鉱物の増産 商工次官 椎名悦三郎
我が国に於いて、鉱物資源の確保が今日ほどその緊要の度を加へた
ことは未だかつてない。国妨国家としての経済体制を整備する為めに
は、所要の鉱産物が計画通りに確保出来ることが、先づ第一の要件で
あると申してもよいのである。
我が国は従来必要な鉱物資源の一端を外国に依存してゐたのである
が、事態が斯くなつた上は、最早一切之を海外に期待することは出来
ない。
従つて我が国としては、鉱物自給体制の確立を図つて、敵性国家の
激しい経済圧迫に耐へ、寧ろ之を積極的に反撥して行くだけの体制を
とることが、絶対に必要である。目下鉱山が急速に開発されてゐるの
は、かゝる事態に対処するものであつて、之が為め商工省に於いて
は、いろいろな措置を講じて参つたのである。
即ち諸般の法規を整備し、増産遂行に資したのである。資金調整法
の運用に於いても鉱業は特に重要産業として優先的取扱をなしてをる
のである。昨年末頃まで金融機関が鉱山に対して貸付けた金額は、実
に七億円に上り、設立増資その他二十二億円に達するのである。この
外に増産奨励金等の各種の奨励金を交付して、之が奨励を行つてゐ
る。なほ鉱山用機械類は勿論、カーバイト、地下足袋、軍手の類に至
るまで、一般民需よりも優先的に配給してゐるのである。
以上の如く政府では各種の部分に於いて鉱物資源開発の方策を講じ
あらゆる角度から之を支持してゐるのである。政府が如何に鉱山を重
視してゐるかは、之によつてもお分りになると思ふ。昨年来数度に亙
り、金属若は石炭の増産強調期間を実施したが、その間にあつては、
鉱山に於ける従業者諸君の熱誠溢るる非常なる努力によつて、何れも
相当の好成績を挙げ、国家に寄与するところ大なるものがあつたこと
は、真に御同慶に堪へないところでる[ママ]。かかる鉱山の実情にも拘らず
世上往々にして鉱山について、誤つた見解が行はれまするのは、遺憾
であつて、是非とも之は是正して、増産に協力して頂き度いのであ
る。例へば、鉱山の労働を、この世の地獄のやうに思ふ傾があるやう
に聞き及ぶが、実情を見れば如何に之が誤つてゐるかがよく分るので
ある。
或ひはまた鉱山の気風を悪く考へる人があるが、その労働は実に規
律正しく、相互愛の精神、報国の念に充ちてをり、而も、その設備
は、嘲ろ地上の夫よりも
安全と云ふほどに完備せ
られてをり、また作業は
地下の仕事のみに、限ら
れぬのであつて、地上の
作業も相当に存してをり
各種の福利施設も工場に
優るとも劣らないのであ
る。鉱山はただいま労力
を必要としてゐる。どう
かこの際、これ等の謬見
を一擲して、安んじて労
務を提供して貰ひ度いの
であつて、国家は実は、
斯くの如き人の一人でも
多からんことを切望して
ゐる。
先般夏期に於いて国民皆働の線に沿つて、各地に勤労報国隊が結成)
せられ、炭砿鉱山に勇躍進出し、大いに増産に協力せられたのであつ
て、感謝に堪へないのである。今後冬期に於ける同様の計画には、勿
論今後とも熱意ある協力を期待してゐる次第である。
目下鉱山に於いて、本月一日より、一週間に亙り鉱業報国強調運動
が実施せられてゐるのである。本運動の趣旨は、事業主も労務者も、
一心一体となり、事業一家職域奉公を期し、勤労精神を作興して大い
に能率を挙げ、鉱物を増産し、皇運を扶翼し奉らんとするものである。
臨戦態勢下国家的事業たる鉱業を経営せらるる方も、また之に従事
せらるる方、その堅持せらるるところの鉱業報国精神を、さらに十分
発揮せらるるならば、鉱物増産は期して待つべきものがあるのであ
る。鉱業に従事せらるる諸君! 諸君の仕事は、第一線の我が将兵に
も匹敵すべき国家の戦士である。諸君に課せられた重責と諸君のみが
保ち得る栄誉にかけても、緊褌一番不退転の勇を振つて、努力あらん
ことを切に望む次第である。
要するに鉱業に従事せらるる人も、また従事せざる人も、ともに力
を協せて鉱山の使命を理解し、増産に強力していたゞぎ度いのであ
る。現在の険悪なる国際情勢下、我が国は極めて重大なる局面に立到
つてゐろ。この難局を見事に突破し、救が国の向ふべき聖戦の目的を
達成するもせざるも、一に鉱山の諸君の努力の如何に懸るところであ
り、また一般国民の理解と協力の如何に懸つてゐるのである。
願はくぱ、国民全員一致して、国防国家体制の完成に、積極的
献身的なる努力を致さんことを、切望してやまない次第である。
写真:「黒ダイヤと闘ふ」増産の戦士
(十一月四日放送)