ラジオ国民読本

 戦時下の読書
    良書を魂の糧として

 戦争と読書

 もうすつかり秋になりましたが
秋は空気が澄み、物皆静かに落ち
ついた季節でありますから、本を
読むには一年中で一番良い時であ
ります。
 昔の人は、本を読んで古人を友
とするとか、本を読んで心を洗ふ
などといふことを申しましたが、
世の中が進むにつれまして、読書
といふことは、いよいよ盛んにな
つて参りました。
 この読書は戦争になりますと、
特別に盛んになるものでありまし
て、これは我が国でもさうであり
戦時下のイギリスやドイツを見ま
しても、本は大変盛んに読まれて
ゐるやうであります。これは戦時
下では一般の人たちの考へが真面
目になること、いままでの娯楽を
追ふことが許されなくなること、
景気が良くなることなどが挙げら
れますが、我が国ではとりわけす
べてがいままでの外国からそのま
まとり入れた考へ方から、我が国
にふさはしい正しい考へ方へ切り
かへられてゐるため、正しい知識
を得ようとして、これを読書に求
めてゐることも、読書の盛んな原
因と考へられませう。
 このやうに本が盛んに読まれる
といふことは、まことに結構なこ
とであります。しかしかうした場
合に気をつけなければならないこ
とは、悪い本がはびこらないやう
にすることであります。本が良く
売れるからといつて、本屋さんが
出版景気をあてこんで、いかがは
しい際物が出るやうでありました
ならば、折角もり上つた読書熱も
却つて読む人に悪い影響を与へ、
延いては戦時下の国民のために、
よくない結果と、なるものであり
ます。
 それからまた戦時下ではすべて
のものが、不足勝となり、少しの
ものでも大切にしなければならな
くなるのでありますが、本を作る
紙もまたこの例に漏れないのであ
りまして、いま一枚の紙でも大切
に節約しなければならなくなつて
ゐることは、ここに改めて申し上
げるまでもなく皆様御承知の通り
であります。
 かういふ状態から紙を自由にど
しどし使つて、思ふままの本を出
すといふことは昔の話になつたの
でありまして、いまでは読者のた
めになる良い本を、きめられた紙
の中で出版しようといふことにな
つたのでありまして、これが出版
の新体制であります。
 かういふやうにして。出版を統
制するために、出版に関係する人
達が一体となつて出来たのが、日
本出版文化協会であります。また
良い本をすすめるために、文部省
でも立派な本は推薦してゐるので
ありまして、皆様も御承知のやう
に、このラヂオで、毎週一回日曜
日の午後七時のニュースの時間に
推薦された本の名を放送してをり
ます。また良い本が広くゆき渡る
やうにするためには、出版文化協
会でも、現在いろいろとその方法
を考へてゐるところです。
 併し長い本が広く読まれるやう
になり、悪い本が姿を消すために
は、どうしても本を読む私達が本
について、しつかりした考へや正
しい判断の力を持つことが一番肝
心なことだと存じます。

  本を大切に

 ぜい沢になりますと、自然もの
をおろそかに扱ひ、大事にしなく
なるものでありますが、これは書
物についても同じことであります
今日は私達の本に対する扱ひも態
度も、ぜい沢になり過ぎてゐるの
ではないでせうか。
 昔は本は非常に大切なものとさ
れてゐました。活字が発明されな
い前は、本は手写にして弘められ
たものです。本はそれを書いた人
が精神を傾けたものであり、その
人の精神とか学問の要を伝へるも
のですから、活字のない時代には
本がどれほど尊ぱれたかは、たや
すく想像されることであります。
 出版が出来るやうになりまして
からも、今日のやうに大仕掛の出
版が行はれない時代は本として出
される部数も大変少なかつたし、
それにそれだけ値段も高かつたの
で一冊の本を読むためには、昔の
人は非常な苦心と努力を払ひ、く
りかへしくりかへし読んで、これ
をほんたうに自分のものとしたの
であります。かやうな昔の人の苦
心を考へますと、出版の進んだ今
日は、真に有難い時代と申さなけ
ればなりません。
 併し私共はいろいろの書物が割
合に安く、そして手軽に手に入れ
られるやうになつてからは、この
有難さに狎れて、どうしても書物
を粗末にするやうになりましたし
出版する方でもまた、よい本より
もうけの多い本へと走り勝になつ
たものであります。また読む方で
は、本当に立派な本とか、心の糧
になるやうな本といふよりも、面
白い本、読み易い本へと走る傾き
があつたことは争へません。
 それからまた昔のやうに精読、
つまりくわしく読むといふよりも
濫読つまりみだりに読むといふ傾
きになつて来たことも見逃すこと
が出来ないでせう。
 かう考へますと、私達はいま改
めて、昔の人が本の有難さをしみ
じみと知つたやうに、もう一度本
の大切なことをよく考へ、ほんた
うに為めになり、身につく本を選
ぶやうに致したいものであります。

  読書の要諦

 良い本は、ただいま申しました
やうに、文部省でも推薦してをり
ますが良い本がよく弘まるには、
私等がめいめい知合の人にすゝめ
たり、また先輩や友達から聞いた
りするのが早道です。そして今日
のやうに紙が大切となり、出版さ
れる本の数がある範囲に定められ
てゐるやうな時には、手あたり次
第に買つて濫読することは避ける
やうに致しませう。系統の立たな
い無茶苦茶な読み方は、ただまち
まちの知識をうるか、その場限り
の楽しみを味ふだけで、何んの役
にも立たないと申せませう。
 自分の好みなり、性質なりに応
じて、一つの目標をきめて読書す
ることが大切だと存じます。かう
しますと、長い間には必ず非常な
知識を得、それが自分の身につく
ことになります。それによく読ま
ない本を沢山買ひ求めることは、
本の部数の限りのある今日では、
是非ともその本が欲しいといふ人
に本が渡らないことになり、迷惑
をかける緒果になることもお互ひ
によく考へねばならぬと存じます
 一般に多く読まれる雑誌や小説
は、普段読んだ後はとつてしまつ
ておく必要はないものであります
から、かうした雑誌や小説は、紙
を節約するため一人で一冊といふ
ことでなく、お互ひに借りたり貸
したりし、また古本屋さんなどに
売つて、出来るだけ一冊の本を大
勢で読むやうに致しませう。
 このため、雑誌などは会社や事
務所や隣組などで、共同で買つて
グルグル回覧するやうにして頂き
たいと存じます。さうすれば、い
ままで一円で二冊の雑誌を読んで
ゐた人も、その半分の五十銭で五
冊も六冊もの雑誌が読めることに
なります。
 生活の共同化、生活の合理化と
申しますと、何か難かしいことの
やうに聞えますが、これこそ一番
手近かで、自分の為めになること
であり、そしてまた国策の線に沿
ふ大きな生活の共同化、合理化で
あります。なほいはゆる貸本屋や
回覧業につきましては、いま情報
局と出版文化協会が主になつて、
その新体制をつくらうと努力して
ゐるのであります。
 御承知のやうに、いまは日本人
として、しつかり魂を磨き、お国
のために本当に役立つ知識を求め
私達の一人々々が、東亜の先立と
して、それにふさはしい人になら
なければならないときであります
燈火親しむべきこの秋、お互ひに
本を出来るだけ大切にし、正しい
読書をすることに努めようではあ
りませんか。
      (九月十三日放送)