますが、これを妨害せんとする外からの力に対しましては
敢然としてこれを打ち破るは勿論、仮令共栄圏内に於きましても皇国
の真意を理解しないものがあります場合には已むを得ず慈悲の剣を振
ふ覚悟がなければならないのであります。
 これを要するに今日吾人の眼前に展開せられてをります大東亜共栄
圏の建設といふ大事業を行ひます為に一番大切なことは、共栄圏建設
の根本理念を確立し、凡ての日本人がはつきりとこれを意識し、しつ
かりとこれを捉へ、凡ての日本人がこれを不抜の信念と致さなくては
ならないのであります。それは過去一世紀に亙つて米英が自由主義を
基本理念とし、力の原則によつて物質本位に東洋の天地を我もの顔に
横暴無道の限りをつくしてゐたのに対し、これを根本から覆へしまし
て、肇國以来の指導精神である八紘為宇の大精神を根本理念とし、道
義の原則によつて共存共栄の新しい秩序を作らんとするものでありま
す。言ひかへますれば、自由主義を基調とした米英の政治、文化、経
済のやり方を根本から覆へし、皇国の國體に淵源する八紘為宇の大精
神を基調とする政治、文化、経済のやり方を以てしなくてはならぬの
であります。前者が力の原則によつて凡てを支配するに対し、後者は
道義の原則によつて凡てを支配するものであります。前者が物質本位
に流れ易いのに対し、後者は精神を主体とするものであります。
 吾人は今次大東亜戦に於いて、我が民族の優秀性を世界に示すと同
時に、日本人自らがはつきりと日本人の強さ、日本人の偉大さを自覚し
たのであります。その日本人の偉大さは何によるのでありませうか、
私は一つに 天皇陛下の御為に凡てを捧げる大精神に帰一するもので
あり、皇国國體の精華によるものであると確信するものであります。
八紘為宇の大精神は肇國以来の我が国の世界政策の根本理念でありま
す。そして私共は今日、今の時代程この精神をはつきりと把握し、は
つきりと具体化し得る時機はないと信ずるものであります。大東亜戦
はシンガポールの陥落によつて米英に対し将に致命的打撃を与へ茲に
一大転機を劃画るに至つたのであります。大東亜建設の戦ひは愈々本
格的に愈々速かにその実現を要請するやうになつたのであります。我
等一億国民はこのシンガポール陥落の日を契機とし、新たなる感激の
下に更に決意を新にして大東亜建設の根本理念をはつきりと握り必勝
の信念の下に光輝ある建設の戦ひに突進しようではありませんか。

                             (二月十六日放送)