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 英米資産の凍結
       大赦節岱林榊起

          ヽ
 昨今の所湖を御党になりま†ると、
か、また炎娼が川じ態蛇に出たとか、

ロ 武 夫
米映が日本の資産を疎綽したと
剛印も亦之に傲つて我が喝の粂
金む泳糾し小首いふ紀和が、軌々と山てゐるのでありまして、海外の
情勢が誠々ならねことは皆様已に勧存じの洩りであります.
 そこで資無線抱合とは−陛どういふものかと申しま†ると、塊持と
 考ふ官報は氷のやうに扱えかたまるといふのでありせぶ−るから.如何
にも貰向きの感じが致しま†るが、甥はその的容は誠に熱苦しい御楷
でありまして、蝉ろ焦げつきと申した方が時節柄しっくり感じが拙る
ものと存じます.つまり我が閥が英戎ひは米岨なり、閉また湘側印度
にもつてをりまする資金.若くはその他‖M鹿を命しばりにして、紬
汲のきかない状態に散くわけであります.尤もあちらの固か・h見れば
之は他人のものでありますから収山上げてしまふといふのではありま
せね.また我が団としましても英米甜樹と職をしてゐるわけではあり
ませねから、撫やみにただとりをされてはたまりませねが、今肱のや
り方は、あちらにあ勺まする日本の噺、または日本国民のカネの出し
入れ、またほ株の賢穎等を、凡て先方の政府の許可制まの下に檻くの
でありま†。我が閥の史壕から申し辛すろと何分自身のカネでありな
がら、勝手に他へない.アメリカなセイドリスから見まして耗し支へ
のない使ひ途以外には、恍へなくなつたわけであります.之ほ誠に不
便な試でありまして私共の生活に於きましても愈の有難味は何んにで
も使へるところにあるのでありまして、その位ひ途について一々政府
の許可を婆するのではやり切れませね。
 大漁日本人が海外に持つてをりまする肘蓮は、その所有怠にとり犬
釦なものであることは申すまでもあ¶ませぬが、同家的に見ましても
稽めて犬耕な役割を負ほされてゐるのでありまして.平素に於きまし
ては海外緒閥との貿易を繍け†する馬めに是非必黎な資金もありま
す.また在外邦人の長年に亙る血と汗の結晶で勝ち得ましたる各魂の
本業は我が朗の欄筏として鍵へ紐き珠爪なたからであわます。今度の
ゃぅなことにたりますると、貿易の翁も今までのやうに‖山に池ふわ
け仁多りませぬ0また海外で我が同胞が汗水決して稼いだ如も息ふや
与に木朗に迭れねのでありまn.
 アメリカが外朗の改薦を滅相しましたのほ昨年の四月和迩が髄野作
戦に依りノールウエdデンマークに進駐しました時、この南国に射
し行つたのが撒初でありまして、その確職架の畑犬に伴ひ糀逸に占領
せられましたオラン〆.ペルヂdフランス及び架紋洲の舘隣に射し
ても同棲その在米資産を祓紬したので丸勺ます。またy聯がパルエニ
闘を合併しました瞭、これ等の園々も含めたのでありまして、本年五
月宋には米閥に依り資能を封鎖せられました刷は†也薗崩に達したの
であります.
 併し乍ら∵」の噂までは米闘は中北開としての寸嘲か破り拘、伊.
またはy聯の資産は之を自由に致しまして、占領された粛々の賓窪の
みを封鎖致したのであ巾まして、その想杓ほはつき巾致しませねが、
恐らく被占切闇夜米賓碓彰掬伊等が利川するのみ眺つた軋もあ巾ませ
ぅし、またアメリカの政雄として武力愕帖に反樹してをりましたから
和伊の占領といふ事賓を政治的に否認し⊥うと†る含んもあつたこと
と存じます.何れに致しましても、この噛まごのアメリカの態度は滑
権的と申しますか、温いて守るといふ址前をとつて釆たのでありま
す.然るに本年六月十四日穐伊ソ聯を勧め欺洲の中立園全般に勤し、
その範囲を倦蜷狽オたのでありまして、この時以来従来の申立的態度
を拗府し.摘伊に射し捗済的骨馳を布告し、増穂的に資産凍結の武器
を用ひたのであります.
 之で世界の数多い両々がその在米溌疏を封鎖されたのでありまする
が、何日星い閑々として我が閻を初め竜.中南米籍閥及び支那が均
けてをつたのであります。英挽け米楓ハ妹方でありま†るし、中南米
帝国は米嗣がやつきになつて味方に引入れようとLてゐる閑々であり
(9)

まするから、それ等の明々がぬかされたのは、格別不肘湖も雉いので
ありまするが、我が園は牡鹿から掲伊根糾の一環として宥仙されてを
りましただけに、このアメリカの出方に対しては.一般は寧ろ意外に
感じたのでありまして、常時何等かの政治的意糊があつたこととも推
察せられたのであります。
 然るに去る七月二十瓦日米朗政府ほ日本に料して何卑かの掛昏をと
ると云ふ凝明を出しまして、その8の夜、我が国に射し址鈷令を適用
することとし、零ニ〓丁六日より賓施致したのであります。
 カネの動きを通して日本なら日本、瑞伊なら粍伊と云ふ特売の閥の
ありとあらゆる行篤を制限†ると云ふのが、アメリカの法令の骨子で
ありまするが、世糊の動きは大なり小なり大抵金に秩がありまするか
ら、米園政府の方針如何によりましては、その影智するところは甚だ
大きいのであわます.
 拘英軌窄以来爽木図は散粥の巻となりましたので、各糊ともワyド
yに金を軽くことを好まなくなり∴紬中の資金が三−ヨークを唯
一ののがれ場所としてあつまったのであります.また各印それぞれ海
外貿易をやつてさりまする摘めにはどこの摺にも適用†るカネを持つ
必中がありまするが、之には米同の弗が一番付利でありまして、かか
る冷天上の賓金もまたl三−ヲークに野山集つて衆たのであります.
そこでアメリカとしてほこの有利な立場を括用して、短済外交の妙妹
を費据しょうと云ふのが洩結合のねらひでありまして、規に翔、伊は
じめ歓洲領国の殆ど全部がその通用む受けてゐるのであります.それ
でありまするから表面は帰替金組の抑野でありまするが、内甥は全く
政治上の手段と申す方が労るのでありまして、米周に於きせしても大
 成省が鍵をとることに拝なづてをりまするが、外交を漁常しまする斡
帯省と相談づくで行はれるものと存ずるのであります.
 元来米樹は我が哺鈎不動の圃熊でありまする東拍新秩序建設を伏し
としませず、虫に通締捺的の破策を通常Lて求まして以来、物資の故
旧制限に於きましても我が刷を差別攻ひにし、輔々経済上の非友誼的
行烙に帖て水てをつたのでありまするが、今岡の祓緒令もまたその引
き拭きであ心まLて、今疋はカネの方から経済的の駄池を加へようと
する意尚と察せらるるのであります.
 かやうなハツキリした態度に来られました以上、我が囲と致しまし
ても到底款つてゐるわけには参りませぬ。かねて発情も致してをりま
したし我が駒として、揺すべきことは拐し、打つヾき手は打ち、あら
ゆる事態に威する準備ほ蕗掛具つてをりましたから、即刻先方のやり
方に感じ、舛覿岱替管桝故に其づく新しい省令により、米所粥係の賛
意を封鎖致したのであります.
 ここで南開五分五分の立ち合ひとなつたのでありまするが、前にも
√10)
申しましたやうに両用共山臆の許可制蛙を引いたのであ山まして、こ
れから大事なことはそれをどう資捺に動かすかといふ粘であ勺ます。
徒水のアメリカのやり方を見ますると、闘により非常に帖のある方針
をとつてゐるやうでありまして、或る閥に射してほ粥、伊を利益†る
街環をせねといふ的凍の下に、非常に頗い槌頗の一般許可を輿へ、そ
の聯朗では自由に取引を艶めてをりまするし、また或る周に封しては
なかなか厳盈にやかましい取締をしてをります。英米術周共古来常故
の拘コソそンセンスの竣達した同民でありま†るから、見通に放り桁
外れのことも致しま†まいが、現今の他界情勢から見ましてたかなか
奨軋を許さぬのでありま†るから、我が均としましては先方が如何や
うに来やうともびくと屯せね覚悟と心柄.へが必嬰でありま†.
                              ..1r.巨l
 孜別均−d封†ろ塊舞令準勒以来何分日数も蝕つてをりませねので・
呼吸り矩梢鞍に付ては日下のところさぐり合ひの段階で、ハツキリ致
しませねが、決して甘く見ることは伯楽ませの。
 それならば我が明の法令の確周はどうかと申しま†ると、元々受け
て立つたのでありま†るから、先方の出方を見て、先方が温く来れば
こちらも強く行きます.それかと申して無駄な力を出して飴針な刺収
をナることは博しまねばなりませぬ.ここは大開の祷舵を挿しまして
心の胤空前してはならねき」ろでありまするから、今後に於きまする
我が法令の槌榊は糾心の緯潰を以て行ふことになつてをりま†0
 美顔及びその属領故に牌似印度もまた米樹と〓湘を合せて、我が閥
の資金を加持して来ましたから.我が閥に於いても椎仁封雌雄として
北方の資金を洩緒りる括姪に出たのであります.やりガの細‖は閥に
上り耗分の鼻輿はありまするが、】聯のつながりを持つ紬績帖娘たる
鮎に於いては何れも軌を伺うしてゐるのでありまして、紬昨的に我が
珂をかこむ愉を作つて次第に幣めて水1うと†る頂弊は・撮早秋ふ放
地がないのであります.
 支那事竣成球の鞭兼架だ全きに繋らずして.かや・つな憫妙にぽ雨水
しま†ることは、我が繍として底に詔大なる時局に作禽放したのであ
りまして、私共闘民として不屈の決意をいやが上にも糊めわばならの
ものと存じます.
英米依存の我が対外確滑政雄一寸絢捜し、園プウツタを中心とすろ餌
士粕符の纏綿周計椰北nる我が樹休は・つとに決定を見てをりま†る
し、現にその兵臓的成柴を着々挙げつつあるのでありまして、舟早今
日に放きましては、外から如何様の藍迫があ勺ましても汲然として之
に対流し得る鮮村岡カの鍵が築かれてをるのでありますD我々は已に
決つた方向に一路山還↑るだけでありまし〔一茶栄と云拝すその他の
何れの園の力をも賦りとするものでほありぜせ瓜一件むは自力のみで
あ巾ます。
 明治以来閥澗伸張の称を傾「音字九げ・鳩に他桝に依存して自らの
力を伸したこともあ巾ますろが、今日こそほ酌む招じて耐とな→絶好
の槻骨であります中外闘が経済耶迫Ld思つてしたことも一向日米には
敷き日が無いと云ふことをまのあたり示す好い試験であ巾まナ・
 これから日本の紳済も一鍵することと思ひますが、榊九ひに手に手
をとつ丁践に山鋲二心海の彼方の排晋にまどはず・文柑の覗業にひた
ぷるなる努力む傾倒することこそ、釧ながらの故首女女叔く私典例局
の我と存じまTO          (入月払日数貴〕