最後の勝利へ  企画院次長 宮本武之輔

 米国との間の国交を調整して、事態を平和裡に解決せんがために、
隠忍自重、あらゆる努力を傾注して来た帝国多年の苦心は、ことごと
く水泡に帰し、遂に帝国は十二月八日の未明から、米、英両国と干戈
を以て相見えることとなり、同日午前十一時四十分畏くも米、英両国
に対する宣戦の詔勅が渙発せられたのである。
 弘安四年、元の大軍が我が国に対して再度の来襲を試み、しかも十
万余の軍兵ことごとく多々良浜辺の藻屑と消えて以来、本年はまさに
六百六十年目に相当する。当時アジアからヨーロツパに跨る歴上空前
の大帝的を建設し、これに君臨しつつあつた元の大軍を迎へて、毫も
怖れるところなくこれを撃滅した日本民族である。
 米、英両国は世界にその強豪を誇る二大国家である。ただし敵がた
とひいかなる強国であらうとても、自存自衛のための正義の戦の前に
は、なにものをも怖れないのが日本民族である。それが日本民族の光
栄ある、伝統である。
 今日の戦争は民族の闘争であり、民族世界観の抗争であるといはれ
る。しからば何故に支那事変は戦はれなけわばならなかつたのである
か。また何故に大東亜戦争は戦はれなけわばならないのであるか。私
はまづそれを国民諸君とともに考へてみたいと思ふ。
 近代戦を戦ふために必要な重要国防資源が、極めて多種多量に上る
点に鑑みるならば、世界のいかなる国家といへども、それらを完全に
自給自足し得るとはいへない。例へば米国の如き資源の豊富な国でさ
へ、二十種類内外の重要資源を外国からの輸入に仰ぎ、特にタングス
テン、アンチモニー、錫、ゴム、マニラ麻、コプラの如き重要国防資
源については、いや応なしに南西太平洋地域に依存しなければならな
いのである。
 また近代戦が長期戦と、消耗戦とをその特色とするかぎり、所謂貯
蔵経済により、平時から戦略物資の計画貯蔵を行ふことによつて、莫
大な戦時の需要を賄ふことも不可能である。そこに国防経済が従来の
貿易経済から、自給経済に移行しなければならない必然性がある。
 重要国防資源の大部分を外国からの輸入に依存するかぎり、国防国
家は絶対に成立し得ない。現にわが国が米国からの石油、屑鉄、銅な
どの輸出禁止に遭つて、どれほど経済上竝に国防上に支障を生じたか
は国民諸君の熟知せられる通りである。固より帝国の領土だけで、自
給経済を営むことは不可能である。しかしながら所謂大東亜地城にお
ける資源は、ひとり鉄鉱、石炭等の鉱物資源ばかりでなく、農、林、
畜、水産等の各種資源に亙つて極めて豊富であり、それらが欧米人の
搾取から解放されて、大東亜諸国家、諸民族のために開発利用される
ならば、大東亜地域は完全にして、かつ極めて強靱なる自給経済を営
み得るのである。
 そこに大東亜共栄圏の理念が成立する。即ち大東亜共栄圏の確立は
欧米侵略主義の旧勢力を撃攘駆逐して、大東亜諸民族の解放と繁栄と
を図るとともに、その地域を国防単位とする自給経済の上に、わが高
度国防国家を建設することを目的とする。
 それが日本民族の民族世界観である。この儼然たる民族世界観に立
つて、大東亜共栄圏確立のための戦を戦ふことは、まさに帝国にとつ
ては興亡死活のための戦を戦ふ所以にほかならない。この意味におい
て大東亜戦争は正義の戦である。
 今こそ正義の戦の前には、なにものをも怖れない日本民族の光栄あ
る伝統を、皇紀二千六百一年の、この昭和の聖代に生かして、一億国
民をあげて燃えるやうな戦意を固め、国難突破、国威発揚のために、
総進軍をしなければならない秋である。御稜威のもと無敵皇軍は、緒
戦において海に陸に、各地に赫々たる戦果を収め、威武を中外に輝し
たことは、国民の感激に堪へないところである.殊に開戦第一日にし
てハワイ真珠湾において米国太平洋艦隊の主力の四分の三を撃破し、
第三日にしてマレー沖において英国東洋艦隊の主力を殲滅し、その電
撃的戦果によつて全世界を驚倒せしめたことは、国家のため慶祝に堪
へない。 
 しかしながら問題は今後にある。古来戦の勝敗は最後の五分間で決
せられるとさへいはれてゐる。世界の二大強国米、英を敵に廻しての
この大戦争である。この戦争が今後何年かかるかは、たうてい予測を
許さないところであるが、相当の長期戦になることだけは明瞭である。
過去数世紀に亙って築きあげられた米、英帝国主義の勢力を軽視して
はならない。それが一朝にして潰滅するものと即断してはならない。
 帝国は決して米、英勢力を軽視せず、また大東亜戦争が当然長期戦
になるべきことを覚悟して、非常な決意のもとに蹶起したものであ
る。万世一系の皇統を紹がせられる皇室と、一億国民をあげて、天皇
に帰一し奉ることを以て、國體の本義とするわが国家とは、天壌無窮
の彌栄と生成発展を遂げなければならない。
 そのために、避けようとして避けることのできない宿命的な大東亜
戦争である。そこに不撓不屈、仇敵を撃滅しなければやまない鉄石の
信念を以て、このたびの戦を戦ひぬかなければならない理由がある。
 およそ近代戦を戦ひ取るためには、武力戦と平行して、思想戦、経
済戦、生活戦の戦力を増強することが、絶対的の要件である。思想戦
の目標は思想の統一であり、戦意の確立である。たとひいかなる事態
が起らうとも敵国を撃滅しなければならない。日本民族はそれに対し
て正当な理由をもつてゐるのだ。日本国民の思想をこの一点に統一す
ることによつて、必勝の信念が生れ不動の戦意が確立せられ、一億国
民の強靱なる決戦体制が、結成されるのである。
 強烈なる国民精神の作興と、旺盛なる国民志気の昂揚とが、そこか
ら生れる。その精神作興と志気昂揚とによつて、綜合国力はいかやう
にもこれを強化することができるのである。
 折角もつてゐる十の国力を五だけしか、働かすことができないの
も、国民精神の問題であり、十の国力を十五に働かすことができる
も、国民志気の問題である。
 またそれによつて資源の回収、生活の刷新、貯蓄報国、産業報国、
勤労報国などの、祖国防衛の愛国運動に、一億国民を結集することが
できるのである。
 つぎに長期戦を戦ひぬくために、経済戦力の培養強化の必要なこと
は、いふまでもない。今やわが国の産業陣営は、軍需国防物資竝に国
民生活必需物資の生産のためにその全能力を発揮しなければならない
のである。
 そのためにはたとひ原料資材の不足、肥料の不足、その他さまぎま
の悪条件があらうとも、断じてこれを克服しなければならない。政府
としてもその点に関して万全の措置を講じつつあるのであるが、政府
の努力だけで十分の效果を収め得ないところは一億国民の努力によつ
て、これを補ひ、真に官民一体の協力によつて、祖国日本が必要とす
るかぎりの物資をぜひとも調達しなけれはならない。
 わが国の農園も、工場も、鉱山も、あらゆる悪条件を克服して祖国
のための産業戦を戦ひぬく、断乎たる決意を以て、その全努力を傾注
せらるべきことを私は確信する。
 最近の外電によると、英国のドールトン戦争経済相は公開演説にお
いて、日本の経済力を過小評価してはならない。日本は多量の食糧竝
に石油のストックを保有してゐる上に、軍事的成功によつて、さらに
多量の原料資源を入手し得る可能があり、長期に亙る支那事変を以て
しても、日本は些かも弱つてはゐない、といふやうなことを論じてゐ
る。
 誠に笑止千万な話である、苟くも一国の戦争経済相が、それほどの
貧弱な認識を以て、民族戦を戦はうなどとは、片腹痛い次第であるが
米、英が帝国の国力をいかやうに評価しようとも、それは彼等の自由
である。ただその結果が、彼等を墓穴に追むやうな誤算に陥らなけれ
ば、幸であるといふほかはない。
 最後に、生活戦力の問題については、所謂戦時最低限の生活に甘ん
じ、いかなる困苦欠乏にも耐へる持久力が、国民の総べてに要請され
る。
 大東亜共栄圏を確立するまでは、日本民族にとつては、苦難忍従の
時期であり、臥薪嘗胆の時期である。そこに日本民族の思想の転換が
行はれるならば、生活の刷新の如きはたちどころに成るべき筈であ
る。生活を刷新し、過分の逸楽や贅沢をいふのでなければ、食糧は固
より、国民生活上の必需物資は立派に自給自足し得るのである。国民
諸君はその点について、少しも心配するを要しないのである。
 申すも畏い話であるが明治天皇は外遊した某宮内官が、仏蘭西から
買つて帰つて献納した温い毛織のシヤツを御覧になり、軟かでさぞ着
心地がよからう、と仰せられたまま、一度も御着用にならず、常に国
産の白いメリヤスのシャツをお召になつたといふことである。
 この御逸話を拝承して、われわれ臣子の分として、誠に恐懼感激に
堪へない次第である。そのほかわが皇室におかせられては日常の御生
活において専ら質素を旨とせられる御高徳のかずかずを拝承し、御身
を以て国民に垂範あらせられる大御心を偲び得るならば、戦時国家の
要求する生活の刷新の如きは、忽ちにして実現せらるべきことを私は
確信する。
 しかも日本民族に無限の困苦欠乏と、苦難忍従とが運命づけられて
ゐるのでは断じてない。日本民族には洋々たる前途が約束されてゐる
のである。その苦難は大東亜共栄圏を確立し、東亜に永遠の平和と繁
栄とを齎さんがための、民族的試練である。
 この意味において大東亜戦争は破壊のための戦ではなくして、まさ
に建設のための戦である。日本民族は戦争即建設の哲理に立つて、大
東亜諸国家、諸民族の解放独立と、繁栄幸福を目標として、東亜の
ための東亜を建設せんとするものである。武力戦によつて米、英勢力
が掃蕩せられるを俟つて、歩一歩、着々として経済建設の工作は進め
られるのである。そのために万般の準備が整へられてゐるのである。
 かくして大東亜共栄圏の資源が開発せられるならば、わが経済戦力
と、生活戦力とは、ますます増強するばかりである。いかなる長期戦
といへども毫も怖れるところがないのみならず、タングステン、錫、
ゴムの如き大東亜共栄圏の独占的資源によつて、敵に経済的逆封鎖を
行ふことさへできるのである。
 要は日本民族の信念と決意と、それに伴ふ実践と行動との問題であ
る。国民諸君。必勝不敗の信念に立つて、民族自存自衛のための、正
義の戦を、戦つて、戦つて、最後まで戦ひぬかうではありませんか。

 (十二月十五日放送。 因にこの放送は故宮本次長の逝去約一週間前になされたものである。)