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満洲事変の世界史的意義
         世界新秩序建設への第一歩

 満洲事変は、いまから十年前の
明日の夜十時に勃発したのであり
ます。いまから遡つて見ますと、
世界の歴史は、この時、すなはち昭
和六年九月十八日を以て、新らし
く第一頁を開いたのであります。
当時、満洲は張学良によつて治め
られてゐましたが、国の内では、
民衆は乱暴な政治に虐げられ、財
政や経済は極度に乱れてゐたので
ありました。
 それに張学良は当時南京にあつ
た蒋介石政権と手をつないで我が
国に立ち向ひ、我が国が東亜の安
定を図るため日清、日露の両戦争
を通じて十万の英霊を捧げた満洲
の生命線を、根本から覆へさうと
いろいろと企んで来たのでありま
す。
 一方欧米の列強は、東亜の天地
を永久に自分たちの支配の下にお
き、東亜の民族をその奴隷の状態
にしておかうとし、その為めには
旭日のやうに昇つて来た我が国の
発展を、妨げることが大事である
と考へ、あのワシントンの軍縮会
議や、九箇国条約等に見られまし
たやうに、あらゆる方面で我が国
を抑へつけて来たのであります。
そしてこの欧米列強は当然蒋介石
政権や張学良政権と結びつき、こ
れを手足にして東亜の大陸におけ
る我が国の勢力を根こそぎにし、
支那も満洲も皆これを欧米の完全
な支配の下におかうとして、いろ
いろ悪辣な方法を企てて来たので
あります。
 かうした険しい形勢の内に、昭
和六年の六月には、中村震太郎大
尉が殺された事件がおこり、また
これと前後しまして万宝山事件と
いふ事件がおこりましたが、遂に
九月の十八日に柳条溝事件がおこ
つたのであります。
 この柳条溝事件に始つた満洲事
変により満洲の民衆の間でも、我
が国の力と将来を知る人々の間か
ら、軍閥を倒し王道楽土を建設せ
よといふ叫びが上つたのでありま
す。
 そして早くも翌年の昭和七年の
三月一日には、この王道楽土の建
設を理想として、満洲国が生れ出
たのであります。そして我が国は
九月には「日満議定書」を以てこ
の満洲国を承認したのであります。
 東亜に野心を抱く欧米の列強は
これに対し挙つて国際聯盟に拠り
日本攻撃の火の手を上げたのであ
ります。そして多くの方の記憶に
新らたなやうに、我が国はいはゆ
る四十二対一の名誉ある孤立をな
したのでありますが、もちろん一
旦立ち上つて東亜の解放に乗り出
した我が国が、これに承知出来な
いのは当然でありまして、ここに
於きまして、我が国はいさぎよく
国際聯盟を脱退したのであります。
 畏れ多くも国際聯盟の脱退に関
す 詔書には
 「今次満洲国ノ新興ニ当リ帝国ハ
其ノ独立ヲ尊重シ健全ナル発達ヲ
促スヲ以テ東亜ノ禍根ヲ除キ世界
ノ平和ヲ保ツノ基ナリト為ス然ル
ニ不幸ニシテ聯盟ノ所見之ト背馳
スルモノアリ 朕乃チ政府ヲシテ
慎重審議遂ニ聯盟ヲ離脱スルノ措
置ヲ採ラシムルニ至レリ」
と仰せられてあけます。
 かくして我が国ほ、満洲国と力
を協せて東亜の禍をのぞき、以て
世界の平和をうちたてるために、
邁進することになつたのでありま
す。
 かうして東亜の天地を永遠にそ
の支配の下に置かうといふ欧米列
強の野心は、先づ挫かれたのであ
りまして、この満洲事変こそ、実
に東亜新秩序建設、世界新秩序建
設の第一歩となつたものであり、
東亜の新らしい歴史、世界の新ら
しい歴史はこの満州事変を以て踏
みだされたのであります。
 そして、我が国が国際聯盟を脱
退しますと、聯盟の正体は暴露さ
れ、ドイツも、その年の秋に我が
国の跡を追うて脱退し、イタリア
もまたエチオピア問題に際して、
聯盟を脱退することになり、国際
聯盟は全く名はあつても実のない
ものとなつて、今日に至つたので
ありまして、このドイツやイタリ
アの態度は、満洲事変に際しての
日本の断乎たる態度に大きな影響
を受けたものであります。
 ついで我が国は、支那事変を以
て、東亜新秩序の建設を、力強く
おし進めることになつたのであり
ますが、さきに我が国にならつて
国際聯盟を脱退したドイツやイタ
リアは、これまたいはゆるヴェル
サイユ体制を打ち破り、イギリス
やアメリカ、フランスの支配をし
りぞけ、新らしい欧州の秩序を打
ち立てようとし、ここに欧州戦争
がおこつたのであります。
 このやうに、我が国が東亜新秩
序に乗り出した精神は、申すまで
もなく悠久数千年の昔に、国を肇
め給うたときの御精神によるもの
であり、世界中の国を一家のやう
にし、ほんたうに正しい平和な世
界を打ちたてようとするものであ
ります。
 このことは、昨年の秋結ばれた
日満支の議定書に明らかである許
りでなく、また同じく昨年の九月
に結ばれた日独伊三国条約におき
ましても、ドイツ、イタリアの両
国は、我が国の「万邦をしてその
ところを得せしめる」といふ肇國
の精神を尊び、この精神の上に立
つて、大東亜における日本の指導
的な地位を認め、これを尊重する
に至つたものであります。
 この世界の秩序の建設といふこ
とにつきましてほ、ドイツやイタ
リア許りではなく、いまではアメ
リカやイギリスもその必要を認め
るやうになつたのでありまして、
折にふれ、戦後の新秩序を口にす
るやうになり、先頃のルーズヴェ
ル、チャーチルの大西洋の会談
でも、これに触れてゐるのであり
まして、世界の立て直しといふこ
とはその方法につきましては、議
論がありましても、最早世界のど
の国も、皆その必要を認めるに至
つたのであります。
 これは満洲事変に始つた新らし
い秩序の建設が、東亜において力
強くも着々おし進められ、一方現
状をひたすらこれ守るといふ現状
維持は、世界の正しい平和を作る
所以でないといふことが、はつき
り悟られるやうになつたからに外
ならないのであります。かう考へ
て参りますと、古今を通じて、こ
の満洲事変ほど、短い間に大きな
渦巻を世界の歴史の上にひきおこ
したものはない、といふことが言
へるのであります。
 私達はいま世界永遠の平和を目
指し、満州事変に引続き支那事変
を戦つてをり、世界の国々も挙げ
て新らしい秩序を作る戦ひに加つ
てをります。
 満洲事変によつて世界新秩序建
設の口火を切つた我が国の使命は
いま一番重いのであります。明日
はこの満洲事変十周年の歴史的な
日を迎へるのでありますが、この
時に当り、私共国民はこの尊い使
命を果すため、いよいよその覚悟
を固くしなければならぬと存じま
す。
     (九月十七日放送)