現下の商工政策 商工大臣 左近司政三

  物資問題の前途

 現在の緊迫した国際情勢に処し我が国の執るべき態度について、商
工行政の行場から私の考の一端を申上げて見度いと存ずる。
 御承知の如く現在独逸、ソヴエツト両国の間には、南北数千粁の戦
線に亙つて、歴史上稀に見る凄惨な大戦闘が繰拡げられてをり、さら
に英ソのイラン侵入によつて、欧州の戦火は将に近東にも波及し、国
際的波瀾の状勢は愈々緊迫の度を増すに至つた。今後果して如何やう
に変転するであらうか、かるがるしき独断を許さざるものがあるので
ある。
 我が国としては、独ソ開戦の結果、シベリヤを通ずるヨーロツパと
の最後の交通は完全に遮断され、さらに一方英米系の諸国による我が
国資産の凍結によつて、いまや我が対外貿易の範囲は、ほとんどい
はゆる東亜圏内に極限せらるるに至つた次第である。
 然もこの地域に於いても、英米等の既存勢力によつて、物資の交流
は必ずしも円滑には行はれ難い事情にある為めに、我が国の物資問
題の前途は、まことに多難な状態に置かれたと申さねばならぬのであ
る。

  戦時通商政策と生拡の重点的遂行

 先づ、我が国戦時通商政策としては、この新しい国際情勢に対応し
て、思ひ切つた転換を余儀なくされつつある。すなはち東亜共栄圏以
外の圏に対しては、従来の如く貴重な物資を輸出して、外貨獲得を図
り、在外正貨を増殖しても、今日ではその効用が著しく滅殺せられ、
或ひは皆無に近いといつた傾向になつてゐるから、これまでのやうな
外貨獲得第一主義を改めて、この際の措置としては必要物資の輸入を
確保する程度に輸出を統制することとし、殊に生活必需品や、輸入の
原材料等による製品の輸出は、相当抑制する必要が生じて参つた次第
である。
 去る七月七日貿易統制令施行規則を改正し、第三国向輸出調整の実
施をみるに至つたのも全くかうした意味合からである。
 かやうに外に対しては必要物資獲得を第一義とする。貿易政策の確
立と対応して、内には、資源の開発生産力拡充を旺盛ならしむるとと
もに、資源の回収といふことを一層普及徹底せしむることを要とする
ことは蓋し当然のことと存ずるのである。
 資源開発といふことは、従来既にその必要性を認めて、国内はもと
より満洲支那その他東亜圏内の開発には、あらゆる努力を払つてきた
が、今日の如く通商路の縮少を見た上は、特に絶対の重要性を持つこ
ととなつたのである。

 あらゆる困難障害を乗切つて、東亜圏内の資源を急速に開発し、第
三国依存から離脱しても、決して国力の減退を来すといふやうなこと
にならぬやう、我が国力を根本から強化することに懸命の努力を捧ぐ
べき時と考へるのである。之が為めには内外地はもとより、満州支那
その他東亜の各地域に亙つて、綜合的に難易軽重を検討し、急速にそ
の効果を挙げることを主眼として計画し、推進せられつつあるのであ
つて、石炭、鉄鉱石、非鉄金属等の増産の為めに、労務対策には格段
の意を用ひるとともに、資材の供給確保を図つてゐるが、また増産奨
励金の交付によつて生産の増強を期し、さらに増産強調期間の設定と
か、或ひはまた満洲支那に於ける開発計画の合理化といふやうなこと
も、総てこの目的達成の手段に外ならぬのである。
 生産力拡充について、物資難の重圧を克服する上に、特に肝要なこ
とは、いはゆる生産性を高揚せしめることである。すなはちただ必要
な物を作りさへすれば宜しい。之が為めに要する物資労力の如何は問
はないといふことでは、今日の要請に副ふものとは申されない。いは
ゆる実績主義平衡主義に拘泥せず、広く国家全体の立場から観て必要
なる方面に、最少限の物資及び労力を注ぎ込み、かくして最高度の生
産を挙げるといふことが絶対に必要であるのである。
 高度国防国家体制を出来る限り速かに確立することが、今日の経済
界に課せられた最大の要務である限り、ここに断乎として企業の個別
観念を取去り、業界連帯の責任感を以て、協同一致、国家意識の高揚
によつて全幅の協力を吝まれざることを熱望して已まぬ次第である。
 経済新体制確立の必要も、畢竟、以上述べた資源開発、生産力拡充
の力強き実行にその眼目が在るのであるが、経済新体制の結晶とも申
すべき、重要産業団体令も、既に先月末に公布され、だんだんと重要
産業部門に統制会が出来ることになれば、之によつて民間の創意も多
分に取入れられ、統制経済の運営は著しく合理性と綜合性とを加へて
官民真の協力体制が確立し、国家経済は恰も噛み合ふ歯車の如くに、
円滑且つ正確なる運行をみるやうになつて、我が経済力は一段と高揚
発展するものと信ずるのである。
 現在の物資難に処する対策としては、右に述べたやうな生産の増強
と相俟つて、物の使ひ方についての適切有効なる方策を必要とするの
である。
 すなはち之は一方に消費節約の徹底を図つて、不要不急方面に物資
の流れることを防ぐとともに、他方積極的に物資の活用を徹底化する
ことによつて、物資に対して最大の効用を発揮させねばならないので
ある。


 すなはち資源の回収といふ問題は、かかる意味で極めて適切な物資
の活用を図るわけであつて、糸屑、布屑を回収して、繊維資源の不足
を補ひ、鉄や銅や鉛、亜鉛等の屑を回収して、金属資源の不足対策に
備へるといふやうなことは、益々時局的意義を高めつつあるのである
が故に、これ等の事柄に協力することは、取りも直さず我々銃後国民
に取つて、最も手近な、そして最も大切な翼賛の途なのである。
 政府ではさきに官庁に於ける金属類の特別回収を実施したのである
が、この九月からは一般国民に呼びかけて、現に使へば使へる品物で
も、別段使はないでも済むやうな金物の製品や、代用品に代へること
の出来るやうな金属製品の特別回収を実行することとなり、金属類の
回収令といふのが重要産業団体令と時を同じうして発布せられたのも
全くこの意味からであるのである。
 この計画は生産力拡充推進の一翼として、また金属資源の自給体制
を確立する過渡的な手段として、是非必要なことであるから、皆様に
於かれても、特に愛国的熱意を以て挙国一致之に協力せられて、資源
回収の一大国民運動にまで発展せしめらるることを、特に期待する次
第である。


   低物価策堅持国民的協力を望む

 つぎに物価問題について所見を申上げる。我が国が従来の外国依存
経済から全く脱却して、いまや正に文字通り自足経済に立籠らねばな
らぬ情勢となつたが、物資が非常に窮屈になつたにも拘らず、戦時経
済に必要なものは、如何にしても生産されねばならぬところに、物価
問題の新な意義があるのである。
 大体の見当からいふと、物資難の程度が漸次加重せられてきた為め
に、計画通りの資材の手当が出来ずに未動資本、遊休資本が著しい高
率を示して、これがことごとく生産費に加算されるのであるから、物
価を低くしようとするならば、先づこの点を合理化し、その根柢を整
理して行くのが、重要な着眼でなければならない。而して低物価政策
は、あくまで之を堅持せねばならぬと同時に、利潤経済の基調に対し
ては、もちろん変改を加へる筋合のものではなく、採算の引合はぬも
のについては、価格の引上とは別途の方法で之を調整することも考へ
ねばならないと存ずるのである.更に浮動購買力の吸収も物価問題と
関連して考へられねばならぬと存ずる。
 以上のやうな意味において、政府は八月十二日の物価対策審議会に
低物価と生産増強との調整に関する件を諮問して、原案通り可決答申
されたので、だんだん之を実行する筈であるし、また物格等統制令に
よるいはゆる九・一八価格停止に漏れた修繕料、請負料、宿泊料、入
場料等各種の料金についても、八月十一日を以て之を停止することと
し、かくして戦時低物価政策は一段と強化され、益々この基調をおし
進めて行く積りである。
 御承知の如く物価問題解決と延いては国民経済の安定とは、戦時に
おいて特に重要であつて、その成否はこの際特に考へらるべき商業道
徳の発揚に俟つところ尠しとしないのであるから、その普及徹底に、
万全の御協力を切望する次第である。


  中小企業の整理再構成は必至

 ついで、中小企業について一言するが、従来我が国の経済界に占め
てゐる中小商工業の地位は、その数において極めて多く、従つて国内
的にも、また対外貿易上からいつでも、すこぶる重要な役割を演じ来
つたことは御承知の通りである。
 しかるに国際通商はいまやほとんど制約せられ、国内物資の不足は
益々窮屈になり、一方国防資材生産資源開発といふことが愈々緊要の
度を加へて参り、之が為め、軽工業、加工工業の方面を縮少して、戦
時重要資材の生産に大量の物と人とを注ぎ込まねばならぬ状勢に迫ら
れてゐるのである。
 この新段階に当面して、既に中小商工業は、相当程度に行き詰りつ
つあるのであつて、今後の国際時局の進展を予想するならば、何とし
ても、速にその善後処置を講じなければならない。中小商工業の数は
未だに多いのである。それだけに、之をこのままに捨て置くことはそ
の犠牲が、余りに甚大であるのである。
 私は就任以来注意深く識者の意見に耳を傾け、状勢の進展に思ひを
巡らした結果、中小企業の整理再編成といふことが尤も重要であり、
且つ急務の問題であるといふことを知つたのである。この際徒に難捲き
を避けて、易きに就くといふやうな姑息なやり方は、却つて中小企業
を過まり、非常時国策に不忠実であることを痛感して、再編成は是非
考慮せねばならねと考ふるものである。


  新なる構想の下に戦時体制確立へ

 さて以上申述べたところにより、大体において新段階に処する商工
政策の動向について、その一端を諒解下されたことと存ずる。まこと
に八月と九月を境にして各種重要勅令の公布、ガソリンの消費規正と
いふやうに商工行政は一段の飛躍をなし、戦時的色彩の益々濃厚なも
のがある。賢明なる皆様は、篤とこれ等の点を玩味されて、各自の立
場いはゆる職域に即して、自ら対処せらるべき方法を工夫され、そし
て積極的に非常時局の銃後の戦士として、各自の任務を理解し、進退
何れとも身を投じてことに当るの覚悟を決めて戴き度いのである。
 いまや愈々深刻化せんとしてゐる刻下の情勢に直面する我々国民は
ここに一段の勇気を振ひ起して、新なる構想の下に、挙国一致、もつ
とも真剣に、いはゆる戦時体制の確立強化を図るべき時が来たといふ
ことを痛感して、皆様と共にその実践に邁進したいと、固く決心して
ゐる次第である。吾人の直面する非常国難の克服は、挙国一致の結束
を目指して奮起する我が国民の決意によつてのみ可能なることを信ず
るものである。
                  (九月八日放送)