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時局下の新聞ついて 情報局第四部長 福本柳一

 最近よく (一)新聞を読んでも世の中がどうなつてゐるのかさつぱ
りわからぬもつと時局の真相を国民に知らせるやうにしなくてはなら
ない。とか (二)新聞が去勢されてしまつて面白くなくなつた、もつ
と活溌に国民の意見を発表させなくてはならないとか----。
 色々の不満や希望を聞くのであります。かうした不満や希望の出る
のも無理からぬことと存ずるのでありまして、必要以上に記事を抑へ
ることのないやうに十分注意をし工夫も致さねばならぬことは当然で
ありますが、何分にも内外の情勢時に国際環境の複雑微妙なる今日と
しては、その記事の内外に及す影響を考へますときに、遺憾乍ら皆様
に十分に満足して戴くやうには出来ない場合の多いのをおそれてゐる
次第であります。
 時局が切迫して来れば来る程時局に対する一般の認識を深めて国民
精神の高揚を図る為めに、国民の皆様に我が国内外の実情の総てを詳
細に知つて戴く方が宜いのは勿論でありますが、防諜の見地から国民
には知つて戴きたいと思ひ乍らも、これを新聞には書けない場合が多
いのであります。
 殊に外交問題に就いてはかうした場合が多いのでありまして、いづ
れは一般にわかる事柄であり、また十分理解して貰つた上協力して戴
かねばならない事柄であつても、不測の禍を防いだりこちらの大切な
切札を生かす為めに、或る時期の到来するまでは、絶対に秘密にして
置かねばならない場合のあることは申すまでもないことであります。
 国家としましては、国民に知つて載くことの利益とこれが内外に知
られた場合の損失とを比較して、その判断を誤らないやうにせねばな
らないと存じてゐるのであります。
 われわれは防空演習で燈火管制を致した体験を持つてゐるのであり
ますが、その燈火管制の要領は申すまでもなく、屋内では必要な燈火
を点けておいて平常通りの仕事が出来るやうにし、しかも敵の飛行機
に対しては燈火が見えないやうに隠蔽することでありまして、全部真
暗にしてしまふことは燈火管制としては落第であります。
 これと同じやうに外国には知れないやうにして、しかも国内にはわ
かつて戴くやうにすることが出来れば、それこそ真の防諜であると思
ふのでありますが、そんな重宝な新聞を発行することの出来ないのは
申すまでもないことであります。
 併し外国に洩れるのは困るからと申して国内を真暗にしておいたの
では国民をして向ふべきところに迷はしめ、国家の総力を発揮する上
からも宜しくないのでありますから、局に当る者としては外国に洩れ
る損失と国民に知つて戴く利益とを睨み合はせてよく考慮を致し、濫
に新聞の記事を制限するやうなことは致さない考へであります。新聞
をよく読んで戴けば国民の活動上是非必要と認められるやうなことは
わかるやうにと苦心を致してをるのであります。
 最近新聞を信じないでいはゆる流言飛語の方を信じて、知らず識ら
ず軽率なる行動をしてゐる人もあるやうでありますが、真に遺憾なこ
とと存じます。
 流言飛語を防ぐ為めには、出来るだけ速かに事の真相を知らしめて
その向ふところを示すにあることは何人も十分承知致してをるところ
でありまして、新聞に於いても必要なる真相は必ず載るやうに苦心し
てゐるのでありますから、新聞は真相を伝へず、嘘を伝へてゐるなど
と決めてしまはないやうに願ひたいのであります。
 国家機密に属する御前会議の内容の如きは、これは公にすることは
勿論出来ないことでありまして、さうした最高の機密政策に属する事
柄はその当局の措置に信頼することとし、お互ひに国民としては示さ
れてゐる途に依つて職域奉公に精進するといふ風に致し度いと存じま
す。
 次にもつと活溌に意見を発表させよ、といふことに対しては、戦時
下に於ける国論統一の必要性をも考へて戴きたいのであります。
 嘗つて、平和な時代の新聞では、胸のすくやうな政府攻撃やら、社
会改革論やら、外交論やら、百花繚乱の如く思ひ思ひの立場で大いに
気焔を上げることが出来たので、確に今日よりは読んでも面白かつた
と思ひます。ところが最近の新聞の論説などはまことに固苦しく、ま
たどれを見ても大体同じやうで余り面白味もないのは事実であります
併し乍ら臨戦態勢の今日にあつては、既に国策の根本が決定してゐる
ことについては、濫に国民を迷はすやうな意見の発表は差控へねばな
らぬのであります。例へば或る部隊の指揮官が既に隊員に対して或る
目標に向つて前進の命令を下してゐる際に、その隊員の一部が別の目
標に向つて進むべきだといひ出したのでは、その部隊の統制が紊れ戦
闘能力は減殺されるのであります。これと同じやうに既に国策の根本
が決定し、挙国一致或る目標に向つて前進してゐるのに、これと異つ
た進み方を主張する意見を国民に呼びかけられては、国論の統一を妨
げ、挙国一致を紊し、国家を害する結果となるのであります。
 若し異つた意見があれば関係の向に進言すべき方法が設けてあるの
であつて、それをしも尚新聞等によつて国民に呼びかけるといふこと
は差控へなくてはならぬのであります。これは国内に対して悪影響が
あるばかりでなく、対外的にも、日本の国内が不一致であるとして不
当に乗ぜられるといふ悪影響があるのであります。
 右のやうな次第で国家としてはそれが一応の理屈ある意見であつて
も、已むなく抑へねばならない場合が生じて来るのでありまして、況
んや特に何ら建設的な意見でない批判の為めの批刑、つまり悪口の為
めの悪口といふやうなものは百害あつて一利なしでありますので、こ
れを厳に戒めてゐるのであります。
 なほ国家としては安寧秩序の保持上、風俗上、国家総動員上などの
色々の見地から新聞紙のみならず雑誌、書籍その他の出版物一切につ
いて、国家に害ありと認められるものを取締つてゐるのでありますが、
徒に国民の耳目を蔽ふことの弊害は、十分に承知してゐるのでありま
す。
 そこで或る事柄に関する記事を差止めるかどうかといふことを決定
するに当つては、凡ゆる事情を綜合して研究するのは勿論であります
が、同時にそれが局に在る者の安易を貪る為めに、国民の耳目を不当
に蔽ふ結果とならないかどうかといふ点をも十分考へねばならないの
で、関係者の間に在つてもなかなか意見の一致を見出すに苦心する場
合が多いのであります。
 或ひは面白さうな愛慾情痴関係の読物を抑へる点など、皆様から見
ると随分無粋な奴だと思はれることもありませうが、これも時局を力
強く乗切る為めには国民精神の頽廃は許されないからでありまして、
単に道学者的傾向に基づくものではないのであります。
 以上申したことに関聯してこの際国民の皆様に御考へを戴くと共に
御協力を願ひたいと存ずる点があるのであります。
 従来新聞の読者には、日常の生活、活動の為めに是非知らねばなら
ぬわけでも無いことを、ただ好奇心を満足する為めに何か変つたこと
珍しいことが知りたいといふ興味本位に新聞を見ようとする傾向のあ
つたことであります。新聞社もこの読者の興味本位の要求に応じなけ
れば新聞が売れないところから、読者本位、営業本位の記事が相当多
かつたのであります。それは社会記事ばかりでなく、政治、経済、外
交、軍事等各種の記事についてその例を見てゐたのでありますが、こ
こに社会記事に例を取つてみますと、一つの殺傷事件を報道するに当
りましても、ただ読者の好奇心を満足せしめる為め、犯罪の現場描を
写真または凸板入りで極めて面白をかしく、しかも紙面の大半をこれ
に充てるといつたものが珍しくなかつたのであります。
 一体犯罪事件の報道はその事実を指摘して世人を警しめるところに
新聞記事としての価値なり使命が存するのでありますが、この使命を
無視して、ただ単に読者の好奇心を挑発することにのみ腐心し、それ
が為め、社会的有益記事を犠牲にするばかりでなく、模倣者の続出を
誘発したり、また関係者の名誉を蹂躙して顧みないといつたやうに、
むしろ有害無益の記事と成りがちであつたのであります。物資需給の
不円滑に関する記事、外交交渉に関する記事などについても同じやう
な事例が沢山あつたのであります。
 最近では新聞社側は大いに国家的使命を自覚し、多少の例外はあり
ますが、概ね従来の態度に改善を加へ、その記事の国家社会に及ぼす
影響を考へて、国民への啓発的な役割を果すやうに取扱つてゐるので
あります。
 今日ではむしろ読者側の自覚がこれに併行しにくい為め、新聞とし
てはその読者の心持と新聞の国家的使命との結びつきを考へ合せて、
なかなか涙ぐましい苦心をされてゐるのであります。
 そこで万一読者の方で依然として従来のやうな好奇心の満足、興味
本位の記事を期待されますならば、読者の期待と新聞社側の心構へと
の間に大きな懸隔が生じ、新聞と国民との関係が緊密でなくなる結果
新聞社側が苦しまれるばかりでなく、新聞の公共的效用を減殺して国
家的にも好ましからざることとなるのであります。
 そこで申しにくいことでありますが、読者の方も、戦時下の新聞は
単に読者の興味を満足させる商品ではないことを、この上にも十分御
理解の上、新聞紙面を開拓して行かうとする新聞社側の真剣な気持と、
その歩調を合せて戴くことが必要と存ずるのであります。
 ここに誤解のあつてはならないことは前にも申述べましたやうに当
局としては新聞に対してただ、大切な国家的使命を忘れて、国家、社
会に損害を与へることのないやうにと念願してゐるのであります。従
つて新聞を官報のやうに固苦しいものにすることは、その本旨に反す
るのでありまして、必要なことをドシドシ掲載すると共に同じ記事で
も出来るだけ面白く、分り易く所まれるやうに書かれ紙面に趣味と生
気とを溢たして載くやう希望してゐるのであります。
 現在のやうな戦時体制下にあつては、精神的弾丸とも考へられる新
聞の使命に鑑みまして、特にかうしたことが強調されねばならねので
あります。皆様は平和な時代とは異り生活の各部面で色々と不自由を
我慢してをられるのでありますが、新聞についても従来はど面白くな
くても、これは国家的必要によつてさうなつてゐることを御理解の上、
七分搗外米混りの飯を食ふと同じやうな気持で、我慢をしてよく味ひ
読んで載きたいと存ずるのであります。
 時局が益々重大となりますに伴ひ、検閲の当局としてはその任務遂
行上色々難しい問題が増加することと存じますが、徒に権力によらず
国民の皆様の理解ある御協力によりその目的を達成させて戴くことが
肝要と存じます。国民と言論機関との真に理解ある協力を縦とし、そ
れに政府の適切な積極的指導が織り込まれて行けば、真に時局にふさ
はしい新聞が出来、検閲の如き取締りは殆んど不必要となるのであり
まして、私共はさうした事態の一日も早く現れてくるやう念願してゐ
る次第であります。 
                     (八月二十三日放送)