戦時下新聞新体制  情報局第二部長 吉積正雄

 十二月八日未明以来西太平洋上に於ける我陸海軍の驚威的戦捷に依
り世界を震動させております今日「戦時下に於ける新聞新体制に就
て」の放送を致しますことは、一見奇異に感ぜらるる方もあらうかと
存じますが、日本の現段階に於きまして最も大切なことは、この度の
大東亜戦争が長期而も国家総力戦であると覚悟しなければならぬので
ありますから国内の全態勢がこれにピタリと合致する必要が痛感され
る次第でありまして、国民が只戦捷に酔ふて、空元気や上調子な言動
をしていてはならぬ、腹の底から決心し各人の日々の言動が其職場職
場に於て、国家目的に合する様でならなけわばならぬのであります。
この意味で「戦時下に於ける新聞新体制」が、如何になるかと云ふこ
とを、簡単に申上度いと存じます。
 この問題は本年六月以来全面大多数の日刊新聞社が自発的に新聞聯
盟と云ふ法人を作りまして、新聞事業の進歩発達を図り、これに依
て、益々新聞が国家的使命を達成し得る様にし度いと云ふ目的を以
て、種々研究をしてまゐつたのであります。その結果新聞社自体の改
善に就ても相当実行に移つてをりますが、一般に関係を持つてゐる事
項が二つあります。即ち共同販売制度の実施と官庁に於ける新聞記者
倶楽部の改組とがこれであります。 
 先づ新聞の共同販売に付て申し上げます。従来各新聞社の多くのも
のは各社毎に各地に販売店を持つてゐまして、互に販売競争をしてを
りました結果、時には皆様の御家庭に景品付で購読してくれと拝み倒
したり、極端なのになると脅迫的言動を弄して購読を強制すると云ふ
様な事もあり、その他いろ/\な弊害があつたのでありますが、この
非常時局に於てそんな自由主義的無統制の競争をすべきでないと云ふ
ことから、各地の販売店を各社から独立させて、新聞聯盟の監督下に
おき、一販売店はその担任区域内に於て、各家庭の要求に応じ、いづ
れの新聞でも販売すると云ふ建前をとつたのであります。
 従て今後皆様は自由に新聞を選択して読まれる事が出来る訳であり
ますが、「明日から何々の新聞にしてくれ」と要求されましても直に
変更出来ない場合があります。それは現在の新聞の発行部数は多くの
余猶を持つてゐませんので、新聞社としては差上げ度くても余分がない
場合がありますから、時には一、二ケ月の御猶余を願はねばならぬ場
合もあらうかと思ひます。しかし主義上は皆様の自由選択におまかせ
するのであつて、決して新聞社や出先販売店から従来の様に頼み込む
ことはしません。もしそんな事があれば「新聞聯盟事務局」に御通知
下されば善処致すことになつてをります。
 尚一言附加へておきますが此共販制を採りましたのは、十二月初め
からでありまして旧制度新制度との切替へ時期に於きましては、色々
の齟齬が起きて、今迄とは異つた新聞が投入されたり、不用の新聞が
投入されたり、或は配達漏れになつたりする事がないとも限らないと
存じますが、この場合には受持販売店なり新聞配達人になりその事を
御告げ下さればなほします。もし故意にそんな事をする者があつたら
これ亦新聞聯盟事務局に御通知下さい。
 次に各官庁に於ける新聞記者倶楽部の改組の問題であります。これ
は直接には皆様に関係がない様なものではありますが、記事の上にこ
の結果が現れて来ますので一言致します。
 それは自由主義華かなりし頃の新聞は、所謂特種子競争をやりまし
て、国家的に見て国内的にも国際的にも相当悪影響ある事でも、只早
くすつぱぬけばよい。記事が正確であるかないかそれよりも、民衆に
衝動を与へる記事を掲げると云つた時代もあつたのです。
 又新聞の発展過程から申しまして、事毎に政府に反対を唱へ、時には
新聞論調で内閣を倒した例もあるのですが、現在の日本の姿は申迄も
なく朝野一体であり、官民一体であります。朝野において論陣を張る
時代はもうとつくに過ぎ去つたのであります。軍官民一体と申ますか
一億同胞が一つ心になつて大東亜の建設にまつしぐらに進んでゐるの
でありまして、この立派な姿をその儘映すのが新聞の任務であります。
細い事の揚足をとつたり、くだらぬ事を暴露したりするのが言論の任
務ではありません。畏くも大東亜戦争の御詔勅が渙発せられました。
茲に自然に盛り上つた一億同胞殉国の大精神を、いやが上にも実行に
移す所謂社会の木鐸としての矜持を以て邁進することが、現下言論界
の最大任務であると信ずるのであります。
 さうなれば新聞記者の活動も自ら異つて来るのでありまして、茲に
新聞記者倶楽部の整理が実行された訳であります。
 近頃私は「新聞が面白くない」と云ふ声を耳にするのであります
が、新聞社も政府も新聞を、官報の様にしようと思てゐるのではあり
ません。出来る丈正確な記事を迅速に皆様に御知らせし度い、又記事
をなるべく堅苦しくし度くないと云ふ気持でゐますが、もし皆様の内
で前申しました様な自由主義華かなりし頃の様な新聞を希望される方
があるとすれば、現在の世界情勢をよく観察して、自ら反省して戴く
必要があると考へます。
 以上の外新聞聯盟は最近新聞の新体制に関する根本問題に就て政府
に意見を具申してまゐりました。その要旨は「新聞社の機構を改善し
て従来動(やや)もすれば新聞が不明朗化されてゐるやうに見えた点を除い
て、新聞が国家国民の公器であるといふ建前を名実共に備へ、各新聞
の特色を尊重し新聞人の創意と経験とを発揮活用してより良き新聞を
出し度い」と云ふに在ります。
 これは当然のことを云ふてゐるのだと云へばそれ迄でありますが新
聞界の人々が過去の複雑なる経験を超越して政府の命令によらず、率
先この挙に出た事は良き意味に於ける新聞界の大英断であると考へま
す。従て政府はこの新体制を促進する為の根拠を与へる必要を認め、
近く総動員法による勅令を公布せらるる運びになつてをります。
 その内容は既に新聞記事にも載つてゐますし、新聞社自体に属する
ことが主でありますから、今茲に詳しく申上げませんが、政府として
は必要最小限度の法規を設け、勉めて新聞界の自発的措置によつて、
有終の美を収め度いと考へてゐます。恐らく新聞界の人々は、徒に架
空の理想に走らず、過去の因襲に捕れず、自社、個人の利害を超越し
て着々実行に移して行くことと考へますが、一般国民諸君も亦応分の
御協力を御願ひし度いと存じます。と申しまするのは新聞は国民と遊
離しては存在し得ません。勿論新聞界は今後の凡ゆる困難を克服し
て、自ら改むべきを改め記事の内容を主体として愈々明朗闊達な競争
を展開し、其創意と努力と能率とを資本中心から国家中心へ、売られ
んが為の新聞から良き新聞、役立つ新聞へと集中して行くことと、確
信致しますが、国民の要求乃至政治経済産業文化等の思想が低調であ
つたり、国家目的に合しない場合には自然新聞紙面も低調になり非国
家的に陥り易くなるのであります。
 この意味に於て皆様も亦新聞が其本然の姿を立派に現す様に御協力
願ひ度い。換言すれば為になる良き新聞を購読することによつて新聞
界の人々に間接的の刺戟を与へて戴き度いのであります。
 尚新聞界に於ては新聞記者の養成訓練、新聞記者の登録制、新聞従
業者の厚生施設等をも実行してゆくことになりますが、何と申しまし
ても新聞は新聞記者の素質が向上しなければ記事の内容が進歩発達し
て行きません。現在の新聞記者は昔とは異つて相当の精神的修養もあ
り智識も抱負[ママ]であつて立派な人が多いのでありますが、往々にして世
間では新聞記者と云へば敬遠主義をとれとか、精神労等分とかと云ふ
ことを云ふ人もありますが、決してそんなものではありません。人間
としては相当意義ある立派な職なのでありますから、有為なる青年諸
君は奮つて新聞界に志願して入つて戴き度いと考へます。
 今一つ申上度いことは新聞界の体制を建直しますと茲に当然新聞社
の廃止統合と云ふ様な問題が起りまして所謂若干の失業者が出るかと
考へられます。然しこの失業者と云ふことに対しては、国民諸君は新
聞界のみならず全般的に其観念を改めて頂き度いのです。
 従来の自由主義的資本主義的思潮に基く分裂、対立、抗争の時代営
利第一主義時代に於ては、此失業者と云へば所謂「アブレ者」と云つ
た感じを持つてゐたのでありますが、現在の失業者転業者と云ふもの
は、国家目的達成上の必要があつて生ずるものであります。換言すれ
ば日本の大国策である、八紘一宇の大東亜共栄圏を確立せんが為に
は、大東亜戦争を遂行し得る国家体制を確立することが、絶対不可欠
の要件でありまして、第一線の作戦は陸海軍当局者に委せておいて大
丈夫であります。銃後国民としては国家総力戦に勝ち抜く為の政治、
経済、産業、文化総ゆる方面の新体制を具体的に実行して行かねばな
らないのでありまして、之が為に今差当り必要なきものは整理しなく
てはならぬし、一方には拡大もしなければならぬのであつて、所謂生
存競争の落後者ではありません。人的資源の不足な今日現在の職業を
去つて新しい職業に就いて戴かねばならぬ国家的要求から生じて来る
のでありまして、自己の利害関係から生ずるものではないのであると
云ふことを十分承知して頂き度いのであります。
 終りに臨みまして新聞界に於て率先新体制の完成に努力せられんこ
とを希ふと共に、其他の各分野に於ても、之と同様自ら進んで国難に当
る為どしどしと改めるものは改めて、一億国民の一人一人が又各団体
が真に 天皇陛下の為御役に立ち得る様になりたいと考へます。特に
此際観念論や空論に日を送つてはならないのでありまして、何処迄も
実行本位で些細の事だからと云て等閑に附してはならぬと考へます。

 (十二月十三日放送)

「精神労等分」……??